第7話 現れた魔族
水魔竜ヴァギラーザを倒した後、一行はラーギア神殿からソレイユ王国に引き返そうと通路を歩いていた。キュラが思い当たることを喋りだした。
「あれは、数日前、軍法会議の打ち合わせをしようと、イーミ姫様を迎えにあがったときだった」
☆☆ ☆☆
「グヘへへ、ソレイユのイーミ姫とお見受けいたす」
「何者!」
キュラが、イーミ姫の前に立ちはだかり、守ろうとし剣を構えた。
前にいたのは悪魔のような出で立ちだった。明らかに、魔王軍だというのはキュラとイーミ姫にも見て取れた。
「我は、魔族ベルフェゴールだ」
「配下の悪魔術師シータラーだ」
一人は耳が尖り筋骨隆々の戦士のような魔族だった。背が高く精悍な顔つきをしていた。下から上まで漆黒の黒だった。もう一人は、小柄で魔術師のような格好をしており、ローブを着て、杖を持っていた。
キュラがそれをきいて、眉間にしわを寄せた。
「グ、魔族だと!」
「きゃ、キュラ!」
「イーミ姫様、私の後ろから離れないで」
そういい、イーミ姫を庇うように剣を威嚇するように構え、身構えた。
だが、牽制が効くような相手ではなかった。そこら辺のモンスターより、遥かに強いのは見て取れた。忌々しい、邪気を感じる。空間がまるで歪んでいるような。
「(くそッ、勘付かれていたか。ソレイユ騎士団が居留守の時を狙いおって)」
「これは、これは、魔法騎士で、大将軍のキュラ様ですか。あなたのお強さは魔界まで響いておられますぞ」
悪魔術シータラーは手を広げるジェスチャーをし、皮肉ったようにいう。
「うるさい。私の命をかけてでも、イーミ姫様は守ってみせる」
「キュラ」
イーミ姫がキュラのマントを少し握った。不安一杯の気持ちが伝わってくる。
悪魔術シータラーが宙に浮かびながら、少し不敵な笑みを浮かべ、前に出た。
「ああ、これだ、殺されるとわかっていて、騎士道というのは儚いものだ」
「やってみるか? 魔法剣レイジングライアの塵にしてくれよう」
「ほぅ、それが、ソレイユ最強の魔法剣か」
魔族ベルフェゴールが重い口を開いた。少しだけ関心を示していた。だが、ベルフェゴールには妙に強気で余裕があった。
何かを企んでいるような口調だった。
そして、ベルフェゴールは何かを手元に出した。
「キュラよ、これが何だかわかるか?」
「石じゃないか」
「違うな、これはただの石なんかじゃない。封印魔石というものなのだよ」
「封印魔石だと? まさか」
「そう、ご名答だよ、さすが、勘が鋭いね。この中には伝説の魔竜が封じ込められている」
「グヘへへ、水魔竜ヴァギラーザだ」
小さな歪な形をした石には魔竜が封印されているという。張ったりでいっているようにもキュラには見て取れた。だが、今は、イーミ姫を逃がすのが先決だとキュラは考えていた。何か、方法はないかと。
しかし、空間を瘴気で歪めるほどの相手。仮にも魔族、二人とも無事に逃げれる保証はなかった。
伝説の魔竜。人間の力で勝てる相手なのだろうか。憶測がキュラの脳裏に飛び交った。
シータラーが封印魔石をベルフェゴールから受け取り、それを宙に浮かせ、話の続きを語りだした。
「魔力を注ぎ、この魔石を壊せば、魔竜は復活するというわけだ」
「うるさい。だから、どうした? 私はそんな脅しには屈しない」
「キュラ」
「(姫様、物凄い瘴気を感じます。私が奴をひきつけているあいだに、逃げてください。思っていたより、かなり、強力な魔族のようです)」
「(で、でも、キュラをおいていけない)」
「姫様、逃げるのです。大丈夫です、私は死にません」
イーミ姫を説き伏せるように後ろを振り向きながら、キュラはいった。
そして、前を向き直り、キュラは旋毛を曲げ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「(さて、どうするか、敵は二体、魔術師の方を先に仕留めるか。魔族とはうまくいけば、相打ちにでも)」
「ほほう、お前の思考が読めるぞ、手の内はお見通しだ。我らを食い止めて、姫様を逃す気であろう」
「クッ」
キュラは、攻勢に出た。一瞬のうちにシータラーに飛び掛かった。
移動速度は、可也のものだった。
「クソォ!」
GAKIN!
