第14話

「な、え、は?!」


 口も目もかっ開いて驚くジャック。

 え、私が気付いてないとでも思ってたの? 

 本当に私の事を何だと思ってるのかしらね、この男。頭をかち割って中身を除いてみようかしら。お嬢様が悲しまれるからやらないけれど。


「あなたの思っている通り人の色恋沙汰になんか興味はないけれど、他ならぬお嬢様の事ですもの。どうして私がお嬢様に気付いてないと思えるのかが不思議だわ」

「あー……考えてみればそうっすねー……」


 ジャックは脱力してテーブルに突っ伏した。バカねー。私のお嬢様に対する思いを軽く見過ぎだわー。


「昨日、私が屋敷に戻った時のお嬢様の様子からして帰り道で何事か親展があったのでしょう? 告白大会とか。


 シルヴェスター様から今日の私の行動を聞いて、そのせいでおかしくなったとでも思って来たのかしら?」


「そ、その通りです」


 ぐうの音も出ない様だ。バカだわー。

 まあ、間違っている訳ではないのだけれど。


「別に、あなたの所為じゃないわよ。お嬢様が心変わりしないのならこうなるのはわかっていたのだし」

「なんかさらっと怖い事言われた!」


 無視して進める。


「ただ、わかっていても寂しいものは寂しいものよ。お嬢様の一番のお気に入りは私だったのだから。

 それがあなたに変わって、私の名前を呼ぶ回数がだんだんと減っていくのね――、と考えたら思いの外落ち込んでしまって。いてもたってもいられなくなってしまったものだから掃除でもして気を紛らわせ様と思って」

「そうだったんすね……。

 でもこんあ豪雨の日に屋根掃除は止めときましょうよ」

「もう止めたわよ。シルヴェスター様にも言われてしまったし。

 ――私、自分で思ってたよりもずっと動揺していたのね」


 ジャックが少しだけ笑う。

 どこか痛みを耐える様な笑いだ。バカね。


「あなたはそんな顔しなくてもいいのよ。私の見通しが甘かっただけなのだから。

 言ったでしょう。私はあなたの事を嫌ってる訳でも憎んでる訳でもないって。私はお嬢様が幸せならどうだって良いのよ」

「――はい」


 武術も魔術も鍛えて国でも十本の指に入るくらい強くなったのにこういう所はまだまだよねえ。だから自慢の弟子だと言えないのよ? 私が言えた事じゃないけれど。身内には甘くなってしまうものですね、お師匠様、師匠。

 ああ、でもそういえば。


「あなたがお嬢様に使用人としてしか接しなさすぎてお嬢様がしなくても良い覚悟をしてしまっていたのだけれど。一時は家の為にクソガ―……アラステア様との婚約を我慢して受け入れようとしていらしたのだけれど。

 その辺のお嬢様の心痛を理解して欲しいのだけれど」

「イダダダダ! スミマセンスミマセン!」


 苛立ちに任せてジャックの頬を抓れば伸びる事伸びる事。これが若さというものなのかしらね。

 ――もしかして、あなた十八才未満だったりするの、ジャック?


