〈5〉嘘でもあると言うのがスマートじゃないかな
舞鶴山に沿うような細い路地を抜けると、上品な佇まいの甘味処があった。
冬子によれば、夏季限定のかき氷などは予約必須の人気店らしく、しかし閉店時間も早いため、高校生の身分には、終業後に電車を待って繰り出すには厳しいのだという。
一時間に一本という田舎式ダイヤグラムの辛さと、一家どころか一人に一台レベルで車が必要になる山形の実情をぼやきながら、冬子と二人、暖簾をくぐる。
暖かな雰囲気の店だ。入ってすぐのところは販売区画のようで、持ち帰り用わらび餅のサンプルがつつましやかに並んでいる。
景観に溶け込んだ、壁際のアップライトピアノが目に留まった。脚漕ぎボートのようにペダルを踏むことではじめて音の鳴るアンティークタイプで、日本でも、これほど綺麗な状態で残っているものは珍しい。
音は鳴るのだろうか気になったが、連れもいるとなっては話を切り出しづらい。カウンターで微笑む女将に訊きあぐねていると、背中に冬子から声をかけられた。イートインは反対側らしい。
席について定番を尋ね、わらび餅とほうじ茶のセットを頼み、一息を吐く。いちごわらびは昼前に終了してしまったと聞いた冬子が少し拗ねていた。
運ばれてきたお待ちかねのわらび餅に、いそいそと「いただきます」をしている姿に、微笑ましくなる。久しくそんなことをしていない自分が随分と汚れてしまった気がして、まるで懺悔でもするように、彼女に倣って手を合わせた。
黒文字を恭しく口に運んだ冬子が、うっとりと目を蕩かせた。「んーふー」と、言葉にする手間を惜しむくせに、その感動を伝えようとしてくれるほどらしい。
「これは……美味いな」
絶妙な柔らかさに驚くと、彼女はどこか誇らしげに、こく、こくと目を瞑ったまま首を振る。どうやら今暫く、夢ごこちから帰ってきてくれそうにない。
「はあ、ほんとうに美味しい。ありがとう、栄助さん」
「構わん。車を出しただけだ」
「ううん、一緒に来てくれたことも、だよ。たぶん、クラスの子と来ようものなら、気を遣うばかりで、味を楽しむどころじゃないから」
「光栄だな」
ほうじ茶をほんの少し口に含んで、かすかに残ったわらび餅の余韻を楽しむ。茶の熱気に膨らんだきな粉と砂糖の香りが鼻腔をくすぐった。
和菓子はいい。ケーキは苦手だ。思い出まで甘ったるいから。
「ねえ。せっかくなんだし、何かお話ししようよ」
純真な誘いに、少し、及び腰になる。
いざ考えてみると中々に浮かばないものだ。まして、質問の殆どが教師目線になってしまうようで、浮かんだ言葉を次々に呑みこむ。好きな教科など訊ねたところで、『ご趣味は』と同じくらい滑稽だろう。
「何故、一人暮らしをしてまで山形に来たんだ」
ようやく絞り出した質問に、冬子があちゃあ、と目を覆った。
「外堀から埋めたのに、残念。核心ついちゃったね」
「やはり、それも『食事』と関係していたか」
「うん。勘当されているから、私。母からは『かわいそうな子』って言われた」
「かわいそうな子、ねえ」
母親の気持ちも分からないではなかった。巷のLGBT論争も同じだろう。社会的に認めることと、パーソナルスペースに受け入れることとでは意味合いが異なる。
もし、自分の姉が――ああいや、アレが自分がレズだとカミングアウトしたところで驚きはしないか。例えば、奈緒だったらと思えば、おそらく自分は反対するだろう。
その理由に、名前なんてつけられないと分かっていながら、怒るのだ。
「何がきっかけで」
「茨城にいた頃、キックベース大会で怪我をした男の子がいたんだよ。うちの子供会、あ、父が自衛官なんだけど。そこの官舎の人しかいないから、みんな『舐めときゃ治る』って。誰も手を差し伸べてあげなくって。だから、舐めてあげたの」
「それが、美味かったと」
