5.黒混じる黒
成される全て。それが折檻と褒美、どちらだと思うと訊いてみたら、この男は何と応えるだろうか。外にいるあれらと、顔の見える姉とどちらが恐ろしいのかと聞いたら、この男は答えるだろうか。
◆
人の温度をしている体はしかし、人間のものではない。俺はそのことを誰よりもよく知っている。息を吐き、重い体をその気にさせるため、薬を入れる。姉貴を相手取るときは必要ないそれが今はなんとも煩わしい。俺はぐるりと首を回す。ベッドの外にいるカレンは見ているだけで入ってこようとはしない。横でごちゃごちゃ言われるのは勘弁願いたかった。早く終わらせてしまおう、と思う。薬は効いているようだった。
「俺を見ろ」
一対の目はこちらへ向けられる。滞留しているようだった血液が、ずるずると体内を這うのが分かる。座っていたシーツに手をついて、俺は寝そべる男の顔をじっと見る。まぶたは赤い。頬も赤い。薄い皮膚は視床下部の指令をよくよく透かして見せてくる。よくもまあこんな状況で快感を覚えられるもんだ。俺は感心する。触れれば男は反応を返す。胸に触れれば温かい。脈打つ心臓に血流が軽快な調べを奏でていて、俺はただただ感心するばかりだ。手を滑らせた頬は乾いていて、熱い。合意は十二分に取れている。俺は服を取り払い、待ちわびたような顔で控えている目の前のそいつを犯す。薄い体、細い骨、そばかすだらけの白い皮膚。俺たちと同じ色合いの瞳。剣呑な姉のそれより、幾分か俺に近いように思う。その目がスッと細まる。お伺いを立てるように潤む目に、俺はただ、可哀想なやつだ、と思った。
「……疲れたな」
満足したらしいカレンは途中で部屋を出て行った。あれには領主としての仕事がある。次に現われるのは三十二時間後だ。俺は起き上がって、ベッドの端で胡座をかく。疲れたな、と思う。重い血液が背中を、首を、脳の近辺を這い回るのがわかって気色が悪い。額を抑えて絨毯の模様を目でなぞっていると後ろから声が掛かった。俺は振り向かない。
「なにか用か」
「なぜ……従うんだ?」
枯れた声は尋ねる。これ以上無いくらいもっともな疑問だろう。俺は開きっぱなしの戸口に目を向けて、質問に答えてやる。
「理由はたくさんある。俺と違って姉貴は天才だ。刃向えば当然首はない。あの手でむち打たれるのは痛かろうな。そこはおまえとおんなじだ。俺だって命は惜しい。それから……そうだな、おまえ、屋敷の中で誰かと会ったか?」
「い、いや……? どういうことだ? 誰かいるのか? この屋敷の中に?」
ああ、こいつには見えないのか、と俺は思った。それはいい。幸福なことだ。俺は戸口をじっと見る。暗がりの中には誰もいない。
「いいや、俺たち以外には誰もいない。状態を保つために姉貴は仕事をしている」
「? そう、そうか……」
あまり理解の進まないような声音で返事が返る。まあ、そんなものだ。こいつは第三者だ。この屋敷で誰が死に、誰が消えたとしても、この男が領主を継ぐことはあり得ない。だから、まあ、そんなものだ。俺は少し考える。
「……姉貴に逆らうなよ。あれは俺より怖いぞ。……俺は気ままにふるまって口を出す事を『許されている』。同じようにやって戻れると思うな。俺は血を分けたきょうだい……同じ腹から産まれた同胞だからだ。姉貴は他人の干渉を許さない」
気をつけろ、と俺は言った。背後から息をのむ音が聞こえる。俺は服を着て、振り向かないまま部屋を出た。扉を閉めてもう一度開けると、ベッドの上には誰もいなかった。次はないぞ、と俺は言う。背後の暗闇は少しさざめいたようだった。
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