第16話:腹黒メイドは忙しかった
今日はお嬢様の記念すべき十六歳の誕生日である。
そして、お嬢様とジャックとの結婚式でもある。
二人が両想いになってから約三年。それなりにいろいろあったが、ようやくこの日を迎える事ができた。
ジャックを一人前にする為の特訓をくり返してきたのも、家柄しか取り柄のない
他にも細々といろいろな事があったりやったりしてきたが、大体こんな所だろう。
長い様な短い様な三年だった。
華憐で可愛らしかったお嬢様はこの三年で大人の女性の美しさを兼ね備え、どこから見ても立派な淑女へと成長なされた。
神々しい美しさだ。むしろ神。お嬢様は天井から降りてきた美と慈愛と幸福の女神だったのか。道理で。
そんな事は一目見た時からわかっていましたけれど。
花嫁衣装を着たお嬢様は正に美の神。
お嬢様が笑えば慈愛と光が溢れ、世界が祝福をする。この世界は愛に満ちている。
――ジャック?
まあ普通に見られる格好をしていますね。余計な口をきかなければ貴族に見えなくもないでしょう。
あの子がだいたい八才くらいの頃から面倒を見ているけれど、死んだ魚の様な眼をした子どもだったのに、成長したのねえ。
お嬢様も初めてお会いした時は生まれたてで、はいはいもできない赤子でいらしたのにあんなにご立派になられて……。
ああ、いけないわネリー。ちゃんとお嬢様のお姿を目に焼き付けなくては。水分で目を曇らせている場合じゃないのよ。花嫁衣裳は一生に一度なのだから。
――まあ、不慮の自己や病気でジャックが死んでも? お嬢様の心の傷を癒して? お嬢様を一生養っていくくらいの事はしますけれど?
あら生意気。私の考えを察したのか、ジャックに凄まじい剣幕で首を横に振られたわ。
まったくもう。だから言ってるでしょうに。私はお嬢様の幸せが第一だって。
お嬢様の幸せに自分は不可欠なのだといつになったら自覚するのかしら。戦闘に関しての自信はいくらか持てたみたいだけれど。
お嬢様がジャックを失ってできた傷を癒す自信はもちろんあるけれど、傷跡は確実に残るでしょう。そうなればお嬢様が心から笑えなくなってしまうじゃない。そんなのは駄目だわ。お嬢様には世界一幸せになって欲しいのだから。
いったいどうしたらいいのかしらね? ――ふふ。そこはお嬢様にお任せしましょう。ジャックはもうお嬢様の夫なのですし、私が口を出す事ではありませんものね。腕の見せ所ですよ、お嬢様。
お嬢様が悲しまれるようなら手を出しますが。
ああそれにしてもお美しいお嬢様。この世全ての美と光を集めた様なお嬢様を花嫁にできるなんて、ジャックは世界で二番目に幸せ者ね。一番はお嬢様に決まってます。
そして、お嬢様の花嫁姿を目に焼き付ける事ができるわたしはそれに次ぐ幸せ者です。生きていて良かった。
――今日は招待客として振る舞う様お嬢様にも旦那様にも言われていますが、やはり落ち着きません。
わざわざお嬢様が選んでくださったドレスですけれど、普段着と違いすぎてそわそわしてしまいます。暗器を忍ばせるスペースもあまりありませんし。その辺は空間魔術でどうにでもできますけれど、それはそれ、軽すぎて落ち着かないのです。
私などいつものメイド服で十分ですのに「ネリーにはこれが似合うと思うの!」だなんて仰られたら断る選択肢を彼方へ放り投げるしかないではありませんか。
さすがお嬢様が選んでくださっただけあって、とても見目がよく、肌触りも良い一品です。羽虫の如き男共が寄ってきますが、魔術を使えばあら簡単。
石像に群がる男共のできあがりです。残念でしたね。何人であろうともお嬢様の姿を目に焼き付ける作業の邪魔はさせませんよ。
ジャックにつれられて挨拶回りをするお嬢様、本当にお美しい……。
「ネリー。相変わらず素晴らしい魔術の腕前だな」
「どうもありがとうございます」
邪魔しないで欲しいのですが。しかし、フィランダー・ストックデイルの実家とは敵対したくないのですよねえ。お嬢様はあまり荒事を望む方ではございませんもの。もちろん潰せと言われれば潰しますけれど。
無視して放っておきたい所ですがしかたありません。お嬢様から視線は外しませんが。
「今日の君は……その、いつにも増して美しいな」
「マア、アリガトウゴザイマス」
お世辞が悲しい程下手ですね。お嬢様一筋のジャックですらもう少しくらまともな事を言えるのですが。騎士団は男所帯ですもの、仕方ありませんね。
あらあー。あの
お嬢様は既に人妻ですのにそれが理解できないなんて路頭に迷っても仕方がありませんよね。お嬢様の婚約者が平民(ジャック)だと知ってからの態度にも問題アリアリでしたし、やっちゃいましょう。こまめな掃除は大事ですもの。
