第12話:畑仕事は順調です

 正体不明のまゆたまごを拾ってから十日。

 バスケットにいれて移動したり、背負ったりして付きっきりで様子を見ているのだけれど、まゆたまごにはなんの兆候も見られない。

 いったいいつ産まれるんだろう。まったくわからない。

 バルタザールさんは「そのうち産まれるんじゃない?」と引き続き投げやりだ。レポートを提出する身にもなってほしい。

 何年もかかる例もあるそうなので、寝室に置いておこうとも思ったのだが、なぜかころころ転がってついてきてしまうのでずっといっしょだ。

 畑仕事をしている今は背負っている。小遣こづかかせぎに子守りしてたのを思い出すなあ。


「重くないですか、リオネッサ様」


 ホルガーさんは眉尻を下げて申し訳なさそうだった。心配性な人なんだよね。


「だいじょうぶですよ。こういうのには慣れてます」

「私が代われたら良かったのですが。厄介ですね、リオネッサ様以外には触れさせようとしないなんて」


 まゆたまごはわたし以外が触ると放電するようになっていた。豪快ごうかいなパーマヘアーになったゼーノは爆笑物だった。

 なぜ放電するようになったかは、ゼーノが攻撃を仕掛けたせいじゃないかとバルタザールさんが言っていた。そのとおりだと思う。


「魔王さまは平気で触ってましたけど……」

「まあ、魔王様ですから。そもそも放電していた事に気付いていたかどうか」

「ありえますね……」


 さすが魔王さま。

 わたしが放電されないのはゼーノに抗議(こうぎ)したから味方だと思っているのではないか、とのことだった。

 そのわりにゼーノの後頭部へ攻撃したバルタザールさんまで放電されるのはなんでだろう?

 ゼーノが「本能で怖さを感じとってるんじゃねぇの」とよけいなことをいって、また氷漬けにされかけていた。ほんとに学習しないなあ…。

 背中のまゆたまごはほかほかとあたたかい。

 ゼーノの魔術でも傷ひとつつかなかったのに、触ると柔らかいのだからなんと不思議ふしぎなまゆたまごだ。

 畑仕事に一区切ひとくぎりをつけて、ホルガ―さんが用意してくれたお茶をとおやつをいただく。おいしい。


「ホルガ―さんも腕をあげましたね? アルバンさんもどんどんうまくなっちゃって、これじゃわたしひとりだけ置いてけぼりです。練習れんしゅうするならわたしも混ぜてくださいよー」


「いえいえ、とんでもございません。リオネッサ様はこういうところから従者に任せる事を覚えていただかないと。人界の王族は自力で何もしないのでしょう? 何事も慣れですよ、慣れ。

 それにリオネッサ様の淹れたお茶を口にするのは魔王様だけでいいのです」

「ぐぅ……っ!」」


 護衛なのに、とかわたしも働きます、とか、さすがに王族だってそこまでじゃ、とかいろいろ言いたかったけれど、なにも言えなかった。

 最近、まわりでわたしを赤面させて楽しむゲームでも流行はやっているんだろうか。くそう。

 黙ってお茶を飲んでいると、ホルガ―さんがいきなり席を立った。耳がぴくぴくと動いている。


「リオネッサ様、失礼いたします。どうかこの場を離れないで下さい」


 言うがはやいか、ホルガ―さんの姿が消えた。衝撃波しょうげきはがこないし、足跡も残っていなかったので、魔王さまより力の微調整びちょうせいがうまいんだなあと感心する。

 ホルガ―さんがなにかを感じ取ったのだろう、ということしかわからなかったわたしは農作業が始まってからいまだにどごんばがんとハデな音をさせている森へ目を向けた。

 珍しいことに氷山も氷柱も立っていない。ようやくゼーノがケンカを売るのをやめたのか、それともバルタザールさんのストレスが解消されたんだろうか。

 手持ちぶさたになってしまったので、なんとなくまゆたまごを抱っこしてみる。やはりほわほわとあたたかい。

 頬ずりもしてみると、ふわふわふかふかと心地ここちよい。極上のクッションを抱っこしている気分だ。


「うー……寝ちゃいそう……」


 畑仕事でほどよく疲れたあとにおやつをいただいて、これはもう昼寝してくれといわんばかりの状況じょうきょうではないだろうか。ホルガ―さんがくるまでちょっと寝てようかな…。

 ちょっとうたた寝するつもりで目を閉じた。


***


 どれくらい寝ていたかわからないけれど、体が浮きあがる感覚がして目を開けた。

 目の前に広がる青。わたしはなぜか空を飛んでいた。というよりは落ちていた。

 なんだあ、夢かあ。おやすみなさーい。

 と、再び寝られたらどんなによかったか。しかしこれはしっかり現実だった。つねった頬がばっちりいたい。

 人間、理解しきれないことが起きると、逆に冷静になるものなんだな。それか、わたしも魔界に慣れてきたということだろうか。そうだったらいいな。

 眼下がんかには森が広がり、遠くに山々が連なっているのが見える。魔王城もあんなに小さく―……


「なんで魔王城があんなに小さいの?!!」


 変わらず落下中のわたしはようやく焦り始めた。

 地面につくまではまだ時間がありそうだけれど、イコール、わたしはとんでもない高さにいるわけで…。

 つぶれる……。わたしぜったいつぶれる……。

 数十秒後の自分を想像してガタブル震え、まゆたまごを抱きしめていた腕に力をこめる。

 ほわん、とあたたかさを感じて、少しだけ震えがおさまった。

 できることをやらなくちゃ……!

