第7話 駒組の途中で開戦されるのが振り飛車党

「大会に出たいと思うんだけど、どうかな?」

久しぶりに将棋部室に顔を見せた沙羅は、部員たちの顔を見渡すとそう呼びかけた。ちなみに見渡した顔の数は2。御厨みくりや白樺しらかばは安定の欠席である。

「そりゃ別に反対する理由はねえけど・・・。なんで急に?」

ボクの疑問に答えるように沙羅はカバンから一枚の紙を取り出してボクらに見せる。

「部活動紹介文・・・?なんですか、これ?」

一番上に印字された文字列を音読し、不思議そうな顔を見せる布留川ふるかわ。対してそのA4用紙に見覚えがあったボクは懐かしさを覚えつつ、その用紙について説明する。

「新入生向けの部活紹介パンフレットに載せるヤツだな。これに部活動に関するなんやかんやを書いて新入生にアピールをするわけだ」

基本的には最上級生に渡される代物だが、昨年の時点ですでに最上級生だったボクたちには二度目の邂逅となる馴染み深い書類である。去年もそれなりに頭を悩ませて書いたものだったが、新入部員3人のうち1人は直接勧誘。あとの2人は直接勧誘した新入部員が連れてきたのだから、そのパンフレットの効果については触れない方が良さそうだ。けれどもこれと大会出場に一体どんな関係があるのだろうか?

「今年はね。こんな項目が追加されたの」

沙羅が指で示した先には『主な活動実績』の文字。・・・なるほど。

「これって何を書けば良いんですかね?」

読めば字面で察せるだろうと突っ込んでしまいそうな布留川の質問にも沙羅は丁寧に返答する。

「ほかの部長さんに聞いたりもしたんだけど、大会の実績を記入する部が多いんだって。吹奏楽なら夏の県コンクールで金賞とか、バスケ部なら全国大会出場、とか」

「ほうほう。でしたら将棋部ならば・・・?」

「・・・書くことねえなあ」

まず第一にうちの将棋部はほとんど大会に出てない。布留川のために初心者向け大会に出たことはあったが、こういう場に書ける今年度の出場大会は総文祭の予選くらいだ。それだって男女問わずに棒にも箸にも掛からず予選落ちである。

大会への出場が少ない理由は二つ。幽霊部員が多いからむやみにエントリーしても当日無断欠席した奴の分だけ大会側に迷惑が掛かるのが一つ。そしてもう一つ、こっちの方が理由としては大きいのだが、そもそもボクも沙羅もそこまで大会に出る意欲があまりないのである。強い相手と戦いたい欲ならばボクは沙羅と指せば十分満たされるし、沙羅も全国大会に出場して名を知らしめるみたいな欲や向上心には乏しそうな奴だ。

「そうなの。私たちはこの活動実績に書くことがまだ何もないの」

「むむむ。確かにそれは大変ですね。みんな甲子園出場とか花園とか国立とか書いてる中でウチの部だけ白紙提出なのは格好が付かないです!」

「いやうちの学校ってそんなにスポーツ学校じゃねえぞ・・・。せいぜいベスト8が関の山だって」

「でも格好付かないのは正しいよ?新入生だけじゃなくって先生たちにも・・・ね」

「先生?」

「うん。この紙を渡された時にちょっとね。『去年あれだけ必死に部員を集めたのに、何もやってないとは言わんだろう~?』って」

先生に言われたのであろうちょっとした小言を普段より声を低くしてリピートする沙羅。声色を変えているのは発言者の声真似をしているつもりなのだろうが、誰の真似をしているのかサッパリ分からん。これはボクのせいではなく、おそらく沙羅の真似が絶望的に下手なのだ。だって発言者には心当たりあるもんな。

「でも嫌味を言いたくなる意味は分からんでもねえよ。人数が足りないにも関わらず5月まで廃部にするのを善意で待ってくれてたのに、数合わせで連れてきたのは教員たちと全面戦争してた素行不良女だろ?しかもいまじゃ半分幽霊だ」

