第66話:新年祭のあとで

 新年祭がぶじ終わって……ぶじ? ぶじかなあ……?

 ぶじってことにしておこう。

 ぶじ終わり、久しぶりにゆったりとした空気が魔王城に流れている。

 家族でゆっくりと朝食をとれたし、お茶の時間もみんなそろってなごやかにすごせた。

 エルフィーの習い事もいっしょにできたし、昼食も晩さんもいっしょだったし。

 これが当たり前の幸せ・・・・

 たった三日一人ですごして食事をとっただけなのにものすごく嬉しい……!

 いつもは当たり前すぎて気付けなかったけど、こういう日々って大切なんだなあ……っ!

 今回学んだことを胸にこれからも一日一日を大事にしていこう。

 こんなふうにわたしはのんびりゆったりさせてもらっているのだけれど、魔王さまたちはそうもいかない。

 新年祭でシュングレーニィの特産品を知った各領の人たちから注文や質問がさっとうしているのだ。

 みんなこれを機に貨幣制度を広められないものかとがんばっている。

 さいわい気の長い人が多いので、数十年、もしくは何百年単位で広めていく心づもりとのことだ。

 魔界の人たちってほんとに気が長いんだなあ……。

 とりあえずシュングレーニィに近いところから少しずつ取引をしていくらしい。

 いろいろ問題や注意しなければいけないことは多いようだけれど。

 力にものを言わせる人が強盗したりする可能性とか、道の整備とか。

 道の整備なんかはその気になれば魔術でなんとかできるみたいだけれど、どうせ作るならきれいな街道にしたいと珍しく魔王さまからの意見が出たので、時間はかかってもこつこつと人の手で整備していくことになったそうだ。