「おおっと、危ない危ない、ゲヘへ」
悪魔術シータラーは、キュラの瞬速の剣撃を赤子の手を捻るように、姿を一瞬のうちに暗まし躱した。キュラの一閃は地盤に減り込んだ。衝撃で、石が飛び散った。
「消えただと?」
「私はここだよ、若き大将軍さんよ」
なんと、どこからともなく、声が聞こえてきて、キュラの後ろからシータラーは現れた。
なにやら、杖にエネルギーを集め、魔法のようなものを唱えようとしている。
紫色の光りが飛び散る。
次の瞬間、それは見事に発動した。
「影闘鬼(シャドウディーパー)!」
「キュラー、キャー、後ろ、影から!」
「な、なに、な、なんだこいつは」
なんと、キュラの後ろの影から黒い鬼のようなものが現れて、キュラの両足を掴んだ。
キュラは、足を封じられ、前にも後ろにも動けない。
一体どうする?
このままでは、真面に真正面からの攻撃を受けてしまう。
「ぐぁ、しまった。動けない!」
「はなせ、この鬼め」
剣で、黒い鬼を切ろうとしたものの、その瞬間にまた黒い鬼が影から二体現れ、
キュラの両腕を掴んで、手の動きを止めた。
これにはさすがのキュラも参った。手足を封じられた。
だが、キュラだ。天才魔法騎士の異名は伊達ではないはず。
キュラは、黒い鬼の掴む力に押され、あろうことか、剣を地面にガタンと落としてしまった。
この状態を垣間見て、イーミ姫が両手で一瞬、口を押え、すぐにキュラのほうに走って助けようとした。
しかし、キュラは、目で合図を送り、イーミ姫に逃げろとサインを送った。
「フハハ、最強の魔法剣を落としたな。お強いキュラ様も手を封じられれば、赤子も同然よ、グハハは」
シータラーがドロッとした声で皮肉ったようにいう。
「卑怯だぞ、この悪鬼め」
「ほざけ、減らず口がたたけないようにしてくれるわ。シャドウディーパーよ、力を強めよ」
シャドウディーパーが掴んでいた力を、どんどん上げていく。
キュラの軋む音が聞こえる。骨まで折られるくらい、強い負荷だった。
「ぐ、ぐあぁぁぁ。姫様、逃げて、早く」
「できない」
「に、逃げるのです、城の中に入れば副将軍アザレがいるはずです。事の事態を」
キュラは、再三、説きふかせるようにいう。しかし、正義感がイーミ姫は強く、見過ごすということができない性分だった。
確かに、城の中に入れば、護衛がいるはず。
「ふたりとも、そうしなければ、犬死です」
「きゅ、キュラ、ごめん」
イーミ姫は、泣きながら、後ろに走った。国の後継者というものは、生き死にを無碍にできない。自分を生かすために、命を費やしてくれるということも。
「(それでいいのです、姫様)」
キュラは、イーミ姫を一瞥すると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
シータラーが一瞬、その笑みに動揺を浮かべた。
「グ、ググ、動きを封じられようが、私は負けない」
いうと同時に、キュラは動いた。反撃に打って出た。
「炎固撃(ファイヤーブリッド)」
炎(アータル)系、炎魔法のレベル2の強さに当たる攻撃魔法だ。攻撃魔法は、強さが六段階あり、その二段階目の魔法だった。同じ魔法でも、術者の能力によって、攻撃レベルの差がある。キュラが使ったものは、可也のアレンジが施されていた。
可也の破壊力があるだろうと、推測されるくらい、炎の勢いが強かった。
「な、なに、炎が効かない?」
