第12話 地獄から蘇った魔物
ニミュエはずっと泣いていた。ファイが昏睡状態だったからだ。
涙を拭った時、ファイの目が薄っすらと開いた。
ニミュエはそれをみて、喜色満面の顔になった。嬉しさのあまり、羽根を羽ばたかせた。
「悪しき、嵐か」
「ファイ、よかった気が付いたのか。ニミュエずっと泣きっぱなしだったんだぞ」
キュラがほほ笑みながらいった。
「そうだったのか、すまないな、心配させて」
「よかった」
ニミュエがいうと、一呼吸おいて、キュラが問い始めた。
「悪しき嵐とはファイ、どういうことだ? 何があったか説明しろ」
「キュラ様、俺は、封印の書と共鳴し、意識を失くしていた間、精神世界、アストラルフォースにいまし
た。そこで天使アスタルテに会いました」
「やはり、思念が残っていたか」
「天使アスタルテは、遠く海底の下に、都があると。そこに悪しき嵐が存在しているといっていました」
「海底の下に都? テアフレナ、きいたことはあるか?」
キュラが顎に手をやり、妙な顔つきをした。テアフレナに問うた。
「いえ、初めて聞きます。海底の下に都なんてあるのでしょうか?」
「たとえば、大昔、都があったところに水が押し寄せて海底になったとか? ふふ、違うか?」
「オネイロスのいうことは一理あるかもしれん。だが、ソレイユ王立図書館でもいって調べない限りそれの信憑性は問えない」
オネイロスの方を向いてキュラはいうと、ファイがまたしゃべりだした。
「でもよぉ、たしかに、天使アスタルテはいってたぜ、都が海底にあるって。悪しき嵐がいて、イーミ姫
様も健在とのことだったぜ」
この言葉にキュラは血相を変えた。自分は先に水魔竜の封印魔石に封じ込められて、イーミ姫の安否はわかっていなかったからだ。
「な、なに、イーミ姫様は無事なのか」
「ああ、そういってたぜ。なんでもベルフェゴールのうちにいるとか」
「やはり、私を封じ込めた呪縛魔法だ。体内に封じ込めているのだ」
キュラはいうと、怪訝な面持ちになった。しばらく、腕をくみ、考えていた。
策を考えているとき、レイティスが横やりをいれた。
「助ける方法は?」
「レイティス、それはやつを倒すしかない。倒すことで奴にかかった魔法の呪縛が解ける」
キュラがレイティスの方を向き、即座にいった。だが、魔族を倒すのはそう簡単なことではない。まして、普通の人間なら、尚更のことだった。
魔の力、魔力。剣が達人でも、魔法使いがいないと、戦いにくいのは間違いなかった。
魔族の魔力は絶大だからだ。魔王ともなると、大地に呪縛を施せるほどの魔力があった。
大地には、現に死の境界線という、通れば、魔王の魔力で敵に遭遇してしまうという、テリトリーを敷かれていたのだ。
ファイが起き上がり、ガッツポーズを取った。
「ようし、古城ゴルティメートにいこうぜ、倒してやろうぜ、ベルフェゴールを」
キュラがファイをみて、頼もしく感じたのか、微笑み、エリューの方を向いた。
みんなにも笑顔が戻った。
「エリューとやら、道案内を頼む」
「は、はい、わかりました」
エリューはそういうと、出発する身支度に取り掛かった。
☆☆
身支度に取り掛かって、少しの時が流れた。
エリューは出発の準備ができ、店の前にいた。全員、集まっていた。
おじいさんが見送ろうと、店のドアのところに立っていた。
エリューはお爺さんに手を振った。
「では、おじいさん、いってきます」
「気を付けていくのじゃぞ、エリュー」
「大丈夫ですよ、騎士様たちがいますから」
エリューはニコリと笑い、ファイたちの方をみた。
そして、しばらく村を歩き、一行はエーコ村を出た。
出たところの後ろの方には、キー山脈の山が連なっていた。
ファイたちにもパッとみただけで、険しいのは見て取れた。
それでも、キュラは先頭に立ち、山道をグイグイ登っていく。後ろから、オネイロス、他のものがついていく。エリューはキュラの少し前を歩いて誘導していた。
ファイが山道を登りながら言葉を紡いだ。
