第28話:お菓子の試食会

「おはようございます、リオネッサ様……」

「おはようございます。……だいじょぶですか?」

「大事ありません。ええ。何の問題もありませんとも……」


 ニファシオブ夫人とのお茶会を終えた翌朝。いつもよりよれよれっとしたホルガーさんが朝食を運んできてくれた。


「もしかして一晩中ですか……?」

「一晩中でした………」


 思わず魔王さまと顔を見合わせる。

 昨日、お菓子を求めて厨房に突撃したイサウラさまは晩餐の準備のために厨房を追い出されたハイダさんが持っていたお菓子の山を食べ尽くしたあと、ハイダさんと意気投合し、晩餐までずっと話し合っていた。

 その後も後片付けをする、朝食の仕込みの邪魔はしない、などを条件に二人は厨房にこもったのだ。

 天界人を野放しにする訳にも、と見張りにはホルガーさんが付いてくれたのだけれど、まさか一晩中お菓子作りに没頭するとは思っていなかった。


「お疲れさまでした……」

「よくやってくれた。疲れただろう、ゆっくり休むように」

「は、はい! お言葉に甘えさせていただきます」


 それでもきちんとわたしたちの食事を見届け、片付けたあとでホルガーさんはヨルクさんと交代していった。

 魔王さまを筆頭に、魔王城にいる人たちはちょっと働きすぎではなかろうか。いくら体が丈夫でもきちんと休んだ方がいいと思う。ハイダさんとイサウラさまも休んだほうがいいのでは……?


「そういえばアルバンさんが魔王さまを迎えに来ないのは珍しいですね。ヨルクさんたちの仕事ぶりが認められて仕事を割り振られたんですか?」


 まだまだ任せられそうもありませんね、とヨルクさんたちが淹れた紅茶を飲むたび言っていたけれど。

 ヨルクさんは肩を落として力なく首を横に振った。……まさか。


「アルバン様はイサウラ様、ハイダと共に厨房に籠り、今朝からずっと品評会をしています」

「……そうか」

「……そうですか」


 品評会……。それってつまり作ったお菓子を食べ放題ってことだよね。いいなあ。


「今日も魔王さまは会談がありましたよね。アルバンさんだいじょぶかなあ」

「うむ。どんな状況でも仕事をこなすのがアルバンだが、仮眠くらいは取るべきだろう」

「そうですね!」

「ではご案内いたしますね」


 ソワソワしていたのをばっちり見透かされていても今は恥ずかしがっている場合じゃない。

 どんな美味しいお菓子が作られたのだろう。わたしの貧困な想像力じゃちっとも思いつかないよ!

 イサウラさまは王都に住んで長いって話だし、きっと流行のお菓子をたくさん知ってるんだろうな。楽しみ!

 今日は二の腕のことは忘れよう。明日から営業も始まって動き回るはずだからたくさん食べちゃうぞー!

 ヨルクさんに案内されて魔王さまと一緒に厨房へ向かう。厨房へ近づくにつれ、漂う甘い匂いが強くなってきた。ちょっぴり香ばしい匂いも混ざっていて、朝ごはんをいただいたばかりなのに、口の中につばが溢れてきてしまいそうだ。

 うう、甘いものは別腹だから…! 運動増やそう…………。

 新たな決意を胸に気合を入れて歩いていくと、ヨルクさんは厨房とは別の方へ廊下を曲がった。


「あれ? 厨房へ行くんじゃないんですか?」

「はい。厨房は朝方に時間通り明け渡したそうなのですが、別室に移動して作業をし続けたらしいのです。

 オーブンも竈もないはずですが、いったいどうやって作っているのでしょうか……」

「うーん…。火を使わないお菓子を作っているとか?」

「魔術や天術を使えば焼けるのだから問題はないのではないか?」

「お言葉ですが、魔王様。ハイダだけならともかく、アルバン様もいらっしゃるのにその様な危険を冒すとは考え難いかと」

「それもそうだな」


 はっはっはっ、と魔王さまとヨルクさんが笑いあう。

 ふぉぉぉ! 超レアな冗談を言う魔王さまだ! ちょっぴり上がった口角と牙がすごくかわいらしいです魔王さま!


