第65話:新年祭

 いよいよ夜も深まって新年祭まであとわずか。

 魔王さまの演説で始まった前夜祭とでもいうべきパーティーは盛況だ。

 使用人たちの仮装を興味津々に見つめる人。料理のあるテーブルからはなれない人。テラスから中庭のようすを眺める人。

 などなど、みなさんそれぞれが楽しんでいるようだ。

 おっとなんだか燃えてる人が近づいてくるぞ。

 猫っぽい顔をしてるけど、猫と違って耳が丸い。あとゴツイ。

 このホールは城で一番大きい、魔王さまよりずっと大きなひとだって入れるホールだけど、圧迫感あるなあ。魔王さまよりも大きいかも。

 髪じゃなくて体からちろちろと炎が吹き出している人だけど、近付かないほうがいいよね。

 体が一部でも燃えてるならそれはだいたいゼイマスペル出身の人だから、魔王さまといっしょのとき以外はなるべく近寄らないこと。

 よし! ちゃんと覚えてる!

 わたしはさりげなく人の多いほうへ自分をまぎれこませた。

 こういうときは体の小ささが役に立つね!

 う。言ってて自分で自分にダメージが。

 ひょろっとした植物みたいな貴婦人や、コウモリ羽根を頭からはやしたご婦人の間をするするぬうように歩く。

 周囲の話をこぼれ聞いたところ、


「王妃様、そのまままっすぐ行ってください。コブレンタ様を壁にして右へ曲がってください」

「わかりました」


 コブレンタさまは自慢の牙と猪顔のあちこちをクリームでべたべたにしながらも楽しそうにデザートをほおばっていた。


「美味い美味い! このように美味なるものがあったとは! 美味い美味い!」


 デザートのテーブルは見た目が女性的な人や子どもに見える人が多いのだけれど、コブレンタさまは気にしていないらしい。

 このクリーム美味しいよねー、見た目もすごくかわいい、こっちのも美味しいよ~、という女子力の高い会話にも入っていけている。

 もしや、わたしより女子力が高かったりする……?


「おお、猛炎もうえんの! 久しいな、貴様もでざぁとを食べにきたのか! これなどオススメだぞ! 外の皮はパリッと小気味よく! 中のクリームは蜜のように甘いのだ!」


 コブレンタさまはクリームが好き、と。

 シュークリームをつみ上げたケーキを見せたらどんな反応をしてくれるかな。

 猛炎の、と呼ばれていたゼイマスペル出身らしき人はコブレンタさまに肩を組まれてシュークリームを口につめこまれていた。

 がんばってください、と心の中で応援だけはしておく。そのすきにわたしは魔王さまのところへ戻った。


「魔王さま、ただいま戻りました」

「うむ、よく帰った。会場の様子はどうだったかね」

「みなさま喜んでくださっています。料理もデザートもすこぶる好評でしたわ」

「ご挨拶が遅れました。お初にお目にかかります王妃様。

 フィルヘニーミより参りましたフーゴと申します」


 魔王さまと話していたユキオオカミがゆったりとわたしにおじぎした。

 すごい、今日一番ゆうがなおじぎを見たかも!


「魔王妃リオネッサです。こちらこそあいさつが遅れました。どうぞごゆるりとお楽しみくださいね」


 やっぱりフィルヘニーミ出身、ということはバルタザールさんの言ってたまじめな人ってフーゴさんのことだったんだ。たしかにすごくまじめそう。

 今だってキリリと表情を引きしめて、背筋もピンとしてるし。


「吹雪の中フィルヘニーミからいらっしゃるのはたいへんでしたでしょう。バルタザールからも労わってやってくれと言われ……」


 バルタザールさんを呼び捨てとかなれないなー、と思ってたらフーゴさんが口をあんぐり開けて驚いていた。

 えっわたし変なこと言った?


「どうされましたか? わたくしがなにか気に障ることでも言ってしまいましたか?」

「い、いえ、王妃様にはなんの非もあるはずがございません」


 オロオロしたいけど、なんとかガマンした。えらいぞわたし!

 そのかわりというようにフーゴさんがオロオロしていた。フーゴさんのしっぽがぎこちなくゆれている。

 ど、どうしよう。たすけて魔王さま!

 と、思って魔王さまを見上げたら魔王さまは肩をふるわせていた。

 ………笑っていらっしゃる。


「いや、すまない。フーゴはバルタザールに心酔していてね。しかし盲信している訳ではないのだ。バルタザールの性格を良く知っている。

 だから君の口からとはいえ、労いの言葉が出てきた事に驚いたのだろう」


 へーほーふーん。なるほど。

 それならフーゴさんが驚くのもムリはない……のかな?

