第13話
今日も良い天気です。
空はどんよりとした黒い雲で覆われていますし、豪雨と共に暴風が激しく窓を叩いています。とても良い天気です。どんな天気であれ、魔術を使えば洗濯物は良く乾きますし、絶好の掃除日和と言えるでしょう。
ええ。ですから、
普段は掃除しない物置の中の徹底的に綺麗にいたしますよ。後回しにして埃が沢山積もってしまっていますからね。
そんな風にとっても大忙しなので、今日はお嬢様のお世話をする事が叶いません。仕方がありませんね。
ええ、ええ。とても業腹ですが、仕方がありませんので、ジャックに付いてもらっています。
ジャックももちろん掃除はできますが、今日は魔術を大盤振る舞いですので他の人間がいると大変危険なのです。
ええ、ええ。ですから、本当に仕方がないのです。甚だ不本意ではありますけれど。お嬢様にご不便をおかけする訳にはいきませんもの。
人手が足りないウォルフィンデン家ですからね、他のメイドよりは強いジャックがお嬢様に付くのは当然なのです。
それはもう盛大に腹が立ったり立たなかったりするのですけれどね。
あのヘタレがようやく自信を持って振る舞える様になったのですから、いらぬ水を差す事もないでしょう。ええ、ええ。そうです。我慢ですよ、私(わたくし)。
まずは庭からでしょうか? いいえ、掃除は家の高い所からと相場が決まっています。まずは屋根からですね。
浄化の魔術が使えるのなら数秒でかたが付きますが、生憎と私は光属性を持っていいません。他の属性はあるのですけれど。こういう時はレイテリージュ様が羨ましく思います。
とはいえ、
屋根は既に雨でしとどに濡れているので水魔術を使う必要はありません。大事なのは汚れを落とし、清潔な状態を長持ちさせる事ですね。
まずは洗剤を風で飛ばします……おや。伸びが悪いですね。この暴風では当たり前でした。洗剤は水に溶かして水魔術で飛ばしたほうが良いようです。失敗してしまいました。
洗剤を飛ばしたら次はデッキブラシを持ちます。両手に持ったら師匠に教わった『ウォー流デッキブラシ術』を使って綺麗に磨いていきます。回転が重要なのです。一秒に一回以上回転できないとダメなのですよ。滑って屋根から転げ落ちない様にするのがコツです。
今日は特に滑り易いから要注意ですね。屋根を滴り落ちる水がまるで小川の様です。
ひたすら磨いて汚れを落としたら、次は魔術を使って汚れを付きにくくする術を施しておきます。こうしておくときれいな状態が長持ちするのです。これは昨日のうちにレイテリージュ様に頼んで魔術具を頂いておきました。魔力を流すだけでいいのでお手軽です。
ああ、屋根掃除が終わってしまいました。いえ、別に良いのですが。
――確かに、ええ、豪雨暴風吹きすさぶとても良い天気ですが、今日は屋外作業に適しているとは言えないかもしれませんね。
シルヴェスター様のご忠告に従って屋根掃除は終了しましょう。もともと終わるつもりでしたけれど。
水分を吸って重くなった服は魔術で手早く乾かしてします。こういう時魔術は便利ですね。
そういえば水を弾く術もあったのでした。屋外活動をする前に使っておくべきでした。今日はなんだか失敗の続く日です。気を引き締めましょう。
――なぜかシルヴェスター様達に今日は休んではどうかとしきりに勧められましたが、体調が悪い訳ではありませんし、丁重にお断りしておきました。やさしい同僚達に恵まれていますね、私。
さあ、張り切って掃除を続けましょう。
屋外活動は禁止されましたので、次は屋内の掃除ですね。屋根裏を掃除しましょう。
あそこは年に一度しか掃除しませんもの。さぞかし掃除のし甲斐がある事でしょう。
まずはハタキからかけていきます。ここはわざと間者を忍ばせ易い様に罠を仕掛けていませんからね。楽です。
埃は風魔術で一か所に集めてポイです。うっかり隠れ損ねたり逃げ遅れたりした間者も一緒にポイです。シルヴェスター様に渡しておきましょう。
次は水と風の複合魔術で天井と壁と床を磨いて乾かします。はい、ピカピカになりました。
ポイントは音を立てない事ですね。まだお嬢様達は起きていらっしゃいませんからね。ええ、使用人の朝は早いのです。
