第11話:ドラゴンの尾を踏みつける

 とある王国に仲睦まじい王様と王妃様がいました。

 美しい王妃様は花のように愛らしいお姫様を生むのと引き換えに天に召されてしまいました。

 王妃様を愛していた王様は悲しみました。悲しみましたが、お姫様を立派に育てる事を王妃様を約束していましたので、泣いてばかりはいられません。良き王として国を治めていきました。

 お姫様は大切に育てられ、たいそうな美人に育ちました。


 そのお姫様がわたくし、エリーザベト・プリルヴィッツでっす! 今日も元気に生きてます!

 お母様を失って気落ちしていたお父様でしたが、私が八歳の時に新しい妃を娶りました。そしてその一年後にお義母様は元気な男子を出産。

 弟は将来王位につくことが決まっています。私は王権に興味がないので権利を放棄させてもらいました。


「お、おはようございます、姫様……」

「おはよう! 今日もいい朝ね! 生きてるってすばらしいわ!」

「そ、そうですね……あはは………」


 わたくしは侍女達に衛兵を呼んでもらって、床に転がしておいた暗殺者を引き渡した。


「おはようございます、お父さま、お義母様、ヴィリー」

「おはようエリー」

「おはようございます、姉上」

「おはよう、エリー。今日も元気そうでなによりだわ」

「お義母様、昨日も暗殺者を差し向けてくださってどうもありがとう! おかげでわたくし、朝から良い運動になりましたわお腹がぺこぺこです、おかわりお願いしますね!

 でもわたくし王位にはまったくこれっぽちも全然興味が無いと言い続けていますのにいつになったら信じて下さるのですか? おかげで心身共に鍛えられて最近では猛毒にも耐性が付いてきてしまいましたわお義母様!」

「なっ! ワタクシが貴女に暗殺者を送り込むだなんて、そんな事、する訳がないでしょう! わ、わたくし部屋に戻りますわ、もう食事はいりません!」


 お義母様の目は泳ぎ、脂汗が滝のように吹き出していた。相も変わらず嘘の下手くそなお義母様、かわいい。


「いけませんわ、お義母様。食事は身体の資本。前王妃も無理な減量をし続けたせいで出産時にお亡くなりになったんですもの、きちんとお食べになって? 今日のデザートはお義母様の好きなりんごのコンポートでしてよ」

「いりません! 行きますよヴィリー!」


 お義母様は立ち上がり、弟のヴィリーにも席を立つよう促すがそれはいただけない。


「お義母様、ヴィリーは育ちざかりなのですから食事を中断させてはかわいそうですわ。子どもはよく食べて、よく寝て、よく運動するのが一番ですもの。寂しいかもしれませんけれど、戻るのならお一人でどうぞ。

 大丈夫です、わたくしの皿と違ってヴィリーの皿に毒は入っていませんわ」

「きいいいいいいいいっ!!!」


 お義母様は甲高い声で叫んで、食堂を出て行ってしまった。

 お母様は自分の美しさが損なわれるのが怖くて無理な食事制限を続けたせいで体が弱っていたところに出産で止めを刺されてしまったようだけれど、お義母様は無理な減量をするでもなく、いつでもころんと張りのある肌を維持しているのでそんな心配はいらないだろう。ドスドスと自室に帰っていく背中は頼もしくすらある。

 うんうん。今日も健康的で何よりですわ、お義母様。


「あの、姉上……」

「安心してヴィリー。あなたはお義母様ではないし、お義母様もあなたではないのだから気にしなくていいのよ。今日もちゃんと食べましょうね」

「はい姉上!」


 うんうん。子どもは元気が一番よね。そうそう、お母さまの軽食は多めにしてもらわなくっちゃ。いつもの三分の一も食べてないのだもの。


「エリー、今日も元気そうで何よりだよ」

「ええ、本当に。生きて今日を迎えられて良かったですわ」


 お義母様は長子の私に王位が譲られるのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまっている。そういう風に、周りに言われている。そう思われるように、仕向けている。

