第64話:新年祭準備

 いよいよ明日から新年祭です。

 明日の夜から始まって、年が明けたら朝までお祭り騒ぎなわけですな。

 くう~~楽しみ~~!

 とはいえ、そこは中庭に招待したみんなの話で、パーティーホールに集まった人たちはそこまで騒いだりはしないと思う。魔王さまと同じでえらい人だもんね。

 各領地からぞくぞくと到着した領主代理や族長代理たちからのあいさつもひと段落して、あとは祭りを待つだけだ。わたしは。

 魔王さまたちは今日も書類と戦っている。

 お土産や陳情書を持って来たひとが多く、その処理に追われているのだ。

 そんなわけで今日もジークくんといっしょです。

 ごめんね、ジークくん。バルタザールさんて有能な人が大好きだから……。たぶん特別手当でるから……。

 魔王城、というか魔界でおとなしく書類仕事に従事してくれる人ってほんとに貴重らしくて……。

 エンメルガルトさまも断ってくれて良いんですよ!

 あとエンメルガルトさまの従者なのに、字が書けないからってジークくんをしめ出すのはよくないと思いまーす!

 それが悔しくてたまらないジークくんとお勉強なう。

 わたしは魔界文字をジークくんに教えて、ジークくんには魔界語でしゃべってもらう。

 このおかげで、わたしの単語を並べるだけだった残念な魔界語は二歳児レベルまで上がった。

 それだけエンメルガルトさまが机仕事に借りだされているとういことでもあるけど。

 最初はペンを持つのにも苦労していたジークくんだけど、今ではけっこうさまになっている。

 ちなみに、長時間にわたる書類仕事中にいちいちペン先をインク壺にひたすのが嫌になったバルタザールさんが作った特製品を使わせてもらっている。

 インクをペン軸の中に入れて使うので、インク壺にひたさなくても良い、というすぐれもの。

 一度インクを入れれば、ずっと書き続けられたらいいのに……、というバルタザールさんの切実な願いをこめて、万年筆なんて名前が付けられた。

 疲れてるんですよ、バルタザールさん。たまにはゆっくり寝てください。


「うーむ。字を書くのにもけっこうなれてきたけど、疲れますな」

「そうだね。やっぱりどんなになれてる人でも疲れると思うよ」

「だよな」

「うんうん」

「おやつにしよう」

「さんせい」


 今日も見て見ぬふりありがとうございますレギーナさん!

 新しいことを覚えるのはたいへんだし、なれないことをするのもたいへんだし、根を詰めすぎるのはよくないと思う。適度に息抜きしなきゃ。

 座りっぱなしだったので、こわばった体をほぐすためにも移動する。

 うあーこわっばたきんにくがほぐれてゆくー。

 よちよちよぼよぼよろよろと廊下を歩いていくと、チーバー族のメイドがすみっこでうずくまっていた。


「だ、だいじょぶ……?」

「リオネッサ様、まずは私にいってください」

「ご、ごめんなさい……」


 いきなり話しかけられたせいかものすごく驚かさてしまった。あっ、あっ、泣かないで!

 驚かせてごめんね、こわくないよ~。


「ウラ、どうしたのです」

「ウッ、グスッ、王妃様、レギーナ様、あの、ヒック、なんでもないです」


 泣いてるのになんでもないわけないよね?!

 アッわたし?! そりゃ目上の人間がいきなり現れたらこわいね?! ごめん!!


「そんな状態で何もない訳がないでしょう。嘘をつくならもっと上手くつきなさい」

「イエッ、そんなっ、グスッ、う、うそだなんて、ヒック、ウ、ウウ……」


 ウラさんは本格的に泣き出してしまった。


「ご、ごめんね、いきなり声をかけられたらびっくりしちゃうよね。チーバー族は音に敏感だもんね。ほんとにごめんね」


 ぱちくりとまばたきするウラさんの目からぽろぽろと涙がこぼれる。

 まだうるさかったかな、もう少し音量下げたほうがいい?


「グスッ、王妃さま、気を使っていただいて、ありがとうございます。でも本当に、大丈夫ですから、あの、仕事に戻りま……」


 ぐう。きゅるるるぅ……。

 止まりかけていたウラさんの涙が再び滝のごとく流れ出した。

 今度は顔を真っ赤にして。

 だ、だいじょぶだよ。お腹ぐらいだれだって鳴るよ!

