第5話 神官の場合。
私は神官。神に使える身。
「あぁ、かみさま」
両手を組み、神への祈りを捧げるのが仕事です。
勇者様の仲間として参加したのは一番最後でした。私が加わった頃には剣士様と魔法使い様は喧嘩しつつも互いを高め合っていたり、戦士様もそれなりにモンスターへの変身を制御なさっていました。
その旅の道中で勇者様一行は私のいる教会を訪れました。
「もうすぐあのひとたちがここに来ます」
神からの啓示を受け、私は旅の準備をするよう神父様にお願いしました。
まだ幼く、外界の過酷さがわからないので知識ある大人に頼らざるえませんでした。
神父様は捨て子として教会前に置き去りにされていた私を救ってくださった方です。私の他にも何人もの孤児を育ててくださいました。
魔王を倒すべく勇者に聖剣を与えたとされた我らが神。
教会で育てられた私が祈りを捧げるのはごく当たり前のことでした。
一番残っている古い記憶は4歳の頃、祈りの最中に教会のある都市へのモンスターの襲撃を予知したビジョンでした。
子供の戯言と切り捨てられ、都市はモンスターによって大きなダメージを負いました。教会も少なくない被害を受けたのです。
『君の言う通りだったね。他に予知したことはあるかい?』
そう神父様に尋ねられ、私は近いうちにまたモンスターの群れが来ると告げました。
そしてそれから間もなく、群れがやってきますが他所の町や国から援軍を用意して万全の体制でこれを迎え撃ち、被害は最小限に抑えられました。
『君のその力は素晴らしい。まるで聖書にでてくる聖女そのものだ』
大昔にご存命だった勇者の仲間。今現在の教会の高い地位をお築きになった聖人。
神からの啓示によっていくつもの大きな災いを回避してきたとされています。
神父様はそのことを大いに喜んでくださいました。
そのことが我が身のように嬉しかったです。
神からの啓示を受けることで必要とされる。助けを求められる。頼られる。
親から邪魔だと捨てられた存在にも意味があったのだと証明したい。
未来視をした後はすこぶる体調が悪くなり、寝込むことが多いですが、それは神の意志をこの身に受けるから。苦しくても我慢してきました。
曖昧なビジョンからはっきりとした映像、そしてついには神の声すら感じとることが出来るようになったのです。
聖句を唱えれば不浄を拒む結界が現れ、祈りを込めて聖歌を歌えば傷は癒え、十字を切れば邪悪を滅することが出来ました。
『これほどの力は今までの聖人にはなかった……まさしく魔王を封印した聖女の生まれ変わりだ』
神父様を始め、教会の方々や一般の人達が私に跪きました。
神に祈りを捧げる身でありながら信仰の対象として祭り上げられるようになったのです。
「あぁ、よかった」
その頃になって、私はようやく安堵の息をつくことが出来ました。
教会にいた同い年くらいの子達は各地に引き取られていました。
身なりを整え、外に出しても恥ずかしくないように教育を施され、貴族や商人、果ては地位のあるモンスターへの捧げ物のため。
「わたしだけはてばなされない」
この教会も寄付やお布施だけでは運営できないし、魔王が復活してモンスターが活性化している以上、孤児は発生しやすくどこも人手不足になりやすい。
使えるものは利用し、消費する。そのために孤児を育てあげ、引き取る際には孤児を無事に育成した教会への謝礼が支払われるのです。
男の子は戦場へ。女の子は慰めものにされて悲惨な最期を迎えることも当たり前です。
人身売買、奴隷、だけど身寄りのないままでは致し方ない。それが当たり前。
泣きじゃくりながら枷を嵌めらて引き摺られていく友達を見た。
寝ている間に抱っこされて連れて行かれる赤子を見た。
教会への寄付を募るために夜中に各家を回る年上のシスターを見た。
私もそうなる道が待っていた。
それが回避された。
あぁ、神よ。ありがとうございます。
聖女と認定されてから食事の量が増えました。
神父様からの折檻や教育的指導も減りました。
水浴びすることを許されました。
街中で後ろ指をさされることも、蔑まれることもなくなりました。
そして、今度は勇者の仲間として旅に出て世界を救う。