「わからない。でも、自分しか知らないその子の味なんだと思うと、すごく興奮した」
「止められないか」
「栄助さんも、タバコ、止められないでしょう」
「……返す言葉もないな」
きっかけなんて些細なことだった。自分の喫煙もそうだ。御大層な理由など、ない。
きっと、初めは一般的に感じるものと同じ、鉄のような血生臭さだったが、それが習慣化して、中毒となっていくうちに、甘美な味だと思い込むようになってしまったのだ。
「そんな顔しないでよ。今はもう顔も思い出せない相手。恋心もないから」
「別に、嫉妬をしたわけじゃあない」
わらび餅を舌でこねる。このくらい分かりやすい
「じゃあ次、私の番。栄助さんの彼女の話がききたいな」
「いないと言わなかったか」
「付き合っていた人くらいはいたでしょう」
茶の器を、取り落しそうになった。
「面白い話でもないさ」
「けれど、栄助さんはずっと抱えているように見えるよ」
「それはまたどうして」
「だって私が、一番が欲しいって言ったとき、泣きそうな顔してたから。強いて言うなら、ここで、どうして、なんて訊き返すのも不自然だもの」
失念していた。彼女はこちら側だった。普段なら「別れちゃったんですよ」などとへらへらしながら、ろくでなしを演じていれば煙に巻けるのだが。
「ふぅー……」
天井を仰ぎ、息を吐く。つい先ほど口にしたはずのほうじ茶の潤いは、早くも褪せている。
「大学時代、彼女がいた。可愛らしく、よく気が回る。バイト先では、腕を買われて試食販売の手伝いをするほど料理の上手い、いい女だったよ」
「うん」
「ちょうど、東日本大震災の頃だ。寝物語に将来を描こうとした時、あいつは泣き出した。バイト先の上司が福島の出身だったらしい。奴は単身赴任していて、妻と子の無事を聞いたとき、安心したんだろうな。逆にそこで何も手につかなくなった。その男の家に、まあ、いわば通い妻だが。そうこうしているうちに、移り気してしまったと」
「うん」
「一晩中泣いて、謝っていた。食事を用意しただけ。肉体関係は求められたがまだ至ってはいない、それだけは信じてくれと言われたが、そんなことどうでもよかった。俺はもう、空っぽになっていたから」
「無理、ないよ」
「いや、冷めたわけじゃあないんだよ。引き摺っている間も、たしかに好きだった。だが、自分が酷く薄情な人間に思えたよ。ショックを受けるでもなく、怒ることも恨むことも、穢らわしいと思うこともなく。むしろ、正直に告げた彼女を美しいとさえ感じていたんだ」
本心だった。羨ましかったのだ。そうまでして愛する者に出逢えた彼女が。浮気や不倫を肯定するわけではないが、恋が散っても新たな春を探すように、一人が愛する人間は一人ではないことを知っている。だからこそ、光源氏の物語に人は惹かれるのだろうと。
「ただ感情だけは、心の真ん中だけが虚空に飛んでいってしまったように、何にも湧いてこなかった。胸の痛みとやらもなかったんだよ。俺の想いはこの程度だったのかと。己の敗北を思い知らされたときも、清々しかったくらいだ」
「敗北……? どうして、そう思ったの」
「面を拝みに行ったんだ。妻子がいながら誘い込みやがったクソ野郎のな。初老は隠せていなかったが、背も高く、爽やかな笑顔を湛えた、いい男だったよ。ああ、敗けたと思った。別の日に、そいつが元カノとは別の、あの店の従業員の女と手を繋いで歩いているところを見かけても、不思議と納得したくらいだ」
それからのことは空の向こうである。長かった髪をばっさりと切り整えていた彼女を見かけた時、良かれ悪しかれ、あの男との関係に変化があったことを悟ったくらいか。
「少し、話が逸れたな。とまあ、それ以来、俺は誰かを想うことができなくなった。『貴女を世界で一番愛している』という提示の、保証ができないんだよ」
