第13話:リオネッサの大冒険
まゆたまごの中身はかわいらしい幼児でした。
絹糸のような長い髪に、ぱっちりとした大きな瞳と長いまつ毛。肌はむきたてのゆで卵のようにつるりと白い。
美幼児の頭でぴこぴこと蛾の
…しょっかく。やっぱり魔界だなあ。
わたしをじっと見つめるつぶらな瞳に思わず頬がゆるむ。かわいいなあ。
「こんにちは、初めまして。わたしはリオネッサっていうんだけど、あなたの名前は?」
「?」
美幼児はこてりと首をかしげる。それにつられて触角もゆれた。
「生まれたばっかりだから名前もないのかな」
魔界生まれは産まれたその日に立って歩く! とバルタザールさんに聞いたのだけれど、この子は例外ということだろうか。
行く道のあちこちに生えている食材なんかを集めながら考える。レポート書きたいな。メモしないと忘れちゃう。
わかったことは、このこはたぶん強い魔術を使えて、あと美幼児。あともしかしたら
「まま」
そうそう、こんなふうに。
「…ん?」
「まま」
ぴよぴよ、と美幼児はわたしを見てまま、とくり返す。
まま、まま……。ママ?
「わたしのことをお母さんだと思ってるのかな? それとも鳴き声がまま?」
「まま。にゃ、にゃーみゃーえー」
鳴き声がままという線は消していいかな。
刷り込みってやつだろうか。鶏を育てていたけれど、同じようなことがあったし。
鳥のヒナが生まれて初めて見る動く物を母親だと思いこむ、とバルタザールさんも言っていた。
「まま。にゃみゃえー」
「なまえ、かな? わたしのなまえはリオネッサだよ」
「ままー。りおー。にゃまえー」
ふくふくとしたちっちゃな指がたどたどしくわたしと美幼児を指す。
「もしかして名前つけてほしい、とか?」
「なまえー」
こくこくと美幼児がうなずいた。やっぱり魔界生まれは成長が早いようだ。
「うーん、名前かあ。かわいいのがいいよね」
きらきらと美幼児の瞳が輝く。触角がぴこぴこと嬉しそうにゆれた。
「どんなのがいいかなあ」
城を目指して歩きながら名前候補を考えてみる。
フラーヴィア、ヨランダ、シルヴァーナ、ディアマンテ、オリエッタ、アンナリーザ………。
どれもしっくりこない。きょとりとしている美幼児に笑いかけてみた。
ぱああ、と花が咲いたか、光が射したか、というように笑い返してくれた美幼児にはどれもそぐわない気がしてしまう。もっとこう、かわいいのはもちろん、気品があふれて、
それこそ人界のものじゃなく、このこの故郷である魔界語の方がふさわしいだろう。魔界語に不慣れなわたしより、魔王さまにつけてもらったほうがようほどこのこにとってもいいんじゃないだろうか。
そうと決まればはやく城に帰らなくちゃ。
その辺の
走り出したのはいいけど、わたし今日中に
な、泣かない泣かない! 野宿くらいどうってことないし、魔物や魔獣が出てきたって美幼児がいるからたぶんだいじょぶだし! まっすぐ城に帰ることだけ考えなきゃ。
「まーまー」
「どうしたの?」
美幼児からの呼びかけに後ろを振り向いた。
見なきゃよかったかもしれない。また追いかけられるのかー。あははー。
「もおおおお!! わたしはおいしくなんかなあああい!!」
全力で走る。走る。走る。
ちらっとしか見なかったけど、オレンジ色の毛がよく目立っていた四足歩行の肉食獣っぽいものがうしろを追いかけてくる。
図体のでかいやつだったので木の間に逃げこんだのだけれど、木なんか関係なしに追っかけてくるー!
バキバキ、ボキボキ、と勢いよく森林破壊している魔物か魔獣にかまわず、走って走って走りまくる。止まったら死ぬやつ、これ!
「まーまー。まーまー」
美幼児がしゃべりかけてくるけど答える余裕は当然ない。
ぜぇはぁ息があがる。足が重い。胸が痛い。息が吸いにくい。かってに出てくる涙のせいで視界がにじむ。
いやだ、しにたくない。
「まおうさま…っ!」
帰るんだ、ぜったい、魔王さまのところへ帰るんだ!
ずどおん!
わたしの決意を
とっさに木の幹を
赤紫が腐った感じの体色とでろっとした皮ふ? の間から見えるたくさんの目だか歯だかがすこぶる気色悪かった。しかもそれがひとつじゃなかったとか、見間違いであってほしい。
うしろを見ているひまはないけれど、聞こえる二種類の叫び声と何かがぶつかる音から二頭が戦っているらしいことがわかった。共倒れしてくれたらたいへんありがたい。
叫び声が聞こえなくなったころには足も呼吸も限界だったので、速度をゆるめながらもと来たほうを振り向いた。
木々の
ふるえる足を根性で動かす。魔王城はまだまだ遠い。ここは外壁すら見えない場所だ。
それでもあきらめるわけにはいかなかった。
「ぜったい、魔王さまのところに帰るんだから…!」
あふれそうになる涙をぬぐいながら走っていると木の根に足をひっかけて盛大に転んだ。こんなお約束はいらなかった。
急いで起き上がれば、美幼児と目があう。転んだ
なにもわかっていない瞳に胸が痛くなった。
うしろから迫ってくる地響きに
「まま。まま」
「あぶない目にあわせて、ごめんね。できる限り守るから」
まだ産まれて一日もたっていないのに食べられるとか、そんなことはさせない。
どうせ死ぬなら目にもの見せてやる。こっちだってゼーノの幼なじみなんかを何年もただやってるわけじゃない。
いよいよ間近に聞こえてきた足音と湿った荒い息に背筋が寒くなる。
「失敗したらごめん!」
振り向きざま、拾っておいた食材を投げつけた。大口を開けていたオレンジ色はあっさりそれを飲みこむ。
振り向いた反動で足がもつれ、地面を転がるが、受け身をとれたのでひどいケガはしなかった。美幼児も無事だ。
オレンジ色は
それはそうだろう。匂いはいいのに味がひどいニオイダマシを入れてやったのだから。毒味をしてくれたアルバンさんのお墨付きだ。
わたしは油断せずに距離をとる。
オレンジ色は涙と鼻水をまき散らしながらも、まだわたしを追ってくる。
よく見ればあちこち焦げたり血が滲んでいるオレンジ色はふらふらしながら、とうとうその歩みを止めた。わたしはそれにかまわず全速力で走る。
ニオイダマシとバクチクダケと混ぜるとなぜか爆発するバクハツシメジも投げ入れたので、そろそろ胃袋の中で爆発するはず。
あの時はバルタザールさんがたまたま見学していたので
背後からうめき声のち、爆発音が聞こえ、爆風に押されたわたしはまたすっ転んだ。
「まーま」
「いたた…、ごめん、だいじょぶ?」
ちらっとうしろを見れば赤黒い水たまりの中に四足歩行だったオレンジ色の毛皮は、お腹から二つに分かれていた。アルバンさんよく無事だったなあ………。
とりあえずの
「よし、じゃあ魔王城へ行こう!」
気持ちを新たにわたしは歩き出した。そして、気付く。
「…………お城、どこ?」
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