第19話~アドニ~
丘の上。王都を一望できる場所に、ボクたちは立っていた。
赤い屋根が連なる古い古都。その中心には川が流れている。
そのぐねぐねと蛇行する川の傍に竜の城は建っていた。ぐるりと外周を囲う茶色の城壁。その壁の中には、美しく整えられた庭と塔のような城が遠くからでもはっきりと確認できた。
あそこに、今、レナがいる。
逸る気持ちを抑え、王都に向かって草原を進む。
本当は飛んでいきたいところだが、敵に気取られずに潜入するには歩くしかない。
暑い日差しに、じりじりと肌が焼け、滝のように汗が流れた。ジユルは色素が薄く、太陽がひどく眩しく感じるようで、帽子を目深にかぶっている。
風が吹く。肌に張り付いた髪が風を含んで揺れる。
もうすぐ殺し合いが始まるとは思えないほど、長閑な景色だ。日差しの熱さ、風の心地良さ、すべてが不思議と気持ちを落ち着かせた。
これから待ち構える未来は容易に想像できる。
だけど、この世界では、想像を遥かに超えることが起こる。どんなことが起きようとも、ボクがするべきことは一つだけだ。
レナを救う。例え、誰を切り捨てようとも。
王都は、いつも通り活気に満ちていた。
レンガ造の家々が密集する大通りには、露店が立ち並び、通りを賑わせている。
賑やかな様子に、懐かしい思い出がいくつも蘇ってきた。実は、何度かアドニと共に菓子を買いに来たことがある。色々と買い与えてくれて、困惑したことをよく覚えている。なぜ、こんなによくしてくれるのか理解できなかったが、今なら何となく分かる。ボクがあまりに物を知らない子どもだったから、色々教えたくなったのだろう。
甘い、辛い、苦い、温かい、冷たい。
世界には、たくさんの感覚があるのだと教えてくれた。それだけじゃない。心の奥底にある大切な感情を、ボクにくれた。
難しいのは分かっている。それでも、アドニにお礼がしたい。どうしても、その思いを消すことができなかった。
角を曲がると、通りの先に城が見えた。
相変わらず、立派な城壁だ。大きな鉄の扉。その扉には竜のエンブレムが太陽の光に照らされて、金色に輝いている。
黄金の竜と目が合う。その瞬間、血が沸き立つような感覚に襲われた。以前、竜に『我が一族にあだなす少年よ』と言われた時の感覚に似ているが、その時よりもずっと激しい。
―ついに、この時が来た。
誰かの声がする。それは頭の中でうるさく響いた。
―我が一族、千年の悲願。竜を殺すために生まれた我らの役目を果たす時だ。
これは、きっとボクの祖先が残したメッセージ。
―さあ、お前の命をかけて、竜を殺せ。
言われなくても、そのつもりだ。
その声に答えるように、ぎゅっと腰の刀を握り締める。
一族の悲願など、どうでもいい。ボクの願いは、レナを救うこと。そして、できるなら、ヤレンの願いをかなえたい。あの王を血まみれにして、命乞いをさせる。そして…アドニを救う。
ボクができることは限られている。でも、今はジユルもいる。決して一人では成し遂げられないことでも、二人でならきっと叶う。
覚悟を決めて、一歩踏み出した瞬間、どんっと空気を震わせるような地響きが響いた。とっさに腕で顔を覆い、衝撃をやりすごす。
顔を上げると、竜の城から黒々とした煙が上がっていた。街全体が騒然とした雰囲気に包まれる。
隣で「煙すごいなぁ。結構激しく燃えてるんじゃない?」とジユルがつぶやく。ボクは「そうですね」と曖昧に返事した。
どこが燃えているのかは分からない。ボクの視界には、高い壁とそこからもくもくと上がる煙しか見えない。
あの城壁を越えて、誰かが爆弾でも投げ入れたのだろうか。度胸があると思った。
宝石が跋扈する城に一歩足を踏み込めば、待っているのは死だろうに、遊び半分でしたのなら馬鹿だ。だが、復讐を誓って行ったのなら、その死は少しだけ意味のあるものになる。
