第11話
「一生の不覚です。まさか文屋の側がすっぱ抜かれるなんて……」
翌日。美少女カルテットの件について、ボクが心配した美香夏さんはどこ吹く風だったのだけれど、こはいかに、思わぬ場所にダメージが入っていた。
普段から記事を書いている莉音さんなら気にしないかなあと思っていたのだけど、なるほどだからこそというところもあるか。
「これは! もう! わたしもあの写真に負けないくらいの超スクープを激写するしか!」
ぐっと拳を天に突き上げる。なんかもう白ハチマキでも巻き出しそうな勢いだ。
「莉音さんは正々堂々の記者じゃなかったんですか?」
「正々堂々盗撮します!」
「意味わかんなくなってきてますけど」
呆れの息をつこうとしたところ、腕をがしりと掴まれる。
きいん、と視界が鋭く尖るような感覚。来る……星辰だ。意味もないのに目を瞑る。が、流れ込んできたのは、ただただ『楽しい』という感情だけだった。
「さあ、行きますよ優さん!」
「は? え、ちょ、引っ張らないでくださっ……」
間、しばらく。
「というわけで! やってきました生徒会室!」
「どういうわけで!?」
「嫌だなあ優さん。わたしが新聞取材に行くために、まずは生徒会の仕事を手伝ってくれるんですよね?」
「聞いてませんよ!?」
ボクは莉音さんに引っ張られるがまま、生徒会室を訪れていた。
ようやく解放された手首を左右に振りながら、不自然にならない程度に部屋の中を見回す。巻かれた旗やら謎の構造物やら恐ろしい量の書類やらと、物は多いが、それでいてよく整理された、出来た事務部屋という印象だ。生徒会の勤勉さがうかがえる。
つばささんも連れてこれたら星辰で監視できる部屋をひとつ加えられたんだけどな。
「まあ、手伝うのは問題ありませんが。それで、ボクは何をすればいいんですか?」
と、そのとき、いましがた閉めたばかりの扉が背後で開く音がした。
「すまない、遅くなった」
そこに立っていたのは、なるほどこの部屋によく似合う、折り目正しく規則正しく、バリバリ仕事が出来そうな感じの黒髪美人さんだった。
「あ、
「天原に言われるとはな。ところで、そちらは?」
「新聞部の同志です!」
「違います。莉音さんの友人で、萩原優と申します」
「ああ、転入してきた子だったね。どうかな、学校生活は。何か不自由な点、気づいた点等があったら、遠慮なく生徒会に申し出てくれたまえ。君も紛れもなく三原女学院の生徒のひとりなのだから」
うわー、カリスマだ。カリスマが可視化されて見える。
「ありがとうございます。おかげさまで、楽しい毎日ですよ」
「それは何よりだ。しかし、それならば君はなぜここに?」
「わたしを手伝ってくれるそうです!」
「えと、まあ、はい。そういうことです」
「そうなのかい? それはありがたい。ちょうどマンパワーを要する仕事だからね」
「と、いいますと?」
がさり、と簾内会長はその肩にかけていた紙袋を手に掲げる。
「文化祭のポスターができたから、これを掲示してきてほしいんだ。校内の掲示板計八か所、これは天原が詳しいね?」
「ですね! 本業なので!」
いや副業だろ。
「それと、各教室に一枚ずつ。これは後ろの黒板に貼ってくれればいい。加えて、外の掲示板二か所に。加えて、校外のいくつかの場所にも話が通っている。こちらはリストがあるのでそれに従って。これらの場所に貼ってきてくれないか?」
「りょーかいです!」
がしっ、と再び僕の手首に細い白蛇が絡みつく。
「さ、行きましょう優さん!」
「え、いや莉音さん! ポスター受け取ってから行かないと!」
「ははは。よろしく頼む」
さて。ポスターもしっかり受け取って、よろしく頼まれたのはいいのだが。
生徒会室を出て、三階から一部屋一部屋校舎を巡っていく作業は、思っていたよりも時間を要する作業だった。教室棟を終えるころには一時間半ほどが経過しており、本棟も終わり際のいまは、窓から西日が差し込んできている。
「ふう。会長、基本いい人なんですけど、人使いは荒いんですよね……」
「まあ、仕事は誰かがやらなきゃ終わりませんからね。というか、これ、ボクたちふたりで回っていたら、莉音さんひとりでやるのと一緒じゃないですか? 手分けしてやったほうが……」
「一緒じゃない! 全然違いますよ! 優さんが隣にいてくれるだけで、わたしの作業効率は八割増しです!」
「そうですか?」
確かに手際はいいけども、それは新聞で掲示しなれているというだけでは。
さて、これで一段落だ。職員室前の掲示板の前に立ち、ボクがポスターを広げて、その上から莉音さんが画びょうを打っていく。
「はい。実際、こうして押さえてくれるひとがいるだけで、結構楽なんですよ」
「……お役に立てているなら、よかったです」
左下の角を閉じたのを確認して、ボクはゆっくりと手を離す。
うん、水平で皺もない。完璧だ。
「よし、校舎はこれでおしまい! あとは外ですね」
「そうですね」
それから、正面玄関前、東門前の掲示板にポスターを貼り、あとは校外を残すのみとなる。
だけど、残すのみというより、ここからが本番なんだよなぁ……。
「とりあえず、どう回るかから考えましょうか」
「上から順番でいいんじゃないですか?」
「わざわざ時間をかけるより、効率的に済ませて取材準備に充てたほうがいいんじゃないですか?」
「あ、そうそう、そうですね! えへへ」
ボクはスマホから地図を呼び出し、リストに示された場所をピックアップしていく。
「えっと、スーパーがここで、駅がここで。あ、アストロノートさんにもご協力いただいているんですね」
「はい。店主さん、実はここの卒業生なんです」
「あ、そうなんですか。えーと。これだから……こうかな?」
位置さえ整理したら、あとは一筆書きするだけだ。
「おお! 綺麗なルートです! では今度こそ出発進行! 全速前進です!」
腕を取られる。手首だけじゃなく、ボクの腕全体が莉音さんの身体で抱きとめられる形での、『腕を取られる』だった。否応なしに星辰が暴発し、莉音さんの暖かさが骨の奥から身体中に広がっていく。
「くっ、そんなにくっついたら歩きづらいですよ」
「そんなことないです! むしろ八割増しです!」
それは絶対嘘だ。
しかし、なんだ。思考が胡乱だ。
星辰が覗き見るうそ偽りのない、いいや、たとえ星辰が無かったとしても、心の淵から溢れて見えてくるだろうほどの好意。
これは本当に、ボクが受け取っていいものなのか?
「やっぱり……歩きづらいですよ」
「むー。あ、そうだ。じゃあ一枚撮らせてくれたら離れますよ」
「えぇ?」
「これも取材です!」
……まあ、A-フォーはあんなこと言ってたし。いいか。
「仕方ないですね。どうぞ」
「やった。それじゃ」
瞬間、ぐいっと腕が引き寄せられ、ゼロの距離がさらに縮まって。
パシャ。スマホのインカメラが輝く。
「えへへ。超スクープ、優さんの放課後デート、です」
「なっ、何を言ってるんですか……」
宣言通りに莉音さんはぱっとボクの腕を離し、たかたかと駆けていく。
「だいじょーぶですよ! このスクープはわたしだけのものなので!」
そう言ってまた走っていこうとする莉音さんを、ボクはポスターを片手に追いかけた。
まったくもう……もう。
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