第9話
「おふたりとも! 放課後、ご予定はありますか!」
昼休み。昨日と同じく莉音さんとつばささんとで学食をいただいこうとしているところ、莉音さんが机を叩く勢いで立ち上がってそう言った。実際には叩いていないところは地の良さか。
「いえ、大丈夫ですよ」
「つばささんも」
「やったあ! そしたら、急で悪いんですけど、今日行きませんか? アストロノート!」
「いいですね。でも、生徒会のほうは大丈夫なんですか?」
「そうそれ、実は今日も忙しいと思ってたんですけど、ついさっき急に仕事が無くなったんですよね。超ラッキー! これはもう天が優さんとの運命を後押ししてくれているに違いありません!」
「あはは……あ。美香夏さんも誘って大丈夫ですか?」
「美香夏さん? もちろん大丈夫ですけど……美香夏さんって、こういうの来てくれるタイプでしたっけ」
「甘いものはお好きみたいですよ。あ、美香夏さん」
噂をすればだ。通りがかった背中を呼び止める。
「以前少しお話しましたけど、これから皆さんと喫茶店に行くんです。美香夏さんもご一緒にどうですか?」
「え……あー……」
「実はボク少し調べたんですけど、パンケーキがそれはもう絶品らしいですよ」
「……行く」
「ふふ。決まりですね」
「おお。わが校が誇る美少女ふたりが、仲睦まじく……」
ボクは美少女じゃないっての。
「これは撮るしかありませんよぉ莉音さぁん」
なんだそのねっとりボイスは。
「はいつばさ社長! 激写! 激写!」
「やっぱ帰っていい?」
「あはは……」
ていうか、ボクらいちおう秘密組織の構成員なんだけど、むやみに写真撮らせないでくれませんかねつばささん。学校に潜入している以上ある程度は許容しなければならないけども。
と、まあそんなわけで。
ボクたちは放課後、四人揃ってアストロノートに向かったのだった。
アストロノートの看板は学院から徒歩五分程度の場所にあった。距離的には寮とほとんど変わらないくらいだ。
店内は明るいブラウンを基調にした穏やかなかわいらしさの内装で、ボクらのような学生からスーツの女性、上品なおばあさままで、幅広い年代の客が入っている。
「素敵な雰囲気のお店ですね」
「ですよね! あ、若葉ちゃん! やっほー!」
「はろはろー。ってェェェ」
登校初日にボクを出迎えてくれたうちのひとり、若葉さんは、ウエイトレス姿でボクたちを出迎えてくれたと思ったのもつかの間、声にならない悲鳴を上げて崩れ落ちた。
「え? え? 優ちゃんに、美香夏さんまで? それで莉音とつばさ? 顔面偏差値高すぎるだろ……」
「え、えっと……」
「若葉ちゃん、とりま席に案内してたもれ」
「あ、ああ、そうだった。いらっしゃいませ。四名様ですね。こちらのお席にどうぞ」
若干ぎこちなくも最低限の体裁を取り直した若葉さんに奥のほうのテーブルまで案内を受け、メニューを渡される。ごゆっくりどうぞ、と言い残し、若葉さんは光の速さでバックヤードに去っていった。
「若葉さん、こちらで働かれてたんですね」
「そうなんですよ。なんか、ここのパンケーキに心酔してまして、自分でも作れるようになってやるんだぞーって意気込んでました」
「私にはホールスタッフに見えるけど」
「まあ、若葉ちゃんも裏に置いとくにはもったいないしねぇ」
四人分の水が運ばれてくる。
「おふたりは、ここにはよく来られるんですよね。何かおすすめだとかはあるんですか? ネットではパンケーキが好評そうでしたが」
「うん。あたしはだいたいミニパンケーキセットかな」
「わたしはティラミスが好きです!」
「あ、本当だ。生菓子にも凝ってるんですね」
「でも、つばささん今日はモンブランにしようかなぁ」
「九月限定の和栗がありますからね!」
「ボクは、うん。パンケーキにしましょうか」
「私、ミニパンケーキで」
「わたしはやっぱりティラミスで! 飲み物も大丈夫ですか?」
というわけで、ボクがパンケーキセット(紅茶)、つばささんが和栗モンブランとアッサムティーにミルク、美香夏さんがミニパンケーキセット(ブレンドコーヒー)、莉音さんがティラミスとブレンドコーヒーを注文した。
まず生菓子のオーダーが提供され、次いでボクと美香夏さんのパンケーキセットがやってくる。
「んぅー! おいしい!」
莉音さん、幸せそうに食べるなぁ……。
美香夏さんも心なしか口元に柔らかみがある。楽しめているみたいでよかった。
ボクもパンケーキをいただこう。
「あ。これ、美味しい」
ほんのりと甘い程度に仕上がっている生地は、口にいれた瞬間のふんわりとした食感と広がる香りがたまらない。そして隣の小皿に盛られたクリーム、シロップ、サワークリームとの相性も抜群だ。それぞれひとつでも天下を取れそうなのに、それが三種類全部味わえるだなんて。
ふと口に運んだ紅茶もまた絶品だ。いや、紅茶自体は主張し過ぎない程度なのだが、だからこそパンケーキの引き立て役としてのポテンシャルが完璧だった。
これは、若葉さんがハマるのもうなずけるなぁ。
「莉音ちゃん、カメラ貸して」
「どうぞ」
「ぱしゃり、と」
「うわーなにこれ! 優さん、あ、うわー! 家宝にします!」
待って、またなんか撮られてない?
「もう。美香夏さんも撮ってあげてくださいね」
「は!?」
「激写! ……お、こちらもナイスショット!」
「ちょ、消しなさい!」
「記事にはしませんってば。あとでみなさんにもお送りしますね」
「送るなってば!」
「お、じゃあ
「いいですね!」
スマホからSEINアプリを呼び出すと、グループへの招待が一件。『優ちゃんを愛でる会』、あ、拒否。
「ちょおい! 主役が拒否したんだが!」
「主役にしないでください! 四人のグループじゃないですか、ボクのグループじゃなくて!」
「まあ一理あるか……」
改めて招待が来る。『アストロノーツ』。無難だ。
残された心配事といえば美香夏さんが承諾してくれるか否かだったが、それも杞憂だったみたいだ。
「あ、そうだ。若葉ちゃん若葉ちゃん。ちょっと写真撮ってくれない?」
「ん? おっけー」
莉音さんが通りすがった若葉さんを捕まえてカメラを渡す。
「美香夏さんもうちょい詰めて。もうちょい、おっけ。はい、チーズ!」
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