ファンタジーツクール

挫刹

散り散りになった仲間



 普通に生きていた少年、サーガス・アンドレアには仲間がいた。


 同じ世界を生き、見ず知らずの内に互いの持っている武器チカラを磨いて、切磋琢磨していくような仲間がいた。最初は遠くで、最後は近くで。

 サーガスは彼らを知っていた。彼らもまた、サーガスのことは知っていただろう。

 目的は同じだったのだから……。

 同じ知識を学び、同じ技を鍛え、同じ場所を目指して、同じ世界を生きていた。

彼らとサーガスに違いがあるとすれば何だっただろう。

 持っていた武器だろうか? それとも秘めていた力だったろうか……?

 いずれにしても色、りの個性と能力が輝きを解き放っていたことは、生涯忘れることはないだろう。

 サーガスはそんなどこにでもある毎日を送りながら、遠くから眺めていた。見つめていたのだ。羨ましく羨望していた。

 ……憧れ。憧憬とでもいうのか。

 彼らはよく集まっていた。頻繁に集まって、よく話をしている仲の良い集団だと思っていた。

 そんな彼らと、いつもひとりでいるサーガスが触れ合うことは結局なかった。語り合う事もなかった。ただ遠くから眺めていた……。

 サーガスは孤立してい。理由があった。

 サーガスには唯一無二の力があった。誰もが持っていない世界で唯一の、彼だけが発見した絶大な力が。それは世界を救えるほどの規模を誇っていた。

 簡単に世界を変えてしまうほどの、とてつもない力……。

 そんな途方もない力をサーガスは隠し持っていた。誰もが気づかない場所で、誰もが簡単に見つけることができたはずの禁断の力。それをひたすらに隠していた。一人で抱え込むにはあまりにも大きすぎる呪いの力。

 だからだろうか、そんな自分だけが持つ力を見せびらかしたいという欲求には勝てなかった。


 少しずつ……サーガスは自分に宿る力を発揮していった。それで簡単に注目は集まるだろうとタカを括った。善意にしろ悪意にしろ。

 きっと世界の全ての心が自分に注目して集まってくるだろうと……。

 ……それでも、何も起きなかった。

 何も起きないまま……、力を出し切ったサーガスは世界から取り残された。

 取り残された場所から見えたのは、サーガスがあれほど見下していた、ありふれた力をありきたりに身に付けただけなのに、それを満足気に他人に披露し、また披露されて楽しく語り合っているかつての周囲の人間たちの姿だった。

 仲良く喋っている、いつもの彼ら。

 あんな賑やかな輪に自分も入れたら……どれだけこの世界を楽しめることができるだろうか。しかし、それはできなかった。サーガスが生きるこの世界は……あまりにも悲しみで満ちていたから。悲しみしかない世界で……彼らはそれに目を背けて集まって笑っていた。それがサーガスには出来なかった。どうしても出来なかった。

 笑えば笑った分だけ、どこかで悲しい事が今も起こっていると、それを必ず想像してしまうから……。


 それが呪われたサーガスの力だった……。サーガスの隠し持っていた力がそれをさせた。サーガスの持っていた世界で唯一の力が……サーガスに苦しみを与えていた。

 力に呪われ続けるサーガスは悟る。これが宿命だったのだ、と。自分には人並みの人生は歩めない。だから諦めた。普通の人生も。彼らと夢を語り合いたいという願望も。

 ……捨てた。すべて捨てた。


 あの会話の輪に混ざる事はできない。あの輪に入れば、自分は悲しみから目を背けて生きる事になる。少なくともサーガスだけは確実にそうなる。そんな人生を……サーガスは送る気には絶対になれなかったから……。

 これが運命さだめだ、と諦めた。

 自分の身に降りかかった悪魔の運命をサーガスは受け入れた。


 そして、一人だけで旅立った。生まれた地を捨て、育った場所を離れた。サーガスを追いかけてくる者は皆無だった。それで良かった。人知れず、自分はどこかで力尽きることを覚悟して。


 そう思っていた。立ち寄った町、身を寄せた村。

 そこかしこで、どこかで見た顔たちと出くわすまでは……。


 ……なんでいる……?


