第2話(前)

 灰色の森グレイフォレストの中心にある拓けた場所にトールとスミの屋敷は建てられている。

 屋敷は人の立ち入らぬ森には不釣り合いなほど壮麗な造りだった。


「ちぃ、気がつくのが早すぎるぜ」

 手ぬぐいで濡れた身体を拭きながら、ひづめの形に頭を陥没させたトールがぼやく。


 アヴェニールも同じように、濡れた身体を服の上から拭いている。


 スミの目を盗み、アヴェニールをさらったトールだったのだが……調子に乗って慣れぬスピードを出したところでスミに発見されたのだ。そこで前方への注意がおろそかになりアヴェニールともども川へと落ちたのだった。


「あんな悲鳴があがれば、誰でも気付くに決まっている。

 第一、泳げないおまえたちを誰が助けたと思ってるんだ」


「まったく、しょんべん臭いの我慢してさらったのによぉ」

「臭くなんてないわよ!」


 不当な評価にアヴェニールが抗議する。


「臭い臭い、あせってちゃんと終わってなかったんじゃないか?」

「あんたが邪魔したんでしょ!」


 ふたりの言い争いを中断させるためにスミが割って入る。


「さて、アヴェニールの着替えはどうしたものか。

 荷物もないし困ったな」

「やっぱ捨てられたんだろ、こいつ。

 先を確認するだけなら、荷物は置いて身軽にしてくんじゃね?」


「そんなことないわ!」


「どうだかな~。

 おまえ性格悪いし、

 乳の発達はちょ~立派だけど、

 目ぇ見えないし、なんか役に立つの?

 はっきりいってお荷物でしかないだろ?

 ここはゴミ捨て場じゃ……ぬぇっぺんがらぱぁー!」


 トールの言葉が悲鳴で打ち消される。


「私は役立たずじゃないわ。

 たしかに目は見えないけれど、ちゃんと仕事をしていたもの」

「へー、どんな仕事だ?」


 尻を押さえながらトールが尋ねる。


「どうして私が、あなたたちを信じる気になったと思う?」

「もちろんオデ様が穏やかながらも純粋な心を持つ伝説の紳士、超紳士スーパージェントルメンだったからさ。

 おまえはオデ様の純紳士力を無意識のうちに感じ取ってだなぁ……」

ダウト


 トールの妄言に少女がぴしゃりと言い放つ。


 あまりに自信が込められた口ぶりにトールの口もつい止まってしまう。


「あたしの眼が見えないからって適当なことを言わないでちょうだい。

 あたしはね、嘘を見抜くことが出来るの」


「ほう、だから我々の言うことを信じてついてくる気になったと?」

「半分さらわれたようなものだけどね」


 感心するスミにアヴェニールが応える。


 しかし、トールはその言葉を鵜呑みにはしなかった。


「どうせハッタリだろ?」

「だったら試してみればいいじゃない。

 本当のことと嘘を織り交ぜて私に言ってみなさいよ」


 彼女の言い分を信じないトールに、アヴェニールが挑発する。


「んじゃ、試してやんぜ。

 スミは処女厨で、可愛い処女をみつけると鼻の穴が広がる」

「……本当トゥルー


「スミはええかっこしいだが、実はかなりのムッツリである」

「……本当トゥルー


「スミは……」

「ちょっと、変なことばっかり言ってないで、もっと真面目なことを言いなさいよ!」


「というか、トールの身勝手な主観を元にした真偽を見分けているだけで、真実を知るというわけではないようだな」


 身に覚えのことを肯定されたスミが口を挟む。


「なんだスミ、言い訳か。男らしくネーぞ」

「言い訳ではない」


「じゃ、どうして今おまえの鼻はそんなにも広がっている!」

「広がってなどいない!」


「…………」

 ふたりのやりとりに、嘘を見抜くという少女が黙り込む。


「まぁ、とりあえずおまえには嘘を見抜く力があると仮定しよう。

 そんでおまえの親はその力を利用して商いでもしてたか?