息継ぎをするように茶を呷る。皮肉にも、こいつは冷めていた。
「そっか。苦い、ね」
ぽつりと、冬子がそう言った。
「愚図な男の、つまらない顛末だよ」
肩を竦めて見せても、彼女は目を伏せるばかりだった。
話すべきではなかったかと省みる。身内以外に話したのは初めてで、どうも加減が分からなかった。のうのうと、立ち行かなくなった場所で彷徨い続けているモノを見るのは、不快でしかないだろうに。
わらび餅の最後のひとかけらが、いやに喉に張り付いてくる。
「ねえ、栄助さん。大人の恋って、どういうものなのかな?」
「それを俺に訊くのか」
「ごめんなさい、嫌味とかじゃないの、ただ。栄助さんの思う大人の恋を知りたくて」
慌ててた様子で胸の前に両手を拡げた冬子を宥めて、言葉を探す。
「一般論だが。愛、というものがそれに相当するんじゃないか」
「なら、愛ってなあに」
「そう言われてみれば、考えたこともなかったな」
説明する言葉が出てこなかった。ケースバイケースと言ってしまえばそれに尽きてしまうのだろうが。愛し愛されることや、幸せを願いながらも、その形を明確に描いた記憶がない。
「体の関係を持ったら、愛なのかしら」
「その理屈でいけば、俺とお前の間にも愛があることになるが」
「むう、そこは嘘でもあると言うのがスマートじゃないかな。それに、口でしかしてないし。これからどうなるか分からないじゃない」
唇をとがらせた冬子に、困ったようなほっとしたような、妙な感情を抱いた。
今後も『食事』の関係が続くことは、できれば元から断ちたいところではあるが、それよりも、どうやら彼女はダメ男の失恋話を聞いて尚、見損なわずにいてくれるらしい。
「社会人として生活が送れればいいのかな。あるいは、栄助さんの元カノさんたちのように、浮気や不倫をするのが大人なのかしら」
冬子が口元に指を添えて独りごちている。哲学者かと思えば今度は探偵のようだ。
さっと夕日が差した刹那、恋に悩む大和撫子が掠めていった。式部か少納言かは定かでないが、どこぞの愚かな男とは違い、見ていて飽きることがない。
どこか遠くへ想いを馳せる睫毛を見ていて、ふと、気付いた。
「俺には、お前が自分なりの答えを持っているように見える」
「ふふっ、どうだろうね」
上目遣いに奥ゆかしげな微笑みをくれる彼女に、確信を得る。
やはり、愛とはケースバイケースなのだろう。彼女が血の中にそれを見出したように、誰もが、愛する人と、それぞれの
世界でたった一人、その人にしか贈らない味を、身に付けようとしている。
「けれどそれは、単なる願望に過ぎないのかもしれないよ」
「願望を抱くからこそ、幸福がやってきたときに気付けるとも考えられる」
たとえ、それがささやかなものでも。
そう言うと、冬子はくすりと、鈴のように軽やかな声で、笑った。
「だから教えてよ、先生。栄助さんの思う、大人の恋を、私に。『かわいそうな子』を、貴方の手で大人にしてほしい」
彼女の肩越し、窓の向こうに、舞鶴山からの桜が舞っていた。
冬子をアパートに送り届けて帰宅し、独り身には随分と広く感じる家の中をのそのそと歩き、ようやく部屋まで辿り着いた。布団に突っ伏してしまいたいほどの自己嫌悪が襲う。心の暗部に触れるのも、心の暗部を晒すのも、いやに体力を要する。
日頃の運動不足が祟ったらしく、上がらない足で、積んでいた本に小指をぶつけてしまった。よりにもよってハードカバーにだ。気が滅入る。
冬子との関係も、見ようによっては『禁断』のそれだ。まだ、軟派気取ってつまみ食いをしては捨てたツケに、明日には学校への報告とともに処罰が待っている、という状況の方がマシに思える。
舌打ちして、煙草を取り出す。一寸先さえ見えないのは肩に重い。
