第29話:ベランダでお茶会

「君ってホント予想外だよね」

「スミマセン……?」


 こんにちは、リオネッサです。

 人界できちんと外交と社交を終えて帰ってきたというのにバルタザールさんの評価は厳しかった。特産品の宣伝だってたくさんできたし、問題だって起こさなかったのに!

 ……いえ、まあ、ちょっとだけゴタゴタはありましたけども。


「イルネティアへ行って新しくできた特産品の宣伝をして帰ってくるだけの予定だったのに、拉致されるし、天界人に気に入られてくるし」

「う、うぅ…。ぎゃ、逆にそれだけで済んだという見かたもできます、よね……?」

「そうかもねえ。こっちで起きてきた騒動と比べれば可愛いものかもしれないねえ」


 ニコニコと笑って流麗なしぐさでお茶を飲んでいるけれど、バルタザールさん周りの空気は重いうえにひんやり冷たい。

 これ怒ってるよね。バルタザールさん怒ってるよね。


「すみませんでした……」

「次から気を付けてくれればいいよ、って言いたいんだけどねえ……」


 ずずー―ーっと音を立ててお茶を飲むバルタザールさんの目は死んでいた。

 ごめんなさい。本当にごめんなさい。いつもは音を立てて飲むなんてしませんもんね。やっぱりめちゃめちゃ怒ってますよね。


「そこまで怒る事はないだろう、バルタザール。

 イサウラ殿には王都の菓子職人を紹介してもらえたのだし、悪い事ばかりではない」

「フリッツ……。確かにそうだけど、甘やかしすぎるのは良くないと思うなぁー」

「アンタも甘やかし隊筆頭だぶはァ!!」


 お菓子をむさぼり食べていたゼーノが吹っ飛んだ。部屋とベランダを繋ぐ扉とは反対の席に座っていたので、それはもう景気よく。

 氷柱は出てなかったけれど、なかなかに肌寒い。ベランダでお茶をすると物が壊れないのはいいけど、こういう時ちょっと不便かも。


「バルタザールさんみたいに氷属性の魔術が使えたら冷たいデザートができそうですね」

「ん? 菓子は焼くばかりじゃないのか。そうか……。実験も熱するばかりじゃないからな……」


 ぶつぶつといつもの通り至高の海に漂いに行ってしまったバルタザールさんは放っておこう。

 今日のお菓子は弟子入りに向けて気合の入りまくっているハイダさんが作ったミルフィーユだ。

 イサウラさまに教わったレシピを基に、魔界の材料を使って作れるよう改良したものだ。

 さくさくしているし、クリームもおいしい。ただ、これ縦に切りづらい。パイ生地がもっともろくなれば食べやすいかな? あとでハイダさんに伝えてもらおう。王都の流行りとは合わないかもしれないけど。

 ハイダさんが弟子入りする時期はまだ決まっていない。

 あれから残った滞在期間中、イサウラさまといっしょに菓子職人に面会しまくり、弟子入り先は決まったものの、監視役を決めるのに難航しているらしい。

 候補に選ばれた人たちは全力で押し付け合いをしているので、ハイダさんが王都に行くのはまだまだ先になりそうだ。


「くっそ……油断した……!」


 忘れていたが、吹き飛ばされたゼーノが帰ってきた。ベランダから吹っ飛ばされたからって律儀によじ登ってまでベランダから帰ってくることないのに。

 毎回毎回氷漬けにされたり、吹っ飛ばされてるのによくもまあピンピンしてるなあ。バルタザールさんに文句を言うより余計なことばっかり言わないよう気をつければいいのに。あ、そうだ。


「ねえ、護身術教えてくれない?」

絶対ぜってぇーヤダ」


 すっごくイヤそうな顔で即答された。


「なんで」

「そりゃこっちのセリフだ。

 トロイ弱いドンクサイおめーになァんで護身術を教えなきゃなんないんだよ」


 トロイとドンクサイって同じじゃない?

