第10話 春の大会が白樺あんずの場合 その1

春季大会は隣町の文化会館的な場所で開催される。そのため当日の将棋部は自分達の高校付近のバス停前に集合することになっていた。

 眠い目を擦りながら集合場所まで到着した私は、想像とは違う景色に戸惑いを覚えた。

「あれ、誰もいない……?」

 どうやら一番乗りになってしまったらしい。まさか自分が最初になるとは思っていなかったので驚いた。

「いや、おかしい……」

 私が遅刻するならともかく、一番乗りなんてありうるだろうか。もしかしたら集合場所か時間を間違えてしまったのかも……もし間違えてたなら今日はもう無理だから帰ることにしよう……と思ってLINE(昨日初めてグループを作った。部員が揃わなかったから今まで作れなかったらしい)を確認してみたが、どうやら間違いなく今日この場所ということになっている。

 ただし、時間はまだ三十分前で、かなりお早いお着きのようだった。それならもっと寝てればよかった。

 ん、ちょっと待って。この状況だと次に来た人と二人きりって状況になってしまうのでは?

「うう、みりんちゃん早く来て……」

 誰とでも気まずいけど一番マシなのはみりんちゅんだ。みりんちゃんはこっちが何も言わなくても勝手に喋ってくれるのであんずは首を上下に動かしているだけでいい。

 他の人、特にあの人だったりしたら……。

「すっすっすー」

「ひぃん!」

 二番手は銀髪ピアスの同級生、御厨美冬だった。

 ――うう、よりによって……。

 怖い人がたくさんいる将棋部の中でも、あんずは御厨さんが一番怖い。

 まず銀色に脱色した髪が怖い。こんな髪色にするのはヤンキーの証だ。大貧民で負けだだけでマジギレしそうで怖い。

 次に耳につけたピアスが怖い。当然校則違反のヤンキームーブである。パスタを作るのは上手いのかもしれない。それだけで一目惚れするのはちょっと分からない。

 そして鋭い目つきが怖い。御厨さんがちっちゃな頃から悪ガキで十五で不良と呼ばれてたのかは知らないけど、ナイフにみたいに尖っては触れるもの皆傷つけそうではある。怖い。

「あー、白樺もう来てたんすね」

「え、えへへ……。お父さんに送って貰ったから……」

「ふうん……」

「……」

「……」

 か、会話が続かない。うう、気まずいよぅ。何か言った方がいいのかな。

「そ、そういえば部室にあるハローキティのマグカップ、可愛いよね。御厨さんに似合ってるっていうか」

「……? あれは佐々良先輩のっすけど」

「え、ええ? そうなんだ。てっきり御厨さんのかと……えへへ……」

「………」

「………」

「み、御厨さんは休日とか、どう過ごしてるの?」

「休日っすか? 別に普通っすけど」

「や、やっぱり、ドンキに通ったりしてる感じ……?」

「は?」

「ひいい! ごめんなさいごめんなさい!」

 うう、喋れば喋るほど墓穴を掘りそう。

「そういえば白樺」

「ひぃん!」

「あー……昨日帰ってから布留川とLINEしたりしたっすか?」

「え?」

 なんで急にみりんちゃんのことを?

「し、してないけど……」

「そうっすか」

 あんずの返事が期待したものではなかったのか、はたまた想定通りだったのかは分からないけれど、短く答えると御厨さんはまだ黙り込んでしまった。

 うーん、話題、話題……。

 そうだ。あれがあるじゃないか。なんでこんな簡単なことに気がつかなかったんだろう。

「御厨さん、今日は頑張ろうね……!」

「え? あー、そうか。アタシは指さないっすよ。エントリーもしないっす」

「ええ……」

 じゃあ何しに行くの? ヤンキー事情は複雑怪奇なり。

 もうお手上げだーと思ったところで佐々良部長と阿僧祇副部長がやって来た。佐々良部長はいつもと変わりないが、阿僧祇副部長は何やら難しげな顔をしていた。寝不足なのかな。

 最後にみりんちゃんが到着し、一同は隣町の文化会館的な場所へと出発したのだった。

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