 もといた場所からかなり離はなれた場所にいるみたいだけど、大声を出せばだれか気づいてくれるかもしれない。

 こういうとき、自分に魔術素養がないのはかなり不便だ。魔術が使えれば体を浮かせたり、声を届けたりできたかもしれないのに。

 でも素養がないんだからしかたない。気合を入れて息を吸いこむ。強風すぎて吸いづらいけど、がんばれわたし!


「リオネッサです! だれか聞こえますかー! 助けてくださいーい!」


 力いっぱい叫んでいると、わたしの声より、風の音より大きな声が聞こえてきた。大きな羽根が空気を叩いている音だ。

 たしかにだれかに気づいてほしかったけど、けど……!!


飛竜あんたは呼んでなああい!!」


 この前見たのよりは小さそうだけど、狂暴そうな飛竜がまっすぐわたしのほうへ近づいてきていた。

 そいうえば魔素濃度はもとに戻ったけど環境がもとに戻るまでまだ時間がかかりそうだって魔王さま言ってたっけ!

 うわー、飛竜って近くでみるととかげにぜんぜん似てなーい。けっこう顔のあちこちがトゲトゲしてるし、おっきくて尖った牙が光ってるし、今にもわたしを食べようとしてるしー!


「うわあん魔王さまー!!!」


 ハンバーグ作っときましたからマルガさんに焼いてもらってくださいー!

 あんぐり開けられた飛竜の大きな口にぱくりと食べられたその瞬間しゅんかん、まゆたまごから風が巻き起こった。風圧で目を開けていられない。

 な、なんかものすごく断末魔だんまつまのようなものが聞こえてくるんだけど……? あと肉がつぶれるような音と、水音も。鉄臭い臭いまでしてきた。こ、これは、目を開けたくない光景が広がっちゃってたりするのカナー?

 さっきまでとは別の恐怖に体が震えた。とりあえず、飛竜に食べられるのは回避したみたいだけども…。

 そぉ~~、とまぶたを上げてみる。

 ……………見なかったことにしたかった。

 飛竜はどうやら頭が吹き飛んだらしい。首から下しかない。

 あたりを見回すと頭であったろうものがちらばっていた。飛竜の血って赤紫なんだね!


「飛竜の爪は素材になるって言ってたなー……。バルタザールさんが喜びそー……」


 なんて現実逃避してる場合じゃなかった。

 飛竜のエサにならなくてすんだのはいいけえれど、落下中なのは変わりがない。


「えーと、食べられずにすんだのはあなたのおかげなのかな? ありがとう」


 あたたかなまゆたまごをなでて、お礼を言っておいた。

 しかし、思っていた以上にまゆたまごは攻撃力が高かったらしい。触っただけで放電するなんて、と思っていたけれど、あれで手加減してくれてたのか。もしかして、わたしとんでもないものを拾っちゃったんだろうか。

 なーんてのんきに考えていたら、飛竜の血の臭いに誘われたのだろう。わらわらと吸血コウモリだの、吸血蛾だのが集まってきた。

 飛竜の死体にだいたい集まっていったのだが、こちらにもいくらか流れてきた。一匹一匹はわたしでも追い払えるのだが、数十匹もいるとさすがにむずかしい。まゆたまごにまでくっついてきたので、あわてて手で払いのける。もしも放電されたりしたら、わたしじゃ気を失ってしまうので必死だ。

 それから、払いのけるのに全力を注ぎすぎて、落ちてるの忘れてました!!

 も、もも、もう木が、地面が、あんなに近い! 地面に叩きつけられてぐちゃぐちゃになるより木に刺さってバラバラになるほうがぜったいはやいよコレ! どどど、どうしよう?!

 魔王さま、わたしなるべくはやく生まれ変わって挨拶あいさつうかがいますねー――!!


「まま」


 小鳥のさえずりのように小さくかわいらしい声が聞こえたかと思いきや、わたしの体は浮いていた。ふよふよゆっくり地面に降りていく。

 何が起こっているんだろう。まゆたまごのおかげなんだろうけれど。たぶん、というか、ぜったい。

 地面に足がつくと、浮遊感は消えて、わたしはそのまま座りこんだ。また腰が抜けてしまったらしい。


「また助けられちゃった。ありがとうね」


 ふかふかとした手触りで心を落ちつける。かなりお城から離れちゃったけど、日が暮れるまでに帰らなくちゃ。


「よし、がんばるぞー!」

「おー」

「うんうん、その意気……」


 声はわたしの胸元むなもと、抱いているまゆたまごから聞こえてきた。……まさか。

 ゆっくりとまゆたまごを見下ろすと、嵐が過ぎ去ったあとの空のように澄んだ瞳と目が合った。

 まるで魔王さまの瞳のようだな、とわたしはほうけながらも思ったのだった。

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