第10話 春の大会が白樺あんずの場合 その2
バスでは私の隣に座ったみりんちゃんがひっきりなしに喋り続けていた。私も段々と緊張し始めていたのでありがいかなと思ったけど、結局目的地が近づくにつれて胃が痛くなってきたのであまり意味はなかった。帰りたい。
そんなこんなで文化会館的な場所に到着。新築だしとても大きい。余程税収が良いんだろうな。私の町とは隣同士なのにどうしてこんな差がついているのだろう。
「でも大会が始まるのは十時過ぎなのに、会場入りするの早くない……?」
着いたのは九時前で大会開始は十時過ぎ。こんなに早く来る意味があるのだろうか?
「会場の設営を手伝うんだよ?」
「ひぃん……」
納得。ちなみにそういうの、自分が何すればいいのか分からなくなるからあんずは苦手です。
これは奥義を使うしかないだろう。
「あ、佐々良さん! 久しぶり!」
「ほんと久しぶりだねー。早めに手伝いに来たよ」
「うわめっちゃありがたい。天使か?」
他校の将棋部員らしき女生徒と佐々良部長が親しげに話している。
「みりんちゃんも阿僧祇くんも元気そうだね」
「えへへ、お陰様で!」
「おう、今日はよろしくな」
みりんちゃんと阿僧祇先輩とも面識があるみたいだけどあんずは知らない。
何故なら幽霊部員だったから。
「あなたは新入部員かな? 私は神無月のあ。よろしくね!」
「ひぃん」
あんずは多分神無月さんがみりんちゃん達との交流が始まった頃には既に在籍していたはずなんですけどね。幽霊部員より新入部員の方がマシな気がするので訂正はしない。
「久しぶりっすねー」
「美冬……あんたと私が久しぶりなのはおかしいって分かって言ってる?」
「いやー、さっぱり分かんないっす」
「はあ……。まあいいけど」
御厨さんと神無月さんの関係は他の部員とはちょっと違う感じがする。同中でヤンキー仲間だったりするのだろうか? いやあ、でも神無月さんは清楚な大和撫子って感じでヤンキーっぽさはまるでない。
人は見た目によらないというけれど、外見はその人の人間性をもっと現すというのがあんずの座右の銘なのだ。神無月さんは見た目は怖くなさそうだけど、初対面なのでやっぱり怖い。近寄らないように気をつけよう。
そういうわけで会場の設営。
テーブルを動かしたり、ホワイトボードを用意したり、リーグ表の準備をしたりといった作業を他校の人達を行った。
私はその間、ずっとみりんちゃんにくっついていた。
これが奥義、知ってる人から離れないである。
間違ってみりんちゃんと別行動になってしまったりすると、やることがさっぱり分からなくなってワンルームの中で迷子になってしまうのである。
だから私はみりんちゃんから離れない。絶対離れない。
そうこうしているうちに会場の設営も無事終了。
みりんちゃんから離れないというミッションもコンプリート。お陰で設営という困難を乗り越えることが出来た。
「うーん……」
でも何か違和感があるような気がする。何だろう?
「どうしたのあんずちゃん?」
ああ、何となく分かった。上手くいったことが不自然なのかも。
みりんちゃんのことだからどこかで阿僧祇副部長の方に行ってあんずは振り切られるんだろうなという諦観があったのに、最後までそうならなかった。
というか、今日はみりんちゃんと副部長は一言も話してないのでは?
