嘘斬り姫

第1話

 『灰色の森グレイ・フォレスト』への侵入者を確認しにきたトールとスミが発見したのは、赤い髪の少女だった。

 年の頃は十五で、ツヤのある赤い髪を丁寧に編み込んでいる。

 高価な衣装を着ており、首からは髪と同じ色の宝石をあしらったペンダントが下げていた。

 つり上がった眉がいかにも不機嫌そうであるが、その瞳は閉じられている。


「遅い! なにやってたのよ、トモ」

「遅いっつわれもよ~、この森ひれーじゃん。

 というか、オデ様たちを呼び寄せたおまえは何もんだ?」


 トールの耳障りな声を聞くと、少女は小柄な身体をビクリと振るわせた。

 すかさず脇に置いた杖を手にして立ち上がり、声に向かい構える。


「あんた誰!? トモじゃないわね」


 先程まで不機嫌だった少女の声が、緊迫したものに変わる。


「どうやら、目が見えていないようだな。

 トールの狂相を前に威勢のいいことだ」


 さらに増えた声に少女の緊張が増す。

 盲目の少女の身を守るには、握られた杖はあまりに頼りない。


「うるせー、てめーの凶暴馬ヅラだって似たようなもんじゃねーか」


 いきどおるトールを無視し、スミが少女に紳士的に話しかける。


「驚かせたならば謝ろう。

 だが、我々はこの森の住人だ。

 故に無断で侵入するものは見逃さないし、おまえが早急に立ち去らないというのならば、相応の対処を行使させてもらう」


灰色の森グレイフォレストに住人?

 ここは人間の住める場所じゃないって……」


 スミの言葉に少女は疑問を投げかける。


「そうだ、ここは数多の魔物が生息する場所だ。

 人間の娘よ、その身がかわいければ、即刻出て行くがいい」

「魔物!?」


 スミたちが人間でないことを悟ると、気丈に構えた杖の先が震えた。


「そうだ、こわ~いこわ~い魔物様だ。おまえのことを食べちゃうぞ、性的な意味でな!

 きゃっぱぁ♪」


 少女の恐れを楽しむように、トールがからかいの声をあげる。


「トールやめておけ、相手はまだ子どもではないか」

「やだね。

 このおっぱいを見てみろ、性格と同じで生意気な育ちっぷりだ。

 むしろ、こんな立派に育ったおっぱい様を子ども扱いしたら失礼だろ!」


 ワキワキと手を動かしながらトールは少女へと近づく。


「近寄るな、私に触れると呪われるわよ!」


 ただならぬ気配を察した少女は、片腕で胸を隠しながら悲鳴に近い声をあげる。


「おう、呪ってみな。

 オデ様を殺せる呪いがあるってんなら試してやんぜ。

 んじゃ、まず呪いを確かめるためにも、し~っかりと触らせてもらおうかな~。

 おっぱいをおっぱいをおっぱいを~♪」


「このケダモノ!」


 少女は残された手で力一杯に杖を振るう。

 木製の杖で殴られたところでトールには痛くもないが、あえて小馬鹿にするようにかわしてみせる。


 渾身の一撃を避けられた少女は、バランスを崩し地面に倒れた。


「大丈夫か」


 倒れた拍子に手放した杖を拾おうとスミが近寄るが、少女は「触らないで」とそれすらも拒む。


「マジでこいつ何様のつもりだよ」

「近寄らないでって言ってるでしょ。

 あんたたちの薄汚れた手でなんて触られたくないのよ!」


 少女はわざと威圧的な言い方をしたが、それはトールには通じなかった。


「あー、ハイハイ、汚れてますよ~。

 ウンコしても洗わないようなばっちー手ですよ~。

 でも、おまえはその手で、これからた~っぷりと、モミモミされるんだ」


 下種な笑みを浮かべ少女ににじり寄るトール。


 脅える少女を見かねたスミが、トールの背後からその尻を額の角で突き刺した。


「べぎゃぁ、なにすんだこのやろう!」

「胸が膨れていようとも、この配慮のないしゃべり方を聞けばわかるだろう。

 彼女はまだ分別のつかぬ子どもだ」


「あんたの言い方も十分失礼よ」

「それは失礼した。

 だが、先程も言ったように、我々は侵入者に容赦する気はない。

 ただちに森から立ち去るならばそれでよし、さもなくば力ずくで立ち去ってもらうことになる。

 長居すれば、おまえにこそ呪いがふりかかることになるぞ」


 最後の呪いはただの脅し文句でしかなかったが、森の噂を知る少女には効果があった。


灰色の森グレイフォレストの呪い……強欲な王が魔王を召喚して、民もろとも呪われたって言い伝えの……」


 ツバを飲み込む少女の喉が音を立てる。


「見たところ、旅の支度もないようだが連れの者がいるのか?

