第42話:裏庭で
晴れ渡る秋空。吹く風は少し冷たく、冬の到来を予感させる。
けれど、寒すぎるというわけではなく、涼しくちょうどよいすごしやすさである。
………………なーんて。ちょっと詩人みたいだったかな?
場所はもちろんラシェ村、ピヴァーノ家裏庭の木製長イス。
なにもするなと言われてしまって暇を持て余しています。まにもこんなことがあったね。
なんでこうなった。
わたしはただ炊事洗濯掃除をしていただけだったのに。
なんなら久しぶりに薪割りもしたかったし、草むしりとか、木の剪定とかやりたいこといっぱいあったのにな……。
水汲みして朝食の支度して洗濯して掃除しながらみんなが起きてくるのを待ってたら怒られてしまった。
たしかにわたしは今お客さんだけどさあ……。昔はやってたんだから家事やるくらいいいんじゃない?
でも起きた時隣にいられなかったことに関しては素直にエルフィーに怒られておいた。明日からはちゃんと起きるまでベッドにいることを約束した。
ああー~~、自己嫌悪。エルフィーをさみしがらせてしまった。明日からはエルフィーが起きるまでぜったいにベッドを出ないぞ! エルフィーのかわいい寝顔をたんのうするんだ!
このまま城に帰ってからもいっしょに寝られるようにならないかな。気付かれないようにこっそり習慣化できれば……。
むりかな……。エルフィー、しっかりしてるから………。親としては喜ぶべきところなんだろうけどさ。
そうそう、なら機織りとか編み物とか保存食作りとか、冬に向けての支度を手伝おうとしたらお客さまにさせる作業はありません! と断られたあげく、のんびりしてなさい! と追い出されてしまった。ひどい。
仕事をしているところを見つけたらただじゃおかないとまで言われてしまったので、こうしてぼーっとしているしかないのであった。
草むしりはすぐ見つかっちゃうし、剪定も同じく見つかってしまうし。読書はエルフィーがいないから読む気がおきないし。
エルフィーは魔王城でする機会がないからとお父さまの畑仕事についていった。大きな芋を掘ってくるからね、とわたしに手をふって。
わたしがついていくとはりきりすぎて、エルフィーの仕事を取ってしまうからと同行を拒否された。ひどい。
ラシェでしかできないようなことをさせたいという気持ちはわたしにもあるのでわかるけど。わかるけどひどい。
キノコ採りやジャム作りの約束もしてたし。わたし抜きで。ひどい。よくて見学ってなに? わたし、エルフィーのお母さんだよ?
すぐ手を出しちゃうのは自覚してるけどさー…。
いいもん。がんばってるエルフィーを心の中に刻みつけてやるもん。
…………それはそれとして、今日はほんとになにしよう。
おやつを作るくらいなら許してもらえそうだけど、昼すぎからでも間に合うし。エルフィーとお父さまは畑だし、ヴィーカとお母さまは家事やってるし、アルバンさんはオルフェオと商談中だろうし……。刺しゅうはみんなでおしゃべりしながらやりたいし、ひとりで散歩もな~~~。
「はあ……。お昼までなにしてよう……」
「同感です」
いきなり聞こえた声にびっくりしすぎて長イスからずり落ちそうになった。
「お隣に失礼します」
「ア、アルバンさん。どうしたんですか?」
「いえ、それが。きちんと休息を取る様に言われてしまいして」
アルバンさんは昨日からオルフェオと話し合いをしていたそうだ。
夜も遅いからまた明日、とお開きになってオルフェオが寝てからもいろいろと考えていたらしい。
例えば何をどれくらい輸出して輸入するのか、とか輸送ルートは安全か、とかもっと早く運べる道がないか、とかだ。あーでもないこーでもないと考えて、気付けば朝になっていた。
一晩くらい徹夜しても魔界人であるアルバンさんはぜんぜん平気なので、今日もオルフェオと商談を煮詰めようとしたけれど、世間話の延長でついつい徹夜しちゃいましたよと告げたところ、たまたま居合わせたお父さまとお母さまにランプの油は減っていなかったことを指摘され、夜目が利くので灯りはいらないのです、といったところですぐさま寝るよう言われたそうだ。
「アルバンさん……。睡眠はちゃんととるって決めたじゃないですか………。しかも灯りつけないとか、叱られて当然です……」
「申し訳ありません。つい、つい………!」
気持ちはわかる。キリのいいところまでやろうと決めたはいいけれど、ずるずると止められずに朝になってしまうのはけっこうよくあることだ。
「まあそんな訳で仮眠を取らせていただいた訳なのですが、私、魔界人ですので……」
「すぐ回復できたけれどもオルフェオがいなくて商談ができない、ってことですか」
「ええ、その通りです」
わたしと同じく客人扱いなので、雑事をやらせてもらえるわけもなく、とりあえずジャマにならないような場所へ、とここに来たそうな。
「実は村を散策させていただいたのですが、それも禁じられてしまって……。
ちょっと村人達からの頼まれ事をこなしていただけなのに」
「私もです。ちょっと炊事洗濯掃除をしただけなのに、休むよう言われてしまって……おかしいですね」
「おかしいですな」
でも休暇であることは間違いないので、声を大にして逆らうつもりはない。お母さまを怒らせると怖いし。
いい機会だと思ってのんびり……のんびり……のん……びり………。
「なにもしないってけっこう苦痛に感じるんですね。知りませんでした」
「同感です」
長イスに座ってぼーっとしてるだけなのにものすごく落ち着かない……!
