魔王回顧録
朝が来た。ようだ。
陽が昇ってもぶ厚い雲に遮られ、部屋の中まで光は入ってこない。
部屋は昼夜変わらず暗いままだが、さして問題はない。己の眼は夜目がよく利く。
それにしても。それにしてもだ。
まったくもってくだらない。もっと頑丈なメスを用意せねばならないだろう。生命活動を停止した肉塊に用はない。
寝床――人界のものを
気まぐれに人界にあるような城を建て、調度品を誂えてみたものの、どうにもせまくるしい気がする。これも慣れるものだろうか。
どうでもいいか、と部屋を出る。深く吐く息はため息にも似ていた。
中の死体を始末しておけと衛士に言い置いて、魔王は自室を後にした。
「入るぞ」
一言断って入った先は魔王の部屋とよく似た間取りをしていた。中にはぽつんと小さな人界人が座っている。
雌――と言うとキィキィ甲高い声を出されるので女と言うようにしていた。
「おはようございます」
「……アー、オハヨウゴザイマス」
この女は魔王が挨拶を返さないとやはり甲高い声で抗議をしてくるので、渋々返すことにしている。
「――
「――オウ」
「そうですか」
顔を合わせるたびに行われる問答だ。
女はいつもの様に短く言って、窓に目を向けた。魔王はガリガリと乱雑に頭をかいた。
「飽きねェなァオマエも。何が楽しくてこンな事してンだか」
ぼやいて、魔王はどっかと椅子に腰を下ろした。
「楽しい訳がないでしょう。食事は不味い。天気はいつでも曇り。読む本の一冊も、娯楽のひとつもないただの田舎同然の、形ばかり人界のマネをしたこんな場所に日がな一日閉じ込められていて楽しいと思う方がどうかしています」
「嫌なら出てけよ……」
心の底からうんざりとした様子を隠す理由もなく、魔王は言った。女のほうも嫌悪感を露わに苦り切った表情を向ける。
「毎回同じ事を言わせないでください。馬鹿ですか。愚か者でしたね。ただの人界人が魔界を横断できるとでも思っているのですか。出ていけと仰るのなら今すぐ
女の勢いに押され、魔王は黙る他なかった。ツノハエネコが何かはわからないが、馬鹿にされているのだろうとは思う。
女は人界の住人だった。正真正銘の人界人だ。
それなのになぜ魔界にいるのかといえば、魔王のせいだった。
古代戦争が終わり、魔界が人界と交流を初めて何百年かが経っていた。
人界へ無断で行かない、人界で人界人を襲わない、などの決まりが作られたが魔界人の全部がそれを守っている訳ではない。むしろ守っていない者が多く、界境に近い人界人の村は未だ魔界人に襲われる被害に遭っている。
三界会議ではたびたび槍玉に揚げられ、非難されていた。
天界人だとて魔界人とは違うやり方で人界人を食い物にしてるくせ、面の皮が厚い。
女は魔界人に襲われていたところを偶然通りがかった魔王に助けられた。しかしその場所は人界で、女以外は馬車も従者も護衛も人界人の手など到底届かないだろう谷底に落ちていた。
そこで魔王は考えた。女さえいなくなれば魔界人が人界人を襲撃した事実が消えるな、と。だから連れ帰った。それだけだった。
人界人だからすぐに死ぬかと思っていたのだが存外しぶとく、今まで生きている。生命力の強い人界人だった。
相対するのが自分と姿形の違う魔界人でも一歩も引かない。それどころか文句を言ってくる始末。
面倒臭ェ、と魔王は再び頭を掻いた。そのうち禿るかもしれない。
「
「それくらい覚えてるっつうの……」
女は魔王を一瞥しただけで、また窓の外に目を向けた。
楽しくもない毎日を生きているのは魔王も同様だ。
人界に一番近いシュングレーニィで強いからと魔王になった身で、魔素濃度が高い場所を巡ってはせっせと濃度を下げる。それが他領であってもだ。
要請を受けてわざわざ言ってもぞんざいな扱いをされ、遅い、もっと早くしろと言われる。三界会議では着けたくもない煩わしい枷を付けさせられ、魔王以外が行った人界への蛮行を非難される。そんな魔王の苦労を鼻で笑い未だに人界人を襲う馬鹿共。
魔王になってから疲れることばかりだ。自由に食べて飲んで壊していた