 その後、おやつ食べたさにしびれを切らしたジークくんがウラさんを抱え上げて休憩室まで運ぶという暴挙に出たが、びっくりしすぎたウラさんの涙が止まったからよしとしよう。

 あとから聞いたら心臓も止まりそうになってたらしいけど。

 もぐもぐと大量のおやつを胃に収めながらジークくんはウラさんにどうして泣いていたのかを聞いた。

 ちょっとだけ鼻をすすりながらぽつぽつしゃべってくれたウラさんによれば、なんでも他領の人に話しかけられたのが原因らしい。

 その人はウラさんより体が大きく、またそれにともなって態度も声も大きかったようだ。

 ウラさんが怯えるのもムリないよ。

 チーバー族は大人でもわたしより小さい人たちばかりだから、当然大きな他の種族を怖がるし、魔力も腕力もそんなに強くないかわりに耳が発達して危険からすばやく逃げるようになった種族だもん。

 まったく! どこのどいつだそんなぶしつけなことをしたのは!


「あの、でも悪い人ではなかったのだと思います。最後は私が怖がっていることに気付いて、怖がらせて悪かったと謝ってくださいましたから」


 もきゅもきゅとおやつを食べるウラさん。かわいいなあ。

 ふーむ。小さくてかわいらしいウラさんに声をかけたくなる気持ちはわかるかな。


「その、失礼ではあるのですが、その方が去られたあとに私、腰が抜けてしまいまして……。新年祭が終わってお客様達がお帰りになるまでああいった事があるのだなと思ったら涙が……」


 なるほどなあ。

 かわいいメイドはウラさんだけじゃないし、かっこいい使用人だっているもの。

 今回は相手が引いてくれたらよかったものの、万が一、相手が引かなかったら、身分や魔力差で逆らえない場合もあるわけで……。

 なにか対策を考えなくちゃ。

 うーん。他領の人がおいそれと手を出せなくなればいいんだよね。見た目で危険だとわかる……。

 あ、そうだ!


「あの、王妃様、これは……」

「似合ってるよウラさん!

 わたしの故郷では昔、魔界人のかっこうをしてときどきやってくる魔界人をだましてやりすごしてたんだって。それが今でも残っててお祭りの時に仮装するんだけど、新年祭もお祭りだし仮装したっておかしくないと思うんだ。

 理由を聞かれたら王妃の故郷の風習でって答えればいいし、このかっこうなら魔王さまの保護下にあるって一目でわかるし、名案でしょ?」


 レギーナさんに頼んで持ってきてもらった布と裁縫道具で作ったのは魔王さまのような角をつけたカチューシャと、魔王さまの赤を使ったリボンだ。

 リボンは制服のあちこちにつけさせてもらった。

 ウラさんのかわいさが上がってしまうが、そこで角つきカチューシャの出番だ。

 これを見ればだれだって疑問に思うだろう。


「どうしてそんな角をつけてるんだ」


 って。

 そこでこう答えるわけですよ。


「これは王妃さまの故郷の風習で、祭りの間は仮装をする決まりなんです。この角は魔王さまをもしているんですよ」


 と!

 魔王さまの赤を見間違うバカは来ていないだろうし、シュングレーニィで一番えらい人から目をかけられているとわかれば手はだせまい!

 よし、これは魔王さまから招待客のみなさんに話してもらおう。

 魔王城うちの人たちに手は出させませんとも!


「おもしろうそうだね、それ」

「そうでしょそうでしょ? あ、わたしの村ではエンメルガルトさまが人気の仮装だったよ」

「へえ」


 そこで寝っ転がっている男が今年はやりました、とは言わないでおく。

 ふたりのためにも必要な沈黙だ。


「ジークくんもやる? ジークくんならエンメルガルトさまの緑を入れなきゃね。あ、レギーナさん。今から作業部屋に行きますね。作業部屋に来れそうな人は呼んでください。そうでない人にはせめてリボンだけでもわたさなきゃ」

「……わかりました。王妃様、休憩は定期的に取っていただきますし、手の空いた者たちを回しますので、その者達で作れるようになったらお休みくださいね?」

「も、もちろんですよ」


 忙しくならないようにスケジュール調整されているのをわすれてませんか? って無言で言われた。

 だ、だいじょぶ! ぜ、ぜんぜん忘れてないよ! ものすごく覚えてたよ!

 みんなでわいわいしながら作った仮装は来年以降も引き継がれ、他領のお客さまたちにも広がって新年祭の名物になった。

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