 これで話を終わらせる気でいるらしいゼーノはミルフィーユを早々に平らげていたので、いつものクッキーをどっかり椅子に座ってぶぁりぶぉりと音を立てて食べる。

 音もだけど、食べかすがぱらぱら落ちてものすごく行儀が悪い。

 ゼーノみたいなみっともないことにならないように日々気をつけてすごそう。そう思わせてくれるゼーノは最高の反面教師だね!

 そんなわけで、わたしはアルバンさんに教わったとおり優雅に、貴婦人らしくクッキーを食べた。うん、おいしい。


「この間はさらわれちゃったわけだけど、さらわれるまえに犯人たちをどうにかできれば事件が早く解決するかなって」

「そんなん護身って言わねェんあだよこのアホ。脳内花畑小娘が」


 流れるような罵倒ばとう。こういうときばっかり頭使うよね、ゼーノって。


「襲ってくるような奴をどうこうするのはお前の仕事じゃねぇ。それはホルガーとかヨルクとかの仕事だ。ちゃんと線引きくらいしやがれ」


 ぐう。正論だ。なにも言い返せない。


「だいたいお前を鍛えるとかムリだろ。魔術も天術も使えねーし、力もねーし。背丈も重さも足んねえ、ないない尽くしじゃねーか。これでどうやって鍛えんだっつーの。知ってるか? ゼロに何かけてもゼロなんだぜ?」


 うん。正論だけど腹立つな。持ってたカップの中身をぶっかけなかったわたし、エライ。


「わたしに向いてないのはわかってるけど、もう少し言いかたがあるでしょ? あるよね?」

「事実しか言ってませんけどぉー?」


 見るだけでめちゃくちゃ腹が立つ顔でゼーノはぴっぴろぴーとわたしをバカにする。殴りたい。魔王さまのまえじゃなかったらぶん殴ってた。

 でも、よく考えたら貴婦人って人をグーで殴ったりしないよね? うわ、気をつけよう。こういう時、貴婦人ってどういう切り返しをするんだろう。にっこり笑ってバルタザールさんみたいにどぎつい毒を吐くんじゃないかなと思ってるんだけど、どうなんだろう。アルバンさんに聞いておかなくちゃ。


「リオネッサ。言い方はだいぶ悪いがゼーノの言う通りだと思う。

 君は人界人であり、戦いにおいては圧倒的弱者だ。それは仕方のない事だと思う。種族の違いからなる能力差を埋めるのは難しい。

 だが、君は我々魔界人には成しえない事柄を次々と成し遂げているのだ。それは君が人界人であるからだと私は思う。

 戦いが不得手だからといって、肩を落とす必要は決してない。不足を補ってこその友人であり、家族であり、夫婦なのだろう?」

「はい……!」


 魔王さまはやっぱり紳士だあ……。かっこいい……。

 魔王さまにこうまで言われてしまえばあきらめるしかない。少しでも役に立ちたいけれど、迷惑や足手まといになりたいわけじゃない。適材適所ってことだよね。

 なんだかみんなに負担ばっかりかけちゃってる気がするんだけど。せめて逃げ足くらいは鍛えようかな。


「オイ。なンか余計なコト考えてんだろ」

「え? 余計なことなんて一個も考えてないけど?」


 ゼーノは失礼なことばっかり考えてるよね。せめて口の周りの食べかすくらい取りなよ。


「リオネッサ。今よりも運動量を増やそうとしているのなら止めるように。体重がこれ以上落ちるのならば健康に差し障りが出ると思うのだが」

「え!?」


 なんでわたしが走り込みをしようとしていたことがわかったんですか?


