第6話:はた迷惑な幼馴染

 人界に行くって、なんで? やっぱりゼーノの考えはぜんぜんわからない。


「行くならひとりで行ってよ」


 わたしの里帰りはまだ先だ。

 妹に年に一回は帰ってきてねと言われているし、年末までには一回くらい帰る気でいるけれど、嫁いで半年もたってないのに片道一か月以上もかかる旅をする気にはなれない。

 そういえばバルタザールさんが、馬車より早く移動できる乗り物を作っているから楽しみにしててね、って言ってたなあ。どんなのを作ってるんだろう。


「バカかおめー。おまえと帰んなきゃ意味ねえだろ」

「バカはあんただ」


 新婚の嫁が幼なじみとはいえ、旦那さま以外の男といっしょに里帰りとかないわー。

 なんでおばさまみたいな常識人からゼーノみたいな非常識が産まれちゃったんでしょう。

 おばさまの言うとおりおじさんの影響が強すぎたんでしょうか。性格、おじさんそっくりだもんなあ……。


「なんで魔王さまのつ、つつ妻! であるわたしがゼーノと里帰りしなきゃならないの」

「里帰りじゃねーよ」

「じゃあ」


 なんのために、と聞き終わるまえに、わたしはゼーノに片手で抱えられていた。

 え、いや、え?! なんで?!


「いくぞ」

「どこに、っていうか、やめ……!!」


 ゼーノはもう片方の手を窓にかざして、それから、吹き飛ばした。修理費ー――!!


「なにやってんの! ゼーノ!! おろして!」

「うるせえ」


 わたしの言うことを無視してゼーノは窓があった場所から飛び降りた。ここが何階だと思ってんのこのバカー―!! アホー――!!!


「ぎゃああああああああ!!!」


 こんなときにきゃあなんてかわいらしい悲鳴をあげてる余裕なんてない。応接間は五階にあって、しかも城の天井は高いからあとはもう察してください。

 地面が、地面が近づいてくる! つぶれる!

 目をぎゅっとつむったわたしは抱えられていたお腹を圧迫されぐえっとうめいた。


「おまえ…。せめてもう少し女っぽい悲鳴あげろよ…」

「うるさい…」


 うぅ、お腹が痛い。誰のせいだと思ってるんだこの野郎。なんならおじさん並みの罵倒をしてやろうか。

 地面に叩きつけられると思っていたが、ゼーノはうまく着地したらしい。

 そういえば忘れてたけど、おじさんのおじいさんが魔界人で、ゼーノは魔術が使えたんだった。

 クオーターよりも血が薄いのに使えるのは珍しいそうだけど、それでいておばさまゆずりの天術も使えるのだから、神さまは二物を与えたついでにこのひどい性格もプレゼントしたのだろうかと考えてしまう。

 それはともかく。


「おーろーせー! あと修理費はーらーえー!」

「オレに金ねえのは知ってるだろ。あとおろさねえ」

「なんで!」


 たしかにゼーノは頭悪いし、乱暴だし、計画性ないし、頭悪いし、すぐ手が出るし、口悪いし、空気読まないバカだし、悪い意味で人の嫌がることをする性悪だけど身内が困ってたら助けるし、義理や人情が理解できないバカじゃないのに。なんでこんな人さらいみたいなことを…。

 ……まさか。


「父さまや母さまたちになにかあったの?!」

「いんや。元気だぜ? ぴんぴんしてる」

「じゃあなんで人界に行かなきゃなんないの! おろしてよ! 人さらい! バカ! アホ! あんたの父ちゃんデベソ!」

「だからバカはてめえだろ! 人様が天界行ってる間に魔王なんかの嫁にされてるわ、城でこき使われてるわ!

 困った事があったらオレに言えっつっといただろうが!」

「別にこき使われてなんかないし! あんたが幼なじみだからってアルパインさんが気を使ってくれただけだもん!

 あと魔王さまはいいトコなしのわたしなんかをもらってくれた人なんだからね! あんたなんかより数百倍いい人だわ!

 そもそも本当に困ってたとしてもあんたが頼りになったことなんかない!」


 言い合ってる間にどんどん城から離れていく。


「いやもうほんとおろして。こんなに城からはなれるなんてわたし死んじゃう」


 魔王城の周りには森が広がっている。道やその周りは整備されているけれどそれ以外は魔界植物たちの群生地だ。

 もちろん魔獣や魔物もたくさんいるわけで。


「ほらあ…」


 わたしよりも、ゼーノよりも大きな魔物とご対面した。勉強したから知っている。一般的に合成獣キメラとよばれる複数の獣が合わさったような見た目のものだ。

 目の前にいるのは蛇が両肩から生えていて、真ん中に大きめの…豚? 猪? によく似た顔がある。手足と胴は猿っぽいが、尻尾は毛の長い猫みたいでふさふさと気持ちよさそうだ。…針っぽいものが見えたのでやっぱなし。

 お腹が減っているのか、大きな口から鋭い牙をのぞかせてボタボタよだれをたらしている。


「おまえ、それマジか?」

「それってどれギャー――! 前みてまえー――――!!」


 ゼーノばかアホこっち見てるばあいじゃないバカー!

 魔物がよだれまみれの口をあんぐり開けたままこっちへ突進してきている。

 ヤダー! こいつと食べられるなんてヤダー!


「まおうさままおうさままおうさまー!!!」

「うるせえ」


 ゼーノは慌てふためくわたしと違って冷静そのものだった。わたしを抱えていた腕を放して軽くかまえる。地面に落とされて地味に痛い。

 風が強く吹いたかと思えば次の瞬間に魔物は切り刻まれていた。

 たぶん魔術を使ったのだろう。魔術の素養がないわたしにはなにがどうなったかちっともわからないけど。


「で、さっきのマジか?」

「さっきのってどれ……」

 もうやだお城帰る……。腰抜けた……。

 魔物だったものは紫色の血だまりの中でぴくぴくケイレンしている。

 お城帰りたい……。


「魔王はいいヤツなのか? おまえ、攫われたり弱み握られたんじゃないのか?」


 なにがどうしてそんな考えになったのかまったくわからないけど、いちおう妹分であるわたしの心配をしてくれた、ということだろうか。だいぶ迷惑にしかなってないけど。


「さらわれてないし、弱みなんて握られてないし、魔王さまは超いい人だよ。

 それにどうせさらってお嫁さんにするならもっと美人を選ぶでしょ、ふつう」

「それもそうだな」


 誤解していたらしい幼なじみの誤解がとけてなによりだけど、その納得の仕方はどうかと思う。

 事実だけど腹が立ったので殴っておいた。よけられたけど。ちっ。


「わかったなら城に帰してよ。わたしじゃ外壁の外から無事に城まで帰れないんだから」

「おう……」


 ちょっと気まずそうだったけれど、ゼーノはうなずいてまたわたしの腰を抱えた。

 ………幼なじみだからって荷物を小脇に抱えるような持ちかたはやめてもらえないだろうか。だからって横抱きは断固拒否するけど。

 さあ城に戻ろうと一歩をふみ出したところでバルタザールさんの声が聞こえた。


「そこまでだ誘拐犯」


 あ、めちゃくちゃ怒ってる。

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