第62話:電光石火
エンメルガルトさまの頼みごとは落ち着いているはずの魔素濃度の調査だった。
もちろんですよよろこんで! と即答しそうになったけれど、とちゅうでバルタザールさんの冷気を感じて、あわてて口を閉じた。
魔王たるものホイホイ人の言うことを聞いちゃいけないのだ。もちろん魔王妃であるわたしも同じ。
そりゃ、魔王さまが忙しくなりすぎちゃうのはヤですけどー。エンメルガルトさまが困ってるなら力を貸したいなー。
……力を貸すのはわたしじゃないけどさ。
それを考えるとわたしがかってに返事しちゃうのはダメだよね。ウンウン。ここは魔王さまの奥さんらしく、どっしりかまえていないと。
「魔素調査しかと承知した」
バルタザールさんは目を覆って、アルバンさんはいつもどおり微笑んで、ゼーノは鼻をほじっていた。
そうでしたね、魔王さまにバルタザールさんの冷気はきかないのでした! さすがは魔王さま!
「ただ、新年祭が終わるまでは待って欲しい。皆準備に忙しく、調査隊を組む余裕がないのだ」
すまなそうに言う魔王さまにエンメルガルトさまは肯いたけれど、それでなっとくしなかったのがジークくんだった。魔王さまを怖がるそぶりもなくじっと見すえる。
やりましたね魔王さま! 魔王さまを見てもなかない子どもがいましたよ!
「調査隊を組まなくても
バルタザールさんから冷気が! けどフィルヘニーミ出身のジークくんは平気みたい! バルタザールさんと同じででふわふわのもこもこだもんね!
「
わーさむーい! 今までで一番さむーい! バルタザールさんがすっごく怒ってるー!
歯を鳴らしそうになったわたしを魔王さまが抱き上げてマントで包んでくれた。ありがとうございます! あ、エルフィーもおいでおいで!
笑ってない目で冷気ビュービューのバルタザールさんとちっとも動じない、余裕しゃくしゃく生意気盛り、な笑みを浮かべたジークくんがバチバチしてて、とっても一触即発です。
バルタザールさんおちついて相手はこどもですって言っても魔王さま相手に無礼を働いちゃったしなー!?
「やめないかジークヴァルト」
あわてまくり焦りまくりのわたしと違ってエンメルガルトさまは冷静そのものだった。雅やかに立ち上がり流麗におじぎした。
「大変失礼を致しました魔王陛下。まだ百年も生きていない子ども故、どうぞご容赦を賜りたく存じます。不始末は親代わりである私の役目、如何様な罰も受けましょう」
ジークくんが何やら言いたそうにしてたけど、エンメルガルトさまは手で制止てそれを封じていた。ジークくんもエンメルガルトさまもお互いが大事なんだなあ。
魔王とはいえ魔界全部を治めてるわけじゃないからエンメルガルトさまに仕えてるジークくんが魔王さまじゃなくてエンメルガルトさまを優先させるのは当然といえば当然だ。正面から堂々と言われるとは思ってなかったけど。
でもそれだけヴァーダイアを大切に思ってるってことだし。できれば穏便にすんでほしいなあ……。
ちらりと魔王さまを見上げれば、瞳を細めてなごやかな視線を二人にむけていた。と、なるとあとはバルタザールさんだけだ。
バルタザールさんは魔王さまを見てしかたないなあ、というふうに肩をすくめて見せた。
たぶん、もともと非公式の場だし、エンメルガルトさまに借りを作れるからいいよってことなだと思う。
バルタザールさんが味方でよかった。
「顔を上げくれ。今日のこの場は非公式であり、我らと貴殿ら以外の目はない。
ジークの発言も
「この上ないご厚意に心より感謝いたします」
ようやく冷気もピリピリした空気もおさまって一件落着……かな?
あたしもエルフィーも自分の席に戻ってデザートの続きを食べ始めた。
気付けばアルバンさんが消えていたのはたぶんいろいろ準備があるからだと思う。徹夜は体によくないですよー?
