第15話 炎を纏った蜘蛛



「やったぁ、ヘルムンガンドを倒したぁー」



ニミュエが飛び跳ねた。ファイは冷汗を拭った。



「ふう、どうにかなったぜ」



「ファイ、やるぅ」



 ニミュエはファイの肩に飛び乗り、手でファイの頬を触る。



「へへ、肩に止まりながらいうのよせよ、照れるじゃねーか」



「よくやった、ファイ。それでこそ、我が国の突撃長だ」


 キュラが感心した面持ちでいった。



 ファイは一呼吸おいて話し出した。



「でもよぉ。危なかったぜ、首が二股にわかれたときは。エリューが炎系(アータル系)最強魔法を土壇場で打ち込んでくれなきゃ、勝ててなかったかもしれない」



 そういい、エリューを一瞥する。エリューは恥ずかしそうに顔を赤らめていた。



 その模様をみやり、キュラはエリューに問いかけた。



「そなた、魔法使いだったのだな、それも、可也の使い手。どうして能力を隠していたのかは知らないが、そなたがよければ、戦力になる。一緒にきてもらえないか。それに一人で山道を帰るのも危ないだろう」



「はい、それはかまいませんよ、私でよければ」



 エリューは大人しい声で言いにくそうにいった。キュラが大将軍だということを知っていて、弁えているようにも見える。



 そのときだった。例の猫が何やら言い出した。



「みなのもの、おいどんについてくるどん。滝の洞窟に入って、おいどんの里、渓谷村ポンファンに案内するドンよ」



「ポンファン?」



 キュラが首を傾げた。



「おい、猫、俺たちは古城ゴルティメートにいくんだぞ、そんな野暮な時間なんて」



「赤毛のにーやん、古城にいく道への通過ポイントどん。ポンファンを通り越して更に上に登らないと古城にはつかないどんよ」



 ボンはえっへんと偉そうな態度でいった。ファイが頭をかいた。



 キュラがにこりと笑い、ファイの方を向きいった。



「通過点か。ファイ、いくことにしよう。ボンの後をついていこう」



「わかりました」



「みな、洞窟に入るぞ」



 キュラがそういうとボンの後をついて、滝の洞窟に入っていった。




☆☆  



 洞窟に入ってから、しばらくの間、ボンの誘導のもとずっと道を歩いていた。



 なにやら、日の光りが見え出した。



 だが洞窟はほとんど光がなく、暗かった。



「それにしても、薄気味悪い洞窟だな」



「もう出口はすぐそこどんよ」



 ボンが出口の方を指さした。



 ニミュエの顔が明るくなって、ファイの肩から、宙へ飛び出した。



「日の光がみえるわ」



 そうして、やっとのことでファイたち一行は、洞窟の外に出た。



 洞窟のある位置から、少し下の方に、建物がいくつかあるのがみえる。



 猫族だと思われる、猫人もいた。



「あの崖の下にある村が、おいどんの渓谷村ポンファンどんよ」


 そのときだった。



「へぇ、あんなところに、ん?」



「どうした、ファイ?」



「エリュー、伏せろ」



「きゃーあ」


 ファイはダイブし、エリューを後ろの方へ突き飛ばした。一体、何が起きた?


 その瞬間、エリューの頭上から涎のような液体が地面に下った。


 それはなんと、地面を溶かして丸く穴をあけた。


「な、なんだ、地面が溶けた?」



 緊迫感が犇めいた。



 キュラが急いで周りを確認し、上を見上げた。



「上を見ろ、モンスターだ!」



「な、炎をまとった蜘蛛だと? それも何匹もいる」


上を見ると、身体に炎を纏った数匹の巨大な蜘蛛がいた!



「ファイ、あれは炎蜘蛛(ファイアスパイダー)だ」



「炎蜘蛛(ファイアスパイダー)!」



エリューは、驚嘆して大声を上げていた。



「やっぱり、また出たどんね。おいどんたちの天敵どんよ。今まで喰われた仲間の仇、うってやるどんよ」



ファイはそれを聞いて驚き、手を開いた。



「透明状態解除(ディスチャージ)」



急いで今いた場所を少し離れ辺りを見回した。



「炎蜘蛛に囲まれている」



キュラは剣を引き抜いてエリューとボンと、体の背面を合わせながらいった。



 続けてファイは、口を開いた。



「一、二、……多いな、五、六匹ってとこだな。ニミュエ、エリュー、ボン、離れるなよ」



「うん」



ニミュエが答えると、炎蜘蛛が一匹、降りてきた。



その降りるのに合わせて、もう一匹の炎蜘蛛が8本の足の根元についている口から体液(たいえき)を放出してきた!



