第32話:暇に慣れましょう

 どうも。リオネッサです。

 最近ちょっとヒマしてます。

 朝は魔王さまといっしょに温室の手入れをちょこっと手伝わせてもらって、朝ごはんを食べたら礼儀作法のおさらいや、バルタザールさんによる魔界の常識講義、刺しゅうやレース編みの手習いがぽつぽつと入っている。

 午後は夕飯まで自由時間で、エルフィーと遊んだりしている。

 今までなら畑仕事や商品開発、料理やお菓子の試作品作りなんかをしていたのだけれど、この前開催した緊急会議でみんなに仕事を割り振って一人一人の負担を減らしましょう、定休日を作りましょうと提案したらこうなった。なんで?

 わたしは魔王さまたちの負担を減らしたかったんだけどなあ。

 なぜかわたしのやることが減りました。なんで?

 畑仕事は庭師たちが中心になってやってくれているし、商品開発は今あるものの完成度を高めることになって新商品はアイディアを出すだけになったし。料理やお菓子も同じく、おさらいをして料理人見習いの技術を底上げすることになった。

 そう決まってしまうとわたしのすることなんかほとんどないわけで。

 掃除なんかはメイドさんたちの仕事だし。今は本を読んだりアイディアを書き付けたりするくらいしかやることがない。

 魔王さまは毎日お仕事なさってるのに………。

 けれども、魔王さまたちに言わせるとわたしも働きすぎだったらしい。

 公務らしい公務が存在しない魔界の魔王妃なのに、今までやることが盛りだくさんすぎたそうだ。

 自分じゃぜんぜんそんなふうに感じなかったんだけどな。

 わたしは机仕事も地方巡察もないんだから余ってる時間を魔界の発展に使うのは当たり前じゃ?

 そう主張したのだけれど、アルバンさんが人界の王女や王妃の役割や仕事を調べ、それをバルタザールさんが資料にし、魔王さまといっしょに発表されてしまうと抗議はむずかしくなってしまった。

 年中人手不足だった我が家とくらべて、王族というのは政変や疫病なんかで数を大幅に減らしてようやく人手不足になるくらい人手が余っているのが常らしく、そのうえまつりごとが男性中心で回っているため、王女や王妃はお飾りであるのがほとんどであるらしいのだ。

 王さまの添え物といってしまうと言葉が悪いが、ぶっちゃけてしまえばそうらしい。

 だからといってわたしがサボっていい理由にはならないような気がするんですけど? というか魔王城って人手不足じゃないですか。


「いやお前は人の事を働きすぎだなんだ言う前に体動かさねえと死ぬってレベルで働きまくる自分の行いを省みろよ」

「ええ? わたし、そんなに働きまくってるわけじゃないけど?」

「自覚無しか………」

「重症だな…………」

「我々の耳も痛いですけれどね……」


 ゼーノの指摘に首を傾げたわたしに、魔王さまもバルタザールさんもアルバンさんも微妙な笑いを浮かべた。


「ほんとにぜんぜんそんなことないですってば。魔王さまたちに比べたらまだまだ余裕あると思いますよ?」

「私達と比べては駄目だと言っているだろう?」

「そうそう。魔界人は人界人より丈夫だから十分許容範囲だよ」

「リオネッサ様は無理してはいけません」


 いやいや。わたしより体力あるからって無茶してるのはみなさんのほうですから!


「あんたら……スゲーわ。マネできねーし、したいとも思わねー」


 なぜかゼーノは体ごと引いてわたしたちから距離を取った。お茶請けの入った籠を持って。

 護衛なのにおやつを貪り食ってないで少しは働いてほしい。

 おとなしくわたしたちのやり取りを見ていたエルフィーは紅茶を飲み終えるときっぱり言った。


「みんな働きすぎ」

「………ハイ」


 大人であるはずのわたしたちは何も言い返せなかった。みんなあらぬ方向に視線を飛ばしている。

 ああああかっこいいお母さま計画が……!

 エルフィーの一声で全員がきっちり休憩と休みを取ることと仕事を詰め込まないことが決まった。

 アルバンさんは執事見習いを新しく増やして育てることになったし、バルタザールさんも研究室の人たちに抱え込んでいた仕事の何割かを割り振ったそうだ。

 わたしも花嫁修業と息抜き以外でしていたことは他の人たちに割り振られ、これからはアイディアを出したり、助言をするだけに留めるよう言われてしまった。

 エルフィーにどんな一日を過ごしてほしいか聞かれて立てた予定がそのまま自分の予定になってしまうなどと誰が予想しようか。バルタザールさんにしてやられた! 