 驚くサーガスに、仲間たちは答えない。サーガスを無視して、自分たちの会話を続けている。楽しそうに、確実に生きる力を身につけている雰囲気を漂わせながら。

 ……力を付けている? こんな残酷な世界で……生き抜くために?


 会うたびに見違えていく彼らの姿を見て、サーガスは思い違いをしていた事に気付く。彼らは、悲しみに目を背けて笑っていたのではなかった。哀しみを知っていても、それでもなお笑っていたいのだ。それが彼らから送られた、サーガスへの答えだった。


 彼らは、天涯孤独なサーガスにもこの輪に入って欲しいと願っているのだろうか? そうだったら嬉しい。凄くうれしいとサーガスは思った。

 しかし、その道を選ぶことは絶対にない。それがサーガスに宿る力の呪い。

 サーガスの力はそれをさせない。させることを許さないだけの力を誇っていた。それが彼だけに与えられた絶望の力。彼だけの力だったから、彼だけに呪いを与えつづけた。


〝お前が人並みの人生を歩むときは、世界が地獄となって滅ぶ時だ〟


 サーガスは……、世界を守るために……彼らと離れた。自分が彼らと笑い合う時は、世界が滅ぶ時なのだと。


 自分に宿るこの力が、きっとこの世界の全てを滅ぼす。それほど、サーガスが抱え込んでいる力は、人が人のままでは理解できるものではなかった。

 サーガスは発つ。すると彼らは追って来る。そう、追って来る。なんとなくだが、そう思っていた。……追ってきているのだと勝手に思いこんでいた。なぜならサーガスのほうが寂しかったからだ。彼らの顔を発見すると、サーガスは安堵していた。嬉しかった。安心した。

 だから向こうも、きっと同じなのだろうと身勝手に考えていた。むこうもこちらを見かけると嬉しいと感じるから、自分サーガスを追いかけてくるのだと。


 それでも……終わりは直ぐにやって来た。


 世界の果てにある入り口の前で立ち止まった。こことはまた違った別の世界への入り口だ。

 その入り口の前で、サーガスは立ち止まったまま待っていた。


 彼らがやって来た。きっと来ると思っていた。


 彼らはサーガスを見つけると何かを叫んでいたような気がする。

 引き止める声? 伸ばされた手の平?


 それを振り払う。サーガスは全てを捨てたのだから。


 故郷と共に捨てた義理の妹たちや幼馴染みの少女たちや従姉妹の少女たちや優等生の少女たち。普通に生きていれば彼女たちと結ばれた将来もあっただろうか? 子供時代の悪友、宿敵。

 そして勝手に追って来た、最近出会ったばかりの顔見知りたち。

 振り返れば、彼らは確かに仲間だった。


 しかし、サーガスはそれを捨てた。サーガスはこの世界に記録されてしまったから。永遠に記録された。この世界で死んでもまた、この世界の過去に戻って同じ家族の元で生まれて同じ選択をするという記録を。力を手に入れた後で、全てを捨てる運命。

 それがこの世界から与えられたサーガスの役割。


 サーガスはそんな運命が捨てたかった。だから、全てを捨てて、独りだけで進むことを勝手に選んだ。次の世界へと行く為に。


 サーガスは見つけていた。自分だけの呪いの力を使い。次の世界を見つけて、そこで静かに暮らして行こうと考えていた。そこは、こことよく似た世界だった。その世界では、サーガスはサーガスではない別の人生を歩むことができる……。


 躊躇いはなかった。簡単に飛び降りた。彼らの目の前で……。話をした事もない仲間の前で……。


 仲間達とはこれで永遠にお別れだろう。そう思っていた。

 しかし、そうではなかった。

 サーガスの後を追って、何人かが飛び降りてきたような気がする。


 ……やめてくれ。……普通でいられるお前たちはそこに居てくれ。


 新しい異世界へと堕ちていくサーガスは、彼らが気になって空を見上げようとした。ただ残念ながら……結局、それは叶わなかった。

 ……意識が……遠のいた。

 

 そこで、やっと……夢から覚めた。



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