「そうですね。アルバンさんもお菓子作りがすごく好きですけど、人界で使い辛い魔術を室内で使ってまでお菓子を作る訳ありませんよね~」

「ええ、その通りです。アルバン様の事ですからきっと私達の考えが及ばない方法で作っていらっしゃるに違いありません」


 アルバンさんはヨルクさんたちのお師匠さまだもんね。ちょっと自慢げな顔をしたヨルクさんが扉をノックした。


「魔王様とリオネッサ様をお連れしました。入ります」

 ハイダさんの声でどうぞ~、と軽くて明るい返事があった。

 ――ヨルクさんの開けてくれた扉をのぞくとそこはお菓子の国でした。

 だったらよかったのに。

 目の前には色とりどりのお菓子の山と、その山に囲まれているハイダさんとイサウラさまとアルバンさんが、アルバンさんの手のひらから出ている緑色の炎でマシュマロを炙っている光景が広がっていた。

 思わず扉を閉めてしまったヨルクさんは悪くない。


「………。今のは……」

「見間違いということは…」

「…………」


 もう一度、今度はそっと扉を開けてみる。

 見間違いじゃなかった。ヨルクさんの足ががっくりと折れ、両手を床について落ち込んだ。

 不思議そうな顔をした三人がこちらを見ている。三人とも、だいじょぶじゃなさそう。隈がひどい。


「魔王様もリオネッサ様も、ついでにヨルクもどうしたのです?

 そんな所にいないでどうぞこちらへいらしてください。ちょうどマシュマロが焼きあがりましたよ」

「魔術で焼くというのも趣深いものです。慣れるとこの雑味もクセになってくるといいますか……」

「天術で炙ったのも楽しかったよね。なんか、こう、ポッワーンって感じで!」


 エェー……。

 呆気に取られたわたしたちに気づくことなく、三人は作業を再開させた。

 いい具合に炙られたマシュマロの匂いがどんどん強くなる。もしかしてこの三人は会わせちゃいけなかったのだろうか。

 とりあえず、アルバンさんに案内されるまま着席してマシュマロをいただくことにした。

 膝をがっくり折っていたヨルクさんも気を取り直したようだ。もしかして憧れが粉砕されちゃったりしたんだろうか。がんばれ、ヨルクさん!


「紅茶はドニーカ産のものを淹れましょう。ああ、どうせなら全員分の茶葉を揃えてもらいましょうか?

 できますね、ヨルク」

「は、はい……」


 にっこり笑ったアルバンさんに対してヨルクさんは冷や汗を流してうめくように返事をして厨房へ向かう。心持ち元気のないその背中にわたしは魔王さまと同じもので! と声をかけておいた。

 ヨルクさんは全員分の好みに合わせて紅茶を淹れろ、と言われてしまったのだ。

 紅茶を極めるならお茶の味だけじゃなく、出す相手に合わせて茶葉の種類や蒸らし時間、砂糖やミルクの量、お茶請けにまでこだわるべし、というのがアルバンさんの教えなのでとてもたいへんなのだ。

 この場にある多種多様なお菓子と合わせなきゃならないのでむずかしいと思う。

 ……焦がしマシュマロおいしい。風味がいつもと違う感じ? より香ばしいというか。

 これがうけるようなら魔界人のお菓子職人も需要が発生するのでは……?