 初めて命を狙われた十歳の誕生日。あの日私がきちんと死んでいればお義母様もこんな茶番をしなくても済んだのだろうけれど。


「丈夫に産んでくださったお母さまに感謝ですね」

「うむ。そうだなあ。アライダは身体が弱かったが……」


 しゅんと肩を落としたお父様は放っておいて私とヴィリーはもりもりと朝食を平らげた。


「それではヴィリー、またあとで」

「はいっ」


 朝食後は各々習い事がある。ヴィリーは行儀作法。私は宮廷においてのあれこれだ。


「あらおはよう。今日もいい天気ね」

「あ、はい……」


 窓の近くを歩いていると矢が飛んできたのでそれを掴んでお返しする。短い悲鳴と木の上からの落下音で命中したことを知る。

 まとわりつく嫌な臭いで神殿の手の者であるとすぐにわかった。だからお義母様の雇った者達とは違って容赦はしない。死体にして返してやる。拷問して依頼者の名を吐かせたとしても、神殿は知らぬ存ぜぬをくり返すだけだもの。


「申し訳ないけれど、回収と後処理をお願いしますね」

「あ、はい……」


 近衛兵も毎日たいへんだ。そうだ、そろそろお義母様に予算の無駄遣いをしないように言っておかないと。今月はもう先月分使ってますものね。それなのに質は上がっていないのだから詐欺にあってるかもしれないわ。

 ひそひそと声が聞こえる。


「本当に姫なのかしら」

「暗殺者を一人で撃退したぞ」

「人間業じゃない」

「お妃さまの腹を破って産まれてきたらしい」

「呪われている」

「魔物の子では」

「悪魔だ」


 わたくしは本当に国王夫妻の子どもかどうか疑われている。

 人間ではなく、魔物か悪魔の子ではないかと。

 わたくし自身も自信がなかった。だって、この国のだれよりも魔力が多い。何をやっても器用にこなせた。毒だって効きにくい。

 そんな化物じみた人間がいるだろうか?

 弟が生まれた時に神殿が王位を継承する資格なし、とわたくしを呪われた子どもとして断定したのも仕方がない事だ。

 我が国最大の信徒数を誇る国教の教皇達けんりょくしゃに父が主だって逆らう事が出来ないのも仕方のなかった事だ。

 けれどお義母様は違った。わざわざ誕生日パーティーという目立つ場面でわたくしの命を狙った。

 慣れない手つきで、ナイフを振り上げて、わたくしの命を狙った。生粋のお嬢様であったお義母様がわたくしの命を奪える訳もないのに。

 案の定ナイフは私の命を奪うことなく。腕にかすってわずかに血が滲んだだけだった。お義母様は狂ったように声をあげた。


「こんな子どもが悪魔であるものか! 見なさい! 血が流れたわ! 赤い血が! 悪魔が血など流すものか! この娘は私が殺す! 殺して私の息子を王位につけるのよ!」


 哄笑を上げるお義母様を前にわたくしは声を上げて泣いた。神殿のお偉方には、気の狂った義母に襲われ、恐怖で泣き叫ぶ子どもに見えた事だろう。

 それのおかげでわたくしは悪魔の子と断定されずに済んだ。

 けれど、わたくしはお義母様が怖くて泣いていたのではない。わたくしは嬉しくて泣いていたのだ。

 物心つく前から母はなく、父は私に母の面影を見出してはいつも寂しそうだった。

 膨大な魔力量の暴走を恐れ、人とは気軽に付き合えず、友達はもちろんできなかったし、侍女や侍従達でさえ定期的に変わり、顔見知りさえいなかった。

 お義母様だけはわたくしわたくしとして接してくださった。どれだけ感謝してもしたりない。

 今だって絶えずわたくしの命を狙うことでわたくしを継母にいじめられるかわいそうなお姫様、というふうに見えるようしてくれている。暗殺者を送り込むのはわたくしが暗殺者ごときに殺されるはずがないと信じてくださっているから。自分ですら信じられないこの身を。

 わたくしが頑丈すぎるせいでちょっぴりその狙いは外れてしまっているのだけれど。最近は暗殺者に手傷を負わせられる事もなくなって、自分の血の色も忘れてしまいそう。

 どうしましょう。このままではわたくしは元通り悪魔か魔物の子どもとして、お義母様は気の狂った女王として、神殿に謂れのない罪を塗りたくられて火炙りにでもなってしまうかもしれない。