 バルタザールさんはきびしいところもあるけど、たいていやさしいと思うんだけどな。


「リオネッサ、フーゴが感情を露わにする場面を見る機会があるとは思わずつい笑ってしまっただけだ。決して君の事を笑っていた訳ではないし、ましてや動揺する二人を見て面白がっていた訳では……! 訳では……!」


 そこでない、とは言い切らないなんですね。

 魔王さま、ウソつけませんもんね。

 ふーんだ。わたしだってべつに怒ってなんかいませんし。むしろ魔王さまに笑いを提供できて嬉しいくらいですし。

 ほんとに怒ってるわけじゃないですよ? すねるわたしの機嫌を取ろうとする魔王さまの姿で相殺そうさいされました。

 そんなわたしたちを見て、今度はフーゴさんが笑う番だった。


「失礼いたしました。バルタザール様から一度だけ届いた報告書でお二人の仲睦まじさは知っていたのですが、やはり百聞は一見に如かずですね」


 ……いろいろ気にはなるけど、報告書じゃなくて手紙をちょくちょく書いてあげてね、バルタザールさん。


「陛下、そろそろ時間です」

「うむ。行こうか、リオネッサ」

「はい。それでは失礼しますね」


 アルバンさんに促されてホール上座の玉座へ向かう。エルフィーとも合流して三人で玉座に座った。

 エルフィーの護衛についてたゼーノが今にもあくびしそうだったので、バルタザールさんから見えざる冷気が飛んだ。

 うわあ冷たそう。

 ゼーノが護衛でだいじょぶかと気をもんだけど、なんとかなったみたいでよかった。エルフィーがしっかりしてるもんね。ありがとう、エルフィー。

 アルバンさんが懐中時計を確認してうなずいた。魔王さまもうなずき返す。


「皆、グラスを持ってくれ」


 さざめく人の声が水を打ったように静かになった。

 使用人たちがそっせんしてグラスを配ってくれていた。

 エンメルガルトさまは食べ続けようとするジークくんをたしなめて二人でグラスを持った。

 コブレンタさまはあわててフルーツポンチを器ごと持ち上げていた。それグラスじゃないですよ。

 その隣にいる猛炎のさんは口の周りがクリームだらけになっていた。

 魔王さまが魔力で大きな時計を形作った。


「この長い針と短い針が重なる時、新たな年が始まる。

 今宵それを皆で祝える事を心から嬉しく思う。貴殿らの来訪に感謝を」


 カチり、カチリ。

 長針が真上に近付いていく。

 わたしもエルフィーもわたされたグラスを持った。

 カチリ、カチリ。

 ついに長針と短針が重なった。


「古き年に感謝を! 新しき年に祝福を!」


 魔王さまがグラスを掲げた。

 わたしもエルフィーも掲げる。

 ホールにいた誰も彼もが歓声と共にグラスを掲げた。

 魔術師団が魔力で花火を上げる。

 花びらや紙吹雪が舞い上がり、光の雪がふる。

 新年を祝うための料理とデザートがどんどん運び込まれ、みんながみんな手を取りあって踊りあった。

 わたしも魔王さまと踊ったり、エルフィーと踊ったり、フーゴさんと踊ったり、コブレンタさまの肩に乗せられたりした。

 猛炎のさんとは魔王さまといっしょにいるときに改めて話した。

 猛炎のさんの名前はベルトホルトさんで、ウラさんを怯えさせてしまったことについて謝罪したかったのだそうだ。

 それから自分はかわいいものが大好きでウラさんのことも一目で好きになり、ついうかれて話しかけてしまった、もし許されるのならウラさんに直接謝罪したい、あわよくば娶りたい、と丸い耳をぺたーんとふせて背を丸めていた。

 きちんと反省しているみたいだし、ウラさんがいいなら文通から始めてもらおう。

 そう伝えたところ、全身を燃え上がらせるほど喜んでいた。うん。そういうところだよ、ベルトホルトさん。

 ちなみにウラさんの好みは図書館勤務のナータンさんだそう。物静かなところが好きなんだって。

 がんばれ、ベルトホルトさん。失恋しても魔王城に押しかけてきたりしないでね。

 かけた赤い月が空の頂上から傾いてきて窓から見えるようになったころ、レギーナさんストップがかかったわたしは後ろ髪を引かれまくりながらも寝室に引っこんだのだけれど、夜が明けるまえに終わる予定だった新年祭は、なんとわたしが起きてからも続けられていた。

 魔界人のあふれる体力に感心しつつ、みんなが帰らないのに抜けるわけにもいかない魔王さまたちに手をあわせながらひとりで食事をすませること三日、ようやく新年祭は終了した。

 招待したみなさんは一日目から中庭に下り出し、身分なんて関係なくどんちゃんし始めたそうだ。

 お酒は一滴も出してないのにすごいね……。わたしも参加したかった。

 最後はみんなで魔王さま、アルバンさん、バルタザールさんからも説教を受けてようやくお開きになった。


「来年も来るからな!」

「次は我が領地でも取れたものを持参しますぞ!」

「今度は我が領地にもお越しくださいね。歓迎いたします」


 と、ご機嫌でみなさんは帰っていった。

 ……もしかして、来年も三日三晩騒ぐのかなあ……。

 ほとんど空になってしまった食糧庫を見て魔王さまたちが頭を抱えていた。

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