第12話 春の大会が佐々良沙羅の場合 その1
午後から決勝トーナメント。本当は昼休み中に昼食を取らないといけなかったのだけど、喋ってるだけで終わってしまった。
私は先輩として、美冬ちゃんの思いに答えられただろうか?
自信はない。私は人の内面を見るのがあまり得意ではないから、的外れなこともたくさん言ったんだと思う。
肇ちゃんみたいに出来たらな、と言ったら美冬ちゃんは「阿僧祇さんなんかより全然出来てるっすから!」と言って怒ってた。
「何やってんの佐々良さん! 早く来て!」
神無月さんが慌てた様子で私を席に着かせる。思っている以上に時間ギリギリだったらしい。遅刻しなくて良かった。
周囲を見渡すと、すぐに視線がぶつかった。
少し離れた席にいる肇ちゃんがちょうど私を見ていた。
小さく微笑んで頷いてみせると、肇ちゃんは対局相手の方に向き直った。
安心してくれたかな?
肇ちゃんは私のことを大袈裟でも何でもなく、世界で誰よりも理解していると思う。
だけど私の全てではないし、分かってないことも、間違ってることだってある。
今になって気づいたのは私の方だけど。
一礼して対局が始まる。
将棋部として結果を出すために大会に出場するというのは、この部を作った時の目的とは相反するものではあった。
そもそも、そういうことをしないために、私は将棋部を作りたかったのだ。
布留川みりんちゃん。ずっと打ち込んでいたバスケットボールが出来なくなってしまった彼女は、自分の存在意義をなくして沈んでいた。
御厨美冬ちゃん。彼女もまたずっと打ち込んでいた将棋に、向き合えなくなっていた。この子にはただ時間が必要な気がした。
白樺あんずちゃん。やる気がないように見えて、実際ないんだろうけど、そんな自分を変えたいという思いも持ってる。変えたくないという思いとも一緒に。
今まで何かに打ち込んで来た人が、ふと歩みを止めた時のための止まり木を、私は作りたかった。あるいは、どうしても世間と折り合わない子が自分のペースで活動出来る場所。
だから肇ちゃんの言うとおり、実績にこだわる必要は本当はそこまでなくて、御厨さんのことで嫌味を言ってきた教師に見返したいのがほとんどなんだろう。それだって大して重要なことじゃない。
「負けました」
と、対局相手が頭を下げる。
一回戦突破。
肇ちゃんは……負けてしまったみたい。
これで将棋部で残ったのは私だけ。
その後も私は順調に勝ち進み、決勝に進出した。
決勝の相手は同学年の男の子で、何となく雰囲気が肇ちゃんに似てる気がする。
将棋は序盤から激しく殴り合う超急戦形の乱戦になった。
――分かんないなぁ。
駒が乱舞する局面を見て思う。
というか、将棋を指しているといつもそう思ってる。
美冬ちゃんは私がその気になりさえすれば天下が取れるみたいなことを言っていたけど、額面通りには受け取れないかな。大体私は何をしても中途半端でやめることになって、何かを極めるまで続けたことがないのだから。
今私の方が上で私に勝てないのだとしても、将来もそうだとは限らない。
私がバレエをやめて随分経つ。同じ教室にいたあの子達の中でまだ続けている人がいるならば、きっともう私よりも上手くなっているだろう。
美冬ちゃんも肇ちゃんも、この決勝だって当然のように私が勝つと思っているかもしれない。
果たしてそれは本当に予定調和なのかな?
「んー……」
超急戦の将棋。一手の間違いが勝敗に直結する。
形勢は微妙だけど、私の方が良い……と思う。
はっきりと局面を決めに行くつもりで角を打とうとした時、駒が指に貼り付くような嫌な感触がした。
――あ。
打った瞬間に、数手先に読み抜けがあったことに気がついた。
相当筋悪で見えづらい手だけど、桂を捨てる強手が成立しているっぽい。
角は打ってしまった。今更どうしようないと思いつつも読み直す。
事前に考えていたあの変化も、あの変化も、ことごとく潰れている。
これはどうやら、やってしまったらしい。
ずっと平静だった自分の心臓が急にバクバクと言いだして、全身から冷や汗が吹きだしてきた。
対局相手がちらりと私を見た。急に雰囲気が変わったのが伝わったのかもしれない。
桂を握る。まずい、本当にまずい。
私は祈るように指すな指すなと念じていた。
そして――
相手が打った桂は私の読みと一路ズレていた。
ほんの一瞬だけ敗北とすれ違って、だけど怖さだけは存分に刻み込まれながら、私は春の大会で優勝した。
美冬ちゃんの誘いを断ったの、やっぱりちょっと惜しかったかな?
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