「でも!将棋部に入って美冬ちゃんも大分丸くなってますよね?ですから褒められることはあっても、嫌味を言われる理由はないはずではっ!」

・・・年中銀髪で通しているアイツのどこが丸くなってんだ。いや布留川目線だとそうなのかもしれんが。その事実に先生の立場で気付けるかというと非常に微妙だ。というよりたとえ普段の行動が丸くなっていたとして、あの髪型とアクセサリを続ける限り常時マイナス10億点くらいあるからなあ。

「確かに美冬ちゃんのことでアレコレ言いたくなるのは分かるよ?美冬ちゃんが誤解されやすい娘なのも知ってるし。だけど面と向かって言われるとは思ってなかったんだよね。だからそこまで言うならちょっと真面目にやろうかな?って」

「・・・真面目に?」

常日頃を真面目で通している人間が何をって感じだが、沙羅的にその発言は決意表明のつもりなのだろう。続けて違う書類を取り出す。

上部に印字されるのは某新聞のアマ予選の文字列。開幕日は今から2週間後。3月末日という新学期が始まるギリギリ前である。参加者の実力によってランク分けされており、最上ランクの優勝者は全国大会にも出場できるという、まあ極めて一般的なアマ大会予選である。

「この大会で美冬ちゃんが活躍すれば先生たちも見る目が変わるはず?美冬ちゃんはとっても強いから優勝は難しくてもベスト8くらいならなんとかなるはず?」

えへん。と胸を張る沙羅。確かに新年度に切り替わるこのギリギリの時期に、活動実績として記載できそうなアマ予選を見つけてきたことは褒めてやっても良いのかもしれない。だけど。

「いやこれアマ予選だから、籍だけとはいえ現役奨励会員の御厨は出場できなくねえ?」


「・・・・・・・・・・。じゃあ私が頑張る?」


我が部の部長はわりとポンコツである。




☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖

大会!?


佐々良先輩から発せられた予想外なワードに胸がざわつく。頭を占めるのは昨日、夜のファミレスで美冬ちゃんから焚きつけられた青写真。


――将棋を頑張る。頑張って、公式戦で勝って、褒めて貰って、そんで想いの丈をぶつける。


色々な問答の末、私は美冬ちゃん作成の先輩告白フローチャートに乗っかることになったけど。けれどもこの冬の間で進むのは『将棋を頑張る』の部分までだとてっきり思っていた。油断をしていた。だってここ数か月大会なんか出てなかったし。佐々良先輩も先輩も全然そんなつもりはなさそうだったし。


佐々良先輩の白い指が空白部分を示す。思考が別の場所に飛んでいた頭を無理に働かせて、無理に口を動かす。

「これって何を書けば良いんですかね?」

口走った後、即座にしまったと思う。だって書いてある文字を読んだら分かるもん。活動実績なんだから部活動の頑張った結果を書くに決まってる。そんな私の発言を聞いて何か言いたそうな先輩の目が視界に入ったが、優しい佐々良先輩は頭の足りない私にも丁寧な説明をしてくれる。


――ほうほう。つまりはこの場所に何かを書きたいと。それは解答用紙に空欄があるのが嫌でとりあえずなんでも良いからと空白を埋める学生のようで。そんな学生とは最も縁遠そうな佐々良先輩でもそんなことを思うんだなあって少し親近感を覚えたり。


次いで佐々良先輩が取り出したパンフレットに目を通す。開催日は月末。しかもどうやらランク分けがある!これは私にとって大変な朗報で、つまりは棋力が噛み合わない格上の相手と戦わなくて良いってことなのだ。強い人と戦えるのはもちろん貴重なことなんだろうけど、あまりに棋力の開きが大きいとそもそも将棋にならないことも多いし、なにより対局相手に対してもなんだか申し訳ない気持ちになってしまうのだ。

それに強い人ならうちの将棋部に沢山居るしね。というか私より弱い人が居ない。うぅ・・・なんだか言ってて悲しくなってきた。


――んじゃ布留川よろしくな?


