第33話:計画準備
きたる猫の月二十二日。
それは記念すべき魔王さまの誕生日であーる!
人界から帰ってきてからいろいろあったけれどももちろん忘れてなんかいませんとも!
なんといってもわたしが魔界に来てから初めて祝う魔王さまの誕生日ですからね! 気合が入るのも当然というわけです!
「頭に血ィ上り過ぎてんぞ」
「ちょっと落ち着こうか」
「そうね~。りっちゃん、深呼吸しましょ~?」
「アイスティーを淹れましたのでどうぞご着席ください」
「ママ、飲んで落ち着こう? ね?」
この場にいる全員にたしなめられて、わたしは静かに席についた。
再び立ち上がらせるものか、とエルフィーがわたしの膝に陣取る。心地良い重みと、冷えたお茶にふっとう間近だった血がすうっと冷めていくようだ。
ここにいるのはアルバンさんとマルガさんとバルタザールさんとエルフィーと、ついでにゼーノだ。
集まってもらった理由は他でもない。魔王様のサプライズ誕生パーティー計画のためだ。
魔王さまの誕生日をのちのち生誕祭レベルまで大きくする内なる企みを持っているわたしなのだけれど、今回は身内でささやかに祝おうと思っている。
ホルガーさんたちはたまたま外仕事のない魔王さまに執事としての実務経験を積ませるという名目で、執務室で机仕事に励んでいるだろう魔王さまに付いていてくれている。
アルバンさんが味方に付いてくれてるんだからこの計画はぜったいに成功する!
「落ち着きました。興奮してしまってすみません」
みんなが送ってくる生あたたか~い視線から逃れるためにエルフィーの後頭部へ顔をうずめた。
ふわふわさらさらでしかもすごくいい匂いがする。洗髪剤を研究してもらった甲斐があったなあ。すごくフローラル。
「リオネッサが落ち着いたところで話し合いを始めよう。
議題はフリッツの誕生パーティーについて、だね。議長殿?」
「はい!」
バルタザールさんにうなずきかけられて力いっぱい返事をする。
議長わたし、副議長エルフィー、補佐アルバンさんで進行しますよー!
「猫の月二十二日にサプライズパーティーを開くことは決まりましたけど、予定の調整はどうなりましたか?」
「はい議長。前々から相談していただいておりましたので手抜かりなく。
突発的な問題が起こらない限り、丸一日魔王さまは自由の身です」
「ありがとうございます。ということは……一日中魔王さまをお祝いできるんですね! さすが
「お褒めにあずかり光栄です」
手元のリストに視線を落とす。だいたい人の名前の横にバツ印がついていた。
「参加人数はこれで全部なんですよね?」
「そうだよ。少なく感じるだろうけど、フリッツの前に出ても平気で、尚且つ体の空いてる奴、っていうとこれくらいのものだよ」
「残念ですけどしかたありません。なるたけ大勢でお祝いしたかったのですけど………魔王城の人手不足をひしひしと感じます……」
「それに関してはぐうの音も出ないね。もう暫くすれば少しくらい人手が増えるはずだよ。おそらく。たぶん。きっと」
正直なところムリっぽそうだなあ、と思ってしまう。人手が足りないから人を雇いたいのだけれど、それには先立つものが必要なわけで。赤字ギリギリのところを低空飛行している城の懐事情では厳しいと思う。
畑とかで食費を抑えたりできるからまだマシなんだろうけど。
何に使えばいいかわからないからお給金いりません、その分を予算に回してくださいという直訴が何件かあったりしたので、みなさんの忠臣ぷりに頭が下がる。
とりあえず、お給金は散財しないていどにちゃんと使って経済を回してくださいと説得しておいた。
「まあ、人手が足りていたとしても、ある程度慣れがないとフリッツと同じ空間に長時間いるのは辛いだろうし」
「それも今後の重要課題ですよね」
わたしは魔術素養なんてさっぱりないからいまいちわからないのだけれど、魔力容量の差がありすぎると近付きにくくなってしまうものらしい。
城にいる人で平気なのはほんの一握りで、あとは全員気合を入れながら近付かなくてはならないらしい。
そうすると出席者はその一握りの中から選ぶことになるのだけれど、それだとけっきょくいつものメンバーと変わらないのだ。
しかもマルガさんは料理の監督者だし、アルバンさんは周りに指示しなきゃならないし、バルタザールさんは研究三昧だし。
「………バルタザールさんは研究を休めとは言いませんから、抜けて来てくださいよ」
「いやあ。初めて君がいる誕生パーティーなんだし、家族水入らずでいいじゃないか」
抜けて来る気はないらしい。来年はぜったい一日参加させてやろうと決心する。それにはやはり魔王さまの誕生日を国民の休日にしなければならない。
魔王さまの誕生を国民全員で祝う、のは反発する人も出そうだから却下。誕生日は仕事休んで家族水入らずで祝うことになったからみんなもそうするように、とか? これも苦しいかな。
じゃあもう祝日だから四の五の言わず全員休め! くらいのほうがいいかな?
