第41話:父と
「ピヴァーノ家当主、テオドジオ・ピヴァーノと申します。
魔王城より遠路はるばるお越しいただきありがとうございます。
何もない村ではありますが、どうぞごゆるりとお寛ぎ下さい」
そう言ってお辞儀をしたお父さまにアルバンさんとエルフィーが会釈を返した。
荷降ろしもすっかりすませ、ちょっと遅めのお茶の時間にみんなで食卓を囲んでいる。
本来なら客間にアルバンさんたちを案内するところだけれど、わたしについてきただけだから客人扱いは不要とのことで、ならばとこちらに通させてもらった。
今日のおやつはおみやげの魔界印のお茶と、お母さま特性のケーキだ。久しぶりに食べるお母さまのケーキはすごく美味しかった。
特別な材料なんてなんにも使ってないのにどうしてこんなに美味しいんだろう。
「美味しいね、ママ」
「でしょう? お母さまのケーキはこの辺で一番美味しいんだよ」
「あら。おだてても何も出ないわよ?」
「そう? 夕飯のデザートが増えそうな気がするんだけど。増えないの?」
「増えるけど」
「やっぱり」
くすくすと笑いあえば、つられてエルフィーも笑った。その拍子に首にかけてくれている手鏡がゆれた。合言葉を唱えると魔王さまと通信できるあの手鏡だ。
魔王さまと鏡越しにお茶をしようと約束した翌日、手鏡を使って魔王さまといっしょにお茶をしようとしたらうまくいかなったのだ。
手鏡をテーブルの上に置くとお互いの姿が見えないし、手に持つとお茶ができない。うまく立てかけられるようなものがあればよかったのだけれど、あいにくもってきていなかった。
どうすればいっしょにお茶を楽しめるのか考えた結果、首から手鏡を下げればいいということになった。
ちゃっちゃと端切れで作ったわりにはうまくできたと思う。うさぎのポーチをエルフィーが首からさげているみたいに見える。我ながら良い仕事をしたと思う。
おまけに魔王さまがうさぎの着ぐるみを着ているように見えたり見えなかったり。ほんとに我ながらとても良い仕事をしたと思う。城に帰ったらもっと本格的にうさぎにしようと決意した。
『そこまで美味しいのなら私も食べてみがいが、そちらへは気軽に行けないのが残念だ』
「このケーキは七日も持ちませんからねえ。
帰ったら作りますね。なぜかお母さまと同じ味にはならないんですけど」
ほんとにふしぎなことにちゃんとお母さまに教わって、きっちり同じ材料を使って作るのに、同じ味にならないのだ。
不味いわけじゃないし、ふつうに美味しいのだけれど、どこかものたりないような、そんな味に仕上がってしまうのだった。
『うむ。ありがとう。楽しみにしている』
「ママ、私も、作りたい」
「ならいっしょにおばあちゃまに教えてもらおうね」
「うん。
おばあちゃま、教えて、くれますか?」
「もちろんよ。さっそく明日作りましょうね。ケーキ以外も教えたいレシピはたくさんあるのよ。
いい機会だからヴィーカもいっしょに作りましょうね」
「えっ、えーと、私は……」
「作りましょうね」
「………はい」
「楽しみ、だね。ヴィーカさん」
「ウン、ソウダネ……」
ヴィーカは家事より読書のほうが好きだものね。
こっそり肩をふるわせていたオルフェオは、それを察知したヴィーカにももを思いきりつねられたようで、今度は違う意味で体をふるわせていた。
『名残惜しいが私はここで失礼させていただこう。
また明日も呼んでくれると嬉しい』
「はい。必ずお呼びしますね。あまりムリしてはダメですよ。
それではまた夜に」
『ああ、夜に』
魔王さまの言葉を最後に手鏡は夜の湖みたいに静まりかえってしまった。
夜までそんなに間があいているというわけではないけれど、やっぱりさびしいなあー。
べつに城でだって四六時中いっしょにいられたわけじゃないんだけどさ。物理的に距離が離れちゃうと、こう、背中がさびしいみたいな……。
「もーお姉ちゃんたらー。新婚さんはラヴラヴだね~?」
美少女がわりと台無しのニヤついた顔でヴィーカがからかってきたので、黙ってもらうためにケーキを口につっこんでおいた。ほーらお母さまのケーキだよー。
「お母さま。夕飯の支度を手伝いますね。今日の夕飯はなんですか?」
「今日くらいゆっくりしていなさいと言ってるのにこの子ったら。気持ちだけ頂いておきます。
お客様に私の腕前を披露したいから本でも読んでなさい」
「はーい!」
ヴィーカが元気いっぱい返事をした。
えーと、じゃあ私は刺しゅうでもしようかな!