「そんなに帰りてェなら言い訳のひとつやふたつ考えろよ。オマエを助けたのに人界人を殺したって責められるのはこっちなんだぞ」
「……本をくださるのなら考えましょう」
無感情な
魔王はこの女のこの
「あーそうかよ。わかったわかった。邪魔したな」
女からの返答はなかった。いつもの事だ。魔王も振り返らずに部屋を出る。
「本……本ねェ……」
当然のことながら魔界にそんなものはない。あって石板くらいのものだろうか。人界ならばあるのだろうが、その方面に疎い魔王にはわからなかった。
三界会議でなければ人界に渡るのは禁じられている。律儀に守らずともいいのだが、バレればまた会議で責められる。嘲笑されながらネチネチとご高説を垂れ流されるのは煩わしかった。
「面倒臭ェ……」
魔王は呟いて頭を掻いた。
***
「本、ですか」
「ああ」
若き魔王はいかにも億劫そうに鬣をかき乱した。
「隠形術はオマエが一番得意だろう。ちょっと人界まで行って取ってこい」
「はあ……。それは構わないのですが」
「なんだ? なんか文句でもあンのか」
「いえ、そういう訳では」
アルバンは背筋を伸ばした。大らかで面倒くさがりな魔王だが、怒らせればやはり容赦はない。
「人界では物品を得るのに金というものが必要なのです」
「あァ? 金? ………あ゛ー、あのよくわからんちっこいやつか?」
「ええ、そうです」
三界会議のついでにわずかしか見る機会はなかったが、人界では物々交換をしておらず、代わりに金と呼ばれるものを使って物と引き換えているらしいのだ。
「金、金なァ……あったか? 宝物庫にでも放り込んでありゃあるだろうが」
「一応探してみますが、宝物庫を探すとなると少しばかり時間がかかります。なにせ広いうえに雑多に放り込んでありますので」
魔王は唸った。
「別に全部を探さなくていい。入口周辺をちょっと調べりゃいいだろう。あるとすりゃその辺だろうからな。奥にしまい込む価値もねェ」
「了解いたしました。それにしてもなぜ急に本をご所望になられたのです?」
「あ? あー」
ガリガリ、ボリボリ。
こりゃそのうち禿るな、と思っても手は止まらずに頭を掻きむしる。
このまま理由を全部話してアルバンに丸投げしてしまおうか。しかし拾ってきたのは自分であるし、と思い直す。実に魔王職向きな責任しょい込み型の性格をしていた。
「実はな……」
かくかくしかじか。
理由を聞いたアルバンは目を丸く見開いて驚いた。
「そんなことがあったのですね。いやはや……」
「せっかく助けたのに食い殺されるのも目覚めが悪いからな。暴れるしか能がない不届き者共には見つからないようにしろ」
「御意」
それからはアルバンも人界人の女と接するようになった。魔王とアルバンが仕事で城を空ける時には女性体の草食魔界人を話し相手をさせた。
「魔界人なのにアルバンは気が使えるのね」
「お褒めに与り光栄です」
女の言葉に腰を折るアルバンは、食事を出すごとに入るクレームに疲れてじりじりと痩せてきていた。気疲れで体調不良になると初めてしったアルバンである。
「それで、気の使えない魔界人さん。本はまだですか?」
「まだだよ。本を得るのに金ってのがいるんだろ? 今探させてるからちょっと待ってろ」
「あら、お金ならありますよ。ホラ」
女がきらりと光る丸い金属をテーブルに置く。合計で十五枚のそれらは女がドレスに縫い付けておいたものだった。
「先に言えよ!!」
「聞かれなかったもので」
しれっと答える女に歯嚙みしながら、魔王はアルバンに金を渡す。
「アルバン、頼むわ」
「御意に」
翌日、すぐさま人界に赴き、適当に選んだ一冊を買って戻ってきたアルバンは内心したり顔で女に本を献上した。
「いかがでしょう」
「これ、子供ども向けの絵本ですけれど」
「えっ」
「
「えっ」
「先に!! 言えよ!!」
「聞かれなかったもので」
「テメェ……!」
アルバンは驚きながら魔王を見る。温厚で、面倒くさがりの魔王が怒っている。
