第63話:ジークくんと

「アンタ……王妃サマっていつもこんなことしてんの? ……してるんですか」

「あはは、いつもじゃない……ありませんよ」


 レギーナさんににらまれてところどころ言葉を改めるジークくんはエンメルガルトさまがいないので、どことなくそわそわしているように見えた。

 非公式な場なんだし、そこまでかしこまらなくてもと思うんだけど、他に示しがつかない、と言われてしまうと反論はできない。

 ちょっと仲良くなれたとはいえ、他領の人間に気安すぎる態度を取られるのはよくよく考えるとやっぱりマズイのかもしれない。

 わたしひとりが侮られるならともかく、魔王さまが軽んじられるのは嫌だ。


「いつもは他の人が作業してくださるのですけれど、今は新年祭の準備でみんなてんてこまいですから。一番手の空いているわたくしがお手伝いさせてもらっているだけですわ」


 エルフィーは引き続き屋台を監督しているし、アルバンさんたちもそうだ。だから働きすぎを禁止されているわたししか手があいてないんだな、これが。

 それにしても王妃さま口調ってやっぱりむずむずするなあ。なれないや。

 もっと気軽に話したなあー、と期待をこめてレギーナさんを見たけどにっこり笑顔で却下された。あう、きびしい。

 ジークくんは子どもっぽいし、大目にみてくれても……だめですか。


「そのわりに手馴れてる……ますね」

「人界にいたころは毎日やっていたことですから」

「へえ」

「ジークくんもお上手ですよ」

「ありがとう。ございます」


 狩りが基本の魔界で農作業をする人はごくわずかで、したのことのない人が大半だと思う。例にもれず、ジークくんも畑仕事は初めてだそうだ。けれど、もともとが器用なのだろう。一度教えたことはすぐに覚えたし、今も手早く雑草を抜いてくれている。

 そうです、畑仕事を手伝ってもらってます。

 昨夜に行われた魔素調査のおかげで、書類仕事が増えたバルタザールさんがブランチを食べながらゆううつそうにぐちったところ、エンメルガルトさまが申し訳なさそうに自領の報告書くらいは自分で書きますと挙手した。

 それにエンリョして手伝いを断るバルタザールさんじゃない。喜々としてその申し出を受け入れ、あわれエンメルガルトさまは執務室にとらわれの身となってしまった。

 あれたぶん魔素調査の報告書以外にも書かせる気だろうなあ。だってバルタザールさんだし。魔王城(ここ)で机仕事できる人って貴重だし。おやつはとびきり甘いお菓子を差し入れてもらうことにした。疲れには甘いものがいいそうですよ!

 そんな訳で、机仕事に関して戦力外通知をもらったわたしたちは仲良く畑の手入れをしているのだった。

 せっせと草抜きに精を出していると、レギーナさんから声がかかった。


「ジークくん、休憩にしよ、しましょうか」

「はい」


 ううーん。やっぱりむずむずする。休憩中だけでも敬語抜きでしゃべりたいなあ。ダメかなあ。お願い、レギーナさん!

 一念が通じたらしく、レギーナさんが仕方ありませんね、というふうに肩をすくめて後ろをむいた。わたしは何も見てません聞いてません、のポーズだ。ありがとう、レギーナさん!

 他のメイドたちもレギーナさんにならってうしろを向いてくれたので、わたしは久々に自分でお茶を淹れた。


「今この場だけなら敬語をくずしていいよ。レギーナさんたちが見ないふりしてくれるから。

 ささ、ジークくんすきなだけ食べてね。たくさん用意してもらったから」


 テーブルには蜜をたっぷりかけたホットケーキに砂糖もどきをまぶしたドーナツ、カスタードクリームたっぷりのシュークリーム、生クリームと果物でデコレーションした大きめの蒸しプリン、チョコチップクッキー、昨日のドラー焼き豆の甘煮汁などが並んでいる。

