第4話 戦士の場合。

 

 オレは戦士だ。仕事は剣士の姉ちゃんと一緒にモンスターをぶっ倒すことだ。あと、神官ちゃんのお守りだな。


 おっちゃん達に出会ったのはオレが結構荒れてた頃だった。

 その頃のオレは自分が人間なのか化け物なのかよくわかんなくて自我を無くして暴れてたりもしてたんだ。

 母ちゃんはオレを産んだ時に死んで、父ちゃんからは家を追い出された。


『お前なんて産まれてこなければよかったんだ。そうすればアイツは死なずにすんだ。……どうして化け物なんて……』


 酒に溺れて泣きじゃくりながらナイフを突きつけられたことは今でも夢に見る。

 街中でその日その日の飯を食べるために盗みもしたし、喧嘩もした。ほとんどの奴は化け物の姿になったオレに勝てなかったんだ。

 沢山の人を怪我させた。でも、そうしなかったらオレが殺されてたかもしれないんだ。

 世界の全てが敵に見えた。


 そんな時、化け物の噂を聞きつけた勇者一行がやってきた。

 剣士と魔法使いの姉ちゃんは強いけど、化け物になったオレならいい勝負ができた。

 だけどおっちゃんにはコテンパンに負けたんだ。


「見た目に惑わされるな。こいつ、中身はそこらの悪ガキと変わんないよ」


 相手の動きと思考を読む……っておっちゃんは言ってた。オレにはよくわかんねー。


「坊主、なんでお前あんなに悪さばっかりしてたんだ」


「生きるためだ!いいものを持ってる奴から奪わなきゃオレは生きていけねぇからだ!」


 最初に母ちゃんの命を奪った。

 父ちゃんの大切な人を、化け物の親呼ばわりされて生きる気力を奪った。

 食い物屋からメシを奪った。

 金持ちからお金を奪った。

 生きるために必要なものを奪い続けてきた。


「だけど坊主。生きるために奪ってばかりいるといつか自分の命を奪われることになるぞ」


「そんな奴はオレの力で叩き潰す。化け物は化け物らしく奪って戦って生きるんだ!!」


 それしか知らないから。

 生き方なんて選べなかったから。


「……今、俺達には化け物退治の依頼がある。そのためには坊主を殺さなくちゃならない。だがな、生きたいって泣いてるガキを殺すのが勇者の仕事なのか?世界に平和を取り戻すのが役目だろ。……坊主、お前は孤独なまま化け物として死にたいか?それとも誰かを守って、何かを与えられるような人間になりたいか?」


 真剣な眼差しでおっちゃんはオレを見ていた。

 化け物の力で鼻が効くオレには匂いで感情が読み取れる。父ちゃんの怒り。街の連中の怯え、姉ちゃん達の警戒心。

 それなのにおっちゃんからは本気の熱意しか伝わらなかった。ビビってないんだ。


 初めて叱られているような気がした。

 憎しみや殺意じゃない。怖いけどあったかい匂いだ。


「死にたくない。けど、オレには無理だよ……だって化け物なんだ」


 その匂いのせいか、オレは自分の弱さを口にした。とっくに涙は流していた。おっちゃんに負けた時から殺されるのが怖かった。

 震えるオレにポツリとおっちゃんは話す。


「いいや。まだ今のお前は人間だよ。……化け物ってのは見た目じゃなくて心で決まるんだ。昔話にもあるだろ?半分巨人で半分人間の中途半端な奴が好きな人を守るために戦う話。あれ、俺は好きなんだ。だってカッコいいだろ。英雄って奴は」


 涙でできた小さな水溜りにオレの顔が映る。

 犬みたいな耳が生えて、鋭い牙がある。瞳の色は父ちゃんと一緒で、髪の色は父ちゃんが大事に飾ってた母ちゃんとお揃いだ。

 人間じゃない……でも、人間と同じ所もある。

 おっちゃんが話してくれた英雄譚の主人公と同じような中途半端だ。


「……なれるかな。オレもカッコいいヒーローに」


「なれるさ。それまではオレが先輩として引っ張ってやるよ」


 ゴツい手でわしゃわしゃと頭を撫でられて、オレは悪い気はしなかった。






 化け物の力をコントロールするにはオレの精神力が強くないとダメだって魔法使いの姉ちゃんが教えてくれた。

 戦い方がまるでなってないオレに剣士の姉ちゃんが鍛え方を教えてくれた。

 不器用だから素手の殴り合いが得意なオレにおっちゃんは喧嘩のやり方を教えてくれた。カッコいい虫の捕まえ方とか、本なんて読んだことないオレに色々な英雄や怖い怪物の話をしてくれた。