「それにしても、険しい道のりだな、山頂までは」
「人の足でも、丸二日くらいはかかりますよ」
「ということは、今日は中途までいって、野宿か」
エリューの言葉に嘆息気味にファイはいった。
野宿という言葉をきいて、キュラが後ろを振り向いていった。
「我らは、運が悪ければ、人を食うのが好きな奴らの格好の的となる」
その言葉に危険が纏わりついているのがわかっていたため、神経を更に張り巡らせた。
しばし、間を置き、またキュラは言った。
「気を引き締めろ。登るぞ」
「はい」「了解です」
キュラがみなの警戒心を高めようとした言葉だった。
だが、魔物特有の瘴気はまだ感じ取れなかった。
更に険しい山道を一行は歩いていった。
山頂につくのは、何のアクシデントもなければ、明日ということになる。
☆☆
あれから、ずっとファイたちは険しい山道を案内の元、ずっと歩き倒していた。
少しだが、みなに疲労の色が見え始めた。
エリューが登りながら指をさした。
「この先を行くと、古城ゴルティメートにつながっているといわれている、滝の洞窟の入口にさしあたります」
「滝に洞窟があるのか」
ファイにも少し遠くに滝があり、水が流れているのが目に入った。
それから、少しの間、山道を歩くと、滝つぼが目の前に現れた。やっと着いたのだ、古城ゴルティメートに入るための洞窟がある滝壺に。
滝の入口に差し当たり、一行は滝の洞窟に入ろうと道を探したが、入ろうとしても滝の中に洞窟の入口があり、真向から水の流れている浅瀬に入って渡るしかなかった。
キュラは、歩いていた山道の端の方に落ちていた少し長めの木切れを拾い、流れている川の水深を測った。
あちこちに差し込んでみたが、深いところは余りなく、水の流れも緩やかで渡れそうだということが目に見てとれた。
エリューが滝の奥に少しだけ見える洞穴を指さした。
「あれがそうです、滝の洞窟です」
「あの洞穴か。よし、向かうぞ」
キュラが歩き言った、そのときだった。
「クッ!」
何かがキュラの頬を掠めた。
躱したものの、キュラの頬を掠め、血が流れた。
「ナイフ、何奴?」
ナイフはキュラの後ろ側にある木に突き刺さった。
みながそれを一瞥し、一斉に構え、戦闘態勢に入った。
背中を合わせ、背後から襲われるのを警戒した。
「ほう、運がいい奴だ。あの至近距離で、よく躱したな。さすが、ソレイユ最強の魔法騎士」
「その声はシータラー」
キュラが上空をみた。上空には身体から紫色の光を出し、薄気味悪い表情で哄笑を轟かせている悪魔術
士がいた。
オネイロスが不敵な笑みを見せ、クレイモアを引き抜き、剣を裏返した。
「お出ましだ、やるぞ」
「おう」
ファイの言葉を聞いて、シータラーは皮肉った。
杖をキュラの方に向けた。
「くはは、そう簡単に古城にこれるとでも思っていたのか。くるまでに亡骸にしてくれるわ」
「それはこっちのセリフだ、シータラー」
キュラは凝視し、旋毛を曲げながらいった。
だが、敵の鋭い眼光は収まらなかった。
「威勢だけは評価してやる。出でよ、我が精鋭!」
シータラーがそういった瞬間、なんと、水が紫色に何か所も光り、トカゲのような頭をした人型の魔物が現れた。その数、ざっと見て、十を越していた。
「水の中からだと、なに? なんだ、こいつらは?」
アザレ副将軍が剣を構えながらいった。
その隣にいたレイティスが剣幕を変えて考察したことを口にした。
「ファイ、気を付けろ、リザードマンだ。素早いぞ」
「多いな、十五匹くらいか」
ファイがそういったときだった。
「フハハ、我が精鋭はこれだけではない。我が、召喚魔法陣で地獄から呼び寄せた、魔物がいるのじゃ」
シータラーが妙なことをいった。そこにいる誰もがハッタリだろうと思ったが、この考えは甘かった。
最悪は現実となった。
次の瞬間、シータラーの身体が紫色に光り、シータラーは手を広げた。
「出でよ、地獄大蛇(ヘルムンガンド)」
