7
我慢するんだ。
私たちはもう大人なんだ。
自由に恋愛しちゃいけないんだ。(……自由恋愛なんて、絶対に嘘っぱちだ)
そう思って、百花は鏡を自分の中から消してしまおうとした。
……でも、そうすると、百花の心は『ただの空白』になってしまった。なにもない、ただの真っ白な紙のような空間になってしまったのだ。(空っぽになってしまったのだ)
まるで自分の中から、とても大切ななにかが失われてしまったような気がした。
その大切ななにかを失ってしまったことで、私は、その大切ななにかを失ったぶんだけ、その重さのぶんだけ、……私の心と体が、すごく軽くなってしまったような気がしたのだ。(ふわふわと、風船のように、空中に浮かぶことだってできるような気がした)
百花は、ただの毎日ぼんやりするだけの、人形のような人間になってしまった。
……どうして自分は、そんな風になってしまったのだろう? そう考えてみても、……百花は最初、その理由がまったくわからなかった。
でも、最近になってようやくわかった。
それは、きっと私が鏡さんのことを、……ある日、本当に、私の願い通りに、……きっと、忘れてしまったからだった。
あんなに大好きな、鏡さんのことを、私の中から、私自身の手で、……消してしまったからだった。(そのことに気がついたとき、百花の瞳からは、涙が溢れ始めた)
……ずっと好きだった鏡さんのことを思い出して、……鏡さんの顔を、鏡さんの声を、鏡さんの笑顔を、……鏡さんの手を、……思い出して、……思い出して、……百花は一人で、ベット中で、毛布にくるまって、大声を出して、泣き始めた。それから、ずっと、ずっと、百花は、まるで小さな子供みたいに一人で泣いていた。
……忘れていて、ごめんなさい。
……本当に、ごめんなさい。鏡さん。
そう思って、泣き続けた。
百花は本当に、この日のことを後悔していた。
そしてもう二度と、そんな思いをしないために、百花は大好きな鏡さんにきちんと自分の思いを伝えることにしたのだった。
鏡さんに大好きですって、『愛の告白をしよう』、と思ったのだった。
「鏡さん。私は、あなたのことが、ずっとずっと出会ったときから、大好きです。だから、私と正式にお付き合いをしてください」
百花は言った。自分の思いをきちんと言葉にすることができた。(それは、何十回、何百回と練習してきた愛の言葉だった)
その百花の言葉を聞いて、鏡はすごく驚いた表情をした。
百花の思いは、きっと(いくら鈍感な鏡さんとはいえ)、こうして言葉にする前から、鏡にも伝わっていたと思う。
でも、それでもやっぱり、鏡はとても驚いていた。
(きっと、鏡は、百花はやがて自分のことを忘れて、誰かほかの素敵な男性と恋に落ちると思っていたのだろう。残念ながら鏡さんの思っていたようには、ならなかったのだけど)
鏡は黙ったまま、じっと百花のことを見つめている。
「鏡さんは今、好きな人とかいるんですか?」
鏡は無言。
「恋人はいますか?」
百花は言う。
鏡は、やっぱり無言のままだった。
「私が鏡さんの恋人じゃ、……不満ですか?」百花は泣きながら、言う。
……いつの間にか、百花は静かに、孤独に泣いていた。(なんだか、ずっと黙っている鏡さんがずるいと思った。そう思うと、今度は、なんだかだんだんと腹が立ってきた)
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