第8話 振り飛車党の穴熊退治 その1

※8話目以降は手の目さん(https://kakuyomu.jp/users/tenome)の文章となります。

一向に更新されない本作に痺れを切らし、自ら続きを書くという強手を放ってくれました。しかも完結まで。


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家庭訪問。誰しも覚えがあるだろう、小学校の担任が各家庭に赴き親御さんと児童の学校生活について話し合う行事だ。

 中高で行われる三者面談と違って大人同士で行われるので児童自身は我関せずとしているうちに通り過ぎている。あんずも、家庭訪問の日にちを決めるプリントを持って帰った覚えはあるが、当日自分が何をしていたのかまるで記憶にない。

 しかし。高校生にもなって、部活動の先輩方が、自分に対して家庭訪問を決行したとあれば、それはきっと忘れない思い出になるのではないだろうか。

 そう。恐怖の記憶として。


「ううううう、来てる。ほんとに来てるよぅ」

 インターホンに備え付けられたカメラが映す映像を見つめながら、白樺あんずは震えていた。終盤戦を戦う羽生善治の右手のように震えていた。

 震えの理由は勝ちを確信したからではない。

 恐怖。彼女はビビっているのだ。

 みりんちゃんはまだしも、大して親しくもない部長と副部長が玄関先にいるのはあんずでなくても怖いだろう。

「どうしてどうして。ちゃんと断ったのに……」

 断ってない。みりんちゃんからのLINEを既読無視をしただけである。

 はっきり断ってしまったら嫌われそうで怖いし。

 でも既読無視されたら普通来ないでしょ?

 ピンポンピンポンピンポンとインターホンが連続で鳴る。みりんちゃんが連打しているのだ。

「何回押すんだよ」

 副部長が常識的なツッコミを入れる。

「たくさん押した方がお得な気分になりませんか?」

 何を言ってるんだこの同級生は。

「これだけ押して出ないってことは留守なのかな?」

 真っ当な推察をするのは部長。そうです。留守です。諦めて帰りましょう。

 ここまであんずは居留守を決断していたわけではなく、出るか出ないか、出るのならなんと言って出るのかと決めかねてウダウダしていただけだったのだが、佐々良先輩の一言はあんずを居留守の方向に後押しした。

「うーん、いるはずなんだけどなぁ」

 ピンポンピンポンピンポン。

 何でそんなに押すのぉ……。

「おい、いい加減に……」

 阿僧祇先輩が止めようとした時、また別の第三者が現れた。


☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖


「お邪魔しまーす!」

 客間に案内されたみりんちゃんは、玄関で靴を脱いだ時に言った言葉をもう一度復唱した。

 玄関だろうがリビングだろうが、今日は両親は留守にしているので家にはあんずしかしない。

 つまり極楽な一日だったはずなのだ。

 それがどうしてこうなった。

 あんずは手に持った宅配物をじっと見つめる。

 通販サイトで注文していたPCゲームの新作である。

 今日、この時間に配達して貰えるよう指定していた。

 午前中だってあんずは在宅していたが、あんずは午前中まるまる寝ているかもしれないので指定時間は午後一時くらいが一番丸いのだ。

 その結果。宅配便が将棋部の家庭訪問とブッキングしてしまった。

 自分が指定した時間に来た宅配便にも居留守を使うような、そんな非人道的な行為をあんずはできない。だってそんなことをしたら宅配便の人に迷惑が掛かる。迷惑客のブラックリストにいれられてしまうかもしれない。怖い。