急いでファイはそれを躱し、身を翻して、上から向かってきている炎蜘蛛の攻撃に対処した。



だが、ファイは躱したものの、オネイロスの肩アーマーにその体液がかかった。



オネイロスは急いでそれを振り払おうとする。



しかしそう簡単にはいかなかった。オネイロスの肩アーマーが少し溶けだした。



「クっ、体液は融解液と同じなのか。なんだ、この刺激臭みたいな匂いは?」



オネイロスは手で口を塞ぎながらいった。



これをみたボンが急いで言い放った。



「オネイロス殿、それをすっちゃぁダメどん。それはファイアスパイダーの毒素どん」



「なに? 毒素だと?」



「その毒素でファイアスパイダーは相手を動けなくして食べるどんよ。仲間もそれでやられたどん」



「わかった。ありがとうな、猫侍!」



そのときだった。



近づいてきたファイアスパイダーは顔の中心にある牙でファイをかみ殺そうとした。



それを魔剣で受け止め、太刀筋を変えて、そのファイアスパイダーの前足をきった!



見事にファイの一閃は命中した。



その斬った傷口からは硝酸のような体液が血しぶいた。



体液が漏れ、辺りに毒がある刺激臭の匂いが蔓延した。



「いけない、みんな息を止めて『風の雨(ウインドレイン)』」



 テアフレナは風属性(ワユ系)の風魔法を発動させた。「風の雨」はレベル1にあたる。その瞬間、雨

のような風が満ち溢れ、刺激臭を風で遠くに吹き飛ばした。


 同時に、上にいた、ファイアスパイダー一体を風魔法で切り刻んだ。



 さすが、テアフレナ。いかなる状況でも冷静沈着だ。毒素を風で上空に飛ばしたわけだ。



 キュラの警戒は鋭かった。



エリューは後方のファイアスパイダーに目をやりながら何か魔法を唱えようとしていた。



ボンも同時に背中のアイテム入れから何か取り出そうとしながら敵をみやった。



ガサガサガサッ



周りでファイアスパイダーの足音がなびく。 



囲まれている。このモンスターは足の根元に頭がついていた。



一体どの頭が、本物の頭なのか。どれが中枢を担っているのか、わからなかった。



目の前にいたファイアスパイダーは、ファイに足の根元にある八本の全ての頭から辺り一面に炎を噴射してきた!



炎で木が幾本も燃え、辺りが炎に包まれた。



熱気が伴い、少し煙などで息苦しい状況となった。



キュラはニヤリと不敵な笑みを見せた。ファイは透明状態を解除した魔装具、魔剣イフリートの段平を裏返した。



急いでファイはその攻撃を軽やかに躱し、そして、突進し横から足を二本、ないだ!



ファイアスパイダーの左側面側の足が関節で切れ、体液が噴出する。



恐らく、いつもなら、猫の者たちを捕食するのには毒素を使えば、こう、苦戦もすることもないだろうが、今回は違った。



魔剣士と魔法騎士がいた。



そう、宮神官と飛びぬけた潜在能力をもった魔法使いも。



だが、ファイアスパイダーは攻撃の手を止めることがなかった。



後ろでエリューはファイアスパイダーの炎をかわしながら、魔法の詠唱に入っている。



その時、キュラの頭上からもう一匹のファイアスパイダーが八本の足をキュラに向けて見開き、展開し向かってきた。



「危ない!」



それを見たエリューは叫んだ。キュラは急遽、上を見上げた。



だが遅い!



もう、落下してきており、かなりの至近距離だった。



このままでは、噛み殺される。



炎蜘蛛の八本の足の牙がキュラを確実に狙っていた。



直撃すれば、間違いなくキュラは殺(や)られるだろう。



キュラの死角から直撃しようとしていたその時、エリューは上手いこと詠唱し終わった魔法を放った。



「『氷の雨(フリーズレイン)!』」



氷(アイス)系攻撃魔法レベル1の魔法だ。



エリューがいた正面の空中に、無数の氷が雨の槍のように現れ、雪崩を打って、キュラの頭上から追撃してきていたファイアスパイダーに向けて撃ち、それは次々に直撃した!


見事だった。



一撃で、無数の氷の槍のような雨がファイアスパイダーの炎をまとった体に貫通していた。 



その衝撃で吹っ飛び、氷が刺さった状態で後ろの木に突き刺さり、魔物の断末魔が響き渡る。



「すまないな、エリュー」



キュラは危うく難を逃れ、エリューに目利きしいった。



周りをチラチラみつめる。



「あと四匹か。氷(アイス)系の魔法が効くんだな」


ファイは魔法の凄さに感心していた。



 そのときだった。



「炎の蜘蛛、おいどんの、爆薬もくらえー。『猫弾光爆薬(ねこたまひかりばくやく)!』」



 Dooooon!