ぼうっと本棚を眺めていて、そういえば、精神疾患系の本を買ったことがあるのを思い出した。仕方ない、彼女の『禁忌』にも探りを入れておく必要がある。
ページを捲る。あの『食事』は、どうやら異食症の一つに当たるらしい。氷をガリガリ食べるとか、髪の毛を食べるとか、あの類だ。小学校の頃、同級生にBB弾を飲みこめることを特技にしていた奴がいた。仕方のない特技だと思ってはいたが、あれも異食症なのだろう。
正式名称は『
あいつはここまでではない、か。
不意に玄関の引き戸が開く音で、体が跳ねた。
「ただいまー」
遠くからの声に、その主が思い当たる。胸を撫で下ろし、本を棚に戻した。
煙草の火を吸い殻の山にねじ込み、台所まで顔を出す。奈緒が買い物袋を下ろしているところだった。制服姿は、今の自分には目に痛い。
「そうか、今日は金曜だったか」
「やっぱり忘れてたんだ」
頭を抱える。退勤する直前、明日から世話になると挨拶した隣のクラスの担任から、真面目だねえ、などと言われたのは、そうか。部活の顧問でもないのに週末に出て来るのね、という皮肉だったか。
「一度来たんだけど、いないんだもん。先にお買い物済ませちゃったよ」
「ああ、そうか」
冬子の顔が浮かび、どこか安心した。しかし、週明けまで顔を合わせなくていいはずなのに、何故か鳩尾のあたりが鈍く澱んでいく気もする。
毎週金曜日には、父方の従妹である奈緒が夕食を作りに来るのが習慣になっていた。きっかけは殆ど憶えていない。悩みの種として否でも記憶にあるのは、彼女が吉字高校に入学することが決まり、地元の東根市から、山形駅西口側のマンションに住む従姉――つまり、我が家の姉のところに居候を始めたことで、月に一度ほどだった来訪が週一に変化したということだ。
構わなくていいとは何度も伝えているのだが、剣道部の稽古は短時間集中型で、部活は十八時ないし十九時に終わってしまうこともあるという。だから時間の融通が利くのだと。
シンクに向かうため目の前を通り過ぎた奈緒のショートヘアから、稽古の汗の臭いが隠されていることは気が付かないフリをする。学校では付けていない、柔らかな甘さの香水だった。
部屋に戻り、再び本を漁っていると、暫くして、奈緒が夕食時を告げにやってきた。
「まーたこんなに散らかして。本に失礼だとは思わないの」
「思わないな。知は読み散らしてこそだ」
「屁理屈ばっかり。今度時間を取って掃除しなくちゃね」
余計なお世話である。汚い部屋の主が、持ち物の場所を把握しているというのは本当だ。ただそれを時折、あくまで人並みに、忘れてしまうだけである。
それに、掃除という名目で週末にも来るとなれば、さすがに深入りが過ぎる。かといって合鍵を取り上げても、姉経由で渡されるのだから始末に負えない。
「律儀に通わなくていいんだぞ」
再三の通告を、未だ掃除掃除といかる肩に投げかける。
「今や教師と生徒なんだ。そういう理由で、姉貴の家に住まわせたはずだろう」
我ながら、どの口で囀れるのかとも思うが、この場に限っては正論だ。許せ。
「耳タコですう。教師と生徒である前に従兄妹だし。それに栄助くん、放っておくと惣菜弁当ばかりで、お料理しないんだから。そんなんじゃ体壊すよ」
「レシピさえ読めれば、飯は作れる」
「やらないんじゃ一緒でしょ。まったくもう、
ぐうの音も出ず、食卓についた。今週のメニューは里芋の煮物と、蒸しホタテと水菜のサラダらしい。
ご飯を茶碗によそいながら奈緒が振り返る。
「あ、季咲お姉ちゃんで思い出した。顔出せって言ってたよ」
「この間、親父たちの三回忌で家に来たばかりだろうに」
肩の荷がさらに重くなる。
姉・長谷堂季咲は趣味を仕事にした人だった。こっちが実家だというのに、わざわざ顔を出せということは、何かしらネタに詰まったのだろう。後で連絡を入れてみるか。