シャドウディーパーに放ったものの透明人間のようにスッと、魔法が通り抜けて、地盤に当たった。地盤は炎の力で抉れた。炎が舞い散った。
「がはは、無駄だ、いくら魔法を唱えても無駄だ。シャドウディーパーは影そのもの。魔法はおろか、物理攻撃も効かん」
「くそ、これなら! 炎風波(ファイヤーウェーブ)」
炎(アータル系)レベル3に当たる魔法だ。
炎が波のように唸り、ベルフェゴールとシータラーに両手から発せられ向かっていく。
「おおっと、あぶない、あぶない。猛者は猛者に負けるのだよ」
しかし、起死回生の一撃をベルフェゴールとシータラーは軽く躱してしまう。
「フハハ、なぶり殺しにしてやろうぞ。だが、お前の強さはしっている。どんな鋭利な手を使ってくるか、わからぬのでな、永遠に呪縛を施してやろうぞ」
「クッ、何が言いたい」
「フハハ、この封印魔石の中に永遠に閉じ込めてやろうということだよ」
「な、なに?」
ベルフェゴールは獰悪な声でいうと、不敵な笑みを浮かべ、なにやら、複雑な魔法を唱える陣容を両手を動かし、詠唱し始めた。
そして、一瞬のうちにそれは発動した。
「呪縛魔法!」
「ぐぁあぁ」
PON!
なんと、声を上げると同時に浮いていた封印魔石の中にキュラは吸い込まれた。
「きゃぁ、キュラ!」
愕然とした。イーミ姫は涙が止まらなかった。まだ、逃げ切れずにいた。城壁の通路は可也の長さがあったからだ。遠目で見遣っても姿が吸い込まれたのは確認できた。
「フハハ、やったぞ。水魔竜のうちに閉じ込めてやったわ。ハハハ、魔石を壊して、魔竜が復活しようとも、魔竜が死ぬまでもう二度と出てこれまい」
「さすがですな、ベルフェゴール様」
「シータラー、目の前を走っている姫も逃がすな」
「御意」
シータラーは頷くと、手と杖を動かして、呪術を発動させようと念じた。
「影闘鬼(シャドウディーパー)!」
イーミ姫の前と後ろに黒い鬼が何体も現れた。
イーミ姫は逃げ道を塞がれたが、魔族に屈する気は一切なかった。
キュラの封印を目の当たりにし、キュラの想いをムダにはしたくなかったのだ。
死を覚悟し、徹底抗戦しようと、服の内側から、短刀を引き抜いた。
「ほう、短刀、戦う気か。フハハ、お前のナイトはもういないぞ、竜の中だ。お前もキュラ同様、呪縛魔法で我がうちに封じ込めてくれよう」
「ハハハ、永遠の眠りにつけ! 呪縛魔法カオス!」
「きゃぁ」
一瞬のうちに、イーミ姫は、ベルフェゴールの体に吸い込まれていく。
これが、呪縛魔法か。自身のうちに封じ込めることができるのか。
「フハハ、封じ込めてやったわ。目的は達成した。一足先に我は、古城ゴルティメートに帰る。あとは頼んだぞ、シータラー」
「ハッ」
悪魔術シータラーは胸に手をやり、ベルフェゴールに対して、頷いた。
すると、一瞬のうちにベルフェゴールはどこかに消えた。
おそらく、自身の居城、ゴルティメートに。
消えたのを確認すると、シータラーは意味深な面持ちをし、企んだ顔つきで不敵な笑みを浮かべた。
「フフ、どうれ、化けてやろうぞ」
そういい、杖に魔法力を集めだした。紫色の光が弾ける。
「変化魔法フォーマー」
なんと、一瞬のうちにシータラーはキュラに変身していた。
そして、城壁をゆっくり歩きだした。
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