しかし、困りました。屋根裏掃除ももう終わってしまいました。――いえ、別に困ってなどいませんが。
物置になっている部屋を掃除しようとしたらシルヴェスター様にに休憩をするよう言われてしまいました。
そうですね。確かに休息は必要です。
掃除を一時中断して自室でしばし休憩する事にしましょう。
***
ベッドに机に椅子にクローゼット。何の面白味もありませんね。欲しいとも思いませんが。机の上に数冊本が置いてあるくらいでしょうか。
本はお嬢様に薦められたものです。神祖イヅチと神祖ルースの物語とその弟妹であるイヅナとルーシャンの物語がお嬢様のお気に入りです。他の物語も数冊ありますけれどね。
ご自分の馬の名前も神祖ルースからお取りになられましたし。神祖ルースは豊穣の女神とも言われていますしね。きっと女性らしく成長なさりたいのでしょうね…………。
――………紅茶でも淹れましょうか。以前お嬢様にいただいた茶葉があります。
茶葉を適量空中に放り、魔術で熱湯を出し、煮出していきます。
かつて水球の中で踊る茶葉を見たお嬢様が、まるで小魚が泳いでいるみたいだと喜んでいらっしゃいましたが、良い子は真似などしてはいけません。魔力の影響で葉の味が変わってしまうかもしれませんからね。けれど厨房に行く気力が湧いてこないので横着をしました。
少しばかり昔を懐かしんで呆けていたらいつもより色が濃くなっていました。つまり、渋い可能性が。
本当に今日は失敗ばかりしてしまう日です。
行儀は悪いですが、水球からそのまま紅茶を飲んでしまいましょう。ありがたい事に一人部屋ですので、誰に咎められる事もありません。
――……率直に言って不味いです。美味しくありません。失敗です。
ああ、今日は、本当に、本当にダメダメな日です。シルヴェスター様に言われた通り休んだほうが良いのでしょうか。
――いえ、これくらいで落ち込んでいる訳にはいきません。まだ大掃除の途中ですもの。挫けている場合ではありません。
一息ついて気力も十分です。掃除を続けましょう。
と、いう訳で気合を入れてドアを開けました。
わかってはいましたが、やはりジャックがいます。今日はお嬢様の世話をするように昨日ちゃんと言いつけておいたはずなのですけれど?
ああ、外の雨がとても耳障りです。魔力全てを使ってでも雨雲を蹴散らしたくなるくらいに。
「あ、あの、姐さん。ええと、シルヴェスターさんに聞いたんすけど……」
「何か話があるのかしら? それなら休憩室で聞くけれど?」
「え、あ、ハイ」
何故あなたが死にそうな顔色になるのかしら。
むしろそうなるのは私のほうじゃないのかしら。
***
「それで? 話は何かしら」
使用人が共同で使う休憩室にて。
ジャックはおどおどとしている。腹の底から怒りが湧いてきそうだわ。もっとしゃきっとしてくれないかしら。どつきたいわー。
「き、昨日、ですね……」
「昨日はお嬢様をきちんと守り抜き、屋敷まで無事送り届ける事ができた様で何よりだったわ。お嬢様にかすり傷の一つも無かったし、護衛として良くできていたわね」
ジャックが大げさに体を震えさせた。この位でいちいち怯えないでくれないかしら。それとも寒いの? 燃やしてあげましょうか?
私だって褒める時は褒めるのよ。日頃あなたに厳しいのは私なりの愛よ愛。
血反吐を吐くほどの武術訓練をしたのだって、マナーや仕草や身なりにいちいち目くじらを立てたのだって、愛よ愛。ただしあなたに対しての愛じゃないのだけれどね。
その辺に関しては素直に謝るわ。ごめんなさいね。
「言っておきますけれど、私はお嬢様がこの世で一番大事なだけで、あなたの事を嫌っている訳ではないし、憎んでいる訳でもないわ。
個人的な感情と目的の為にあなたには特別厳しく接していたのは認めるけれど」
「も、目的、ですか? 」
あら間抜けな顔。知ってるわ。こういうのを阿呆面と言うのよね、
「そう。目的ができたのよ。あなたがお嬢様を好きになったあの日から」
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