なんと、滝の真ん前で、一瞬、紫色に光り、見たこともないような巨大な大蛇が現れていた。
それを垣間見た一同は、驚愕した。余りの巨大さに言葉を失った。
もし、仮に、奴の尻尾の一撃でも当たれば、確実に死ぬのは誰しにもわかった。
「な、なに、なんだ、このデカい蛇は?」
「うそだろ?」
ファイとレイティスが剣を構え威嚇しながらいった。後ろにニミュエがいた。
そのとき、シータラーの重い口が動いた。
「そう簡単には倒せないぞ、なにせ、地獄で徘徊している、魔物だからな」
「へ、言ってくれるじゃねーか。地獄だろうが天国だろうが、俺たちの手で跡形もなくしてやるぜ」
そういうとファイは自身の左手にある紋章を光らせた。
淡い、炎の光りがどんどん現れ始めていく。
「炎闘気(イフリートラスタ)」
次の瞬間、ファイは能力を覚醒させた。
「早速、魔神剣士、覚醒か。だが、魔神剣士とて、人間。魔を超越したものにはかなわんのだよ」
シータラーは皮肉たっぷりにいう。
ファイが後ろを振り向いた。
「キュラ様たちは、リザードマンを頼む。このデカいのは俺に任せておけ」
「ふん、お前らしい言い方だな。掃除しろか」
「あの大蛇、水魔竜より大きい。普通の人間なら、一撃を食らえば、即死だ」
「それは、わかっている。だが、一掃しろと命令をされるのは、私は気に入らない」
キュラは珍しく、眉間に皺をよせ、ニヤリと冷笑しながらいった。
そして、一呼吸おいて、キュラは考察を述べた。
その合間にもリザードマンはジリジリ間合いを詰めてくる。
キュラたちに考える時間はさほどなかった。テアフレナが魔法の詠唱に入って警戒していた。
「だが、民間人もいる。テアフレナ、みなのもの、全員でリザードマンを一掃だ」
「了解」
レイティスがそういうと、それをきいたのか、シータラーが釘をさした。
「小癪な戯言を述べおって。そう簡単にはいくまい」
上空でいうと、シータラーは手を前に思いっきり振った。
「いけ、地獄大蛇(ヘルムンガンド!)」
そのときだった。何かがニミュエに飛んできた。
「きゃあぁ」
「ニミュエッー」
弓矢だ。弓矢がニミュエの腹を貫通しようとした。
だが、上手く、ファイの後ろにいたので、ファイが手で矢を弾くのに成功した。
「おー、あぶねーあぶねー、よかったぜ、間に合って」
「ありがと、ファイ」
ニミュエは涙目でうれしそうな顔をした。
ファイが怪訝な面持ちで口を開いた。
「レイティス、弓矢を持っているリザードマンがいるぞ、背中に隠していたみたいだ」
「そうみたいだな。気を付けないと。だが、スピードなら負けない」
「くるぞ」
ファイがいったとき、地獄大蛇が動いた。
「ぐぎゃぁあお」
ものすごい大きな咆哮があたりに響き渡った。
巨体が動くたびに水が四散し、地盤が抉れていった。
ファイが宙に飛び、挑発するような素振りをみせた。
「へ、こっちだ、蛇! (なるべく、戦う距離を離さないと、リザードマンと戦っているみんなが蜂の巣だ)」
ファイはいうと、みんなと大蛇を引き離そうと、後ろに飛んだ。
大蛇は見事に誘導にかかり、咆哮をあげ、ファイの後を追っていく。
ファイはへへ、と一瞬ニヤリと笑った。
シータラーは憶測を見抜けなかった。
「逃げ出したな。ほほう、弱気になったか魔剣士よ」
「逃げるのじゃねーよ、こっちで止めをさしてやろうと思ってだ」
「ふはは、とどめ、笑止、地獄の魔物に勝てるはずなかろう。とどめを刺されるのはお前だ、生半可な力をつけると、痛い目に合うというのはこのことだ、イヒヒ」
獰悪な声でシータラーは皮肉たっぷりにいう。
ファイは挑発し、シータラー自ら戦うように仕向けようとした。
「シータラー、お前は戦わないのかよ、空の上で傍観か」
「クはは、傍観ではない。我が出るまでもないということだからだ、イヒヒ」
そのときだった。ファイの魔剣イフリートに炎の力が集束していく。
「薄気味悪い笑い方しやがって。これでもくらえッ『炎殺剣!(フレアブレード!)』」
BYU!