 たしか商人の娘っつてたよな」


「ご名答、まんざら馬鹿でもないのね。

 毎日ってわけじゃないけど、父さんは大きな取り引きがあるときは私を同行させたわ。

 相手が嘘をついていないと確信できれば商売がしやすくなるもの」

「なるほど」


 娘が商売の鍵となるならば、不自由があっても捨てる気にはならない。

 そもそも、彼女を捨てようと森に連れてくれば、その時点で彼女に嘘が見破られることになる。


「街で人間相手に商売するにゃ便利な力かもな。

 だが、ここじゃ嘘を見抜くなんて意味がないぜ。

 嘘がバレたっておまえを殴って奪えばいいだけだ」


 トールの言い分に盲目の少女は悔しそうに顔を歪める。


 実際、彼らと出会った時、その力は彼女の身を守るのに役立たなかった。

 今、アヴェニールの安全を保証しているのは、スミの善意以外にはない。


「役に立つかどうかは気にしなくていい。

 我々は何か困っているわけでもないし、食料にも十分な余裕がある。

 さしあたっての問題はおまえの着る物くらいだ。

 女の身で替えの服もないのでは困るだろう。

 生憎とここにはトールの服しかない。だがきみにトールの服は大きすぎるな」


「あの、スミさんの服を借りるわけにはいかないんですか?

 おっきくたって構いません。

 こんなヤツの服を借りるなんてまっぴらごめんです」


「あっ、いや…私は…だな……」

 アヴェニールの願いにスミが言葉を詰まらせる。


「スミはゼンラーだからな、服は着ない主義なんだ。

 常にマッパ!

 常にケツ出し!

 常にフルチンで馬並のブツを抜き身でさらけ出してる!」


 その言葉にアヴェニールが一歩引く。

 トールの言ったことに嘘がなかったせいで、スミへの信頼が大きく揺らいだ。


「ちょっとまて、その言い方には語弊がある。

 だいたい一角獣ユニコーンである私が服を着ているほうがおかしいだろう」


 誤解を解くためにスミがあわてて説明を入れる。


一角獣ユニコーン……あの伝説の? どおりで足音が妙だと」


「ユニコーン、つうより処女大好きなロリコーンだけどな」

 納得しつつあったアヴェニールにトールが茶々を入れる。


「ついでに教えておくが、トールは岩鬼人だ。

 人間よりもずっと身体が大きいから、キミが着るにはその服は大きすぎる。

 だが、それでもないよりはマシだろう」


 改めて、ふたりの正体を聞かされ息を飲むアヴェニール。


 魔物だと聞かされていたが、具体的な名前を教えられると驚きに現実味が増す。


 スミは魔物と呼ぶには違和感があると思っていたが、一角獣ユニコーンであるとは彼女にとって予想外だった。


 一方、岩鬼人については詳しくないが、身体が大きく凶暴な魔物くらいの知識はある。

 それはトールの下品な印象には似つかわしいと思った。


「まぁ、どうしてもってんなら、オデ様の服を貸してやらねーことはないが、レンタル料は貰うぜ」

「お金なんてもってないわ。

 全部トモが持っていたから」


「金なんてあっても、ここじゃ使えねーよ。

こういう場で払うっていったら、身体に決まってるじゃねーか。

 特別おっぱい一〇揉みで……らぎゅわん!」


 悪徳なトールの台詞を厳格なスミが螺旋の角をもって遮る。


「いてーな馬鹿野郎、クセになったらどうすんだ!」

 自らの尻を何度も貫くスミにトールは涙目で抗議する。


「少し待っていてくれ。

 倉庫に古い服が残っているハズだ。

 それを探してこよう」


 スミはトールの抗議を無視し、魔法により念動力サイコキネシスを発動させると、ドアノブを回し部屋を出ていく。

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