3.白黒二分割

終わることのない円環の日々に、俺はまたか、と思っている。いつでも、あるいは三秒後。そうでなければ二年前。ぐるぐる回る円環に、俺はまたか、と思っている。



「話聞いてるの?」

黒と白に彩られたサイドテーブル。その天板をナイトの駒でかつかつ叩き、カレンはブラウンの髪を弄った。豊かな毛束とナチュラルなストレートがドレスシャツに包まれた肩を流れて音を立てる。長い髪に光る青のロゼッタはベストと同じ色をしていた。カレンはつのる苛立ちを隠そうともしない。自慢の髪をこね回しながら、年若い女は返事を急かすように語気を強め、再度『ねえ』と言った。幼年期をとうに過ぎたカレンの目は未だ鮮やかな青で、乱暴で傲慢な子供時代の影を光彩へ色濃く残している。俺は目を眇め、始めの頃はこうではなかったのにな、と思う。俺は顔を上げた。

「……聞いている」

視線を向ければ向かい合わせの顔が見返してくる。俺はハードカバーの本を置き、鋭い視線を真っ向から受けた。眇められた同色の目はキトゥン・ブルーよりいっとう昏い。伏せられていた視線が自分に向けられたことで満足したのか、カレンは鼻を鳴らし、苛立ちを一旦取り下げたようだった。カレンは口を開く。叱責というにはなんとも手ぬるい、純な不服を表明するために。

「あんたさ、わたしが喋ってるんだから話くらいちゃんと聞きなさいよ」

天板をかつかつと叩き、ふんぞり返って黒いハイヒールの足をぶらつかせる。俺は『ああ』とだけ言って、ルークを手に取った。象牙細工の駒は艶やかな黒。カレンは青い爪をひらめかせ、持っていたナイトを盤上へ叩くように置いた。カン、と硬質な音が響く。

「壊すなよ」

無駄だと思うが口に出す。それが必要なことだからだ。俺は眺めていたルークを元に戻して中心やや右寄りのポーンを二マス進めた。

「馬鹿にして。壊さないわよ」

カレンはポーンを手に取り、でたらめなところに置いた。俺は駒を進める。カレンはまた同じように駒を手に取り、見当はずれな場所に置く。黒と白が入り乱れる。片や規則的に。もう一方は嵐のように。郡から外れ乱雑に置かれた駒を、俺は拾うように集めていく。規則と気紛れにもまれ、盤面はぐちゃぐちゃになっていた。向かいでやたらめったらに駒を操るカレンが状況に気が付く時には、白の駒は半分にまで減っていた。

「あんたこれに限っては強いわよね。イカサマ?」

俺は盤面を見つめたまま『いや……』と言った。カレンは手に取ったルークの裏を見てそれを同じ場所へ置く。盤面を掻き回すだけで勝負に乗らない。チェスでは勝てないと知っているからだ。彼女が得意とするのはカード、52枚の札を操ることにおいて、姉の右に出る者はいない。それは、イカサマをしても、しなくても。運と駆け引き、その二つにおいて、カレンに適うものはいない。

「……カードとは違う。棋譜だけでゲームが進む。運の要素が絡まない。すり替えも無用。……姉貴には向いてない」

低く呟かれた気のない返事に、若い当主は再び鼻を鳴らした。

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