「なに、剣の波動!」
なんと剣から扇形をした炎の波動が音速に音を弾かせ、シータラーに飛んだ。
だが、上手いこと、シータラーは消えて、姿を暗まし、躱した。
そして、ファイは更に上に飛び、地獄大蛇に同じ技を打ち込もうとした!
「お前もだ、蛇! くらぇぇええっ」
BYU!
音速に炎の波動は飛んだものの、地獄大蛇の首にあたったが、切れることなく、いとも簡単に攻撃を相殺した。
ファイはそれを一瞥し、畜生といった顔をした。
「(くそ、ドラゴン程度のレベルなら簡単に首が吹っ飛んでいるのに、こいつ思ったより、鱗が固い)なら、連撃だぁッ!」
ファイの剣と手の紋章に強力なエネルギーが集束していく。
次の瞬間、それは発動した。
「らやらぁぁぁアッ、らぁッ、らぁぁッ!」
なんと、地獄大蛇に炎の波動を何発も撃ち込んだ。少しは傷を負っていてもおかしくない領域だった。
だが、地獄に住んでいる魔物はポテンシャル事態が全く違っていた。
キュラが遠目でそれを見遣った。
「ほう、あいつ、あんな技、引っ提げていたのか。私の魔法剣と似てるな」
「勝てる、効いてるぞ」
「いけー、ファイ」
(ファイさん)
レイティスとニミュエ、エリューが感心しきった顔で見遣った。
キュラは一瞥するとすぐに、剣の段平を裏返した。
「さて、我らは、こいつらを片づけるとするか」
いうと、リザードマンの群れに向かって駆け出した。
「魔法騎士である、私の技をみせてやる」
キュラのスピードは音速なみに速かった。
リザードマンは剣で攻撃を仕掛けるがそれを見事に躱しながら、動いていた。
「魔法剣、炎斬剣!(ファイアスラッシュ!)」
なんと炎の魔法を剣に加え、キュラは、リザードマン五匹に次々とそれを炸裂させた。
見事にリザードマンにクリーンヒットし、リザードマンの首が吹っ飛び、血飛沫をあげ、首が燃えながら、水面に落ちた。
「どうだ!」
キュラがいったとき、気の影に隠れながら見遣る人物がいた。
「……(何者だどん? 人間か。あれは魔法剣?)」
「すごい、流石ですね、キュラ様」
レイティスが剣を構えて威嚇しながらいった。
そのときだった。オネイロスがクレイモアで斬りこんだ。
「うぉりゃぁー!」
「(私も加勢したいけど、まだ)」
オネイロスの大剣による強撃でリザードマン三匹を頭の脳髄から下腹部まで見事に引き裂いていた。力
はキュラやファイよりはかなり上に感じる。かなりの強者だ。
ファイの方では死闘が続いていた。
地獄大蛇とのにらめっこが続いていた。間合いが縮まる。
「へ、あれだけ撃ち込んで、ほとんどダメージなしか。やってくれるぜ、なら!」
ファイが前に駆けだしたそのときだった。
「グぎゃぁぉああぁぁ」
「なに、いけない、みんな、横に飛べ!」
DOWWOOOOON!
なんと、地獄大蛇の口から、途轍もない熱量の炎のブレスが発せられた。
それは見事に、遠くにいたキュラたちもリザードマンたちをも呑んだ。
敵味方関係なく、一網打尽だった。
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