「今度はちゃんと聞いてやらァ! どんな本がいいんだ! 題名とか教えろ!」
「ええ」
あれがあればこれがあれば、と題名を言っていく女に肯いてそれを覚えていく。念のためにと女が書いたメモを渡されたアルバンは礼を言いながらも、申し訳なさそうに耳が顔の横に下がった。
「せっかく書いていただいたのに申し訳ないのですが、私は人界語を読めないのです」
「気にすんなよ。
「あらまあ。この機会に勉強なさったらいかがです? アルバンさんが買って来てくださった子ども用の絵本がありますし」
「別に困ってねえよ」
「書類仕事はないのですか? 契約書は? 字が読めなければ詐欺にあうかもしれませんよ?」
「………」
思い当たるフシのあった二人は黙った。
記憶力が良く、発言に潜む嘘を見破るのは容易いことであったので、今まで重要視してこなかった。しかし確かに聞いた契約と書類に記載されているらしい事柄が違うことが多々あった。
「しかたねえ……。面倒臭ェが覚えるかァァァ」
「ならアルバンさんが本を買ってきてくださるまで
「アー……助かる」
こうして魔王は魔素濃度の調節やパトロールの合間に女から人界語を習うようになった。
「これはなんと書いてあるでしょう」
「あー……マ、オ、ウ、ノ、オオ、マヌケ……」
「正解ですわ」
『このクソ女……』
「ホホホ。魔界語はわかりませんの」
「いじわる女」
「誉め言葉として受け取っておきましょうか」
「なんでだよ!」
魔王が吼えても意に介していない女はぺらりと自作の教材をめくる。手元には魔王が受けた小テストがあった。
「よくできています。やっぱり話せると書き文字を覚えるのも早いですね」
「腹が立つが教えるやつがいいからな。腹が立つが」
「ありがとうございます。……
「なりゃいいだろうが」
「え?」
女は初めて魔王の前で表情を崩した。
「オマエの教え方はわかりやすい。腹立つけどな。良い教師になるだろうぜ。
でも人の悪口を読ませるのはヤメロ」
「……ええ、善処いたしますわ」
「やめる気ねェな?」
「ふふ、どうでしょう」
ころころと笑う女は目尻の涙をぬぐって次の小テストを差し出した。
***
「本を買ってきましたよー!」
「ありがとうございます。お疲れさまでした」
女は初めてのお使いに成功した子どもみたいね、と思ったが口には出さず本を受け取った。
「ふーん、これが本か。ちっちぇー」
「乱雑に扱わないでくださいね。あなたの爪は鋭いんですから、破かないように」
「わあってるよ」
今までで一番嬉しそうな顔をする女に魔王は安堵の息を吐いた。
「約束は守ったんだから、ちゃんと言い訳を考えろよ」
「ええ、もちろん。お任せくださいな」
喜色満面で本を読み進める女に魔王も苦手な思考を巡らせる。どのような理由なら人界人を納得させられるだろうか。
「運の悪い事に
本を読みながらも言い訳を考えられたらしい女が本から顔を上げた。
魔王は首をひねる。女が魔王城に来てから人界の暦でもう何か月もたっているのではないだろうか。どうせ暦のない魔界なので、この際人界の暦を導入しよう、と決める。
「人界人はそんなに怪我の治りが遅いのか?」
「ええ。あなたたちよりは遅いでしょうね」
「ふーん」
そういうものか、と納得した魔王の隣でおずおずとアルバンが手を上げる。
「ですが、目を覚ましたあなたから家を聞いて連絡を取らなかったことを不審がられたりはしませんか?」
「魔界人を早々に信用する人界人はおりませんし、怯えて話さなかったことにしておけば大丈夫です」
「ハハハ、オマエが魔界人に怯えるタマかよ」
「よろしい、書き取りを倍に増やしましょうね」
「ゲェー――!」
叫びながら、それでもどこか楽しそうな魔王にアルバンもまた瞳を細めた。
その夜、魔王は女の部屋を訪れた。手土産は倍に増やされた書き取りだ。
「おう、邪魔するぞ」
「女性の部屋を訪ねる態度ではありませんね。やり直し」
「……ヤブンオソクニシツレイイタシマス」
「どうぞ」
書き取りを女に渡し、魔王はソファに座った。