そんな訳でわたしとエルフィーははやめにお風呂をいただいた。
エルフィーは寝間着の代わりにいつもの仕事着。これからお仕事だからね。
「子どもの成長には睡眠が大事だと思いまー」
「はっはっは。それは君の旦那様に言ってくれ。まあ一回くらいなら大丈夫だと思うよ」
いつもの空中玄関にはもう魔王さまたちが揃っている。
メイドたちに案内されてきたエンメルガルトさまは困惑していらっしゃった。そりゃそうですよね。ジークくんもふしぎそうにしている。
「もしかして口封じかなにか? 殺すならおれだけにしてよ。無礼を働いたのはおれなんだからさ」
「ジーク!」
ぐにーんとエンメルガルトさまにほっぺをのばされるジークくん。よくのびるなあ。
……ちょ、ちょっとうらやましいぞ、ジークくん。
本気で言ったわけではないらしいジークくんにバルタザールさんのデコピンがさく裂した。
うーん。やっぱり純粋な魔界人は丈夫だなあ。ゼーノなんてもんどりうってたもん。ジークくんはちょっと痛そうにしてるくらい。それともジークくんは体が丈夫な種族なのかな?
「まったく。口には十分気を付けるんだぞ。君の行動はそのまま雇い主の評価にも返るんだからさ」
バルタザールさんの言葉は文句を言おうとしていたジークくんを黙らせた。
バルタザールさんも昔はやんちゃしてたらしいって聞いたけどほんとかなあ。もしかしてなにかやらかしてたりするのかなあ。実感こもってたもん。
とか思ってたら余計なことは言わないように、みたいに微笑まれた。
もちろんです。わたし貝になります!
夜間は冷えるのが魔界なのでエルフィーにしっかり着こんでもらったわけだけど、ふわもこですごくかわいい!
いやー魔術で調整したらいらないんだけど、かわいいから着てほしかったんだよねー! さすがエルフィー! 略してさすエル!
リュックに空間魔術を施してもらったから暑くなったら脱げばいいしね。夜食もできたてを食べてもらえるし、やっぱり空間魔術って便利だなあ。
「予定を確認するぞ。僕はヴァーダイアの界境まで同行する。その先は魔王陛下とエルフィー殿下、アルバン、領主エンメルガルトと従者ジークヴァルトで進む。今回は速度優先だから休憩は調査箇所に入る直前に一回とする。調査終了後は速やかに帰城する事。ヴァーダイアの二人はそのまま領地に帰って出直すも良し、こっちに戻って来るも良し。質問は?」
きょとん、とするエンメルガルトさまとジークくんを置いてけぼりにしてエルフィーが手を上げた。
「はい、エルフィー」
「夜食は、なんですか?」
「
「はい。食べやすいようにホットサンドを作る予定です。
具は卵、ハム、鶏肉、サラダ、フルーツの五種類です。ついでに付け加えますと、飲みものは紅茶、コーヒー、ココアの三種類になります。メモに書いての追加注文も可能になっておりますのでご利用ください。ラストオーダーは十一時です」
「デザートも、欲しいです」
「かしこまりました」
デザートはなんにしよう、と脳内レシピを探しているとジークくんが手を上げた。
「おれは晩餐で出てきた茶色いやつが食いたい。……食べたいです」
「ドラー焼きですね。了解しました」
バルタザールさんはもちろんエンメルガルトさまにもにらまれてしまったので、ジークくんは観念したようだった。きっとジークくんの中ではエンメルガルトさまが唯一なんだろうなあ。
その後も細々としたことをちょっとだけ確認して六人は出かけて行った。
わたしはそれを見送って、夜食を作ったあとレギーナさんに見張られながら寝た。
ほんとなら仕事を終えて帰って来る魔王さまたちを出迎えたかったんだけどねー!
「夜更かしは体に悪いと仰っていらっしゃいましたよね?」
って微笑まれたら何も言えない! おとなしく見守られながら寝た。
翌日、魔素濃度調査は予想以上に大変だったらしく、魔王さま以外朝になっても起きてこなかった。
「昨夜は満足な休息も取れなかったうえ、強行軍であったから皆疲れたのだろう。皆が起きた時の為に美味しいものを作っておいてくれないだろうか」
と言われてヴァーダイア土産の地場産品をいただいた。
久々に厨房に立てた嬉しさもあいまって、張り切って作っていたら寝てた人たちが匂いにつられて起き出してきたのがおもしろかった。
エンメルガルトさまでさえ寝ぐせつけてるんだもん。
シュングレーニィとヴァーダイアの距離がちょっと近付いた気がした日だった。
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