「リオネッサ。少し話をしたいから執務室に来なさい」
「? はい。わかりました」
後片付けを終えたわたしはお父さまに言われたとおり、お父さまの執務室のある二階へ足を運んだ。
エルフィーはお母さまといっしょに夕飯を作るのだとはりきっていたし、ヴィーカはそれに付き合うことになり、泣く泣く読書を諦めていた。
アルバンさんとオルフェオは客間でなにやら話し合っているらしい。たぶん、魔界の食材の輸出入に関してだろう。お父さまは同席しなくてよかったのだろうか。
「お父さま、リオネッサです」
「入りなさい」
ノックをすれば、すぐに応えがあった。執務室ではすでにお父さまが座って待っていた。
執務室といっても、もちろん魔王城のような立派なものではないし、ほとんどの貴族と比べてもたいしたことはないだろう。
すっきりと片付いた大きめの机と、本棚があるだけの殺風景と言ってもいいくらいの部屋だ。ただ、この部屋にお父さまがいるのはしっくりと、似合っているように思う。
お父さまは、いつもどおりのしかめっ面でわたしに座るよう促した。
なんだか緊張してきたぞ。怒られるようなことはしてない、はず……?
「魔王陛下とは仲良くやっているようだな」
「はい。魔王さまはいつでもやさしいですし、城の人たちにもよくしてもらってます。
魔界にあるもので人界のものを再現したり、魔界でしか作れないものを作ったり、あと実験もたくさんしました。主にバルタザールさんやアルバンさんがはりきってて、わたしはお手伝いをしただけなんですけど。わたしでも食べられるものをいっぱい見つけられました。
手紙にも書きましたけど、アルバンさんもバルタザールさんもものすごく物知りなんですよ。おかげでわたしも少しは賢くなれた気がします。行儀作法も覚えられましたし、魔界の常識や歴史も教えてもらいました。
魔王さまは九十九代目の魔王ということになっているけど、ほんとは違うんですって! 最近はたまたま世襲になっているけれど、魔界で一番強い人が魔王になるのが習わしだから、一時期は自称魔王がたくさんいて、数がごちゃごちゃになってわからなくなってしまったんですって。記録にも残っていなかったり、消失していたりするから正確な数字はわからないんだそうです。
魔獣や魔物にも詳しくなったんですよ。魔獣は食べられるものが多いけど、魔物は食べない方がいいそうです。魔物を食べるために研究をしてる人がいるそうですけど、ちょこちょこ食中毒になっているのだそうですよ。
それから魔王さまにもらったじょうろがほんとにかわいくて。わたしでも持てるようにうんと軽く作られてるんですよ。わざわざ頼んでくださったんです。
魔王さまはいつもわたしのことを考えてくれているんです。じょうろ以外にも贈り物もたくさんくださいました。このリボンもそうなんですよ。魔王さまの赤なんです。この首飾りもきれいでしょう? 魔王さまの瞳の色とよく似ているんです。
いっしょにお菓子を作ったり、散歩したり、毎日がほんとに、とても楽しくて、嬉しいことだらけで、魔王さまに嫁げたわたしはほんとに幸せ者なんだって思います」
そこまで語ってしまって、ようやく気付いた。つい、力を入れて熱弁してしまった。
魔界での生活を語るとかふだんはぜんぜん機会がないから、つい、つい……!
おまえ、話がなげえンだよ! ってゼーノに言われてたのに!
お父さまは起きていられたろうか。ゼーノは開始五秒で寝た。
様子を伺うと、幸い寝てはいなかったけれど、いかめしさに磨きがかかっているような……?