「昼間の話だけどよ。オマエが言ってた人界の事情だとこのまま帰ってもオマエ、教師になれなくねェか?」
「……あら。少しは賢くなりましたのね?」
「おお。教師が優秀だからな」
「お世辞まで言えるようになって。ふふ」
女は人界でいう貴族の生まれだった。
貴族は生まれついて成すべきことが決まっていると言っていた。貴族の女が成すべきこととやりたいことは一致していない。
「別に……政略結婚くらいどうということもありません。貴族子女として生まれたのなら当然の義務ですもの。悲観はしておりますが、諦めもついておりますわ」
「それでいいのか?」
「ええ」
「いやよかねえだろう。目が死んでンぞ」
「………」
女は虚を突かれたようだった。目をそらす女に魔王は鼻を鳴らした。
「魔王城につれてきたばっかのころは死んだアピリィみてェな目ェしてたけどよ、俺やアルバンに文字を教えるようになってからは炎に投げ込まれたゴータルツの角みてェにきらきらしてよ」
「なんですかその例え……」
「だからよ、オマエ、自分ちに帰るのやめろ。生きてンのに死んだマレロになるこたァねェだろ」
「だからなんですかその例え……」
いつでも背筋を伸ばしている女にしては珍しく、疲れたようにソファに体重を預ける。
「オマエの言う通り俺は一人生き残っていたオマエを連れ帰って手当したが、その甲斐なく死んじまった。今わの際に家に連絡してくれって言い残してな。んで、死体は勿体ねェから部下に食わしたってことにでもするか」
魔王は熱を込めて続ける。
「人界側の境界の近くにな、村があンだよ。人界人の村な。まあちっとは
「そう、でしょうね。あの人たちは魔界人を怖がっていますから」
「オマエそこで教師やれ。村長は人が好いぞ。教師がいねェからオマエが来てくれるなら大助かりだそうだ」
「いつの間にそんな話を………」
「アルバンに調べさせた」
「……。それで、あなたはどうなるのです。
「あー? ……、まあそうなンのか?」
「いいのですか、また要らぬ非難を受けるのですよ。面倒だとあれだけぼやいていたではないですか」
女の眉間がきゅうと寄る。魔王の目にはまるで怒っているような顔に映ったが、匂いからして女はとまどっているらしかった。
「まァなァ。でも今さらひとつやふたつ、増えたって変わりゃしねェや。どうせなにやってもあいつらは文句言ってくるしな」
「それはそうなのかもしれませんが……」
魔王は牙を見せて笑った。久々に笑ったことに気付いてさらに笑みを深くした。
「いいじゃねェか。生まれて今まで貴族らしく過ごしてきたんだろ? あとは親父共に任せちまえ。ンで、本当に教師になりてェならなっちまえよ。そのほうが俺も気分がいい」
「……いいのでしょうか」
「いいっていいって。貴族は他にもいるんだろ。そいつらが上手くやるさ。でも魔王に文字を教えられるなんてアンタしかいねェよ、先生」
ぱちくり、と目をしばたかせる女に魔王は悪戯が成功した猫のように笑った。
「ハハハ。教師はこう呼ぶもんなんだろ?」
「驚きました」
胸を押さえて、女は深く呼吸する。
「とても、驚きました」
顔を上げた女の口角はやわらかく上がっていた。
「あなたはとてもやさしいのですね、魔王」
それは魔王が初めて見た女の心からの笑みだった。
***
人界人の村に女を送り届けた魔王はその足で女の実家に向かい、形見と称して女が残していった服やらなにやらを届けてやった。
いちおう、内々にしてくれと言い置いたのだが、次の三界会議でやはり責められた。
表面上はすまなそうにしていた魔王だが、内心はどこ吹く風。もう慣れた。先生のためだしな。
魔王はこの頃から人界の文化に興味を持ったのだった。
間違いなく女は死んだことにしておくために魔王は習った文字を使って『城に滞在していた人界人が死んだ』と記録を残した。
これが魔王城に残る最古の文書だ。この時から魔王城で使われる書き文字は人界の文字が公用文字になった。リオネッサが嫁いでくる二百年ほど前のことである。