 ボンが待ち構えていたとばかりに、手に持っていた、猫族の爆薬を投げた。



 凄まじいくらいの閃光が生まれ、爆発し、それは見事にファイアスパイダーを飲み込んでいた。



 だが、全部のファイアスパイダーを葬り去ることはできなかった。



 一体だけは爆発で地獄に送ることには成功した。爆炎が舞い散った。



 猫サムライのアイテムは、特殊なものが多いのか、効果が高い。



 魔物の断末魔が響き渡った。これであと三匹だ。



「へ、やるじゃねーか、猫ちゃん」



「ボンちゃんやるー」



 ニミュエとファイは猫が大きなモンスターを倒したことに笑顔で称賛した。



 ボンはへへへと得意げな顔をした。



「まぁ、おいどんにかかれば、これしきのモンスターなどいちころですぞ」



そして、目利きするとファイは剣を構え直して、近くにいたファイアスパイダーを牽制する。



六本の足の根元にある頭全てから、またファイアスパイダーは四方八方に炎を吐いてきた!



その炎で周りにあった木が燃える。



戦場は火の海だった。息をしているのも苦しくなるくらいだった。



その拡散してくる六つの炎を上手くかわしながら、テアフレナはいった。



「みんなを死なせない。氷固撃(フリーズブリッド)!」



テアフレナは必死だった。これ以上仲間を死なせるわけにはいかなかったのだ。



氷(アイス)系魔法のレベル2にあたる、魔法だ。氷の塊が何個もファイアスパイダーを襲った。



ファイアスパイダーは口から炎のブレスを吐き、これを凌ぐのに成功した。



だが、防ぎきれず、足が凍るファイアスパイダーもいた。



何匹かの動きを瞬間的に止めるのには成功したが、氷の魔法といえど、ファイアスパイダーのブレスの強さを考えると持つのも、ほんの少しの間だ。



後ろの敵を見ながら緊迫し、訝しげな表情でキュラはいった。



「私が仕留める。はあああぁっ」



 次の瞬間、キュラは動きが止まったファイアスパイダーの方へ、瞬足に移動し、高くジャンプした。



 爆発的な魔法の力がキュラの魔法剣レイジングライアに収束していた。



「魔法剣アイススラッシュ!」



ZUKKA!



一発だった!



放った瞬間、キュラの攻撃は見事に破壊力を爆発させ、二体のファイアスパイダーをかちかちの氷の標本とさせ、地面に着地した瞬間、完全に葬った。氷魔法剣が爆発した状態で広い範囲に氷の巨魁に包まれ、

堅く凍ってしまった。



デカい氷の塊がその場に出来上がった。



「すご~い。これが魔法剣!」



エリューは感心し、朗らかな表情でいうと近くにいたボンがファイアスパイダーの標本に近づき、氷をつんつんとつつきながら、口を開いた。



「おいどんたちが苦労して倒す敵を簡単にやっつけるどんね」



「やったぁ。あと二匹!」



ニミュエはいけるぞとガッツポーズを取った。



ファイは前にいたファイアスパイダーを睨みながら身構えた。



ファイは体勢を立て直し、目の前にいたファイアスパイダーに向かっていく。



ファイアスパイダーは残った六本の足で各々の頭から炎を放射してきた!



それを一つずつ躱しながら、ファイは剣で間合いをつめる。



次々、見事に六つの炎を躱し、懐ちかくまで行くのに成功した。



「みなのもの、後二匹だ、気を抜くな」



「わかりました」



レイティスが言った矢先、ファイアスパイダーが音を立てて二匹とも逃げていく。



三匹の死骸を見て、強敵と思ったのか、すべから退散していくではないか。



 剣の構えを緩めたとき、もう、すでにファイアスパイダーの姿が見えなくなり始めていた。



「ファイアスパイダーが逃げていく。何とかなったな」



ホッとした表情で少し単調にファイはいい剣の構えを解いた。



「剣よ、消えろ」



 ファイがそういうと、魔剣イフリートは透明状態になり手元から消えた。



 エリューが安どの色を浮かべ、言葉を述べた。



「そうですね。助かりましたね」



「あんなのに、食べられたらひとたまりもないどんね。助かってよかったどん」



エリューとボンはホッとして、胸を撫で下ろしていた。



「よし、撃退だ。渓谷村ポンファンにはいるぞ」



「こっちどん。この道を下れば、ポンファンどんよ」



 キュラの言葉に反応し、ボンは率先垂範し、先頭を歩いていく。


 この猫は、頼りになるのか、ならないのか、よくわからない。どこか、ひとつ抜けているところがある猫族だった。






☆☆

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