 ならばしばらくは待つことを認めよう。

 だが、おまえが我々の善意を無駄にしようというのならば、力をもって排除する」


 その言葉を聞き、少女は少し考えてから立ちあがった。

 姿勢を正すとスカートの裾をつまみ、優雅に頭を下げる。


「このたびは見苦しいところをお見せしてしまい申し訳ありません。

 私はショウの街で商いを営んでいるタイロンの娘で、アヴェニールと申します。

 慣れぬ旅の途中に足止めをされ、供の者も戻らぬ状況に心を乱しておりました。

 この通り私は目が不自由で、ひとりでは旅を続けることはできません。どうか供の者が戻るまで、今しらばらく猶予を頂けないでしょうか」


 少女は口調を改め名乗り、願い出る。


「よかろう。

 私の名はスミ、あちらはトールだ。

 して、アヴェニールよ、先程トモと呼んでいたか。

 連れ者はどこへ行っている?」


 スミがあたりを確認するが、アヴェニールの他には何者の気配もない。


「先の様子を見てくると、私をこの場に残し離れたまま……かれこれ、一時間は経ちましょうか」


「捨てられたんじゃね?」

 不安を抱えたアヴェニールにトールが意地の悪い言葉を投げかける。


「でなければ、森の魔物に食われたのかもな」

 その言葉に少女がビクリと身を震わせる。

 その反応は自分の身よりも同行者を気遣っていた。


「トール!」

 無遠慮なトールをスミが叱咤する。


「だってよー、魔具に反応してるのこのおっぱいちゃんだけだぜ」

 手にした魔具をみせる。


 彼の手に置かれた魔具はアヴェニール以外の人間の居場所を感知していなかった。


「そう…ですか……」

 アヴェニールは蒼白になりながらも、なんとか声を絞り出す。


「オデ様たち以外にゃ、あたりに誰もいない。

 まぁ信じる信じないはおまえの勝手だけどな」

「信じるわ」


 意外にもアヴェニールはトールの言葉を即座に受け入れた。

 しかし、少女の対応に困ったのはスミの方だった。


「どうやら、このままにしておく訳にはいかないようだな。

 かといって、我々が街まで送れるわけでもないとなると……」


「拾ったもん勝ちだな」

 思い悩むスミを尻目にトールが主張する。


「そんなわけがあるか。

 だが荷物もなければ、この場で夜を明かすこともできまい。

 しかたない、一度、我々の屋敷へ来るといい」


 スミがとりあえずの方針を決めると、アヴェニールが疑問を投げかける。


「待って、その前に聞かせてください。

 あなたたちは私をどうするつもりなんですか」


「もちろん、食っちまうに決まってんだろ!

 ひゃっひゃひゃー久々の女だぁ~。

 ぎゃわっぱぁー!」


 諸手を挙げ喜ぶトールが突然悲鳴を上げる。

 その背後には角をつきたてたスミがいた。


「なにしやがる!」

 スミはトールの文句を聞き流し、アヴェニールに安全を約束する。


「アヴェニールよ、おまえの身は私が保護しよう。

 先のことは後で相談するとして、まずは我々の屋敷まで行く。

 そこならば人間であるきみがいたても問題ない。異存はないな?」


「わかったわスミさん。

 あなたを信じさせてもらいます。

 でも…その……少し待ってもらえませんか?」


「おまえの手下なら待ってもこねーぞ。

 見つけたらモミモミとひきかえに教えてやるし」


 アヴェニール以外の反応を示さない魔具を確認しながらトールが言う。


「そうじゃなくて…その……、少し離れてて欲しいんです」

 少し顔を赤らめながら願いでる。


「なんだ、口じゃわかったようなことを言っておいて、逃げ出す気か?

 やっぱり信用なんてしてねーんじゃねーか」

「そうじゃなくて…その……あの…………」


「尻に物を入れたような言い方しやがって……そうかウンコだな」


「おしっこよ!」

 言い返したアヴェニールが真っ赤に染まる。


 さらに冷やかそうとするトールにスミが三度みたび角を突き刺す。


「ぎゃらがらぎゃー。

 おまえ、何度も何度も刺しやがって。

 俺のケツの穴、いったいいくつにするつもりだ!」


「貴様が下らないことを繰り返すからだろう。

 アヴェニール、用を足すというのならそのあたりですませろ。

 我々は少し離れている」


「(そのあたりって言われても……)」


 ふたりの気配が遠ざかるのを感じつつも、アヴェニールは困惑する。

 森にトイレなどあるわけもないが、その場でいきなりと言われても踏ん切りがつかない。


 だが、少女の戸惑いを余所に、尿意は時間が経過するほど強くなる。


「(時間をかけたら、またあのトールとかいうのが変なことを言うに決まってる)」


 そう決意を固め、しゃがみ込むとスカートの裾をまくりあげ、膀胱の緊張を緩めた。




「…………ほっ」

 排尿の解放感にひたるアヴェニール。

 だが、ひと息をついたのも束の間、近くの茂みが急に動いた。


「よし、終わったな。さあいくぞ」


 そこから現れたのはスミとともに移動したハズのトールであった。


「えっ、いや、ちょっと待って。

 いつからそこに!?」


「はははっ、最初からだ」

「うそっ、だって気配が!」


「おまえ程度に気取られるほど落ちぶれちゃいないぜ。

 スミには俺の幻影を作り出す魔具をくっつけといたから、待ってもこないぜ」


 トールはアタフタするアヴェニールを担ぐと、スミのいった方角とは逆に走りだす。


「はははははっ、このポヨンポヨンおっぱいはオデ様が頂いた!」


 『疾風の靴ヘルメス』という名付けられた魔具を履いたトールはまさに風の如く森を駆る。

 その状況にアヴェニールが悲鳴をあげる。


「いやあああああーーー!」


 悲鳴に気付いたスミが慌ててもどるが、四足で走るスミをもってしても、トールの魔具には追いつけない。


 魔具の性能に酔いしれたトールが勝ち誇ったように声を張り上げる。


「あははははっ、何人たりともオデ様の前は走らせぬぇぇぇーずぇー!」

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