 わたしが悔しがってもみんなにはなんで自分のことは気遣えないのか、って呆れられるだけだった。

 いやでもだってエルフィーは子どもだし、のびのびすごしてほしいじゃないですか……。

 魔王さまだけは他の人に任せられる仕事が少ないので、地方を治めている領主や族長と連絡を密にする方針にしたとのことだった。

 しかしながら、以前の牛魔獣人のように魔王さまに従順な魔界人ばかりではないので、話し合いの場を持つだけでも難航しそう、だそうだ。

 後々のことを考えると協力を取り付けたほうが楽なのだけれど、めんどくさがったり、反目したりしている人たちを説得するのは骨が折れるよ、とバルタザールさんは今からひどくめんどうそうにボヤいていた。予定を整えているアルバンさんも珍しくやるせないため息を吐いていた。

 魔界の王、という立場である魔王さまだけれど、実は魔界の全てを統治しているわけではない。

 初代魔王の王墓から東の人界に近い常秋のシュングレーニィが魔王さまの直轄地で、北に常春のヴィーダイアを治める領主と族長がいく人か。南に常夏のゼイマスペルを治める領主と族長がやはりいく人か。西は雪山と雪原ばかりのフィルヘニーミを治める族長が数少ないながらもいく人かいるという話だ。

 その他はそもそも人が住んでいるのかどうかもわかっていない土地が広がっていたりする。

 古代大戦を生き延びた魔族がひっそり暮らしているだの、竜より大きな怪物がうろついているだの、物騒なうわさがあるだけで、調査はまったくされていないらしい。

 調べるにも近くのの領主や族長との協力が不可欠なので、今は計画することすらむずかしい、とか。

 それよりはわかっている土地で税を徴収できるようにするほうがまだ現実的だそうだ。

 税金がどうのとか言うまえにまず貨幣制度の浸透が先ですけどね……。

 貨幣が信用できないという人は直轄地にも多い。

 慣れれば物々交換よりずっと便利だと思うんだけど、魔界の人たちはほんと自給自足が大得意だからな~。

 自給自足では作れない魔王城印のお菓子や手芸品なんかを欲しがって、ちょっとずつでも広がってってくれないかなあ………。人界ではどうやって広がってったんだろう。そもそも財務大臣っていたっけ?

 ……うん。むずかしいことはバルタザールさんたちに丸投げしよう。

 わたしにできるのはアイディアを出すことくらいだし、あとは家事とか畑仕事とか家事とか。

 そんなわけで家事か畑仕事やりたいなー。


「ママ、ダメだよ?」

「は、はい」


 今は中庭でエルフィーとおやつを食べつつ読書時間なのでした。

 おおう。心の中を読まれてしまった。あれ、母子逆転現象が起こってないかな?

 りっぱなお母さまとしての威厳が………。


「ママ。本、読んで、ね?」

「うん! まっかせて!」


 エルフィーの気遣いが目にしみすぎて涙がちょちょ切れそう。

 かわいくて頭良くて気立ても良いとか将来エルフィー争奪戦が起こってもおかしくないね。

 お嫁さんをもらうか、お嫁さんになるかはまだわからないけど、その時がきたらきっと、ううん、ぜったい泣く自信がある。

 未来を想像していたらぐーたら姫の大冒険を読む声が震えてしまた。ぐーたら姫の結婚式と重なってつい……!


「エルフィー、幸せになってね……!」

「ママ、私、今すごく幸せだよ」


 うちの子世界一良い子!

 たれてきた鼻水までふいてくれるとかなんほんともうマジ良い子!

 おかげで最後まで読み切れたよ! りっぱなお母さまは見る影もないけどね!

 いいんだいいんだ。わたしを反面教師にして、エルフィーがりっぱに育ってくれるならそれで。

 ちょっぴり黄昏つつ、座っていた木の根元からテーブルへ移動する。今日は珍しく風があるから日陰だとちょっと肌寒いんだよね。これまた珍しく出てたお日さまが隠れちゃったからよけいに。エルフィーを膝抱っこしてたからぬくぬくでしたけども。

 今度からは部屋の中で読もうかな。一人掛けのソファーしかないけど、大きさは魔王さまにあわせてあるからエルフィーといっしょでも難なく座れちゃう。

 屋内ならそのまま刺しゅうとかもできるし。エルフィーといっしょに刺しゅうってものすごく親子っぽい!

 でも、エルフィーって縫物はあんまり好きじゃないんだよね。

 ならいっしょに料理はどうかな。甘党だからお菓子作りは好きなんだよね。


「エルフィー、なに食べたい?」

「ママ、今日の晩餐はちゃんとマルガさん達が作ってるよ。

 だからママはちゃんとここにいて」


 ぷくーっと頬をふくらませるエルフィーってば超かわいい。

 それにしてもエルフィーさんや。説明しなかったわたしも悪いけどママはそんなに信用されてないのね?


「ちゃんといるよ、エルフィー。

 明日からはいっしょに刺しゅうしたり料理できないかな、と思って。それくらなら働きすぎなんかにはならないでしょう?」


 むむむ、とエルフィーが考えこむ。料理と刺しゅうを天秤にかけてるのだろう。


「刺しゅうは五回に一回くらいにしとこうか。とりあえず、明日はプリンはどうかな。それともパンケーキのほうがいい?」


 むにに、とあがる口角をむりやり下げるせいで口が歪んでしまったエルフィーは咳払いをして真面目な顔を作った。かわいい。


「きちんと厨房の使用許可が取れたらプリンがいいです」

「了解です」


 指切りをして明日の予定が決まった。

 こうやって親子らしいことができるならヒマなのも悪くないね。むしろ良い!

 はやく魔王さまの定休日もできますように、とアルバンさんとバルタザールさんに祈っておいた。

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