そんなネガティブ方面に向かいつつあった私の思考をストップさせたのは先輩の頼み声。

「ほへ?」

・・・一体何をよろしくされたのだろう。パンフの中身を確認した後、すっかり自分の世界に入ってしまっていた私は、先輩が何を私に期待して声を掛けたのかさっぱり分からない。けどこういう時は・・・!

「分かりました!今度の休日は先輩のために空けておきます!」

「何も分かってねえだろお前」

うぐぅ。どさくさに紛れて休日に遊ぶ約束を取り付けちゃおう作戦が・・・。

いやまあこの作戦一度も上手く行ったことないけど。ご飯に行こうと誘えど、遊びにいこうと誘えど、一緒に駅まで帰りましょうってただそれだけのささやかなお願いすらも。先輩は一向に首を縦に振ってくれないのだ。

――ノリが軽過ぎて本気に捉えられてないんすよ。

とは某恋愛指南者の指摘だが、でもでも、本気で誘ってやっぱり断られたらそれはそれで立ち直れないし・・・。


「・・・けどそれも良いかも?」

「ほへ?」

いつも取り付く島もなく流される私の提案に対して首を縦に振ったのは先輩ではなくって意外な人物。


「今度の週末、あんずちゃんの家に遊びに行こうよ?」

佐々良先輩の鶴の一声。その提案を聞いて私はようやく自分が先輩から何を頼まれていたのかを理解する。つまりはあんずちゃんを大会に出場するように誘うことを頼まれていたのだと。


かくして我ら将棋部員は白樺しらかばあんずちゃんの自宅を訪問することとなる。

5人目の幽霊部員を年度末最後の大会へと駆り出すために。




☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖☗☖

「ひえぇえぇぇえぇ・・・」

スマホ画面に表示された文面を読み、あんずは悲鳴にも似た呻き声を漏らす。

祈りにも似た気持ちで何度も読む。けれど内容は変わらない。幾度となく更新を掛ける。けれどその言葉を否定する文章はやって来ない。

「うち、うち、うち?に来るって書いてある?なんで?私悪いことした?うぅうぅ、心あたりしかないぃ・・・」

あんずは知っている。部活の同級生と遊ぶことは一般的な高校生の模範的な休日の過ごし方であることを。だからこのイベントに対して極端に恐れる必要もないことも。

あんずは分かっている。けれどもそれは一般的な高校生に適用される話であって、月イチペースで人が少ない時を狙ってこっそり部室に出没するような、そんな一般から大きく外れた日陰者に対しても同様のイベントとはなり得ないのだと。

きっと怒られる。彼らは部活動をサボり続けるあんずに怒っているのだ。だって3人も一気に来る。部長と副部長とみりんちゃん。


部長は凄く真面目な人で、生徒会とかそういうみんなを纏める系の陽の組織にも属している人で、それでいてあんずみたいな陰の者に対しての気遣いも出来る人で・・・怖い。あんずはあんずよりも出来た人間が怖い。

副部長は凄く優しい人で、すぐ言葉に詰まるあんずともちゃんとお話しをしてくれる人で、たまに部室に来た時にも何も言わずただ受け入れてくれる人で・・・怖い。あんずはあんずみたいな奴に見返りもなく優しさを注げるような人間が怖い。

みりんちゃんは怖い。あんずは明るい人間は無条件で怖い。


「うちに来るなら・・・その日だけおうちから居なくなれば・・・?うん、うん。そう、そうだよね?けど・・・」


「お外は怖いぃぃ」


5人目の将棋部員白樺しらかばあんずは模範的引きこもり少女であった。

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