魔界で使われる文字は人界でいう古語で、リオネッサの時代とは多少違っても馴染みやすかったのはこれが理由だ。
教師がいなくなってからも魔王は独学で人界への理解を深めた。それと同時に貨幣の重要さにも気付き、外貨を獲得しようとするのだが、経済のけの字、商売のしの字も知らない魔界人には年に一回、小鳥の涙ほどの硬貨を貯めるのがせいぜいだった。
魔王が隠居し、息子にその座を譲ってからようやくまともに外貨を稼げるようになったのだった。
なぜかといえば切れ者と評判のバルタザールが魔王城に入ったからである。
「頭が良い奴がいると違うな?! オマエ、俺の代にもいてくれよ?!」
「ははは、いやです」
***
女はその村に住むにあたり、ジェンマと名を変えた。
村に来てから三十余年、教師をしてたくさんの子どもを教え導いてきた。
最近では足が弱り、教え子に教師の役を譲って隠居生活を送っていた。
もう昼に近い時間だが、体がだるくてとてもではないが起き上がれそうにない。年を取ったのね、とジェンマはベッドの中でため息をついた。
「よう、先生。ずいぶん縮んだなァ」
「……そう言うあなたは変わりませんね」
いつの間に入り込んだのか、初めての教え子がベッドのすぐ脇に立っていた。驚いてベッドから起き上がろうとするジェンマを魔王が介助する。
「許可は取ったのですか?」
「あー。どうぞ内密にしてください、先生」
下がる眉にジェンマは笑った。
無許可で人界に来たらしい魔王の大きな手の中に小さく見える布の塊があった。
「先生、俺の息子だ。どうしても先生に見せたくて来ちまった」
「ありがとう。かわいいわね」
魔王のように黒い体毛に覆われた大きな猫のように見える子どもは、ぱちりぱちりと青い瞳をしばたたかせてジェンマを見ていた。
ジェンマは猫好きであったので自然と笑顔が浮かぶ。残念ながら父親に似て小さいながらも立派な角が生えているが、しかし、父親よりよほど猫に似ていた。
「あなたが女性を大切にしているようでなによりです」
「その節は本当にお世話をおかけしました」
深く深く頭を下げた魔王にジェンマは少しだけ苦く微笑んだ。
子孫を残すために番う雌を閨に呼ぶくせ、その扱いが雑という言葉では生ぬるいほど乱暴だった魔王は、幾人も魔界人の女性体を殺した。魔王の子を孕むならばこれくらい耐えてもらわねば困る、という考えはジェンマが振り上げた拳で粉砕された。見事に粉微塵にされた。
怒り狂ったジェンマが冷静さを取り戻すまで、魔王は床に座らせられたままじっと反省した。それ以降閨での死人は出ていない。 ジェンマに叱責され、自分の思い違いを正された魔王は、通りで今までの魔王は跡継ぎが生まれないはずだ、と得心がいった。
ただ、魔力炉の出力の違いなのか、なかなか子を孕む女性体はでず、ようやく子を授かったのだ。
「それで、先生にこいつの名前をつけて欲しいんだ」
「……ちょっとお待ちなさい」
「おう。待つ」
魔王は素直に床へ腰を下ろす。頭が痛んだ気がして、ジェンマは頭を押さえた。
「申し訳ないのですけれど、
「いいんだよ。こいつには気軽に人界を見て回って欲しいんだ。そン時に名乗るのが魔界語の名じゃ人界の奴らは呼びにくくて仕方ねェだろ?」
「それは、そうでしょうけれど」
ジェンマはそれから少しだけ考え込んで、魔王の子を撫でた。ふわふわと柔らかい毛を手のひらに感じて微笑む。
できるだけ魔界の発音に近くなるように、魔界人でも呼びやすいように。
「フリードリヒ、はどうでしょうか」
「いいな! 呼びやすい! おい、フリードリヒ! オマエは今日からフリードリヒだ! 先生も呼んでくれ!」
「はいはい……」
まるで子どものように歯を見せて笑い、喜ぶ魔王にジェンマは少しだけ呆れて、それでも胸の奥底から湧く感情のままに笑った。
「初めまして、フリードリヒ」
魔王さまと花嫁さん【千PV感謝】 結城暁 @Satoru_Yuki
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