「姐さんがセラフィーナ様を大事に想ってるのにおいそれと近付く訳にはいかないじゃないっすか! 命は大事にですよ! いだいっす! 止めてください!」

「失礼な。あと静かにしなさい。いくら私でもお嬢様と想い人の時間を邪魔する訳が――ジャック、あなた」


 自分の発言のまずさを悟ったジャックの身動きが止まる。だが視線はすうっと泳いでいった。

 ああ、なんて事。まさか、そんな。


「あなた、お嬢様の気持ちに気付いてなかったの?」


 目を逸らし続けて黙秘するジャック。黙秘は肯定とする。


わたしの事を散々鈍い鈍いと言っていたくせに、気付いてなかったの?」

「………」

「あんなにわかり易かったのに?」

「…………」


 今までの侮辱分も頬を抓っておく事にした。

 思う存分抓り倒したあと、頬を擦りながらおずおずとジャックが聞いてきた。


「セラフィーナ様はそんなにわかり易かったんですか?」

「ええ。わかり易かったわ。あなたを除いた屋敷中の知る所よ」

「マジすか……」


 今度は頭を抱え始めた。本気の本気で気付いてなかったの。


「よく自室の窓から庭の手入れをするあなたを見ていらしたじゃない」

「あれは庭の草花を見ていたのだと……」


 ……まあ、自意識過剰でなければそう思うのも仕方がないわよね。


「図書室で選ぶ本は身分違いの男女の物語だったじゃない」

「そういうお年頃ですし、そういう趣味なんだろうなあ、と……」


 ……まあ、そうかも知れないわよね。ジャックに会うまではわりと冒険活劇も読んでいらしたけれど。


「あなたに見せる表情と他の人に見せる表情は全然違うのだけれど」

「いつも可愛らしい方だなあ、と思ってました」

「あなたの名前を呼ぶ声と他の人に対する声も全然違うのだけれど」

「いつも可愛らしい声だなあ、と思ってました」


 そりゃあ、お嬢様はいつだって可愛らしいけれど。表情や顔に含まれる甘さに気付かなかったの……。


「お嬢様が乗馬を習いたいと言い出したきっかけは、私とあなたが任務で遠乗りに出かけたからなのだけれど」

「運動不足の解消と、馬が好きなのだろうなあ、と……」


 確かに馬は好きでいらっしゃるけれど、レッスンの時はあなたの乗馬姿に見惚れていらしたのだけれど? お嬢様が好きなのはあなたなのだけれど? う………自分で言って、自分でダメージを受けてしまったわ。


「……あなたと私の訓練を見たいと仰っているじゃない」

「あれはお世辞か、姐さんの雄姿を見たいのかと……」


 あんなにきらきらとした瞳であなたを見ながら言っているのにそんな訳がないでしょうに……。


「……………ジャック」

「…………はい」

「あなたも鈍いと思うわ………」

「ハハハ………すみません」


 しかし、これは私にも責任があるのかもしれない。

 お嬢様の幸せを心から願っているのは確かだけれど、ジャックの事は二の次三の次だったもの。ジャックがどれだけへこんでいようとも埋め合わせは最低限しかしなかったし。そのせいで自信喪失させてしまっていたものね。

 おかげで護衛を任せても良いと思える様になるまで時間がかかっているのよね。

 ――私のせいね、これ。


「何だかいろいろと悪かったわ。少し厳しくしすぎたみたい」

「えっ。いや、そんな事は――ありましたけど。

 おかげでセラフィーナ様をお守りできるくらい力も自信も付いた訳ですし……。そう悪い事ばかりじゃありませんでしたよ」

「そう――。そう言ってもらえるとありがたいわ」


 ジャックが淹れた紅茶を飲む。ああ、美味しい。これも、相当しごいたものね。


「美味しいわ。腕を上げたのね」

「ありがとうございます。姐さんのおかげですよ。しごかれた甲斐がありました」


 ああ、そういえばそろそろお嬢様の起床時間ね。

 最近は軽食を取ってから朝の乗馬をするのがお嬢様の日課だったのだけれど、今日の天気では無理よねえ……。


「姐さん。天気を変えちゃダメですからね」

「うふふ。いやあねえわかってるわよお」


 無理矢理天候を変えたりすると、よほど上手くやらない限り周囲に影響が出てしまうから止めなさい、とお師匠様にきつく叱られましたもの。

 あの頃の私は青かったわー。


「手間をかけさせたわね。そろそろお嬢様の所へ行ってちょうだい。今日はおとなしく刺繍でも刺して休む事にしておくから」


 そう言って自室に戻ろうとした私の服の袖をジャックが掴む。決まり悪げにへらりと笑っていた。


「あのう、実は折り入ってご相談が……」


 何だか妙に嫌な予感がするのだけれど、気のせいかしら。今すぐ自室に引き籠ってしまいたいわ。

 けれど、今まで厳しくしすぎてジャックの自信を喪失させてしまった私だ。これは我慢して踏みとどまるべきだろう。……そうよね?


「――……何かしら」

「セラフィーナ様を起こしに行くのに付いてきてくださいお願いします」


 ジャックを殴らなかった私、エライ!!

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