あの副部長大好きなみりんちゃんが一体どうしたんだろう。
「ねえ……」
私がみりんちゃんに声を掛けようとした時、神無月さんと御厨さんがこちらに来た。
「お疲れ! みんなありがとね!」
「神無月は人使いが荒いんすよ」
「何よこの程度で」
「あと何したらいいっすか? 受付でも構わないっすよ?」
「鏡を見て言え」
神無月さんは一般人っぽいのに御厨さんに少しもビビってない。その度胸をあんずにも少し分けて欲しい。
「美冬ちゃんと神無月さんって仲が良いんだね」
みりんちゃんが見たままの感想を述べる。
「そんな親しいわけじゃないけど、付き合いだけは長いからねぇ」
そう答えた神無月さんの言葉には何となく棘というか、御厨さんに対して引っかかりがあるように感じられた。
「御厨、ちょっといいか?」
今度は阿僧祇副部長が御厨さんを呼んでいる。
「おっと、阿僧祇さんがお呼びっすね。では失礼するっす!」
御厨さんはひらりと身をかわすと、神無月さんの隣をすり抜けて行った。
「はあ……。あいつ、本当どうするつもりなのかしら――」
神無月さんがため息混じりに小さな声でそう呟いたのが私の耳に微かに届いて、よく分からんけど関わらないようにしようと、そう決意を新たにしたのだった。
☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖
大会は上級者によるAクラス、初中級者によるBクラスの二組に分けて行われる。私とみりんちゃんはもちろんBクラス、阿僧祇副部長と佐々良部長はAクラスへの出場となる。
まずは予選をリーグ戦を行い、うち上位二名が決勝トーナメントに進出する。
「ちなみに決勝トーネメントはダブルイリミネーションですか……?」
「いや、負けたら終わりだよ?」
そうらしい。まあ予選抜け出来るとは思えないのでどうでもいいけど。あんずの実力ではプール落ちが妥当なところ。
だけどせっかくだし、一勝はしたい。
一勝。高望みのし過ぎだろうか?
「じゃあ、私はこっちだから……」
みりんちゃんと私は別のグループ。同じ学校の生徒はなるべく散るようにしてあるっぽい。
「うん」
少しらしくないくらい強ばった顔したみりんちゃんは、俯き加減に向こうの席へと向かって行った。
一応みりんちゃんとはクラスメイトだけど、ああいう風に思い詰めているのは初めて見る気がする。元運動部らしいから大会前はそんな感じなのだろうか?
席に着く。
テーブルにあるのは将棋盤と対局時計。どちらもあんずが準備したものだ。対局時計は使ったことがなかったけど、準備の時にちょっと触らせて貰ったから多分大丈夫。
そして、目の前にいるのは対局相手。
私と同じ一年生、なのかな? 大人しそうな女の子なのは良かった。まあ男でも女でも怖いんだけど少しはマシではある。
駒を並べていく。お相手は駒をちゃんと順番通りに並べている。何とか流とかあるんだっけ?
あんずは知らないので適当に並べるしかない。帰りたい。
だって正規の並べ方なんて誰も教えてくれなかったし、あんずが幽霊部員だからなんだけど。
「よろしくお願いします」
はっきりした声で言ってぺこりと頭を下げるお相手。
「よ、よろしくお願いします」
そして遅れてつられるように頭を下げる私。もう飲まれている。
いや、駒の並べ方や挨拶で勝負が決まるわけじゃない。
対局が始まるのはこれからなのだ。
でもまあ、何か負けそうな気がする。
☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖
普通に負けたよね。
初級者といっても幅がある。さっきの子は限りなく中級者に近い初級者で、初級者の中でも初心者寄りのあんずの手に負えるものではない。
上手い人から見たらどっちも同じような初心者にしか見えないんだろうけど、正直ABで分けるのは乱暴だと思う。BはBで十段階くらいに分けて欲しい。
そんなに参加者いない?
実際いたらあんずは人混みが苦手なので逃げると思う。
とりあえず対局の合間に並べ方はググっておいた。大橋流っていうらしい。
初代名人の大橋宗桂がどうたらって書いてあった。
そういうわけで、二戦目は男子生徒だけど、今のあんずは駒の並べ方をちゃんと把握している。先程のように対局外のことで動揺したりはしない。
交互に駒を並べていく。ちゃんとした並べ方をするとこうなるんだなぁ。
「よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
今度はさっきみたいに挨拶のテンポも遅れなかった。
これはいける……!
と、思ったけどやっぱり普通に負けた。
駒の並べ方や挨拶で勝負が決まるわけじゃないんだった。
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