いつもよりも城の守りが、手薄になっている。これなら気取られず、侵入できそうだ。
「行きましょうか、ジユル。」
「オッケー。さっとやって、さっさと帰ろうぜ!」
その返事に、つい「ふふ」と笑ってしまった。ジユルといると、緊張や不安でぎこちなくなった身体が緩んでいく。いつもよりずっと身体が軽く感じた。
通りをひた走る。だんだんと近づくにつれて、何かが燃える臭いが鼻につくようになった。ちらちらと城壁を気にしながら走っていると、壁の上が急に騒がしくなった。誰かがわーわーと叫び、戦っているようだ。だが、今いる場所では、鐘楼が邪魔でよく見えない。
「ジユル!上の様子を確認するので、移動しますよ!」
「了解!」
地面を思いっきり蹴って飛び上がた。鐘楼の屋根に着地し、城壁の上に目を凝らす。どうやら壁の上の歩廊で乱闘が起きているようだ。近衛兵がぱらぱらと壁から落ちている。さらに、ごうっと火柱があがり、その合間からアドニの姿が一瞬見えた。
「な…んで。」
目が痛いほど丸くなる。口が半開きになっているのが分かるが、あまりの驚きに、身動き一つできない。
ジユルにも同じものが見えたようで、声が驚きで震えていた。
「なあ!今のって…」
「………。」
答えられない。あまりに信じられなくて、脳がうまく処理できず、何度も何度も同じことを考えてしまう。
なぜ、アドニが戦っているんだ。どうして、どうして、意味が分からない。
逃げるアドニの後ろを、兵士たちが追いかけている。さらに、アドニの進む先に宝石が立ち塞がっている。万事休す。このままでは、アドニは殺されてしまう…
気づくと鐘楼から飛び出していた。後ろでジユルが何かを叫んでいる。だが、ボクには理解できない。無我夢中で屋根の上を走り、城壁の足元まで行くと、思いっきり地面を蹴って跳躍する。さすがに、一回では城壁の上まで登ることができず、途中の銃眼に足を引っかけて、さらに勢いをつける。
壁が下へ流れていき、視界が開ける。アドニが丁度、目の前を通り過ぎるところだった。右腕に何かを大切そうに抱き、もう片方の手で炎を生み出して、必死に戦っている。
ボクは歩廊の端に着地すると、すらりと刀を抜き放ち、近衛兵の首に刃を走らせた。血の花が次々と花開く。あっという間に、すべてを惨殺した。
刀身に付いた血を払い、くるりと後ろを振り向いて、アドニを見た。アドニは口をぽかんと開いて固まっていた。ボクはほんの少し目を細めて微笑む。よかった。生きている。
柄を握りしめると、アドニの横を通って、宝石の前に立ちふさがった。宝石の青年が、怯えた様子でボクを見ている。ボクは剣先を向けて、低い声で言った。
「今ここで、ボクと戦って死ぬか、それとも道を開けるか、選ばせてあげます。どちらがいいですか?」
「…死にたくない…」
「そうですか。それじゃあ、消えてくれますか?」
青年は青い顔で痙攣するように頷き、姿を消した。ほっとため息をつき、改めてアドニに視線を向けた。いつも身綺麗にしているのに、今日は髪はぼさぼさで、顎に髭が生えている。
アドニは穴が開くほど、ボクを見つめて、恐る恐る口を開いた。
「まさか…、ベオか…?」
「?ああ、そうでした。髪を切ったので分かりにくかったですね。そうです。ベオグラードです。…久しぶりですね、アドニ。」
鞘に刀を収め、ゆっくりと近づく。
ジユルが歩廊に着地して、「あーもう!」と叫んだ。
「ベオグラード、あんたなぁ…。レナを助けに来たんだろ?これじゃ、全部台無しだぜ?」
「…そうですね。すみません。でも…見殺しにできなかった。ボクにとって、大切な人ですから。」