うん。このほうが魔界らしい気がしてきた。
「というわけで来年は楽しみにしておいてください、バルタザールさん」
「え。君の中で何が決定したの」
「それでは次の議題ですが――」
ちかちかと机の片隅に置いておいたバルタザールさんお手製の猫の置物が光る。規則的な光の明滅が伝えて来るメッセージは
―― オヤツ ジカン ――
「マズイ! フリッツの休憩か!」
「マルガさん! おやつの準備は?!」
「ばっちりよ~! 今日はクンツが涙目で作ったクリームたっぷりパンケーキ!」
「リオネッサ様、エルフィー様、お早く!」
アルバンさんが開いた扉にエルフィーを抱えて走りこむ。わたしたちのすぐあとに扉をくぐったアルバンさんが優雅に素早く扉を閉めた。
わたしとエルフィーは部屋の真ん中に用意された席に急いで座り、手早く身なりを整えた。
アルバンさんはお茶を淹れ始め、わたしたちが入ってきた扉から今日のおやつが運ばれてくる。蒸らし時間を利用してそれらをテーブルの上に並べると、すぐさま給仕はカートと共に踵を返していった。
それと入れ替わりで別の扉が開かれる。わたしたちが通ってきたのはどっちかと言えば裏門扱いでふだんはあまり使われず、今みたいにものすごく急いでたりだとか、こっそりしたい時とかに使われる。
「お疲れさまでした、魔王さま」
「うむ。ありがとう。二人とも待っていてくれたのか」
わたしもエルフィーも行儀よくうなずいた。
ちらりと魔王さまがわたしたちが出入りしていた扉を見やる。
魔王さまはふだん使われない空間を繋げる扉が使われたことを魔力のざんし? とかいうので察知したのだろう。少しの異変もすぐにわかるなんてさすが魔王さま!
「随分急がせてしまったようだ」
「えへへ……。実はエルフィーとお昼寝してたら寝すぎちゃいまして」
サプライズパーティーを成功させるためにも計画を知られる訳にはいかない。ちゃんと言い訳を考えておいてよかった。
「睡眠を取る事はとても重要だ。人界には寝る子は育つという格言があるのだろう? よく眠れたかね?」
「はい、とっても!」
「よく眠れました」
「それは良かった」
ちょっとだけ……、と気を抜いて寝過ごすのは恥ずかしながらよくあることだったりするので、魔王さまも気付かないと思う。
「今日のおやつはクンツさんががんばって作ったそうですよ」
「そうなのか。腕を上げたのだな。それでは心して食すとしよう」
ハイダさんは監視役さえ決まればすぐにでも修業へ行くことになっているので料理番の人たちはてんやわんやなのだ。特にお菓子作りの腕をハイダさんに見込まれてしまったクンツさんは毎日涙目で炎と氷の魔術が使えたばっかりに……、とぐちっているのだとか。
ハイダさんのペースで教えこまれたらそうなるよね……。がんばれクンツさん!