 今ごろは執務室でも同じようなお菓子の数々が並んでいるはずだ。エンメルガルトさま、喜んでくれるといいな。

 いっしょに休憩できたらよかったんだけど、執務室はシュラバなので立ち入り禁止ではなく接近禁止令が出ているのでムリなのだった。

 シュラバってなんだろう。なんだかすごそうだ。


「これ全部食べてもいいの? 王妃サマはそれだけ?」


 さっそくもっきゅもっきゅとお菓子をほおばっているジークくんはあまりにもモフモフしていた。力いっぱいモフりたいけど、ガマンだわたし。


「わたしは、というより人界人のたいはんは魔界人より小食だから気にしないでいいよ」

「へえ?」


 休憩になったとたん昼寝から起き出して、席に着くやいなやガツガツとお菓子を食べ始め、空の皿を量産しているゼーノをジークくんが横目に見る。

 それは例外です。ハーフだし。


「人界人にもいろいろいるんだな」

「そうだね。いろいろいると思うよ。魔界人ほどじゃないけどね」


 さくっと食べ終え、満足したらしいゼーノはごろんと再び横になりシーハーしている。……お客さんの前なんだからさあ、せめて隠れてやるとかさあ……。牛になってしまえ。


「本当にいろいろいるんだな」

「なんかごめん。

 でも、いちおう護衛だから命に危険があれば起きるよ。さすがに」


 ジークくんの初めて見る人界出身の人間がわたしとゼーノって、人界人というものに多大な誤解を与えてしまう気がしてきたぞ……。

 だ、だいじょぶかなあ……。だいじょぶだということにしておこう。


「ジークくんは生まれて何年? わたしはもうすぐ十七年になるよ。ジークくんからしたら赤ちゃんに見えるかもだけど、人界では大人です」

「そんなことないよ。おれ十五年だし」

「え、若いね!」


 エルフィー以外でわたしより年下の魔界人に初めて会った。体の小ささは年相応のものだったらしい。


「今は小さいけど、将来的に親父なみの巨大さになる予定なのでどうぞヨロシク」

「そうなんだ。ジークくんのお父さんってどれくらい大きかったの?」

「そうだなあ」


 うーん、とジークくんが食べる手を止めて考え込む。


「ヘーカと同じくらいだったと思う」

「それは大きいね……」


 ユキオオカミと似てはいるけど、やっぱり違う種族なんだなあ。バルタザールさんだってわたしよりずっと大きいけど、魔王さまと比べると小さく感じるもん。

 エンメルガルトさまと、魔王さまと同じくらいに成長したジークくん……。

 並んでるところを想像したら背の高いエンメルガルトさまが小さく思える。わたしはぜったい並びたくないやつ。

 今月も伸びてなかったし、成長期仕事して!

 わたしも魔王さまやジークくんと同じくらい食べれば成長できる可能性が……?

 ジークくんの皿があっという間に空になったので追加を頼む。成長期だなあ。わたしもがんばって食べてみよう。


「リオネッサ様はそれで終わりにしてくださいね。晩餐が入らなくなってしましますから」


 ドクターストップならぬレギーナさんストップがかかりましたー。後ろをむいてるのになんでわかるんだろう。

 まずは胃袋を大きくするところからがんばろう。でもどうすればいいんだろう。

 わたしが悩んでいる間にもジークくんの皿は積み重なっていき、合計が五十枚を超えたところでオーダーストップがかかった。これ以上は晩さんのデザートに影響が出てしまうそうだ。すごい食欲だねえ。

 ジークくんの十分の一、ううん、百分の一くらいわたしの胃袋も大きければなあ。

 ……人をうらやんでいるだけじゃなにも変わらないぞリオネッサ! バルタザールさんに相談して栄養たっぷり食品を開発だ!

 一口で一日の栄養が全部とれるような食品ができれば小食でもきっとだいじょぶ!


「腹も満たされたし作業を開始しますか王妃サマ」

「そうですね、今日はエンメルガルトさまにもお手伝いしてしていただきましたし、晩さんにはお二人の好物もお出ししましょう」


 それを聞いたとたんジークくんの目がきらきら、耳がぴこーん、しっぽふりふり。すごくかわいい。

 十五才とは思えないほど冷静沈着なジークくんだけど、こういうところはすごく子どもらしい。


「どんなものがお好きですか?」

「王妃サマの料理がいいです。昨日のも、今日のも、全部うまかった! ……です」

「ふふ、ありがとうございます。それではそのように伝えておきますね。晩さんを楽しみにしていてください」

「はい!」


 ウキウキと畑仕事に戻るジークくんを見てわたしも嬉しくなった。故郷の味を好きだと言ってもらえるわたしは幸せ者だ。

 ちらっとレギーナさんを見る。いい笑顔で首を振られた。

 やっぱり厨房に入るのはダメなようだ。ちぇ。

 子どもに大人気のハンバーグやスパゲティメニューに入れてもらおう、と決めたわたしだった。

 ちなみに、晩さんで顔をあわせたエンメルガルトさまはさっそく眼鏡をかけていた。

 バルタザールさんの機嫌が良かったから机仕事の効率を上げるためにプレゼントしたんだろうなあ、と思いましたまる。職人のみなさんお疲れさまでした。

 ジークくんはちょっと悔しそうにしていました。

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