箸立てから二人分を出して、手を合わせると、奈緒がにやにやとこちらを見ていた。
「何だかんだいって、食べるものは食べるんだね」
「材料費も水道光熱費も俺負担だからな。遠慮なんかしてやらん」
「あれっ、お買いものした分、栄助くんにもらった記憶ないんだけど」
「姉貴からきっちり請求されてる。現物支給で」
指で作ったおちょこを呷って見せると、奈緒は納得したようだ。
「季咲お姉ちゃん、ちゃっかりしてるなあ」
目をきらきらとさせていた。彼女にとって、季咲は憧れの女性らしい。人使いの荒い飲んだくれアラサー干物女に憧れを抱くなど、どこを目指しているのだろうかと心配になる。
「あっ、季咲お姉ちゃんでもう一つ思い出した。さっき一度来たときにね、御漬け物、仕舞ってたんだ。いぶりがっこ。お姉ちゃんの仕事仲間の人からお土産でもらったんだって」
「別に、今出さなくてもいいんだぞ」
テーブルの足に引っかかりそうになりながら冷蔵庫に向かう背中を引き留めたが、「いーの、私も食べてみたいし」と却下された。
「お酒の臭い、すごい……」
「米ぬかだからな。きついようなら、少し洗ってやるといい」
そういえば三回忌のときも、最後の方は酒の臭いにやられていたか。チョコレートボンボンなんかは食べられたはずだから、体質的に受け付けないというわけではなさそうだが。
「手伝おうか」
そんなお節介が仇になる。既に包丁を握っていた奈緒が、顔を覗かせたこちらに驚き、誤って指を切ってしまった。
「すまない。見せてみろ」
「ううん大丈夫。ほんの、ちょっとだから。私、剣道部だし。刃を避けるの、得意だから」
顔を真っ赤にして、意味不明な根拠を捲し立てられる。
掲げられた指の横腹が赤くなっていた。幸い、ほんの一ミリほどの小さな傷で済んでいたが、血がぷっくりと滲んだかと思うと、零れた。
「待っていろ。今、救急箱を持ってくる」
「本当に大丈夫だよ。このくらい、舐めてれば治るって」
奈緒の言葉に、夕方のことがフラッシュバックする。
ふと思い立って、彼女の手を取り、おもむろに咥えた。
「ちょっ、えっ、ええーっ」
「このくらい、舐めておけば治るんだろう」
「そうなんだけどさあ!」
より怒らせてしまったらしいが、構わず、舌先に触れる味に集中する。
やはり、血の味だ。こんなものか、と思う自分は正常なのだろうか。それとも、冬子の話を聞いた上でこの感想を抱くことは異常なのか。それとも。
馬鹿馬鹿しいと、首を振る。これが冬子の血液だとしても、結論は同じはずだ。
血は血。口にすることは即ち異食。自分までが流されてどうする。
原始的な応急処置を済ませると、奈緒は指を庇いながら漬物を切り始めた。耳まで紅潮をしているものの、俯いたままで、その表情までは窺いきれない。
「あの、さ。栄助くん、来週からうちのクラスの担任だよね」
「ああ」
「白状するとね。荒木先生、あんまり得意じゃなかったんだ。ここ一年くらいかな、なんか急に暗くなって、不気味、っていうか。あんまりこんなこと言いたくないんだけどね。そういうこともあって、栄助くんが担任になるって聞いて、本当、うれしいんだよ」
「そうか」
彼女は素直だ。話題を変えようとしながら、結局同じところに行き着いてしまうようなひたむきさは、堕ちてしまった底から見上げるには眩し過ぎる。
「え、栄助くん、クラスのみんなにも人気なんだよ。笑顔が爽やかで、優しいし、授業も分かりやすいって」
「……光栄だな」
授業に対するものはともかく、前二つは嬉しくない下馬評だった。否、仮面の甲斐があったと喜ぶべきだろうか。
やがて小皿に並べられたいぶりがっこの味は、ほろ苦かった。
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