第26話:お見舞いのお茶会
熱を出して寝込んでから七日。
熱は一日で下がったのだけれど、スケジュールを詰めすぎていたのではという話し合いがわたしのいないところでなされていたらしく、のんびりとさせてもらっていた。
魔王さまは変わらず忙しそうなので、わたしだけのんびりしているのは気が引けたのだけれど、
「魔王様の体力は底なしですから」
「魔界一強靭な肉体を持つ魔王様とリオネッサ様を同列に扱ってはいけません」
などなど、周りからの力強い説得に心を落ち着けることになった。
それでもやっぱり病気でもないのに寝ているのは落ちつかないし、無理だったので、刺繍をしたり料理をさせてもらった。
庭は手入れしがいのある広さだったのだけれど、庭師さんがいるので見て回るだけにしている。
王族が用意した貴賓館だけあってどこもかしこも豪華なものばかりだ。
厨房の道具ひとつとっても高価そうなものばかりだった。わたしの知らない道具もたくさんあって、使い方を覚えるのは楽しかった。
館付きの料理人のおかげでレシピもたくさん集められたし、返ったらマルガさんたちと一緒に新しい料理を作りたいな。
うん。はやく帰りたいなー。
わたしの周りにはキレイな花壇、天気は文句をつけようもない晴れ。
庭園の中心にある
でもお妃さまっていってもみんなに無理言って働かさせてもらってるからなー。帰ったらちゃんとお妃さまらしくしようかな……。
うーん。お妃さまらしいってどういうのだろ。
やっぱりおしとやか~で華やか~なひらひらふわふわしたドレスを着ても落ち着いてたりするんだろうなー。
ちょうど目の前にいる人たちみたいに。
わたしの向かいに腰かけているのはニファシオブ侯爵の奥さまのバルバラーナさまとそのお知り合いのイサウラさま。わざわざわたしのお見舞いに来てくれたのだそうだ。
べつに襲われたのはニファシオブ侯のせいじゃないと思うのだけれど、付き添いのホルガーさんたちはちょっとピリピリしていたりする。
その空気にちょっと怯えているらしいバルバラーナさまは微妙に引きつっているけれど、にこやかにお茶を飲んでいる。さすがだ。
お知り合いだというイサウラさまは天界人で治癒術が得意らしい。
ふせってしまったわたしのためにバルバラーナさまが呼んでくれたのはいいのだけれど、治癒術は病気や疲れには効かないんだよね。わたしもバルタザールさんの授業で教わるまで知らなかった。
人界では魔術も丹述もほとんど使えないし、使えるところは限られているし、使える人たちは学術都市にこもっているのがほとんどなので、詳しいことを知っている人なんていないも同然なのだ。
イサウラさまは見た目からして天界人らしい天界人だ。お茶を飲んでるだけで光輝いて見える。
つややかな金髪に色素の薄い肌は陶器のように滑らかで、まつ毛は長いし、碧い瞳は大きいし、ほおはバラ色だし、きゃしゃだし。十人中十人が美人だと言うに違いない美人だ。おとぎ話に出てくるお姫さまってたぶんこんな感じに麗しいんだろう。
ゼーノのおばさまを見慣れていなかったらきっと見とれてしまっていた。あぶないあぶない。
おばさまは美しいを人の形にしたらこんな感じ! というほどの美人なので小さいころは何時間でも見とれていられたものだ。
改めて考えるたびなぜおじさんと結婚したのか不思議になるなあ……。
そりゃ、おじさんだってブサイクってわけじゃないけれど。美男と言うより、男らしい、のほうが似合う。もしくは筋肉ダルマ。うーむ、世の中は不思議が満ちている。
雪より白い肌に、うっすらはちみつ色がかった白銀の髪と、雨上がりの空よりなお透き通った碧眼と。もう、言葉にするのも難しいくらい。言葉にするのがもったいないくらいの美人なのだ。
そんなおばさまに憧れて髪を伸ばしてたっけ。切ってしまえば今の短いほうが楽なのだけれど、ときどき申し訳なさそうな魔王さまの視線がうなじあたりに届くので伸ばそうかなあ。
「このお菓子は魔界の食材が使われているなんて思えないほど美味しいですわね。売り出す予定はないとお聞きしましたけど……」
「ええ。まだ安定した生産ができていなのです。運搬方法も検討中ですし。ですが、魔界にいらしたかたがたをおもてなしするときに人界のものを出す、というのは味気ないように思いまして。周囲に協力をしてもらい、作り出したのです。
こちらのお茶もそうですね。この場に出したもので唯一輸出できるものです。早ければ年末、遅くとも来年中にはお届けできると思います」
「まあ、そうなのですね。ことらのお茶も美味しいので楽しみにしておりますわ」
ニファシオブ夫人は満足そうにお茶を飲んだ。
気に入ってもらえたなら嬉しいなあ。効能をとるか、味をとるかでバルタザールさんとアルバンさんが争ってたんだよね。アルバンさんが勝ってくれてよかった。
