童貞男(後編)
「おお!」
あらためて鏡の前に立った俺の口から、感動の声が飛び出す。
そこに映っていたのは、金髪美少女の白い裸身だった。
ちなみに、先ほどよりは少しだけ鏡から離れて立つようにしたら、あのピンクの文字は浮かばなくなっている。これならば、隅々まで詳しく観察できるだろう。
「これが女性の裸というものか……」
惚れ惚れするような、まさに芸術的な美しさだった。
初めて目にする『女性の裸』が自分自身の肉体であることには、少し複雑な想いもあるのだが、そんな気持ちも吹き飛んでしまうくらいの幸福感があった。
ただ大人しく見ているだけでも満足できそうだが、
「せっかくだから……」
ひょいっと腕を上げてみる。脇毛は一切、生えていなかった。
「でも……」
視線を下半身に向けると、股間は脇の下とは違う。柔らかそうな金髪が、こじんまりと茂っている。
そしてその下には、複雑な割れ目が……。
思わず手を伸ばしたくなったが。
「いや、その前に。まずは、こっちだよな」
自分に言い聞かせるように呟いてから、胸の膨らみに触れる。
「おお!」
再び飛び出す、感動の声。
初めての感触だった。
かつて「おっぱいなんて、しょせん脂肪の塊」という言葉を聞いたこともあったが、なんと不届きな発言だったのだろう! 柔らかさの中に瑞々しいハリがある、この独特の揉み応えを「しょせん脂肪の塊」と軽視するとは!
しばらく快感に浸っていた俺は、
「いや、ちょっと待て。この『気持ち良さ』って、『揉んでいて気持ちいい』ではなく『揉まれて気持ちいい』ではないのか?」
と、少し冷静になる。
試しに胸の頂点を触ってみると、芯のあるような硬さを感じる。これが乳首の勃起というやつなのだろう。
比較の意味で反対側を――まだ胸を揉みしだいていない方を――確認すると、そちらの乳首は、まだ柔らかかった。
「なるほど……」
どうやら俺は、自覚のないまま、自分で自分を感じさせていたらしい。
ならば。
「もしかして……」
いよいよ、股間に手を伸ばしてみる。
そこは、すでに湿っていた。
おそらくは、単なる生理現象に違いない。
まだ自慰行為を覚えていない少年が、お風呂で股間を洗っているだけで勃起するのと同じだ。女性の場合、快楽とかそういうのとは別に、肉体的な仕組みとして、胸を執拗に撫で回されたら自然に股間が濡れてくるのだろう。
「でも濡れているってことは、準備OKってことだよな? ……あんっ」
股間をいじっていたら、変な声が出てしまった。いやはや、この先が思いやられる。
今から俺は、そこに指を入れてみよう、というのだから。
生前の俺は、いわゆる処女厨だったのかもしれない。
といっても、非処女を絶対的に嫌っていたわけではない。ただ、自分の初体験の相手は処女であってほしい、と願っていた。「童貞と処女の性行為は色々と大変」という話も聞いたが、それでも初めて同士が理想だと夢見ていたのだ。何しろ、一生に一度しかない初体験なのだから。
この「初体験を大事にする」という感覚は男性的ではなく、むしろ乙女チックな考え方なのだろう、という自覚もあった。今にして思えば、感性が『乙女チック』だったからこそ、転生先が女性になってしまったのかもしれないが……。
「いや、それは、もうどうでもいい」
軽く首を横に振って、雑念を頭から追い出す。
頭を動かすと、一緒に金髪ロールが揺れた。些細な出来事だが新鮮であり、あらためて「金髪美少女になった」という事実を実感する。
「とりあえず……」
股間に指をあてがったまま、少しの間、動きを止めてしまう。
生前の俺は、女性の股間を見る機会なんてなかったので、これより奥の構造がわからないのだ。
「……というより、この一本の線みたいな割れ目? この肉と肉の間でいいんだよな? この中に、おしっこの穴とか、性行為のための穴とかあるはずで……。まずは、目的の穴を探さないと……」
確認の意味で、口に出してみる俺。
これから指を突っ込んで、処女膜があるかどうか、確かめようという計画だった。
もちろん、俺自身が処女であろうがなかろうが、もはや俺の初体験の相手には成り得ない。だから関係ないはずだが、そんな理屈は超越した上で、気になってしまうのだ。今後、この異世界で生きていく上で使う肉体が、生前の俺が知らなかった世界を経験済みなのかどうか……。
「少しずつ、ゆっくりと……。もしも膜があった場合に、間違って破いてしまわないように……。とにかく、そうやって押し進めていき、指が膜に触れたら処女確定ということで……」
と、あらためて口にしたところで。
『やめて! それ以上バカなことしないで!』
幻聴なのだろうか。頭の中で、声が響いたような……。
だが、その正体について考えるより先に。
俺は意識を失い、その場に崩れ落ちた。
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