第9話

「おかあさん」

「ミィちゃん、おかえりなさい」

「ただいま、おかあさん」


 おかあさんのお仕事がお休みなのに、おかあさんの手料理が食べられるなんて、今日はなんて良い日だ!

 くんくん。この匂いはハニージンジャーチキンとみた! サンドイッチかなあ、わくわく。


「久しいなカミラ!」


 わたしの口はすでにハニージンジャーチキンになっていたのに、空気読まねえエイゾル教徒がおかあさんに声をかけやがった。

 やつは喜色満面といったふうにおかあさんと距離をつめる。

 おまえの胴を切り落として身長をつめてやろうか。

 腰の剣に手をかけたら丸メガネたちからストップがかかった。両手で大きなばってんを作って首を真横にふりまくる。ギルドの床を血の海にするのはダメか。

 おかあさんは困ったような顔でエイゾル教徒を見た。エイゾル教徒はそんなおかあさんの表情にかまいもせずに話しかける。


「私だ、アルフォンスだ。覚えているだろう?」

「ええと……」

「今、君の養女むすめのミコトに国へ一緒に戻ろうと提案していたところなんだ」

「あの……」

「君からも養女ミコトを説得してくれ。君だって私と一緒に暮らしたいだろう?」


 かってなことばかりいうエイゾル教徒を殴り飛ばさなかったわたし、えらいなあ。


「ミコトさん、抑えてください!」

「ミコトの姐さん、落ち着いてぇ!」

「今殴ったらカミラさんにも返り血がついちゃいますよう!」


 わたしが飛び出さないように押さえてたみんさんもえらいよ。みんな違ってみんなえらい。

 それはそれとしてあいつは殴らせてほしい。顔の原型がわからなくていどでいいから。


「どうしたんだ、カミラ。君はあいかわらず鈍間だおっとりしているなあ」


 ころす。あいつころす。

 おかあさんはひたすらに戸惑った表情をしていた。


「あの……どちらさまでしょうか」

「は?」


 エイゾル教徒は間の抜けた声を上げた。鳩が豆鉄砲を食ったような、とはああいうのを言うんだろうな。


「な、なにを言うんだ、カミラ。私達は愛し合った仲ではないか」


 こいつの歯という歯をぜんぶぶち追ってやりたい。

 おかあさんはやっぱり困ったように首を少しばかり傾けた。


「メルーベ国にいましたおり、エイゾル教に帰属しておりましたが、司教様とお目通りしたことは神に誓って一度もありません。他のカミラ様とお間違えなのではないでしょうか」

「……っ」


 ほうほう。つまりこいつはおかあさんの知り合いでもなんでもない、と。真実はどうあれ、おかあさんが知らないと言っている。


「すみません、みなさん。放してください。落ち着きましたので」

「殺しちゃだめですよ」

「はいはい『善処します』」

「異界語で返事をするのはやめてください」

「いってきまーす」

「あああ……」


 茫然としているエイゾル教徒に近付く。おお、顔が青い。まるで死人のようだ。


「おかあさんが知らないと言っているのでお引き取りください」

「いや、私は私は本当にカミラと……!」

「おかあさんになれなれしいぞクソヤロウ」


 おかあさんの名前を軽々しく口にするな。


「ミコトさん、たぶん本音と建前が逆です」

「大丈夫、どっちも本音です」

「大丈夫じゃないです」


 ギルドの床板に沈めたエイゾル教徒を引きずり外に出す。

 このままここに転がしておくと迷惑にしかならないのでメルーベ国に送り返さないといけないんだけど、さてどうしよう。

 できればメルーベ国には足を踏み入れたくない。おかあさんのそばをはなれたくない。


「あ、ミコトさんちょうどよかった。郵便です」

「どーもどーも、お疲れさまです」


 郵便屋さんから受け取った手紙を開封して中身を見る。このきれいな文字、やさしい単語ばかりの手紙はエリちゃんからだ……!

 たぶんお義母かあさんといっしょにエイゾル教にいじめられすぎてプッツンしたから怒るの手伝って☆ という内容だと思う。たぶん。

 前からエイゾル教にうっぷん溜めてたもんなあ、エリちゃん。エリちゃんはメルーベ国にいたときの茶飲み友達だから手伝いたい。黙って出てきちゃったし、悪いとは思ってたんだ。

 よし、エリちゃんのお手伝いがてらこのオッサンを届けに行ってくるか。


「ミコトさん、(あなたの精神状態は)大丈夫ですか」

「大丈夫、(オッサンは)生きてますよ」

「そうですか」


 ギルドの外までやってきた丸メガネが胸をなでおろす。ちょうどいいや。


「友だちに誘われたのでちょっとメルーベに行ってきます。ついでにオッサンを捨ておいてきます。おかあさんに言っておいてください」

「それは構いませんが、カミラさんに直接言わなくていいんですか?」

「うん」


 丸メガネの疑問ももっともだ。

 わたしはおかあさんがいるときは必ずおかあさんに行ってきますを言っていた。

 しかし今はオッサンの目が覚める前にメルーベ国に行かねばならない。オッサンの目が覚めてまたおかあさんを嘲る言葉を吐かれでもしたらうっかり血の海にご案内しかねない。

 おかあさんの言いつけを守るわたしはえらい子なので、むやみに人を傷付けたりはしないのだ。


「それじゃ行ってきます。おかあさんいよろしくおねがいします」

「はい、いってらっしゃいミコトさん」

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