 人界で見たルデイア公国の街道に影響を受けたのかもしれない。

 たしかに王都のイレニティア近くの街道はすごくきれいだったものね。

 石畳で馬車に乗ってても衝撃は少なかったし、散歩で歩いたときも歩きやすかった。花とか植えてあったりして街道の景色が観光名所になってたりしたし。

 なるほど、観光名所が増えるかもしれないし、きっと魔力が少ない人でも運送に関われるように整備を提案したんだろうな。さすが魔王さま。

 そんな魔王さまのためにわたしもなにか役に立ちたいんだけどなあ。今のところなにもできることがない。とほー。

 ため息をつきながらフィルヘニーミから届いた手紙を見る。

 わたしの使っている便せんより大きい。わたしの顔より便せんが大きいってどういうことですか、ベルトホルトさん。ちょっとした絵画の大きさですよこれ。

 たしかにあなたの体は大きいので手紙をかくとなるとそれなりに便せんが大きくなってしまうのかもしれませんが、読み手のウラさんのことをきちんと考えてください。

 ウラさんあての手紙だけれど、わたしが先に中身を見ることは伝えている。

 内容は一言で表すなら「フィルヘニーミへ嫁にこい」だった。

 お断りしておきますね。

 わたしは手紙をていねいに封筒にしまい、大きめだけれどなんとかウラさんでも読めるサイズの便せんと、注意事項を書いた手紙を同封した。


「レギーナさん、この手紙をフィルヘニーミのベルトホルトさんにお願いします」

「はい。かしこまりました」


 ベルトホルトさん。

 ウラさんにあなたの気持ちを伝えたところ、このままでは強引に結婚されかねない、と将来に不安を覚えたすえ、図書館勤務のナータンにアタックし始めました。

 ナータンさんもまんざらではないようで、二人は図書館でデートを重ねていますよ、とは書かないでおいた。

 たぶん、ウラさんに渡せる内容の手紙が届くころにはお付き合いしている人がいるのでごめんなさい、という返事を書けることだろう。

 異種族間での結婚は少なくないそうだけど、他領同士の結婚はまだ少ないらしいし、ベルトホルトさんもかってがわからないんだろうなあ……。

 フィルヘニーミの女の人はバルタザールさんがにっこり笑顔で「雑」って一言ですませちゃうお人柄みたいだし……。雑ってどんな性格なんだろう。うーん。

 とにかくベルトホルトさんは自領の女の人と違うからウラさんを好きになったって言ってたことを思い出してほしい。アプローチのしかたも違いますよ。

 さて次の手紙は、と。

 コブレンタさまからだ。

 シュークリームの味が忘れられないらしい。けっこうこういう手紙も多い。

 菓子職人を貸し出してほしいと書かれていた。そう言われましても。

 貸し出せるほど人手が余ってるわけじゃないので、この話は残念だけれどお断りさせてもらおう。

 返事にはそのかわり、弟子入りは大歓迎なので、手先が器用な人などがいればどうぞご連絡ください。ただし、その場合は脅したり無理強いしたりせず、必ず本人の意思を確認してください、書いておいた。

 ハイダさんみたいに、とまでは言わないけれど、少しでも好きな気持ちがなければ故郷を離れての修業生活なんて続かないと思う。お菓子作りはなれるまで失敗も多いし。

 菓子職人が育つまではお菓子だけを移動させる空間魔術を使うのはどうだろう。

 これはアルバンさんに報告しておこう。コブレンタさまの領地はまだ物々交換だもの。

 次はいろいろな大きさの手紙だ。ハガキもまじっている。

 新年祭で中庭の祭りを楽しんだ近所の人たちからとどいた感想だ。

 読めば読むほど参加したかった……という気持ちが強くなる。

 おいしそう……。たのしそう……。

 各領地の人たちが加わったあとの話も詳しく知れた。歌自慢大会や腕ずもう大会が行われたようだ。

 楽しそう……。来年は見学だけでもできないかなあ……。

 バルタザールさんの手品とかなにそれ見たい……。

 ゼーノが優勝したあっちむいてホイ大会ならわたしも参加できそうな気が。

 手紙のあちこちに見えかくれする出店を食べ歩いているアルパイン族ってたぶんアルバンさんだ。

 フーゴさんの雪像ショーなんてあったんだ。それで会場あとの一部に雪がつもってたんだ。

 魔王さまがエルフィーの歌にあわせて手拍子してたんだ……。見たかった。ものすごく見たかった。

 来年はなんとしてでも見学権をもぎとろう。がんばるぞ、えいえいおー!

 あ、これはエンメルガルトさまとジークくんからだ。

 ジークくんは着実に字を覚えているようだ。

 ところどころ間違っていたり文法が間違っていたりもするけれど、意味はちゃんとわかる。

 ヴァーダイアに帰ってからは体を鍛えるだけじゃなく、学問や礼儀をエンメルガルトさまに教わっているようだ。毎日たいへんだけれど充実している、と書かれていてジークくんの笑顔が簡単に想像できた。

 エンメルガルトさまの手紙は魔素調査をしたことへの改めてのお礼と簡単な近況だった。

 魔王城でしている品種改良をエンメルガルトさまもしてみるらしい。

 花の色や香りなど改良できそうな点はたくさんあるけれど、周囲の熱い希望でまずは蜜の改良から行うようだ。

 うまくいったら送ります、と記された手紙からはエンメルガルトさまのようなおだやかでさわやかでやわらかな花の匂いがした。

 いい匂い……。これ香水に出来たら売れそう……。ぜったい売れるよ……。脳内でジークくんに怒られたので商品化はしないけど。しないってば!

 最後に今度はゆっくりとヴァーダイアを訪れて欲しい、とそえられていた。

 魔王さまたちは急いで魔素調査を終わらせたから観光もできなかったものね。

 わたしも常春のヴァーダイアに行ってみたいなあ。

 きっとエンメルガルトさまみたいにきれいな花がたくさん咲いてたりするんだろうな。

 アルバンさんにお願いしよう。できれば魔王さまといっしょに行きたいです、って。

 えーと、あとは……。


「王妃様、休憩のお時間です。今日も全員ご参加できるそうですよ」

「わかりました」


 ヤッター! と飛び上がりたいくらいに嬉しいけど、レギーナさんを呆れさせてしまうので自重した。


「今日のお菓子はクンツが作ったロールケーキだそうです」

「楽しみですね!」

「ええ。そうですね」

 思わずスキップしてしまってレギーナさんに微笑まれてしまった。

 おやつは文句なしに美味しかったです!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る