ちなみに効能をとったほうは研究室で常飲されているらしい。あのお茶、お茶っていうより薬みたいな味になってたけれど……。よく飲めるなあ……。
「イサウラさまはどうでしょうか。お口にあいましたか?」
眠たげなイサウラさまは静かにティーカップを置くとわずかにうなずいた」
「味は、とても気に入りました。わずかばかり感じる魔力が不快ですが」
「そうですが。味が気に入ってもらえたらならなによりです」
心の中でそーかー! やっぱり天界人にはきになっちゃうかー! と身もだえしながら天界人に売る場合の注意事項として心のメモ帳に書き留めておく。
魔力を抜くのは手間暇かかっちゃうんだよね。やっぱり魔力がこもっていると人界向けにしかできないかな。
魔界でも天界の食材はぜんぜん流通していない。
輸送費や距離の問題はもちろん、天力をまとっているのが一番の問題だろう。
魔界人は天力が、天界人は魔力が苦手なのだ。中には気にしないという人もいるけれど、ほとんどの人は避けているらしい。
別に体調が悪くなったりするわけではないけれど、なんとなーくイヤ、らしい。生理的にムリ、というやつなのだろう。
「お気を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません」
「いいえ、そんなことはありません。天界のかたが魔力を苦手とするのは当然のことですもの。率直な意見をいただけて嬉しく思います。
わたくしのほうこそ、配慮が足りずに申し訳ありませんでした」
魔界に天界人が来ることなんてないもんなあ。ゼーノはなんでも食べちゃうから参考にならないし。
今度から天界の人には人界の材料で作ったものをお出ししよう。
「こちらのお菓子もやはり魔界人が作ったのかしら?」
ニファシオブ夫人はちらっとだけわたしの後ろに控えているホルガーさんたちを見た。残念! 作ったのはホルガーさんじゃなくてハイダさんでした!
「ええそうです。器用な者が多く、レシピもすぐ覚えてくれるので毎日美味しいお茶の時間をすごせておりますわ」
ハイダさんはもともと料理番じゃなかったけれど、アルバンさんの作るお菓子を味見してからお菓子の虜になってしまった。
三食お菓子がいい! と言い出し、実際それを実行してしまうので、マルガさんにげんこつを落とされていた。
お菓子にしか興味がないので料理番には移動にならず、メイド業をこなしながら隙間時間を作ってはお菓子作りに日々精を出している。
今も人界の材料ひゃっほー! と叫びながら厨房にこもっているはずだ。たぶんそろそろ夕飯作りのために放り出されるんじゃないかな。
ハイダさんのおかげで最近二の腕が、こう、ぷにっと……。考えるのはやめておこう。うん。
「羨ましい限りですわね。
ですが、先日リオネッサを襲ったのは魔界人を排斥しようとしている集団であったと聞きました。人界にいる間はそういう輩を刺激するような行動をお控えになったほうがよろしいのでは?」
「……それは」
にっこりとニファシオブ夫人は微笑した。
「
今回は救出が間に合ったから良かったものの……。万が一、という事もありますもの」
夫人の言うことももっともだ。たしかに次がないとは言い切れない。
けれど、刺激するような行動をとった覚えはないし、ああいう人たちはけっきょくこちらが何をしていたって文句を付けてくる。感情で動く人たちに何を言ってもムダなことが多い。
あの時のなんちゃら団の人はわたしの言うことに耳を貸す気なんてなかったし、たぶん、誰の話であろうと聞く気がないのだろうと思う。
実を言えば、わたしも誰に何を言われようと魔王さま賛美をやめる気がないので、彼らと似たようなものだったりする。
魔王さまに心酔してる人たちだってそうだし、それを悪いとは思っていないけれど、人様に迷惑をかけない範囲で活動して欲しい。
人界は
「そうですね。お気遣いありあとうございます。
ですが次があったとしても問題はありませんからご心配なく」
「それはどういう…?」
夫人はわずかばかり目を大きく開いて首をかしげた。
「今までは人界のかたがたを怖がらせることのないよう護衛は常に人界人の姿を取り、力を抑えていたのですけれど、次からはわたくしの安全を第一に考えて行動するようにと魔王さまの命が出たのです。
ですから、人界でわたくしが危険に
ひくり、と夫人の笑みが引きつった気がする。なんでだろう。
イサウラさまは変わらず眠たげだ。
ホルガーさんから合図があったので、うなずく。
「イサウラさま。よろしければこちらのお菓子をどうぞ。人界の食材ばかりを使って作ったものですから魔力を感じることはないと思います」
「ありがとうございます」
イサウラさんは一口食べると眠たげな瞳が一瞬大きく開いた。その後は無言で食べ進めていく。気に入ってくれたらしい。ハイダさんありがとう!
