第7話:爽やかな笑顔

 バルタザールさんは魔王さまと昔からの知り合いで、役職は魔王軍の参謀ということになっているのだけれど、正直なところ研究ばかりしている学者さんというイメージしかない。

 趣味が研究で、仕事も研究で、と魔族には珍しいデスクワーク中毒なのですよとアルパインさんが言っていた。魔王さまも本好きだから類は友を呼んだのかもしれない。

 ユキオオカミという種族の出身で、けれど狼ではなく、あくまで狼っぽいものということらしい。見た目はそっくりでも人界の狼とは違うということなんだと思う。たぶん。

 バルタザールさん曰く「人界の狼は二足歩行なんてしないだろう?」とのことだ。

 白くてふわふわな見た目と種族名を裏切らず、氷系統の魔術が得意で無意識のうちに垂れ流しては、寒いのが苦手なマルガさんに怒られている。そのわりに本人も寒がりなので、ホットココアをさしいれたらすごく感謝された。

 頭脳労働ばかりをしている人だから糖分が必要だったんだろうなあと思ったものだけれど。

 ホットミルクなら手間もかからないしわたしも飲みたい。今すぐに。

 まわりの濃い、というか黒に近めの緑や危険そうな赤やピンクや黄色をしていた植物たちは白一色になっている。あたり一面銀世界になっているせいでとても寒い。

 バルタザールさんが寝ぼけていたときの冷気はまさに氷山の一角であったらしい。

 今も氷の柱ができたりつららが空から降ったりと大盤ぶるまいでゼーノに攻撃をしかけている。寒い。

 村では敵なしだったゼーノもさすがに相手が悪いらしく、猿よりも素早く跳ねまわって逃げている。寒い。ときどき反撃しているのか氷の砕ける音がして粉々になった氷が飛んできた。

 メイド服しか着ていないので、長袖とはいえ寒い。せめて上着をはおりたい。

 ちなみにメイド服は作業着です。魔王さまにいただいたきれいな服は汚せませんからね!


「すまない、遅くなった」

「大丈夫ですかリオネッサ様」


 声と共にふわりとコートが肩にかけられた。


「魔王さま! アルパインさん!」


 魔王さまのかけてくれたコートにいそいで腕をとおすとアルパインさんがマフラーを渡してくれた。それを巻き終わると魔王さまが両手にのった手袋とマフラーをさし出してくれる。ちょっと顔がゆるんでしまう。

 いつものことながら魔王さまの大きな手に小物がのっているとなんだかほんわかしてしまうのだ。


「ありがとうございます」

「うむ」


 魔王さまの空気がほんわりしていて、まわりに花が飛んでいるようだった。わたしもつられて笑う。

 ひょいと魔王さまの胸に抱きこまれてしまえば防寒は完璧だ。ふわもこな魔王さまのたてがみもあたたかいけれど、ぶ厚い魔王さまの胸板もとても暖かい。

 魔王さまのふところでぬくぬくしていると眠たくなってきてしまうのだが、今はそんな場合じゃなかった。そういえば。あわててあくびをかみ殺す。


「魔王さま、アルパインさん。お城を壊してすみませんでした」

「うむ。大丈夫だ」

「気になさらないでください。壊したのはリオネッサ様ではありませんし、興味深いものも見れましたので」

「興味深いもの、ですか?」


 なんだろう。ゼーノの魔術だろうか。

 背伸びして魔王さまの秋空より深い青の瞳をのぞいてみると、困ったようにゆらいでいた。


「……魔王さま?」

「う、うむ……」


 やはり困ったように瞳が泳いでいる。


「……魔王さま」


 話してくださいと念をこめて見つめていると、魔王さまは言いづらそうに口を開いた。


「……う、うむ。その、……やはり君は私達に普段遠慮をしていたのだな、と。

 そう思うと少しさみしく、そして君の幼馴染が羨ましく思えてしまって……」


 応接間でのやりとりを聞かれていたらしい。今度はわたしが目を泳がせる番だった。

 そりゃあね! あんな大声出してたら聞かれるよね! ゼーノのバーカバーカ!