その言葉にアドニの顔が、悲しそうに歪んだ。その表情を見て、胸をずきっと痛む。分かってる。アドニはもう…、マリアのことが好きなんだ。ボクは過去のもの。それが、我が物顔で振る舞ってはいかない。
気持ちを押し込めて、アドニの瞳をまっすぐ見つめる。相変わらず、きれいな黄色だ。
「…アドニ、一体、何を…」
ボクの言葉を遮るように、アドニの腕の中で何かが大声で泣き始めた。布にくるまれていた物体が手をばたつかせて、顔を出す。それは、レナだった。
次はボクがぽかんと口を開く番だった。何で、アドニがレナを抱いているんだ。
アドニが困ったように眉を寄せて、泣き続けるレナをあやした。
「暗示がきれてしまったか…。よしよし、泣くな、レナ。ほら、えっと、ジユルだったか?レナを頼んだぜ。」
そう言って、ジユルに差し出した。ジユルは「ええ?」と混乱した様子だったが、素直に受け取って、布の中をまじまじと眺めた。
「…確かに、レナだ。まさか…こんなにあっさり救出できるとは…」
ジユルの腕の中で、レナは「うぇうぇ」とひっきりなしに泣いている。ジユルの瞳が嬉しそうに細くなった。
途端、糸がぶわっと床から出現し、ジユルに襲いかかる。考えるよりも先に身体が動いた。刀を抜き、糸切り裂く。
近くで舌打ちが聞こえ、マリアが姿を現した。険しい顔でアドニを睨んでいる。
「…竜の子をレイト人に差し出すなんて…死にたいの?」
声が震えていた。アドニは目を伏せて答える。
「ああ、そうだよ。レナの命か、俺の命か、選べるのはどちらか一方だった。それなら…俺は死んでも構わない。」
マリアが悔しそうに唇を噛み締めた。恨めしそうな声でつぶやく。
「…わたしと結婚すると言ったのに…」
「…あれは、全部ニコシアに言わされていただけだ。俺はお前と結婚する気はない。」
マリアの瞳に憎悪が浮かぶ。
「そう。それなら、あなたを、あらん限りの苦痛をもって殺すだけよ。」
その言葉を合図に、黒々としたオーラがマリアを包んだ。全員が身構える。すると、アドニが「う」と呻き、胸を抑えて跪いた。
顔を歪めて、そのまま前のめりに崩れ落ちる。
「アドニ…!」
慌ててアドニの身体を支えた。ボクの肩にアドニの頭がぶつかる。その熱さに驚いた。高熱が出ている。
アドニの身体を支えながら、顔を上げると、近衛兵が集まっているのが見えた。状況は最悪だ。
「ジユル!レナとアドニを連れて、離脱してください!」
「え?でも、どこに?」
「集合場所へ。ボクが時間を稼ぎます。早く!」
ジユルが何か言うと口を開く。だが、それしかないということは誰が見ても明らかだった。ぐっと唇を噛み締め、空中に文字を書いて、浮かび上がった。さらに、アドニの身体の周りにも風が立ち、ふわりと浮かんだ。
「先に行ってる!」
ジユルの行く手を阻もうとする弓兵を片付け、うなづく。強風が吹き荒れ、気づくとジユルの姿はなかった。
これで動きやすくなった。
目の前には、三十人ほどの兵士とマリアがいる。正直、今のボクは全盛期の三分の一も力を出せないだろう。だが、負けるわけにはいかない。
ぐっと唇を結び、刀を振り上げる。
*
「はあはあ」と荒く呼吸をし、顔に飛び散った血を服で拭う。
さっきまで戦っていたので、身体中が燃えるように火照っていた。兵士は殺せたが、あと一歩のところでマリアを殺すことができなかった。加勢にきた宝石が厄介で、脇腹に一撃食らってしまった。
げほげほと咳込む。咳と一緒に、血を吐き出した。ぜいぜいと息が苦しい。無理しすぎた。本当はもっと早く離脱するはずが、まったく逃げる隙を与えてくれなかった。
心臓のリミッターを解除する前に逃げ切れたのが、不幸中の幸いだ。
口元を拭い、よろよろと立ち上がる。まだ、こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。