「よければ、私とダンスを――」
「ネリー! セラフィーナとジャックの結婚おめでとう! とても喜ばしい日だな!」
「ありがとうございます、アラステア様」
お嬢様を祝ってくださるのは大変嬉しいのですが、声が大きすぎやしませんか。周囲がざわついているのですが。あと人様の話を遮るのはどうかと思います。私はお嬢様の話を遮られなければどうでも良いですが。
「祝いの品物を決めかねていてな、良ければ一緒に選んでくれないか。客間に運び入れてもらってある」
「まあ、そうなのですね。重ね重ねありがとうございます。シルヴェスター様にお伝えしておきますわ。それでは失礼いたします」
「えっ」
「あ――」
フフフ。とても自然に抜け出す事ができました。丁度お嬢様のお色直しですし、このまま控室に行きましょう。
「シルヴェスター様。アラステア様からご依頼がありましたので、お嬢様へのお祝いの品を一緒に選んで差し上げてください。私はお嬢様のお召し替えを手伝って参ります」
「わかりました」
微苦笑をして、シルヴェスター様は歩いて行きます。きっとアラステア様の所へ行くのでしょう。
そんな事よりお嬢様です。
「お嬢様、ネリーです。入ってよろしいですか?」
「ええ、入ってちょうだい」
既にお嬢様のお召し替えはほぼ終わってしまっていました。
チッ! 立ち話をしていなければ手伝えたものを。
白一色だった花嫁衣装から、今度は白地に色とりどりの糸を使った絢爛なものへ。
全属性を使えた神祖ルースを表したドレスがここまで似合うのは世界でお嬢様だけだろう。
「よくお似合いです、お嬢様」
「ありがとう、ネリー」
仄かに頬を染めているお嬢様はこの上なく華憐だ。
「結んでくれる?」
「はい。喜んで」
お嬢様の差し出したリボンはジャックからプレゼントされた物だ。
花嫁は花婿から黒い色の物を贈られる。戦神イヅチの様に何が合っても守るという誓いの証だ。
守りたいものなんかないとか言ってたジャックがねえ。
控えていたメイド達に退室を促し、私はリボンを手に取った。手触りは、良い。
最高級の物を贈りたいって頑張って魔物の討伐をしまくった甲斐があったわねえ。
二人とも、本当に、大きくなって。
お嬢様の髪は既に纏められているからリボンはただの飾りにすぎない。
本来なら花婿から贈られた黒を花嫁に身に着けさせるこの役目は旦那様か奥様の役目なのだけれど、私に気を使ってくださったのだろう。
「できましたよ、お嬢様。――いえ、もう若奥様ですね。失礼いたしました」
「ネリーったら。ありがとう」
微笑むお嬢様――若奥様は幸せそうだった。
「あのね、ネリー。このあと花束を投げるでしょう? ネリーに取って欲しいのだけれど、いいかしら」
花嫁の投げる花束は神祖ルースの祝福と見なされる。豊穣の女神であり、なおかつ縁結び的な加護も持ち合わせているので、つまり、次はアナタの番よ、という意味だ。 花束が花嫁の手から離れた瞬間からその場は婚期の差し迫ったお嬢様方や、夢見るお嬢様方の戦場と化す。
「ええーと、はい、若奥様がそれを望まれるのなら取れるよう努力します」
結婚相手も恋人もいないが、言うだけならいいだろう。取れるとは限らないし。
「ふふ。ネリーが本気を出して取れない訳ないじゃない」
「そうですねーウフフー」
結婚も恋愛もする気のない私に本気で取りに行けと仰るのですね……。 今日お越しになったお嬢様方から睨まれるのですね……。さすがに気が重いですおじょ……若奥様……。
ですがこのネリー、必ずやお嬢様のご期待に応えて見せます。
神祖ルース。申し訳ありません。今日のあなたの祝福は無駄になるようです。
「そろそろ参りましょうか。ジャックも首を長くして待っている事でしょう」
「ええ、そうかも。行きましょう、ネリー」
部屋を出る直前。
ドアノブに手をかけたまま若奥様を振り返る。
「本当に、ご結婚おめでとうございます。
――セラフィーナ様」
「ありがとう、ネリー」
この後もウォルフィンデン家に塵芥がケンカを売って来たり、内乱が勃発しそうになったり、国家転覆しそうになったり、魔獣の襲来があったり、聖獣のお告げがあったり、魔王が現れたりいろいろと忙しかったけれど、セラフィーナ様が幸せであったので、世は全て事も無し、なのだった。
腹黒メイドは忙しい 結城暁 @Satoru_Yuki
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