第8話 振り飛車党の穴熊退治 その2

佐々良沙羅は決してお喋りな質ではない。誰とでも分け隔てなく話せるし、時には冗談だって言う。しかし沙羅のトークに関するスキルポイントはどちらかというと、学生同士の他愛のない会話のためというよりは、自分の意見をしっかり発言するために割り振られている。

 そして沙羅は他人に対して何かを強要することを好まない。だから駄目なら駄目で仕方がないことを理解した上で、誠心誠意説得にあたるのだ。

 まあ、それをお相手サイドがどう感じるかは別なのだけど。

 沙羅があくまで説得のつもりだということをボクは一応分かってるつもりだけど、白樺の方は普通に説教されていると思っても無理のない状況だというわけで。

 つまり今の白樺にとっては、部活の先輩がいきなり自宅に乗り込んできて滔々と自分にお説教をしているという感じかもしれない。

 ……地獄かな?

 いやー、私に秘策があるみたいな雰囲気出してたから、もしかしたら秘策があるんじゃないかと思ったけど、真正面から説得するだけか。ごめん嘘、本当はそんなことだろうと思ってた。でも対案もないし、それでもしかしたら上手くいくかもしれないし?

「先輩! 将棋指しましょう!」

 そう言って布留川がリュックからマグネットの将棋盤を取り出す。

「自由だなお前……」

 人の家で何やってんだ。

「佐々良先輩達はずっとお話中ですし」

 まあ暇だよね。実をいうとボクも暇なんだ。

「……じゃあ一局指すか」

「お願いします!」


☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖


「負けました……」

 しゅんとうなだれながら布留川が投了を告げる。布留川みりんの将棋は、序盤は飛車さえ振れれば何でもいいという感じだし、中盤はデパートで母親とはぐれた子供のようで、終盤は目をつぶって突撃するかひたすら塹壕に引きこもるかの二択なのだけど、だからと言って決して勝敗なんてどうでもいいと思っているわけではない。

 負ければ悔しそうにしているし、出来てるかはともかく改善しようという姿勢はある。

 春からずっと指してきた人間なら、布留川が少しずつでも成長しているのが分かるだろう。

 でも、少しずつ過ぎるんだよなぁ。

 いくら将棋が楽しくても負けてばかりじゃ面白さも半減だし、出来れば普通に勝てるようになるところまでいって欲しいが、このペースではボクと沙羅が卒業する方が先になりそうだ。

 もし何かのきっかけがあれば、一気に伸びたり……するのか? 指導者じゃないし、よく分からん。

「みりんちゃん、今度は私と指そう?」

 と、対局が終わったところで沙羅が声を掛けてきた。

「あれ、説教……じゃなくて、説得は終わったのか?」

「うん、でもあんずちゃん……」

「?」

「毛布にくるまって出て来なくなっちゃった」

「ええー……」

 見てみると部屋の隅に毛布の固まりが出来ていた。

「あれが本当の穴熊ですか!?」

「やかましい」

「だから、みりんちゃんとは私が指すから、肇ちゃん……!」

 そう言って沙羅は強い瞳でボクを見る。

「いや、明らかに状況は悪化してるのに、これでお膳立ては済んだみたいなノリでキラーパスされても困るんだが……」

 ボクが言いかけてる間に、沙羅と布留川は駒を並べ始めていた。

 ……ボクも引きこもっていいか?

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