ちなみにおやつ作りに参加しなかったハイダさんが何をしていたかというと、人界文字の読み書きや常識なんかを習っている。習っているというか、習わされているというか、詰めこまれているというか……。
好きこそものの上手なれを体現しているハイダさんはお菓子作りに関係するもの以外はてんでダメダメすぎて、監視役が決まっても人界へ出すべきではないのでは? という意見が出るくらいにはダメダメなのだ。
さすがにこのままでは魔界人が誤解されかねないと教育が始まったわけなのだけれど、ふだん他人の目を気にしないはずの魔界人がマズイ!! と危機感を抱いてしまうくらいの一大事だということを理解していただければ幸いです。
お菓子以外に時間を割かなきゃならないストレスをお菓子作りで発散して、クンツさんの被害が拡大してしまうという悪循環を生みだしていたりもするけれど、がんばってくださいとしか言えない。
おやつ作りを任される機会が増えてきてますからだいじょぶですよ、上達してます!
「おいしいですね、魔王さま」
「うむ。クンツはがんばっているようだな」
「ハイダさんもがんばって勉強しているそうですよ」
「ハイダはすぐに逃げ出そうとするけど、王都に行きたくないのか、って言えばしぶしぶ勉強するようになったんだって。すごいね」
「成長したようで何よりだ」
「前は声をかける間もなく逃げ出してましたもんねぇ」
そして厨房に飛びこみ、マルガさんに怒られ引きずられて勉強部屋まで戻されるまでがワンセットだった。
こうして見ると、ほんとに成長したんだなあ、ハイダさん。きっと教育係のゲルデさんも喜んでるよ。
「二人は昨日の続きをしていたのだろうか?」
「いいえ今日はのんびり読書三昧でしたよ魔王さま」
「読み疲れて昼寝し過ぎるくらいに読書三昧でした魔王様」
うううう。サプライズパーティーのためとはいえ、魔王さまに嘘をつかなきゃならないのは胸が痛い。
でも魔王さまに驚いて、それでもって喜んでほしいからがまんだ、がまん!
「魔王さまは久しぶりの机仕事で肩がこったりしませんでしたか?」
「うむ? いや、そんな事は……」
「こってるなら私がもみます。ママから教わったカタタタタキでもみほぐします」
「それは素晴らしい。是非頼む」
肩たたきだよ、エルフィー。たが一個多かったね。
むふー、と鼻息荒くやる気に満ちたエルフィーはまぐまぐとパンケーキを平らげると、とてとて魔王さまのもとへ歩き出した。
待ってエルフィー、口の周りに食べかすとクリームが!
「エルフィー。口の周りが汚れている」
「…………ありがとうございます」
照れるエルフィーぷらいすれす。
覚えたての宙に浮く魔術を使って照れ隠しにポカポカ魔王さまの肩を叩くエルフィー。かわいい。
もちろん魔王さまはちっとも痛そうじゃない。気持ち良さそうに目を細めている。は~眼福~。
ほわほわしてるうちにお茶の時間はすぐに終わってしまう。
「それじゃ晩さんまでお仕事がんばってくださいね」
「……うむ。君達もあまり根を詰め過ぎない様に」
「はい! だいじょぶですよ!」
「ちゃんと気を付けて視るからだいじょぶです」
んん? 気を付けて見るってなにを? もしかしてわたし? エルフィーさん?
「そうか。では」
わたしとエルフィーをなでて、魔王さまは机仕事へ戻っていった。
ふう……。やりきった……!
どぱっと汗と疲れが吹き出てきた。魔王さまの誕生日までちゃんと隠し通せるかなあ。……ううん。隠し通さなきゃ。
そう。すべては魔王さまの誕生パーティーのために!
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