 なにかいい考えはないかしら……。


「どうしましょう、お義母様」

「帰って、エリーザベト」

「お義母様まで神殿に目を付けられてしまうのは我慢なりませんもの」

「今貴女を呪っている最中だから部屋から出て行きなさい、エリーザベト」

「もう、お義母様ったら。そんなおまじないの本でわたくしが体調を崩す訳ないじゃないですか」


 お義母様の手にはポップな書体で『これであなたも一流魔術師!~素敵な魔術ライフ~』と書かれた魔術書もどきが握られている。

 お義母様、いくらわたくしが人間だと証明したいからって、それは怪しすぎでは?

 呪われたところで衰弱はおろか風邪すらひかないのですけれど。


「帰りなさい、エリーザベト。

 ……どこで誰が聞いているのかもわからないのに」

「大丈夫ですよ、お義母様。最近は魔獣や魔物退治に忙しいそうで、神殿の間者はいませんよ」


 お義母様は俯いてしまった。

 ああ、お義母様を悲しませたい訳ではないのです。

 これもそれもあれも全部神殿のせい。これはもう教会を灰燼と化すしかないのでは? 一考の価値あり、ですね。


「お義母様、もうわたくしのために無駄な出費をするのはおやめくださいな。お義母様のために使ってください。もう何年も新しいネックレスもイヤリングも買っていらっしゃらないでしょう?」

「無駄なんかじゃ、ないわ」


 顔を上げたお義母様の瞳はゆらゆらと水の膜が張っていた。いつか見た、夜の湖面のようにうつくしかった。


「貴女はただ少し魔力の量が多くて、人よりほんの少し体が丈夫で、なんでもできるように努力のできる、すごい子だわ。悪魔の子でも、魔物の子でもない。正真正銘、陛下とアライダ様の御子だわ。

 貴女はアライダ様にそっくりで、瞳の色は陛下の色を受け継いでいるじゃない。どうして悪魔の子だなんて言われなくてはならないの」

「お義母様、仕方のないことなのですわ。人は自分と違うものを恐れるものです。理解の及ばない事象を遠ざけたいものです」

「仕方なくなんかないでしょう。貴女はやさしすぎるのよ」

「それはお義母様のほうだと思うのですけれど……」

「ごめんなさい。神殿の言いなりになるしかない、力のない母親で」

「いいんです、お義母様。お義母様にそう言っていただけるだけで、わたくしはじゅうぶんに幸せです。

 ふふ、お父様の見る目はばっちりですわね。こんな素敵な女性ひとを妻にしたのですから」

「エリーザベト……」

「それはそれとして神殿には腸が煮えくり返っておりますが」

「本当に、それ。どうしてあんな連中が権力を欲しいままにしてるのかしらね?」

「まったくです」


 理由はわかっている。

 なんでも建国に際して大いに初代王の助けになったから、初代王がいろいろと特権を与え、それが今の神殿を作ってしまったのだ。

 はあ。この前もSランク冒険者ミコトに高圧的な態度を取り続けていたせいで隣国に引っ越されてしまったし。害悪すぎでは?

 ミコトと話しをするのは楽しかっただけに残念だ。


「考えたのですけれど」

「なに?」

「もう我慢するのをやめクーデターでも起こしませんか?」

「エリーザベト! なんてことを言うの!」


 お義母様が叫ぶ。

 うう、ダメでしたか……?


「名案ね! どうしてもっとはやく思い付かなかったのかしら! 貴女を傷付けるより断然そっちのほうがいいに決まってるわ!」

「お義母様! さっそくミコトに連絡を取ってみますね!」

「ええ、Sランク冒険者が味方についてくれるならハリボテ神殿なんてイチコロね!」

「お父様とヴィリーにもお話ししましょう!」

「ええ! 今日の晩餐が楽しみだわ!」


 うふふ。

 神殿あなたたちが悪魔の力だの魔物の化身だのと言ったわたくしの全力を解放したいと思います。

 覚悟なさって?

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