「努力するのは良い事だ。だが、それも過ぎれば体を壊してしまう。

 君は君が思うよりずっと努力家で、根を詰めすぎるきらいがある。私は君を欠片でも損ないたくないし、君のムリに気付く事が己の役目の一つだと思っている。

 以前に君が倒れた時は心臓が止まる思いだったのだ。今度同じような事態に陥れば次こそ私の心臓は止まるだろう。

 どうか私の為だと思って運動量を増やすのは考え直して欲しい」


 そ、そんなおおげさな……。でも心配かけてるのは事実だし……。

 減量はゆずれませんけど。腕立てや腹筋なら見逃してもらえるかな。だって二の腕がぷにっと……つまめるくらいぷにっと……。


「リオネッサ」


 切なげに細められた青い瞳に見つめられて、夜の底を思わせる低くて心地よい声で名前を呼ばれてしまったらもうだめです。こうさんです。こしくだけです。のうみそとけます。まおうさまかっこいい。


「ふあい……わかりました……。いままでどおりのせいかつします……」


 満足げにうなずく魔王さまを見たいけれど、わたしはそんな場合じゃなかった。

 熱くてとろけそうになるほっぺを机でひっしに冷やしている。向かいのゼーノが呆れたような視線を送ってきたってかまうものか。というかかまっていられない。場所が場所だったらごろんごろん転げまわってたよぜったい!

 魔王さまのふいうちはいつも攻撃力が高くてわたしはひん死です!

 実はひっそりと側に控えてくれていたアルバンさんがこれまたちょうどいい具合に淹れてくれたアイスティーでのどを潤す。

 ほどよい冷たさだった。ほてりが少し引いた気がする。さすがアルバンさん。もうわたしなんかじゃ足元にも及ばないよ。


「リオネッサ様の心配もご最もだと思います。これから先、魔界人にのみ効く薬などを再度使われた場合も想定しておかなければならないかと」

「むう……。確かに対策は必要だな。

 ……返す返すも常に側にいられない我が身が歯がゆい」


 唸る魔王さまに慌てて手を振った。


「魔王さまがお忙しいのはよくわかってますからだいじょぶです!

 もとはといえば護衛が必要なくらい弱いわたしのせいなんですから――」

「リオネッサ。種族の違いは仕方のない事だ。断じて君のせいではない。

 それに魔王妃に護衛が付かない事はないので、そこは勘違いのないように」

「は、はい」


 まだまだ貧乏下っ端貴族時代の考えが抜けないんだよね。もう魔王さまの奥さんなんだから、気をつけないと。

 ふかふかとした魔王さまの手の甲でほっぺをなでられた。ほっぺとけそう。


「それならぴったりなのがいるじゃないか」


 いつの間にか思考の大海原から戻ってきていたらしいバルタザールさんが色男中の色男! といった風に紅茶を飲んでいた。


「ぴったりって護衛ですよね? 状態異常に耐性がある人がいるんですか?」


 バルタザールさんの指先からちらりとのぞく爪でぴっと示されたのはゼーノだった。


「はァ?」

「君がリオネッサの護衛その三ね。

 魔界人の血が薄すぎて対魔界人用の薬なんか効かないし、天界人の血は半分も入ってるくせ対天界人用の薬も効かないだろ?

 それなのに魔術も天術も使えるとか……創造神話の登場人物か」

 ゼーノを見るバルタザールさんの瞳がだんだんと鋭さを増していく。瞳孔がきゅうっと絞られて、控えめに言っても怖いです。


「そんなん俺のせいじゃねーし! リオネッサのお守とかメンっどくっせえこと誰がやるか! ぜってぇー―――――――ヤダ!」


 駄々っ子か。

 バルタザールさんが怖いのはわかるけど落ち着け。バルタザールさんも落ち着いてください、寒いです。

 魔王さまがひざの上にのせてくださり、アルバンさんがひざ掛けをくれた。ふいーぬくいぬくい。

 冷気をものともせず今にも床を転げまわって駄々をこねそうになっているゼーノにバルタザールさんはふしぎそうに首を傾げた。


「給金でるよ?」

「やります!」


 即答したゼーノの顔は近年まれにみる凛々しさだった。

 借金のかたに実験台になってるのそんなに嫌だったんだ。……うん、嫌になるのはしかたないね。

 かくして、わたしの護衛その三にゼーノはなった。

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