第8話:日常
おはようございます。リオネッサです。
朝起きて暗がりの中に魔王さまの光る瞳と目が合っても叫ばなくなりました。進歩した、わたし!
「おはよう、リオネッサ」
「おはようございます、魔王さま」
初めて魔王さまの隣で目覚めたときは大声で叫ぶわ、泣くわ、迷惑をかけまくってしまった。忘却のかなたに追いやりたい。うううごめんなさい魔王さま。
思い出すのも恥ずかしい記憶をふり払いながらカーテンをあける。
魔界はカーテンをあけてもあまり明るくならない。おかげで実家では朝日とともに起きていたわたしは寝坊ばかりしている。
毎日魔王さまに起こしてもらえるのは役得だけど。
魔王さまより早く起きて魔王さまを起こすのが目標だけど、今のところ連敗中だ。
身支度を軽く整えて魔王さまのたてがみを梳かす。わたしの大事な日課だ。さらさらのふわふわになったたてがみに顔をうずめるのが密かな楽しみだけれど、ばれてる気がする。
「できましたよ魔王さま。今日もステキです!」
「ありがとう」
ほっぺにキスをもらってわたしも返す。魔王さまのたてがみを梳かすようになってからの習慣だけれど、いまだに照れてしまう。
「それじゃ、行ってきますね」
「ああ、あとで」
熱くなるほおをあおぎつつ、手早くエプロンをつけて厨房にむかう。
朝ごはんの仕込みは夜のうちにすませてあるし、朝はマルガさんたちが中心になって作ってくれるようになったので、わたしがするのはわたしが食べられるか確認するくらいだ。
「あああ……今日も魔王さまかっこいい……」
顔はまだ熱いままだ。毎日しているのだからこう、さらっと返せるようになるとかっこいいのにな。
「おはようございます!」
「おはよ~、りっちゃん」
厨房ではマルガさんたちが忙しく働いていた。
なぜかゼーノまでいた。働いているわけではもちろんない。あちこち焦げたり髪が爆発していたりするのは無視しとこう。
「……なんでいるの?」
口いっぱいに食べ物をつめこんでいるせいで何をしゃべっているかわからない。フガフガとしか聞こえないんですけど。
「この子ね、朝からバルタザールの実験に付き合わされたらしくて~。
お腹が減りすぎて死にそうだ~、って飛び込んできたのよ~」
「えっ、バルタザールさんが朝からですか」
夜型のバルタザールさんが朝に起きているなんて初めてだ。わたしが知る限りいつも昼に起きているのに。
「そうなのよ~。珍しいでしょ~? 今も二度寝しないで研究室に籠ってるらしいのよ~。つららでも振ったら困るわ~。
まあ、そんな訳で味見はこの子にやってもらうからりっちゃんは魔王様の手伝いにいってあげて~?」
「はいっ!」
マルガさんのご厚意に甘えて中庭へ走り出す。うしろでフガフゴ聞こえたけど無視だ無視。
はっ、廊下は走っちゃだめなんだっけ。おしとやかに、おしとやかに。
魔王さまは執務の合間をぬって温室の手入れをしている。朝は朝食までがその時間で、実はお手伝いしたかったのだ。
世間話でちょっと言っただけだったけれど、覚えていてくれたんだなあ。さすがマルガさん。
魔王さまのお仕事が忙しくないときはよく温室でお茶をするのだけれど、すみずみまで手が行き届いていて魔王さまが大切にしているのがよくわかる。
家計の足しにするために家庭菜園はやっていたが、園芸は素人なのでわたしが手伝えるのはせいぜい水やりくらいだろう。けれど、だ、旦那さまとの時間が増えるのはとてもいいことだと思う。うんうん。
と、意気込んでいたのが十分前のわたし。
迷わず温室までこられたのはいいけれど、扉が開けられず固まっているのが今のわたし。
き、きんちょうするなぁ…。おじゃまだったりしないかな。手伝えることがあるのかな。
なんてことを考え始めると扉を開けることができなくなってしまった。
そもそもわたしの腕力で開けられるような扉じゃなかったことを思い出したのはまぬけなことに扉を目の前にしてからだった。
どこまでドジなんだろう、わたし……。
わたしの背丈の二倍くらいほどの高さと幅の扉はとにかく重そうで、ぜったいにわたしごときの力ではびくともしないに違いない。いつも魔王さまかアルバンさんに開けてもらっていたので触ったことすらないのだけれど。
せっかくお手伝いできると思ったのに…。
しかしここであきらめて魔王さまが出てくるまで時間をムダにするのはダメだろう。なんとか入る方法を考えなくちゃ。
………。考えてみたけれど、ぜんぜん思い浮かばない。
一回魔王さまを呼んでみてダメだったら厨房に戻って昼食の仕込みでもやらせてもらおう……。
「魔王さまー、リオネッサです。
ゼーノが味見をしているのでお手伝いできることがあればとこちらにきましたー」
……なーんて、聞こえるわけないよね。
おとなしく皮むきでもやらせてもらおう。いいんだ、皮むき得意だし。
肩を落としながらとぼとぼ来た道を帰ろうとしたら、
「よくきてくれたリオネッサ!」
ダダンガラッと扉をすごい勢いで開けた魔王さまが顔を出した。
ひとりごとみたいな声量でも魔王さまの耳はわたしの声をきちんと拾ってくれたらしい。嬉しくてかってにほおが熱くなった。
「あ、ありがとうございます、魔王さま。どうやって扉を開けたものか悩んでいたので……」
「うむ。これくらいお安い御用だ。
むしろ、もっと頼って欲しい。君はいつもひとりで抱え込んでしまうから」
温室の中は水やりの途中だったからかいつもより少しむしていた。
「そうですか? わたしは魔王さまのほうが心配ですよ」
「むう……」
倒れちゃったでしょう? と言えば君もな、と返ってきた。
「そうでした。似た者同士でしたね、わたしたち」
笑いあいないがら温室を歩く。魔王さまが歩幅を合わせてくれている。
手をつなぎたいなと思うけれど、そうすると魔王さまが今以上に歩きづらくなってしまうので自重した。もう少し伸びろ、わたしの背。成長期はこれからだと信じてるから!
手入れ道具のある一角について渡されたのはなんのへんてつもないじょうろだった。小さな花の模様がかわいらしい、わたしでも持てる大きさのじょうろ。
「いつでも君と一緒に園芸ができるよう用意しておいたのだ。どうだろう、気に入ってくれただろうか」
わたしはぼけっとじょうろを見たり、魔王さまを見たりをくり返す。
なんの返事もできないでいるわたしに魔王さまが焦り始めたのがわかったけれど、言葉がでてこない。わたしが手伝いにくるのを待っていてくれたのだろうか。
「ありがとうございます。魔王さま……」
涙がでるくらいに嬉しかったけれど、泣いてしまえば魔王さまがもっと困ってしまってしまうので、我慢する。
「すごく嬉しいです! がんばって水やりしますね!」
「うむ。がんばるのは良いが無理はしないように」
ぽふりと背中にあたたかい魔王さまの手があたる。
魔王さまの力になりたいわたしだけれど、魔王さまに助けてもらってばっかりだ。
いつか、ぜったい魔王さまの力になる。そんな決意をこめて元気いっぱいうなずいた。
「はい!!」
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