第10話

 わたしは魔術による筋力強化で一昼夜くらいなら寝ずに走り続けることができる。速度はおそらく新幹線よりも遅いくらいだろうか。動きの遅いドラゴンの背後を余裕で取れるていどである。

 世の冒険者にはもっと素早い者もいるので、この異世界は広い。

 陽が落ち切る前にメルーベの王都についたわたしは襤褸切れ同然になったエイゾル教徒を石畳に投げ出した。

 ふだん神の御威光がナンタラカンタラとか言ってえらぶってるんだから、その御威光とやらで自分の身を守ればよかったのに。神殿前に捨ておいときゃいいだろ。

 今日はもう遅いからエリちゃんに会いに行くのは明日にしよう。


「バルおじさーん、こんばんわー」

「! ミコトちゃん!」


 久しぶりの冒険者ギルドはひと気がなかった。やつれたギルド長がそれでも笑顔で迎えてくれた。


「大丈夫? またやせた?」

「うん、まあね……。ミコトちゃんは元気そうでなによりだよ。カミラさんは元気かい?」

「うん。元気だよ。なんと彼氏(仮)ができたよ」

「そりゃいい。よかったなあ」


 おじさんの大きな手がぐしゃぐしゃとわたしの頭をかきまぜた。


「会えたのは嬉しいけど、今日はまたどうしてこっちに来たんだ? 俺はもう会えないもんだとばかり」

「うん、エリちゃんにお呼ばれして」


 エリちゃんの名前を出したとたん、おじさんの顔がこわばった。


「それ、ここで話してもいいやつかい?」

「うーん。大丈夫なんじゃない? スパイも盗聴魔道具もないし?」

「それならいいけど。エリーザベト王女殿下はなんて?」

「うんとね、お義母さんいぢめにブチ切れたから怒るの手伝って、って。たぶんだけど」


 エリちゃんの手紙をおじさんに見せる。左右に忙しく動くおじさんの目がおもしろい。

 手紙を読み終わったおじさんはカウンターにへなへなと倒れ込んだ。


「どうせならミコトちゃんが出て行く前に決断していただきたかった……。俺の今までの苦労……」


 おじさんは十分がんばったよ、と頭を撫でておいた。


「はあ……。戦力はミコトちゃんと殿下がいればおつりがくるくらいだけど、なにか協力できることはあるかい?」

「とりあえず今日の宿を紹介してください。あとお腹が減ったので夕飯を食べに行きましょう」

「ああ、いいね。ミコトちゃんと食事とか久しぶりだなあ」


 職員がひとりもいなくてがらんとしたギルドを出る。おじさんはしっかりと戸締りをしたあと閉館の札をかけた。


「迷惑かけちゃったおわびにおごるよ、おじさん。好きなもの頼んで。ドラゴンステーキでもいいよ」

「ハハ……。ありがたいけど、ミコトちゃんが出てってから久しくドラゴン肉の入荷はないなあ。それにこれでも俺はギルド長だからね。年下の子どもに払わせるほど甲斐性なしじゃないぞ。『炎雷の黒豹』に奢った、なんて自慢ができるなんて名誉なことさ」

「それじゃ、お言葉に甘えて。ごちそうになります」

「うん、そうしなさい」


 おじさんはわたしがペーペーの冒険者をやっていたころから良くしてくれた。冒険者のイロハを教えてもらったし、よくご飯もごちそうしてもらった。大怪我をしたときも出世払いでいいからって値の張る薬をくれたり。

 そんなやさしい人だから、人のいなくなったギルドでも踏ん張っちゃって胃を痛めるんだよ。

 エイゾル教をぶっ潰せば少しはおじさんの心労も減るから明日からがんばるぞー!


「せっかくここまで来たんだから、久しぶりに“謡う水精”の海鮮スープが飲みたいなー」

「ああ、夜逃げしちゃったね。魚が値上がりしたし、税金の取り立てが厳しくて」

「“小人の金槌”の金槌ステーキ……」

「エイゾル教徒にいちゃもんつけられた挙句に店を閉めちゃったねえ」

「“黄金の小麦”の木の実パン……」

「ミコトちゃんが出てった翌日にニュシェム国に旅立ったねえ」

「Oh……」


 なんてこったい。美味しい馴染みの店が軒並みなくなってるなんて。これじゃ美味しい夕飯にありつけない。こんなことが許されていいのか。否、いいわけない。

 それもこれも全部エイゾル教のせい。明日は念入りに磨り潰そう。そうしよう。


「“赤鬼の酒樽”はまだやってるから。落ち着いて、ね?」

「おじさん。先に行っててください。ちょっとドラゴン狩ってくるんで」

「ウン……。いってらっしゃい。気を付けるんだよ」

「うん。いってきます」


 わたしは思いきり石畳を蹴って王都の外に飛び出した。石畳がどうなったってしるもんか。

 ニュシェムからの道中で出くわした魔獣達を狩ってマジックバックに収めておくんだった、とわたしは牙をむいて飛び掛かってきたヴァラヴォルフのどてっ腹に大穴を開けた。

 まずいくせに出てくるんじゃないっ!

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