 小心者は悪いことをするのだってエネルギーがいるのだ。

「え、えっと……どうぞ……」

 案内されるままに先輩達とみりんちゃんがテーブルの周りにそろそろと座る。

 あんずは友人を自宅に招くなんてイベントを経験したことがないので、こういう時どうすればいいか勝手が分からない。

「え、えっと……飲み物を持ってきます……」

 冷蔵庫に何が入っていただろう。カルピスでも出せばいいだろうか。

 今日ここに御厨さんが来ていないのは助かった。

 御厨さんは銀髪ピアスのヤンキーなので、あんずが出したカルピスが薄かったらビンタされてしまうかもしれない。怖い。

「あんずちゃん、ありがとう」と気持ち濃いめに作ったカルピスを受け取った佐々良先輩が丁寧に礼を言う。

 佐々良先輩はとても頭が良い。自分達がインターホンを鳴らした時と宅配便の人が鳴らした時の時間差について何も思わないはずがないのに。そのことについて誰も触れない。

 けれども将棋部のみなさんのこういうところはとても怖いと思うのはあんずだけでしょうか。

「えっと白樺、布留川からのLINEは読んだと思うんだけど……」

 と、阿僧祇先輩が口火を切る。

 LINEは一応読んだけど、パッと見てすぐ閉じてしまったので内容はあまり覚えていない。

「今度、将棋部で大会に出ようっていうことになってだな」

「た、大会ですか!?」

「ああ、大会だ」

「あの血に飢えた人達が命を賭けて潰し合うあの大会ですか!?」

「いつから将棋部の大会は暗黒武闘会になったんだ」

「無理無理無理無理! 無理ですよぅ!」

 大会なんて勝ちに来たガチ勢ばかりなのだ。そんなところにエンジョイ勢未満のあんずが入ったら蹂躙されるに決まっている。無感情にボコられるだけならまだいい(よくない)が、あんずのあまりの不甲斐なさにがっかりされてしまうかもしれない。対局相手に申し訳ない。

 そもそも知らない人と面と向かって座るのが怖い。

 結論。あんずに大会なんてハードルが高すぎる。

「しかしだな……」

 と言葉をつごうとした阿僧祇先輩に「肇ちゃん」と佐々良先輩がそれを止めた。

「私が話していいかな?」

 阿僧祇先輩は何とも微妙な顔をしたが反対する理由も思いつかなかったらしく、小さく頷いた。

「ありがとう」

 佐々良先輩はにこりと微笑むと、あんずに向かって真っ直ぐに向き合った。

 そして、言った。

「正直に言うと、この大会出場は部活動の実績作りのためのもので、それにあんずちゃんを巻き込んでしまうのは申し訳なく思っているの。ごめんなさい。だけど部の存続にはどうしても必要なことだから……。あのね、これはあんずちゃんのためにもなると思うんだ。あんずちゃんが人と接するのがちょっと苦手なのはわかってるつもり。だけどいつまでもそのままっていうのも良くないと思うの。コミュニケーション能力こそが人間の価値だなんて言うつもりはないんだよ? コミュニケーション能力に難があっても立派な仕事をしている人はたくさんいるし、むしろそういうことで弾かれたりしないで本人の能力で評価される社会こそがあるべき姿なのかもしれないよね。でも一方で、現実問題として生きていく上でどうしても必要になることがあるのもまた事実だから。……これは良い機会だと思うんだ。将棋の大会だから集まるのも将棋が好きな人達ばかりでしょう? 共通の趣味を持ってるってだけでも通じやすさが違うし。盤を挟めば言葉がなくてもコミュニケーションが取れるから、そういうところから始めていくのもいいんじゃないかと思うの。あんずちゃんが部活動に積極的に参加したくないっていうのも、それはそれで一つのスタイルだと思う。でも、こうして縁があって同じ将棋部に在籍しているのだから、みんなで目標を持って何かをやりたいっていう気持ちもあるの。もちろんあんずちゃんも含めてね」


うう、長い……。

 長いしなんかコミュ障扱いされる気がするし、それに長い。いや、コミュ障ですけど。

 あんずは話を聞くうちに段々と下がっていって、今は正座中の自分の膝を凝視している視線を、勇気を持って上に向けた。

 佐々良先輩は至極真面目な顔で、誠心誠意自らの思うところをあんずに語っていた。

 まだまだ終わりそうにないなぁ……と、あんずは思ったのだった。




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