第3話

 メルーベとの国境近くから王都ルートルヴォへ到着して、さっそく冒険者ギルドへ顔を出すことにした。

 王都ここに来るまではとても快適な旅路だった。

 街道は整備されていて通りやすかったし、立ちよった町の住人はおおむね親切だったし、盗賊にも遭遇しなかったし。本当に移住先をニュシェムにしてよかった。

 おかあさんはお金をつんで王都一だという高級宿にお留守番をしてもらった。冒険者ギルドは荒くれものが集まるロクでもない場所だからね!

 ……と思っていたんだけれど、ここのギルドはとてもおだやかな空気に満ち溢れていた。あるえ?

 受付にギルドカードを出すと、事前に連絡があったらしく、国境のように大騒ぎをされることはなかった。


「メルーベ国のギルドから出動要請があった場合はどうしますか?」

「内容を聞いてから受けるかどうかを決めたいので、知らせてください」

「了解しました」

「あとは私のおかあさんの就職先を探してるんですけど、近くで料理人の募集してるお店はありますか?」

「そうですね……」


 新しくニュシェム国のギルド印が刻印されたギルドカードをしまいこむと、周囲にいた冒険者たちに取り囲まれた。

 お? る気か? と構えようとして、獣人が多く目についた。この国では獣人も堂々と冒険者をやれるらしい。


「なあ、アンタ……いや、あなたは『炎雷の黒豹』だろ……?!」

「ヤベー! Sランクの冒険者とか初めて見ちゃったよ! マジで黄金のギルドカードなんだな!」

「こんな若くてきれいでSランク……! すげー!」

「あっ、握手、握手してくださいっ!」

「サインお願いします! 家宝にしますんで!」


 怒涛の勢いに押され呆気に取られていると、見かねたギルドの職員が助け舟を出してくれた。


「ハイハイ、皆さん落ち着いてください。Sランク冒険者が珍しいのはわかりますが、ミコトさんが困っていらっしゃいますよ。並んで並んで! 一人ずつ簡潔に、三十秒交代ですよ!」


 ぜんぜん助け船じゃなかった。その丸メガネかち割るぞ。

 一時間ほどをかけて、並んだ冒険者の質問に答えたり、握手したり、サインしたりがようやく終わった。ナニコレしんどい。

 これなら竜にソロで挑んだほうがまだマシかもしれない。

 休憩スペースでぐったりしていると、さっきの丸メガネがお茶を出してきた。おいしい。


「お疲れ様です。ありがとうございました。おかげで皆さん満足して依頼に出かけてくれましたよ」

「……イイエソレデモ。今後はやめてください」


 あんなのはそう何回もやりたいもんじゃない。一円ならぬ一ランデにもならないし。


「そうですね。今日だけでも皆さんだいぶ満足したでしょうし、しばらくは大丈夫だと思いますよ」


 しばらく? こいつまたやらせる気か。


「そんな怖い顔しないでください。かわいい顔が台無しですよ。いえ、どんな顔でもあなたは素敵ですが。

 Sランク冒険者はしばらく出ていなかったものですから、皆さんあなたに憧れているんですよ。メルーベ国で認定されたとなるとその力量はすさまじいものだろう、と」

「依頼を達成し続けていればなれます。たいしたことじゃありません」

「……そうですか。本当にすごい人ですね、あなたは」


 丸メガネは驚いたように目を開いて、それから笑った。

 本当にたいしたことじゃない。

 どんな依頼でも達成すればこっちの勝ちだ。

 ギルマスを困らせるためだけにクソ依頼をしてきたクソ神殿の依頼主に魔物とうばつあかしを直接届けてなげつけてやったらお得意の手のひらクルーでSランクに認定してきたからな。


「ご依頼の毒竜の討伐が完了しましたのでその証拠を持ってきましたー」

「ぎゃあああっ! た、たすけ……」

「大司教様のおっしゃっていたとおり異常繁殖しておりましてー。ほーらこんなにいっぱい」

「ひいいいいい! 衣がっ衣がとけ……っ!」

「大司教様がご依頼くださったおかげで毒竜の毒が大量に取れましたのでー、冒険者ギルドの装備が充実しましたー。ありがとうございますー」

「や、やめろ! たのむっ、やめてくれ! Sランクにしてやるから! やめてくれ!」


 生首ごときにそんな怯えなくても。言っておくがその魔物より討伐がむずかしかった魔物は山といたぞ。

 本来なら神殿からの許可なんていらないのに、Sランクへの昇級申請が却下されるたびにギルマスに謝られたっけ。

 別にいいのに。Aランクだってじゅうぶん依頼料金は高かったし。神殿は絶許だけれど。


「お母さまの就職先を探していらっしゃるとのことですが、当ギルドの食堂で助手をしていただくのはいかがでしょうか。ご夫婦で切り盛りされていたのですが、奥様がご懐妊されまして」

「ごかいにん……。にんぷさん……。おかあさん……」

「料金は一時間千五百ランデ、週に三回、三時間からというのはどうでしょう。もちろん有休も取れます」

「おめでたいですね。おめでとうございます。どうぞご祝儀です」


 ちゃりんちゃりんと金貨をテーブルの上に積んだら丸メガネが取り乱した。


「いえっ、お気持ちだけで十分ですので!」

「おかあさんはとてもたいへんなので、これくらいのご祝儀はあってしかるべきです。あとおかあさんに職を紹介してくれたお礼もかねているのでお気になさらず。奥さまにはごむりをなさらないようお伝えください」

「ありがとうございます。よろしければ直にお伝えしていただけませんか? そのほうが本人も喜ぶでしょうし」

「わかりました」


 お祝いを伝えたら食堂のおかあさんとだんなさんにとても感謝された。

 仕事のほうは明日にでもおかあさんに職場を見て決めてもらうことにした。


「いろいろありがとうございました」

「いえいえ、こちらこそありがとうございました。ああ、依頼は受けていかれますか?」

「はい」


 依頼板に張ってある紙から一枚を選ぶ。なんでもいいから一件以上を達成しないとランクを上げられないと言われた。

 しかしめんどくさいからといって達成が容易な低ランクの仕事を受けてしまうと高ランクの仕事を受けられない新人や下位冒険者の仕事を取ってしまうので竜の卵の捕獲にした。

 竜の卵の捕獲の適正ランクはソロのBか二組以上のCの仕事だけれど、不当に降格された元Sランクということで許可が出た。

 生活費はまだ余裕があるけれど、依頼はきっちりこなさなくては。

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