 青くなってオロオロするわたしの手を魔王さまが握る。ほこほことあたたかい。


「私は心配していたのだリオネッサ。

 君はいつも私達に心配をかけまいとし、私達を気遣ってくれている。

 それはとても嬉しい。嬉しいが、君にとって負担になっていないか、とも思っていた。幼馴染に対する君の態度はその現れではないだろうか。

 彼に言い返している君はとても気楽そうにみえたのだ」


 しゅんとうつむいてしまう姿はまるで大きな子猫みたいだなと思った。

 いつになくおしゃべりな魔王さまの指を握り返す。手では大きすぎてわたしでは握りきれないので。


「その、ゼーノは幼なじみですから気楽ですよ。だってどんな反応するのかだいたいわかってますから。

 でも、それって当りまえですよね? ゼーノは幼なじみで小さいころから何年もいっしょに遊んでたんですから」


 少なくともおじさんに地獄の修業とやらにつれていかれるまではほとんど毎日遊んでいたし、修業から帰ってきてからもちょくちょく遊んだ。次は天界で修業よ! とはりきったおばさまにつれていかれるまでだけど。


「わたしが魔王城にきてからまだ半年もたってないじゃないですか。これからお互いのことを知って歩みよっていけばいいんですよ」

「リオネッサ……。そう、だな」

「はい、そうですよ。ふ、ふふ、フ、フリードリヒさま」

「!!!」


 顔が熱い。

 魔王さまのびっくりした瞳を見ていられなくなって目をそらした。ぜったい今のわたしの顔は赤い。

 いたたまれなくなって両手で顔をおおった。


「それではリオネッサ様。どうか私の事もアルバンと。一族の名で呼ばれるのはなれないもので」

「わかりました、アルバンさん」


 恥ずかしがっていたらアルバンさんにひょいと移動させられた。ざくざくと足元で音がする。

 話しているうちにずいぶん雪(?)がつもったらしい。

 雪だるまが作れそう、と魔王さまを見上げたら雪だるまを抱っこしていらした。

 何を言っているんだと言われそうですが見たままの事実です。

 魔王さまに抱かれている雪だるまはボタボタ溶けだしているのだが、アルパインさん…アルバンさんが軽業師よりも身軽に雪を足していって形を保っていた。


「ええぇと……。だいじょぶですか……?」

「問題ありません。少々熱が上がっているだけすから」


 それは問題ない……のかな……?


「か、カゼとかじゃ……だいじょぶですか?」

「だ、大丈夫だ。心配いらない」


 言葉のわりに出ている水蒸気? 湯気? が増えているんですけど、ほんとにだいじょぶなんだろうか。魔王さまのまわりの雪までとけてきているんですけど…。


「それにしてもバルタザールさんとあそこまで戦える人界の方というのも珍しいですね」

「ゼーノは小さいころからおじさんにきたえられてますから」


 きたえられているというか、いじめられていたというか。

 あのゼーノでさえ死んだ魚の目をしてしまうくらいのしごきなのだからそうとうに辛いものなのだろう。

 ひときわ大きな爆発音に振り向くと巨大な氷の山ができていた。ワー…、すべり台みたーい…。

 もうもうと立ちこめる煙ともやの中からバルタザールさんがウキウキと何かを引きずってくる。

 うす暗い森の中から光る一対の目が近づいてくる。見ようによってはホラーだ。

 引きずられているのはゼーノだった。ぼろぼろだが生きている。ちょっといいきみかもしれない。

「いやあすっきりした。いい運動になったよ。

 せっかく造った合成獣キメラの素材が水の泡になったけど」


 ゼーノに細切れにされた合成獣はバルタザールさんが素材を集めるために造ったらしい。だからあんなに怒ってたんだろうか。耳のいいバルタザールさんがわたしとゼーノの会話を聞いてないわけないし。


「ちょうど面白い研究材料も手に入った事だし、終わりよければ全て良し、かな?」


 にこにこと笑いながらずたぼろになったゼーノを持ちあげる。その顔はほくほくとゆるんでいた。

 ……ちょっとこわい。


「勝手に実験材料にされては困ります、バルタザールさん。彼には応接間の修理費を稼いでもらわなくてはなりません」

「それなら僕が立て替えておきますから。借金は実験に付き合ってもらって返してもらいますよ。

 いやあ楽しみだなあ。この人界人は魔術も天術も使えるみたいで……」


 嬉しそうなバルタザールさんに引きずられていくゼーノは白目をむいたまま目を覚まさない。起きないとまずいことになるんじゃなかろうか。起きたところで未来は変わりそうにないけれど。

 アルバンさんは少しだけ肩をすくめて納得したようだった。


「バルタザールさんの研究好きにも困りましたな。

 魔王様、客人の部屋を調えるためにお先に失礼いたします」

「うむ」


 気付けば魔王さまは雪だるまを抱えていなかった。雪だるまを抱えていたのに服はまったくぬれていない。たぶん魔術を使って乾かしたのだろう。


「帰ろうか、リオネッサ」

「はい、魔王さま」

 こうしてゼーノは実験体モルモットとして魔王城に滞在たいざいすることになったのだった。

 ……帰ってほしかったんだけどなあ…。

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