「リオネッサ」
「はい」
「実はな、私は恐ろしかったのだ」
お父さまが、心の底から安どした、というような溜息を吐いた。
***
まずはおまえに謝らなくてはならない。すまなかった。
何がと言えば、おまえの結婚を心から祝福できなかった事に対してであり、また魔王に猜疑心を抱いていた事に対してだ。敵愾心と言ってもいいだろう。
私は魔王の事を信用していなかったのだ。
魔王と直接会った事があるのはおまえだけであり、おまえが洗脳されていたとも限らないではないか?
ああ。そうだな。私は無知だった。魔界人にどんな心持ちの者が多いかのかはジーノやジーノの父上達を見ればわかりそうなものだったのに。お前からの手紙でようやく気付いたのだった。
ただ、それでも私の恐怖は薄らぎはしても消えはしなかった。
いつおまえが死んでしまうかと思うと毎日鉛を飲み込んだような胃の重さを味わっていた。
何故か、か。
おまえは小さな頃から一生懸命に家の仕事を手伝ってきてくれていたな。長女だから、姉だから、と不平不満もこぼさずに。
だから魔王との見合いが決まり、結婚が決まり、嫁いでいった時もお前が脅されて決めたのではないかと疑っていた。断れば命はないぞと、家族や村を人質に取られたのではないか。ルドヴィカの身代わりとして嫁いだのではないか。
今となってはなんと愚かな妄想だったのかと我が身を恥じるばかりだが、その時はそれが真実ではないのかと信じ込んでいた。
おまえからの幸せそうな手紙を読んで、そうではないのかもしれないと思えるようになったが、一度浮かんだ不安は決して消える事なく今日まで燻り続けていた。
そうだな。聞けば良かったのだろう。
だが、聞いて、おまえに本当は結婚などしたくはないのだと告げられたとして、私に何ができただろうか。
…………私は実の娘よりも自らの安全を選んだ訳だ。
ああ、ああ。悪かった。全て私の早合点だ。今はもう欠片もおまえ達の仲を疑っていない。養子ともうまくやれているようで安心した。
本当に、悪かった。父さまが悪かった。いやいや、そう言ってくれるのはおまえくらいだぞ。おまえはやさいいからな。ほら泣き止んでくれ、リオ。ああ、わかったわかった。わかっているとも。おまえは立派な淑女だとも。
エルフィーの母親としても、魔王の妻としてもよくやっているとも。本当だ。心からそう思っているさ。
彼と話しているリオを見れば誰であれそう思うだろう。仲睦まじく話しているリオ達を見れば脅されて嫁いだなどと馬鹿な考えであったと改めるだろう。
ほら、涙を拭いて。リンゴの砂糖漬けをあげよう。甘くて美味しいよ。
ああ、そうだな。おまえはもう子どもではないな。だが、困ったな。私は甘いものが苦手であまり食べられないのだが、リオネッサが食べてくれないとなると……おや、食べてくれるのか。ありがとう。リンゴが無駄にならずにすんだ。
……こうしているとおまえが小さかった頃の事を思い出す。おまえが泣いている時いつもリンゴの砂糖漬けをあげたものだった。
今はもう、リンゴがなくても泣き止めるのだな。本当に成長したな、リオネッサ。
私としてはもう少しくらい家にいてくれても、と思っていたが、おまえが幸せならそれで良い。
時間を取らせたな。私はもう少し畑に出てくるから、目の腫れが落ち着くまでここにいなさい。リナに見られたら私がリオをいじめたことがばれてしまうからね。
ふふ。やはりおまえには笑顔が一等似合うよ。
そうだ、夕食にもあの鏡は使うのか? そうか。それは楽しみだ。
彼が人界に来れないのは残念だったな。酒でも飲み交わしたいものだが。
……意外だな。ジーノなんかは浴びるほどに飲むが。そうだな、オルフェオで我慢しておくとしよう。
それから、改めて。
結婚おめでとう。私は良き娘を持った。そして、良き娘婿を持てた。
おまえ達の幸せが末永く続くよう祈っているよ。
***
そう言って、お父さまはわたしの頭をなでると執務室を出ていった。
わたしが泣き止んで、執務室からようやく出られるようになったころにはすっかり日が沈んで夜になっていた。
ちなみに、目のはれは引かず、むしろひどくなっていたので、魔王さまを心配させてしまったのは言うまでもない。
それがきっかけでお父さまと魔王さまの仲が良くなったようなので、泣きまくってしまった甲斐はあったのかもしれない。
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