そうすれば私はもっともっと必要にされる。大事に扱ってもらえる。
私を捨てたどこかの人間を後悔させられる。
勇者様の仲間に入ることは至極簡単でした。
先回りし、勇者様がピンチになった時に偶然を装って近づき傷を癒す。聖句によって結界を張り、安全地帯を作る。
そして旅に出たいこと、これが神からの意志であることを伝える。
魔法使い様がいるとはいえ、守りや回復に不満を抱えていらっしゃるので即採用でした。
「しっかし、よく出来た娘だ」
剣士様からはそう褒められました。
良家の出身である剣士様は料理屋や洗濯が苦手でしたのですぐに仲良くなれました。
「助かるわねぇ」
魔法使い様は研究や調合がお好きでしたので、資料集めや実験のお手伝い、疲れた体のマッサージをすれば気に入って貰えました。
問題は男性陣のお二人でした。
戦士様は私より少し上の子供でした。よく勇者様に懐いていらっしゃって、誰かを守るために強くなるんだと意気込んでいました。
結界での援護や怪我の手当て、私がわかる限りの勉強や聖書の読み上げをして差し上げました。
その中でこう言われたのです。
「神官ちゃんってスゲーな!オレよりも小さいのに頭いいんだもんな。だけど、どうしてそんなに怯えてるんだ?」
先祖返りの影響でモンスターの性質や力を色濃く受け継いでいる戦士様は匂いで相手の感情の変化や気配を感じ取ることが出来ました。
野生の勘もあり、ズバズバと話すのでちょっと嫌いでした。
話を聞けば勇者様と旅をして活躍しているおかげで故郷にいる父から連絡があったようです。
よかったですね!と私は言いました。
モンスターの姿になった見た目は聖書に記されていた災いの獣にそっくりでとても悍ましく恐ろしかったです。
そして最後に勇者様。
この方が一番やり難い人でした。
「神官ちゃん。ほら、今日はおじさん特製の肉野菜スープだよ」
勇者でありながら炊事洗濯を、
「神官ちゃんの服は寒そうだったから厚手の生地で修道服を縫ってもらったけどどう?」
服や装飾品を買い与えたり、
「神官ちゃんはまだ小さいから夜の見張りは一緒にしよう。眠たかったら先に寝ててもいいぞ。おじさんに任せとけ」
何かと世話を焼いてくるのです。
私が仕えなくてはならないのに、神への祈りを捧げて予言を授かる回数も制限されました。
教会では手伝いをしない代わりに毎日予知をするように教えられのに。
私が剣士様や魔法使い様へ奉仕することも減らされました。自分でできることは自分でやるようにと。
戦士様と一緒に立ち寄った街への豊穣祭にお金を持たされ強制参加させられました。
ある日の夜。
とうとう私は耐えられなくなって下着一枚で勇者様の泊まる宿の部屋に行きました。
戦士様にはよく眠れる薬をプレゼントしたので全く起きる気配はありません。
「ゆうしゃさま、わたしにはもうこれくらいしかできません」
「えーと、何のつもりだい神官ちゃん」
首を傾げられました。
「このみをささげることしか、わたしにはできません。ひんそうですが、がんばります」
ここで抱いてもらわなければ。
勇者様にも必要としてもらわなければ。
何かをしないと私の価値が下がってしまう。
子供で非力な私には神からの啓示しかない。
それすら許されないなら他のことをしなくては。
「なんでもしますからすてないでください」
涙を流し、震えながらその大きな体に縋りつきます。
もう嫌だ。要らないと言われるのは。
孤児でさえなければ。
もっと私が素晴らしいかけがえのないものであれば捨てられなかったのに。
「神官ちゃん……」
私を呼ぶ勇者様の顔には、愉悦でも興奮でもなく憐憫の目がありました。
「俺は君を捨てないよ」
そうおっしゃいました。
「うそです。なんのみかえりももらわない。いらないなんてひとはいません」
普通の人相手に情けをかける人はいるでしょう。
子供相手に優しい人もいます。
だけど、私は孤児です。神の声が聞ける聖女です。
普通じゃありません。
「見返りなら貰ってるよ。神官ちゃんの結界のおかげで夜の見張りも楽になったし、用意してくれた薬は魔法使いのより効くしね」