集合地点は王都から少し離れた雑木林だった。凸凹とした悪路を、何度も転びながら進む。同じ景色で迷ってしまいそうだ。それが怖くて仕方がない。
数十分進むと、微かにせせらぎが聞こえてきた。もうすぐだ。何とか己を奮い立たせて歩く。
雑木林を抜けると、小さな川が流れ、その対岸にジユルの姿が見えた。抱っこひもの中でレナが寝ているのが分かる。さらに、ジユルの足元にアドニが横になっていた。
ボクに気づいて、ジユルが手をあげる。
「こっちだ、ベオグラード!って、ふらふらしてんな、ちょっと手伝うから待ってて。」そう言いながら、ジユルが空中に文字を書いた。すると、身体に風が巻きつき、浮かび上がた。地面から足が離れた瞬間、猛烈な疲れが襲ってきて、一瞬気絶しそうになる。
昔は、このくらいどうということはなかったのに…。もう人形と名乗ることもできないほど、ボクは弱くなった。
風が消え、着地しようと踏ん張ったがうまくいかず、よろける。だが、それを見越したようにジユルが、そっと支えてくれた。
「…ありがとうございます。」
「どういたしまして。いやはや、ちゃんと戻ってきて、心底安心したよ。といっても、この状況で安心はないか…」
その言葉にどきりとして、足元で寝ているアドニに視線を移す。その顔はひどく辛そうに歪んでいた。赤黒くなった顔には、脂汗が浮かび、苦しそうに「はあはあ」と荒く呼吸を繰り返している。明らかに症状が悪化している。
よく見ると、右胸の掘られた蜘蛛の刺青が首に食らいついていた。血は出ていない。だが、傷口がぷっくりと腫れている。毒だ。
その事実に、血の気が引いた。以前、ボクを苦しめたものよりは、いくらか弱いようだが、それでも、アドニの命が徐々に毒に浸食されていくのが分かった。
目の前が真っ暗になる。なんで、神様はボクに辛く当たるのだろう…。たった一人の大切な人も奪おうというのか…
すると、アドニが目を開き、ボクに手を伸ばした。ボクはその手を掴み、アドニの隣に座った。
アドニは荒く呼吸をしながら、途切れ途切れにつぶやいた。
「ベオ…俺は…もうすぐ…死ぬ。だから…俺を置いて…お前は逃げろ…」
「嫌です!必ず…必ず助けますから…」
「この蜘蛛に噛まれたら…助からない…。前、死にかけた時は…ヤナがいたから…助かっただけだ…。あの時終わるはずだったのに…ここまで生きれて…良かったよ…。今日が終わりの日でも…悔いはない…」
「そんな…、何か方法があるはずです…!だから、どうか、そんなこと言わないで…」
鼻の奥がつんとして、涙が溢れ出した。だが、蜘蛛の刺青は霞むどころか、どんどん黒々しく変化していく。
やっぱりボクは泣くことしかできないんだ。あの時はヤレンが助けてくれた。でも、今、アドニを救うために、誰も来てくれない。
ボクが…奇跡を起こせれば…
けれど、ボクはただの人殺しで、奇跡を起こすには、あまりに血に汚れている。
ボクは愛する人も助けられないのか…
「おいおい、アドニ、何、弱気になってるんだ。炎で毒を燃やせ。それで、少しは回りが遅くなるはずだ。」
すぐ近くで聞いたことのある声が響いた。はっとして顔をあげると、いつの間にか、フロムが目の前に立っていた。腰の刀に手が伸びる。
「おっと、待て待て。戦いに来たわけじゃない。その馬鹿があまりに馬鹿すぎて、見かねて助けに来てやっただけだ。」
「…そうやすやすと信じると思いますか。」
「それもそうだが…、俺は蜘蛛を入れられてないから安心しな。ただの好々爺だ。」
アドニの横に座りながら、フロムが言った。アドニが苦しそうに呻きながらつぶやく。
「自分で…好々爺はないぜ、フロム…」
「はは、そうだな。しかし、随分と派手にやったな、アドニ。昔の恋人の生き写しに、冷静さを失うなんて、お前らしくないぞ。」