「という訳で菓子職人を幾人かイサウラ様に紹介していただける事になりました」

「そうか。ありがたい事だ。

 イサウラ殿、貴女に心よりの感謝を」

「弟子入りできるようにがんばります!!」

「ハイダ様の腕前なら必ず認められる事でしょう」


 もうそこまで話が進んでたんだ……。さすがアルバンさん。

「わたくしからも感謝を。ありがとうございます、イサウラさま」

「いいえ。ハイダ様のお菓子にかける情熱を知れば当然の事です。弟子入り先が決まったら必ず食べに伺いますね。わたくし、王都住まいですから」


 おおう。イサウラさまって自分に正直なかただったんだなあ……。よだれ、出てますよ。


「お待たせいたしました」


 ティーカートを押してヨルクさんが戻ってきた。それに合わせてアルバンさんもお菓子を選んだり、切り出し始めた。緊張した面持ちでヨルクさんが紅茶を注いでいく。

 うーん。いい香り。

 全員に紅茶とお菓子がいき渡ったらいただきますをして各々食べ始める。

 ふつうの貴族なら使用人と一緒に食べる事はないのだけれど、試食会だし、魔界ではあまりそういう事は気にしない。

 何を隠そう、教養の授業ではアルバンさんが長年観察してきた王侯貴族の所作の、覚えている限りを教えてくれる、というもので、外から見ているだけではわからないもの、暗黙のルールまではわからない。わからないので、魔王城では取り入れていないのだ。細かなところがわからなくても、公式の場で取りつくろえるのならそれでいいとわたしも思っている。

 天界ではどうか知らないけれど、イサウラさまは気分を害したりしてはいないようなので問題ないだろう。


「これ、サクサクしてておいしいですねぇ。紅茶もおいしいです。ハイダさんもヨルクさんもありがとうございます」

「ありがとうございます」

「こっちも食べてみてください! こっちはふわふわで、こっちはしっとり、こっちはもっちりですよ!」

「ハイダ。もう少し落ち着いてください。いえ、だいぶ落ち着いてください。

 リオネッサ様の胃袋はあなたと違って一つしかないと何度も言っているでしょう?」

「わかってますよう! だからリオネッサ様には一口食べていただけるだけだって構わないんです! 残りは私が食べますから!」

「……………おまえというヤツは………」


 ため息を吐いたヨルクさんとは違い、イサウラ様は光り輝く笑顔で手をぽむりと打った。


「素晴らしい考えです。そうすれば胃の大きさに差があっても皆が満足できますものね」


 ヨルクさんは固まり、魔王さまは苦笑いし、ハイダさんはさすがイサウラさん!! と大喜びだ。アルバンさんは我関せず、といった風に紅茶のおかわりを注いでくれた。

 自分の胃の小ささはちゃんと自覚しているので、むしろそうしてもらえると大助かりだ。おいしいとこどりができるなんて夢のようじゃないですか!

 ……ハッ! これは気をつけないとさらに二の腕がプニってしまう……?! でもおいしい。すごくおいしい。

 ふわふわは口当たりが軽くて甘みも控えめだし、いくらでも食べられそうだし、しっとりは見た目のほわほわ感を裏切ったしっとり感がすばらしい。味が濃いからほんのひとかけで満足できる。

 もっちりはもちもちぷちぷちしていて、今まで食べたことのない食感だった。ハイダさんいわく、ツラングの卵によく似た食感らしい。ハイダさんの故郷ではよく食べられているそうだ。

 地方出身者が多い魔王城の側近の人たちの例にもれず、ハイダさんも地方出身なのでツラングがどんな姿をしているのか詮索するのは止めようと思う。それでなくても魔界生物はちょっとアレな外見が多いのだし。世の中には知らなくてもいい事が山ほどあるのだ。

 もしもツラングがグロテスクすぎる外見だとしたらもっちりを食べる気が起きなくなってしまうだろう。

 商品化するなら原材料になる動植物の原形は知られないようにしたほうがいいかもしれない。人界人には刺激が強いと思う。

 そういえば、ここのお菓子はどんな材料を使って作られているんだろう。……考えるのはやめよう。


「どれもおいしいです。イサウラさまに気にいっていただけたのなら王都でも売り出せるかもしれませんね」

「ええ、そう思います。問題があるとすればハイダの暴走癖くらいでしょうか」

「ああー……」

「うむ。それは重要な課題だな」

「ええー? 私、暴走なんてしてませんよ?」


 ヨルクさんは無言でハイダさんの頭をはたいた。


「いたっ。もー、なに? なにすんのよ?」

「おまえは黙って食べてろ」


 二人のやりとりを見て、魔王さまはこめかみを押さえ、アルバンさまは目頭を押さえた。イサウラさまはもっきゅもっきゅとお菓子を食べ続けている。

 ハイダさん、自覚がなかったんだね……。


「……これは監視役が必要ですね」

「そうだな」

「そうですね」


 かくして、ハイダさんの弟子入り先探しはお目付け役が見つかるまで延期されたのだった。

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