「それはわたしのためになることです。くすりもじぶんでつかいます。……そうじゃなくて、もっとわたしをつかってください。しじをください。やることをおしえてください。たよってください。……じゃないとわたしのかちがなくなって……そしたらふひつようになってわたしは……わたしは…」
「神官ちゃんは元気いっぱいに笑ってるだけでいいよ。それに小さくて可愛いし」
「なら、どうしてよるのおともにしないのですか?」
「うっ。……俺の好みは年上のお姉さんタイプなんだよ。それに、神官ちゃんくらいの子供って娘でもおかしくないだろ?そんな子を相手に手を出すなんてありえないよ。仮にも聖剣に選ばれた勇者だ。そんな非道な真似なんてしないさ」
自分の好みを話すのが恥ずかしいのか、子供相手に性の話をするのが困るのか、はたまたその両方なのか。
勇者様は頬をぽりぽりとかきました。
「俺は仲間内で年だけはとってるからさ、人生経験だけは豊富なんだよ。神官ちゃんくらいの頃は英雄になりたいって棒切れを振り回してた頭の悪いガキだったけどな」
今も戦士様といたずらする勇者様はその頃と変わらない気がします。
「……世間の暗いとこや黒いのも見てきた。モンスターに襲われた人は死んだような目をしてるし、孤児ってのが厳しい目で見られるのも。教会から幸せな顔してでてくる子供が少ないことも」
勇者になる前は依頼を受けて。
勇者に選ばれてからは魔王を倒してモンスターの活性化を抑え、世界に平和をもたらすために。
そう考えれば修羅場を多く渡ってきたはずだった。
最初の立ち位置は違えど、教会に閉じこもり、保身の為にしか自分の才能を使ってこなかった私。
初めての啓示を必死に伝えたのは自分が死にたくなかったから。
勇者は富と名声を得る為に命をかけて人々を守らなくてはいけない。
理由は浅ましく、幼稚だろうとこの世で最も強大で恐怖の象徴でもある魔王と戦わなくてはならない。それが義務。選ばれたからには逃げられない。
「神官ちゃんを即決で仲間にしたのも、一人で暗い顔してる子に上を向いて欲しいからだし、勿論その能力を買ったってのもある。神官ちゃんのおかげで剣士と魔法使いは喧嘩も少し落ち着いたし、戦士も身近に守らなくちゃいけない存在を感じて前向きになった。俺も神官ちゃんから『がんばってください』って言われてやる気が出る。みんなに笑顔が増えた」
あぁ、この人は。
「だから、神官ちゃんはただそこにいてくれればいい。ここが君の居場所だ」
どうしてこんなにも光に満ちているんだろう。
ごく普通に優しいのだろう。
分け隔てもなく接してくれるのだろう。
もっと早くに出会えれば……どれほど楽になれただろうか。
不器用に撫でる手が心地良い。
温かい手だ。
ずっと心のどこかで欲しがっていた温もり。
だけど、不意に懐かしい気持ちがこみ上げる。
『ごめんね。こんな親でごめんね』
私の中にある一番古い記憶はもしかしたらもっと前にあったのかもしれない。
そして、そのまま私は勇者様に子守唄を歌ってもらいながら寝た。
それから私はちょっとだけ悪い子になった。
朝は寝坊することもあるし、歩き疲れたら戦士様や勇者様に背負って貰った。
剣士様や魔法使い様と体の洗いっこをしたり、女子会?やお買い物もした。
神に使える身なのであまり贅沢はしたくなかったけど、お小遣いで買った焼き菓子を食べる時間は至福のひと時だった。
「あぁ、かみさま。おゆるしください。わたしはよふかししてやしょくをたべました」
戦士様とこっそり言いつけを破って怒られたりもしました。
勇者様からのげんこつは痛くて、泣きながら笑ってしまいました。
自分からお願いして、お祈りによる予言の回数を増やしてもらいました。最初は難しい顔をされましたが、この力で仲間の危機や困っている人を助けられるのなら使いたいと頼み込んで許可を頂きました。
たまに勇者様のことを「お父さん」って言い間違えてしまうようになったことは恥ずかしいです。
魔王城の手前にある最後の村に着きました。
旅に出てから10年。とてつもなく長く感じました。
お父……勇者様は『あっという間じゃない?これは年齢の差か?』と言っていましたね。
右も左もわからない幼女が一人前の大人に近づくには長い道のりだったと思います。
