第8話 振り飛車党の穴熊退治 その3
うう、どうしよう。部長がお話してる途中に毛布に包まって引きこもるなんて絶対失礼だよね……。ちゃんと外に出て話を聞かなきゃ……でも出たら多分怒られるだろうし、やっぱり出られない……。
どうしよう。せめて今スマホを持ってたらソシャゲでもやって時間を潰せたのに……。
「なあ、白樺聞こえるか?」
「ひいん!?」
男の人の声! ってことは副部長!? しかも近い! もしかしてあんずの隣に座ってる!?
「あー、沙羅が悪かったな。あいつも悪気があってやったわけじゃなくて、何というか、いつも真剣なんだよな」
うん。分かります。部長に悪意みたいなのはないし(あんずはそういうのにとても敏感なのだ)、幽霊部員のあんずに怒ってすらいなかった。
ただあんずに大会に来て欲しくて、あんずと一緒に大会に出たくて、言ってくれてるんだってことも、何となく分かる。
ほとんど部活にも来たことのないあんずを、ちゃんと仲間だと思ってくれてたんだなって。だからわざわざ休日の時間を割いてあんずとお話をしに来たんだ。
だからあんずは……。
そういう陽の者の思考回路が怖いんですぅ!
意味が分からない、理解出来ないものが怖いのは人類の性だ。
あんずなんか構う意味も、あんずを怒らない心の広さも、どれもあんずには理解出来ない。
それに話が長い。無理無理、無~理~だからもうあんずのことは放っておいて、あんずはこのまま毛布の中で貝になります。
そんなことを頭の中でグルグルと考えていたけれど、声帯は一切動かさなかったので阿僧祇副部長の声かけに返事すらしてない私。もうおしまいだ。
「▲7六歩」
その時、毛布の向こうから謎の符丁が聞こえた。
符丁っていうか、符号だ。将棋の。
「白樺、お前の手番だぞ」
え? え? 何か始まってるの? 怖いんですけど!
「は、△8四歩?」
返事しちゃった……。まずいよそんなことをしたら……。
「▲6八銀」
ほらあ!
「さ、△3四歩」「▲7七銀」「△6二銀」「▲2六歩」「△4二銀」「▲5八金右」「△3二金」「▲4八銀」「△7四歩」「▲5六歩」「△4一玉……」
うう、何で何で? どうして目隠し将棋が始まっているの?
どうしようどうしよう。このままじゃ……。
「▲7八金」
「え、えっと……」
もう局面が分からなくなってきた。矢倉の定跡形だし、ある程度決まった形ではあるんだけど人によって指す順番が微妙に違う。あんずに脳内盤なんてものはないので、この時点で全てがモヤモヤしている。
▲6六歩は入ってるんだっけ? そもそも後手の角はまだ居角だったっけ? △7四歩は指したよね? うう、本当に訳が分からなくなった。
でも勘で適当な符号を言って既に指した手だったり指せない手だったりしたら……。
「分からないなら盤に並べるか?」
え?
「おい布留川、将棋盤貸してくれ」
「はーい!」
副部長の声とみりんちゃんの声。
でも、みりんちゃんは今、部長と指してるんだよね?
その将棋盤をあんずと副部長に貸してしまったら、対局の途中で将棋を崩してしまうことになっちゃうんじゃ……。
「ちょっと待って!」
毛布から飛び出すと、マグネットの将棋盤を両手に持ったみりんちゃんの姿が視界に飛び込んできた。
そしてその奥に、視線を下ろして局面を見つめる佐々良部長の姿。
「二つ、持ってきてたんだね……」
「うん! 四人いるからね!」
「……将棋盤なら持ってるから、大丈夫だよ」
すぐそこの棚の中に入っている。そんな高いものじゃないけど。千円いくらの折りたたみ式のやつだけど。
盤を開いて駒をこぼすと、阿僧祇副部長は先程の続きの局面を作った。
あんずはそれを見て思わず脱力した。
「やっぱり△5八金で良かったんだ……」
「なあ白樺、大会出てみないか?」
「ひぃん! どうしてそうなるんですか!? 私なんかにそんな資格ないですよぅ……」
「資格っていうのが何をさすのかボクにはよく分からないんだけど、白樺にはそれがないのか?」
「だって、私は部活に全然参加してないですし、将棋だって弱くて……」
「でも白樺も、入部した時は布留川と同じで将棋のルールも知らなかったよな? それが今だと矢倉の定跡を何となくでも覚えてる。それに参加してないって言っても、ボクらがいる時にいないだけで、部室に顔は出してるよな? 部室にある居飛車の本を時々借りて帰ってるのって、白樺だろ?」
みりんちゃんが「え? そうだったんですか!?」と驚きの声を上げる。
「何だと思ってんだ?」
「てっきり幽霊の仕業かと!」
「間違ってはないけどな!」
そっか。副部長は気づいてたんだ。
あんずがずっと、将棋の勉強してたこと……。
「怖いいいいいいいいいい!」
「……!?」
なんで会ってもいないあんずのことをそんなに見透かしてるんですか!? 素で怖い! 間違いなく今日一番の恐怖!
逃げ出したい! 何もかも放り投げて自分の部屋に引きこもりたい!
だけど。
「うん」
私は△5八金を指した。阿僧祇副部長は▲7九角を指して、△3三銀、▲6六歩、△3一角……それから色々あって、あんずは負けた。
初めて誰かと面と向かって指した将棋は、とても怖くて、震えるくらい緊張して、身体の芯から熱くなって、自分が自分じゃないみたいだった。
だからあんずはおかしくなってしまったのだ。
「大会出てみないか? みんなと一緒に」
っていう阿僧祇先輩の問いかけに。
「……はい」
と、答えてしまったのだから。
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