「…恋人じゃないと…言ってるだろ…」
げほげほと咳込む。フロムは持ってきていた水をアドニに含ませながら、ボクを見た。その鋭い瞳と目が合う。
「なあ、坊主。この馬鹿を助ける方法が一つだけあると言ったら、どうする。」
信じられない気持ちで、フロムの顔をまじまじと見つめる。その顔に嘘はないように見えた。
「…どんなことでもします。教えてください。」
「そう言うと思ったよ。この毒を消すには…」
「おい!フロム、やめろ!」
フロムの声を遮るように、アドニが怒鳴った。
「もういいだろ…。俺は…もうすぐ死ぬ。助かる見込みなんてない…。それなのに、ベオを巻き込むのはやめてくれ…。俺は…一人で死にたいんだ…」
悲痛な声に、胸が引き裂かれそうになる。だけど、ボクは諦めるわけには行かなかった。
「アドニ、ボクはあなたを救いたい。」
「…だめだ。絶対に…ためだ。」
「それでも、あなたを救いたい。どんなに望みが薄くても、あなたが生きる未来を作れるなら、なんだってしたい。」
「…なんでだ。なんで、そこまでしたいんだ…。俺はもう…」
「だって、アドニのいない世界は、ボクにとって、ないのと同じなんだから。」
それが、すべての答えだった。ボクが生きる意味、苦しくても這い上がれる強さを与えてくれるもの。アドニがいるから、ボクはまだ頑張れる。
「………。」
アドニは何も言わなかった。だが、その瞳には涙が溢れんばかりに溜まっていた。目を閉じると、涙がすうっと目じりから髪に吸い込まれていく。いくつもいくつも涙の筋が地面に落ちて行った。
アドニの泣き顔を見るのは、二回目だ。やっぱりいつ見ても慣れない。アドニにはいつも笑っていてほしい。
ボクはフロムの顔をもう一度見た。
「フロム、その方法を教えてください。お願いします。」
「ああ、分かったよ。」
フロムが煙草の煙を吐き、話し始めた。
「方法は一つ。クモを殺すことだ。この刺青はあの女の呪術だから、殺せば消える。」
黒髪黒目の女が脳裏に浮かんだ。いつも竜王のそばを離れない魔女を殺す。それがどういうことか、ボクには分かった。
例え、宝石に対抗する力があるとはいえ、苦しい戦いになる。死ぬかもしれない。
それでも、迷いはなかった。
「分かりました。必ず成し遂げると誓います。だから、アドニ、それまでどうか…」
ぎゅっと手を握りしめる。男らしい無骨で大きな手。この手がずっと好きだった。初めて会った日、ボクの頬に触れた手。あの時、不思議と嫌な気がしなかったことをよく覚えている。
きっとボクは、あの瞬間、恋に落ちたんだ。だけど、それに気づいていなかった。ようやく気付いたのは、アドニが死にそうになった時だ。
大切な人、守りたい人、愛する人。
どんな表現を使っても、この気持ちを表すには足りない。それだけ、ボクにとって、アドニはなくてはならない人だ。
アドニが、ボクの手を握り返した。そして、息絶え絶えにつぶやく。
「ベオ…どうか…生きて戻ってきてくれ…。そしたら…どこか遠くで…二人で暮らそう…」
その言葉に、何とも言えない温かな感情が胸の中に広がっていった。
あの時、ボクは「できない」と諦めた。だけど、今は違う。
「…約束ですよ、アドニ。」
溢れそうになった涙を堪えて、無理して微笑む。アドニは、ボクの頬に手を当てて、目を細めた。
やっぱり、この世界は、ボクの想像を遥かに超えることが起きる。ボクはきっとアドニを殺して、前に進むんだと思っていた。だけど、今から、アドニを救うために立ち上がる。
それが、少しだけ、ほんの少しだけ、嬉しかった。
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