「バルバラーナさまもどうですか? 食べ慣れていらっしゃる味でしょうけれど」
「え、ええ。いただきますわ」
わたしもいただく。
夫人はひとつ食べると紅茶を飲んだ。
ハイダさんの腕もめきめき上がってるなあ。わたしもう完全に抜かされてるよね……。わかってはいたけどへこむなあ……。
こうなったらこっそり特訓しようかな。
そんなことを考えながら紅茶を飲んでいるとホルガーさんの目配せに気が付いた。そうでした、忘れてた。
「バルバラーナさま、こちらは先日持っていくはずでした布です。こちらはハンカチとして刺繍をしてみたものです。いかがでしょう?」
ハンカチはわたしが寝込んでいた間に王都の凄腕職人ラノッテさんとカチヤさんが連日夜なべして作ってくれたそうだ。正直、こんな短時間でよくこれだけの細かさで、これだけの種類を用意しましたね?! と驚いた。
カチヤさんはちょっと疲れたくらいですんだみたいだけど、ラノッテさんのほうはだいじょぶなのだろうか。倒れていたりしなければいいのだけれど。
ハンカチを見た夫人は驚いて固まっているようだ。うんうん。すごい刺繍ですもんね。わたしも今朝見たときはもの凄く驚きました。
使いやすさを考えて隅のほうに目立つのが一か所と、周りの縁取りだけとはいえ精密さがすごい。
わたしが見てきた刺繍なんてほんの少しだけど、そんなわたしでも格が違うとわかってしまうくらいにすごい。このハンカチを使うなんてもったいない。飾っとくべきだよ!
「……すばらしい刺繍ですね。本当に素晴らしい。
これはどこの工房に頼まれたのです?」
「王都のラノッテ工房です。恥ずかしながら、魔界にはそういった工房がありませんので協力をお願いしたのです。
今後は弟子をとってもらい職人の育成にも尽力してくださるそうで、ありがたいことですわ」
「そうなのですね」
そわそわした気配は伝わってきたけれど夫人は上品に微笑んでいるだけのように見えた。さすがだなあ。
ラノッテさん、たぶんこのあと注文が増えると思います。がんばって!
「バルバラーナさまにはこちらを。イサウラさまにはこちらのハンカチをお贈りしたいと思います」
もちろん二人の好みの色や花は調査済みですとも。アルバンさんが!
「ありがとうございます」
「恐れ入ります」
お土産もきちんと準備できたし、完璧だね。下っ端貴族やってたら一生会うこともないような人たちを相手にちゃんと受け答えできるか不安だったけど、ちゃんとできてよかった。今までのその他のお客さんに紛れられるお茶会と違って失敗が目立っちゃうもん。
ハンカチがよほど気に入ったのかイサウラさんの周りに春の陽ざしに照らされた花が舞っている気がする。
「リオネッサ様……。このように美しい贈り物をいただけるなんて光栄です……」
「こちらこそ気に入って頂けて光栄ですわ。
今日お出ししたお菓子もお土産として用意しましたのでよろしければ……」
「もらっていきます」
即答ですか。もしかしてハンカチじゃなくてお菓子を気に入ってたり……?
「私、これまで魔界人などは話の通じぬ野蛮人ばかりだと思っていましたけれど、間違いでした。このような美味しいお菓子を作り出せる方を野蛮だと思っていた事をお詫びいたします」
「そ、そうですか」
実を乗り出したイサウラさまに両手を握られて力説された。そういうことは黙っていてくれると嬉しかったです。
ホルガーさん、ヨルクさん、落ち着いて。イサウラさまは悪気があるわけじゃないと思うの、たぶん!
ひ、瞳がきらきら潤んで、ほおが赤くなって、まるで恋する乙女……! そんなに美味しかったんだ……。
夫人も貴婦人の仮面が完全に外れてしまってぽかんとイサウラさんを見ている。
「こちらにはあとどのくらい滞在なされるのですか?」
「え、ええと、あと二週間ほどですね」
「そうですか。短いのですね。それはとても残念です。残念ですので残された日にちを惜しみ、リオネッサ様のもとで過ごしたいと思います」
「へ、え? あ、あの」
「よろしいですね、ニファシオブ夫人。ニファシオブ侯にはそうお伝えしてください。それではリオネッサ様参りましょう。私の見立てではまだ館の中に美味なるものがあると見ました。ぜひ賞味させていただきたく思います」
「イサウラさま落ち着いてください! あの! バルバラーナさま今日はありがとうございました、ホルガーさんあとはお願いします!」
ずるずるとイサウラさまの細いけれど力強い腕に引きずられていくわたしはなんとかホルガーさんに言い残すことができた。どんどん歩いてくけど、どうして案内もしていない厨房の位置がわかるんでしょうね?! 匂いかな?!
歩くの早いのにものすごく優雅! み、見習いたい……!
「リオネッサ様、ニファシオブ夫人はホルガーが門までお送りしました!
イサウラ様、止まってください!」
「お気になさらず」
「ありがとうございますヨルクさん!
イサウラさま、気にしますよ!?」
「イサウラ様! こちらは魔王様の滞在場所です! 許可もなく歩き回らないでいただきたい!」
「後で取りますので問題ありません」
問題大ありですけど?!
ヨルクさんが怒鳴っても止まらなかったイサウラさんを止めたのは、厨房を追い出されたハイダさんが持っていたお菓子の山だった。
ありがとうハイダさん!
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