「懐かれてるわね勇者」


「二人で遊んでると親子のようだな」


 姉ちゃん達がそう言う。

 それに対しておっちゃんが困ったような顔をした。


「せめて兄弟くらいにしてくれ。親子なんて言われたら自分の年齢を再認識して泣きたくなる」


 おっちゃんはおっちゃんであることがあまり好きじゃないみたいだ。

 だけど、おっちゃんといると敵にしか見えなかった世界が広い冒険のステージにしか思えない。

 魔王を退治したおっちゃんと一緒にカッコいい戦士として本や銅像にしてもらうんだ。

 そしていつか、母ちゃんの墓に父ちゃんと一緒に行きたい。






 魔王城に侵入した後。

 オレはモンスターの催眠攻撃を受けてしまった。

 寝ている間に過去のあれこれを思い出してしまって恥ずかしくなった。


「大丈夫か戦士」


「あぁ。神官ちゃんのおかげで問題ないよおっちゃん」


 夢の中より険しい顔つきになったおっちゃんは勇者に相応しい活躍をしてきた。

 オレだって今は自由自在にモンスター態への変身ができる。修行の成果で拳一つで鎧を貫くくらいは朝飯前だ。

 それでもなお、魔王城にいるモンスター達は手強かった。化け物の強靭な肉体がないといつ殺されてもおかしくなかったんだ。両親には感謝しないとな。


「戦士には悪いが、俺が魔王を倒すときには時間稼ぎをしてくれ。確実に倒すために力を溜める隙ができる」


「了解。お互いにこんなところじゃ死ねないしな。おっちゃんも姉ちゃん達が待ってるから」


「おまっ!気づいてたのか⁉︎」


 意地悪く笑うと真面目な顔してたおっちゃんが急に慌てだす。


「化け物は鼻が効くんだよ。おっちゃんから剣士や魔法使いの姉ちゃんの匂いがプンプンすれば否が応でも気づくさ。まぁ、いいんじゃないの?オレも一人前の男だし、仲間同士でそういうのもありでしょ」


「ったく、いつのまにか余計なことまで覚えやがって……酒と下ネタ覚えさせたのは間違いだったか」


 最後に立ち寄った村で昼間から飲んだ酒は美味しかった。

 酒場の男衆と朝まで語り合って二日酔いになったのは楽しかった。

 そんでもっておっちゃんと一緒に姉ちゃん達や神官ちゃんに叱られて嬉しかった。


「ん?……そういえば戦士。さっき『お互いに』って言ってたがどういう意味だ?剣士や魔法使いはわかるとして、お前は………」


「げっ。しまった」


 余計なこと言った。ちらっと隣にいる神官ちゃんを見ると、知らんぷりされた。

 その様子を見て何かに勘付いたおっちゃんはワナワナと肩を震えさせる。


「ほほぅ。昔は兄妹みたいに接してたから問題ないと思ってたら……いいご身分になったな戦士。神官ちゃんは貴様のような強くてイケメンな奴にはやらんぞ!!」


 オレについては褒めてくれるのね。ありがとう。

 だけど、言ってることが嫁入り前の娘を持つ親父のセリフだぞ。


「いいな!魔王を倒したら一から十まで全部話してもらうからな!!神官ちゃんも隠し事無しだからな!不純異性交友はおじさん認めないからな!」


「勇者様、モンスターが集まってきてるから前に集中してください!」


 魔王城に入るまでは神妙な顔してみんなが死なないように気を張り詰めていたってのに、今のおっちゃんは鼻息荒くしてモンスターに斬りかかってる。

 その姿が可笑しくって、仲間四人で顔を合わせて笑う。

 さぁ、明日のためにもう一踏ん張りしようぜ!






 みんなでいる屋敷に一冊の本が届いた。

 内容はオレ達の今までの旅をまとめた自伝だ。それぞれにエピソードを聞いてオレが書いた。

 勇者になる前の話や仲間達の過去。もちろんオレは父ちゃんや母ちゃんのことも書いた。

 本と一緒に届けられた故郷からの手紙には、オレのせいで取材や見物客が増えて落ち着かないから迷惑だって父ちゃんの字で書いてある。


 返信の手紙には今後、母ちゃんの墓参りに行く事を書いておこう。それと実家に帰省することも。

 新しい家族についてはサプライズにしよう。勇者パーティの神官なんて絶対に驚くだろうな。


「あー、あー」


 ゆりかごの中で小さな声がする。

 顔だけモンスターの姿になってあやすとおっちゃんの子供は笑うんだ。

 神官ちゃんももう一人のチビすけを抱っこする。


 自分達の冒険が本になったり銅像が建つことよりも、こうして新しい生命がすくすくと育てる世界になったことの方がオレ的には嬉しいかもしれない。


 ゆくゆくは自分の子供に聞かせてあげたい。化け物の少年と勇者の英雄譚を。




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