「うーん。ここでできることといえば世間話くらいですねぇ……」
「そうなりますね……。ううむ、話題選びも考えなくては仕事や業務連絡になってしましそうです」
「弱りましたね……」
二人で頭をひねりながら話題を探す。
「ばしりんは快適でしたよ。これなら輸送にも――ってダメですね」
「ダメですな。
ええと、それならラシェは良い村ですな。静かですし、住人は親しみやすい方達ばかりですし。
リオネッサ様の出身地ですから、魔界からの観光客が増えるやも―――、ダメですな」
「ダメですね。
でもそれはそれとしてお父さまに報告しておきます」
「お願いします」
「難しいですね、話題選び」
「まったくもってその通りです。我々がいつもしているのは仕事の話ばかりでしたね」
「そういえばそうでした。忙しさに流されすぎました」
「ですな」
それでも嫁いだばかりのころはそうでもなかったはず。いったいなにを話してたんだっけ?
天気のこととか、人界のこととか、魔界のこととか思ったことをそのまま話していたような。そこから商品開発に繋がっていった気がする。
これは………。どうしても仕事の話になっちゃうぞ。どうしたものやら。
なにかいい話題はないかな。わたしもアルバンさんも楽しい話題……ハッ! そうだ!
「アルバンさん! 魔王さまについて語りましょう!」
「なるほどそれは名案です」
ふだん、魔王さまがいるから堂々と語れないもんね! さすがのわたしも本人を目のまえにして元気いっぱい語り尽くすことはできない。しないでほしいって言われちゃったもの。
しかし今ここに魔王さまはいない。ラシェ村だからね! だから今日は心ゆくまで語っちゃうぞ!
「魔王さまのたてがみは見た目がかっこいいですよね。なのに触るとふわふわでもふもふでさらさらなんですよ。すごいです」
「ふふ。リオネッサ様が毎日梳かしてくださるおかげですな。
色も黒で申し分ありません。魔王としての威厳が溢れですようです」
「ですよね! 月夜の魔王さまはそれはもうかっこよくて!
これはちょっと小耳にはさんだんですけど、カチヤさんが夜空を背景に魔王さまを刺しゅうしてるらしいんです。しかも壁いっぱいの大きな布に。完成したら見せてくれませんかねー」
「ほう。カチヤがそんな事を。命令すれば簡単ですが、それは悪手ですな」
「そうですよ。職人さんは怒らしちゃダメなんですから。
というわけで、ぜひアルバンさんのお菓子を差し入れて許可を取ってきてほしいなー、と思いまして」
「ふむ。やってみましょう。周りからじわじわ外堀を埋めていこうと思います」
「ふつうでいいです。ふつうで。ふつうに頼んであげてください。
それにしてもこれを機にもっと魔王さまグッズを増やしませんか? 王都で王族グッズがけっこうあったのを見てうらやましくなっちゃって」
「良いですね。むしろ何故今まで思いつかなかったかと悔やむぐらいです。帰ったらさっそく案をだしましょう」
「あっ、そうですね、帰ったらぜったいやりましょう」
あぶないあぶない。仕事の話になっちゃうところだった。
「そういえば。散歩の途中で興味深い話を聞きましたよ。リオネッサ様は幼い頃はお転婆でいらしたそうですね」
「わあー…。ええと、はい、それなりに。ゼーノに引っ張り回されているうちに、自然とそうなっちゃったといいますか……」
「木登りをよくしていらしたとお聞きしました、あとルドヴィカ様を守るために餓鬼大将に立ち向かったとか、むしろ逆に泣かせていたとか」
「あー! あー! えーと魔王さまの子どものころってどんなでしたか!」
「そうですな……。今と変わらず花が好きでしたよ」
あからさまな話題転換にのってくださってありがとうございます……。でもわたしのそれはかなりの真っ黒歴史なので! ノータッチでお願いします!
「お会いしたばかりのころはこう……これくらい小さくていらして」
アルバンさんがこれくらい、と示した大きさは大人の雄猫より大きめくらいの大きさだった。
ほわあ。ちっちゃい。
猫だとしたら大きいんだけど、今の魔王さまよりだんぜんちっちゃい。昔は抱き上げられるサイズだったんだ。
「生まれて間もないという話でしたのに、二息歩行をしてらして驚きましたね。
歯も粗方生え揃っていましたし、魔王の子というものは恐ろしく成長が早いものなのだと思いました。
実際はしっぽで体を支えていたんですけど」
わたしはそこで叫び声を上げないように顔をおおった。
しっぽを! 支えにして! 立ってた魔王さま!
見たかったああああ! なぜそのときそこにいなかったわたし!
「百年以上昔の事ですからリオネッサ様は産まれてすらいませんよ? 落ち着きましょう?」
「にくきゅうは……にくきゅうはあったのでしょうか……。やはりぷにぷにだったのですか……っ」
「はい。ぷにぷにでしたよ。赤子らしく頭でっかちで、よろよろと歩いてました」
赤ちゃんらしく……、頭でっかち……、よろよろ……、よちよち……、お腹ぽっこり……、短い手足……。
「……………この話はもうやめましょうか」
「!! いいえ! いいえ! 続けてくださいお願いします!!」
このあとわたしはアルバンさんに引かれながらも昼食の時間まで魔王さまの話を堪能させてもらった。
魔王さまの小さいころの話をたくさん聞けてよかった。
ほんとに、なぜそのときそこにいなかった、わたし。
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