神からの啓示も今では祈らずとも危険や眠っている間に授かることができます。体調も少し目眩がするだけで寝込むこともありません。
結界、回復、浄化以外にも神の名と祈りを捧げることで仲間の能力を一時的に上げることができる加護の力を修得しました。
残念ながら直接的な戦闘には参加できませんが、戦士が体を張って守ってくれるので心配していません。
最近の楽しみは仲間内での恋の観察ですね。
剣士様も魔法使い様も年が気になり始めたし、勇者様の名が広まって近づいてくる女性も少なくないので慌ててらっしゃいます。
恋バナをしている時に、私は勇者様のことが好きなのか?と聞かれました。
「好きですけど、敬愛や家族愛ですよ。勇者様には娘のように可愛がってもらいましたし」
そう答えると二人共安心してくれました。
若い娘だから勇者様の気が移らないか心配だったそうです。
あの人は誠実な方ですからそんなことはされませんよ。……二人の内どちらか一人を選べそうにもないのは不誠実になりそうですけど。
愛があって互いが満足して生活できる甲斐性があれば問題ないでしょう。
このお二人のどちらかが悲しむ顔は見たくはありませんし。
まぁ、他人の色恋沙汰どころではないのもあります。
このところ、言い寄ってくる男性が後を絶ちません。
教会に永住する聖職者は結婚を禁じられていますが、旅をしていて聖女として正式に認定された私はその辺が自由なのです。
教会からもいい伴侶を見つけて次世代の聖人を、と念押しされました。
かつてと比べて健康的な生活と体力をつけるための食事、機敏な動きができるような鍛練のおかげで美少女になった自覚はあります。
それでもまだ、近づき難いレベルまで磨かれた剣士様と魔法使い様には敵わないと思いますけど。
「神官ちゃん。……いや、やっぱりなんでもない」
それともう一つ。戦士様の態度です。
子供の頃は年上のお兄ちゃんとして遊んでくれたり、世話を焼いてくれたのに最近では話す頻度も減りました。
あんなにカッコつけたがりだったのに、今では大人しくなってしまいました。
それなのに私に近づく男性がいれば決闘になるし、楽しくお喋りをしていると眉間にシワができます。
………人の顔色ばかりを伺っていた私は鈍感ではありません。
なのに、その気持ちを戦士様は感じ取ってくれません。よく効く鼻は飾りでしょうか。
奥手なのは元からの性格なのか、それとも勇者様の影響なのか。どちらもでしょうね。
もし、私と戦士様が恋仲になれば勇者様はどういう反応をなさるでしょうか。
きっと、頑固オヤジのような顔になるでしょうね。
「やっぱり神官ちゃん……よかったらこの後に村の中見て回らないか?」
「いいですよ」
その顔が見られるのは案外すぐかもしれない。
旅は終わり、魔王は消えた。
聖剣もその役割を果たし眠りについた。
その日を境に神の声は聞こえなくなった。
最後に聞こえた、
『礼を言う人の子よ。汝らの行く末に幸あれ』
今までで一番ハッキリとした声だった。
あの感動を私は一生忘れないでしょう。
神からの祝福をいただいたのだから。
神官としての能力はそのまま残ったので、神は消えたのではなく役目を終えてしばしの休息を迎えたのだろう。
教会からの誘いもあり、私は勇者と共に世界を救った聖女として教会全土の高い地位に着いた。
発言力も権力もある。
やるべきことは子供達の救済。不当な扱いを受けずに自由に選択できる未来を与えること。
教会からの施しをなんらかの形でいいから報いて欲しい。
誰からも必要ない存在なんていないと知ってもらえたらそれで充分だ。
「よしよし」
だってこの手に抱く温もりは我が子じゃなくても愛おしいのだから。
「し、神官ちゃん。チビすけが変顔しても泣き止まないんだけど!」
「戦士様。多分それはオムツですよ。全く、そんなんじゃ自分の子供の時はお世話させられませんね」
「うっ⁉︎ ……それまでには完璧にマスターします」
お互いに親バカになってしまいそうな気がするのは同じ育ての親のせいなのでしょうね。
「また外で暴れてるみたいですし。あぁ、神様。お助けください」
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