第12話:騎士団長と小隊長
ネリーが淹れていってくれたコーヒーを飲む。
ううむ。味、香りともに良い。同じ豆を使っているのに自分や部下が淹れるものとどうしてこうも違うのか。子どもたちがお土産のお菓子に夢中になる訳だ。
コーヒーカップをソーサーに置いたところで荒々しく扉が開いた。
残念だったな、ネリーはもう帰ったぞ。
フィランダーは諦めきれない様子で部屋を見回すが、いない者はいない。諦めろ。
「早かったな、フィル」
「――! フィランダー・ストックデイル、只今戻りました!」
なるほど、ネリーの姿を探すのに必死で
「わはは。ネリーなら今しがた帰ったところだ。
――報告を聞こう」
今すぐにでもネリーを追いかけて行きそうになったフィルに釘を刺しておく。もう今からじゃ追い付けないぞ。
未練がましく入って来たばかりの扉にちらちらと視線を向けるフィルに集中してもらうため机を軽く叩く。ネリーが絡むといつもこれだ。
「集中しろ」
「す、すみません」
「おう。気になるのはわかるがな、ウォルフィンデン家への報告はお前に行ってもらうつもりだから今は我慢しろ」
「はい!!」
いい返事だな。現金な奴め。
ただ、屋敷に行ってもネリーが応対するとは限らないんだがな。意欲を削ぐのはかわいそうだから黙っておこう。
「では報告します」
真面目に報告をするフィルを見ていてしみじみ思う。自分にも覚えはあるが、つくづく恋は人を変えるものだなあ、と。
フィランダー・ストックデイルと言えばいつも仏頂面で、真面目で、婦女子に言い寄られてもピクリとも笑わずあしらう堅物で、というのは有名な話だ。今は
たまたま俺の家に顔を出していたネリーが子ども達に向けていた笑顔に一目惚れしてからというもの、ネリーの前では氷の彫像と言われていたフィルの表情もデレデレと溶けてしまう。堅氷のフィランダーの二つ名も形無しだ。
ただ、周囲には噂されたり陰ながら応援される程度にはわかり易いというのに、フィルはバレていないと思っている様だし、ネリーにはぜんぜん伝わってないし。それどころかニヤニヤ笑われて気分悪いとさえ思われてたりしてな、わはは。
フィルも美形の範疇に入るのになあ。ネリーはセラフィーナ嬢が大好きだからなあ。オールブライト家の次男坊もネリーの事を狙ってるらしいし、前途多難だな、フィル。
だが勝ち目はあると思う。
何と言ってもフィルのヤツは真面目だし、若くして小隊長になったからな。腕は確かで、将来性もバッチリだ。
顔は良いし、家柄も低くないし。だからと言って高すぎるでもないし。
顔良し、将来性有、稼ぎ良し、家柄良し、性格良し。ううむ好物件すぎるくらいだな!
ネリーの好みには掠りもしないだろうが! わっはっは!
そもそもネリーに異性の好みとかあるのか? 謎だな。どんな美丈夫や貴族に言い寄られても迷惑そうにしてるもんなあ。ネリーの笑顔とか子ども達やセラフィーナ嬢に向けたのくらいしか見た事ないぞ。
――今度それとなく探りを入れてみるか。
かわいい部下の恋が実るようこっそり応援するのも上司の務めだよな! あと楽しそうだし!
しっかし、いろいろ上がうるさいんだよなあ。ネリーが誰を夫にしようがネリーの自由だろうに。あ、いや、そこはフィルを第一候補にしといてもらえると嬉しいんだがな?
いくら戦神イヅチの再来などと思い込んでるからといって魔力の強い奴と娶せようとするなんざどうかしてるぜ。ネリーは実験動物じゃねえぞ。
散々化物だの悪魔だの陰口叩いておいてよお。ネリーが話の通じる良い
そんな奴らを満足させるための嫁入りなんざ誰が認めるか! 徹底して邪魔してやるぜ! 闇討ち騙し討ち上等だぜ! はっはっはー! 俺をただの成り上がりだと舐めてやがれ。目に物見せてやらあ!
ネリーみたいな良い娘の旦那はやっぱり良い奴じゃなきゃな! 家柄とかはどーでも良いが、甲斐性なしじゃ駄目だな。いろいろと恨みやら妬みやらケンカやら買いやすい娘だからな、腕っぷしもなきゃならねえ。……年は近い方がいいよな? やっぱ。
そうするとジャックが一番良い気がしてくるよなあ。
腕は良いし顔も良いし、万が一にも有りえんが、裸一貫で放り出されたとしてもすぐ次の職を見つけられる器用さも持ち合わせてるし。
もうむしろジャックしか候補がいなくないか、コレ。
ネリーもフィルほどジャックを邪険にしてる訳じゃないしなあ。それどころか頼りにしてたりするもんなあ。
……フィル、俺は応援してるからな。がんばれよ。
***
報告をしていたら、何故か百面相を始めた団長に最後には哀れまれた。何故だ。
「………聞いていらっしゃいますか、団長」
「――ん? おう聞いてる聞いてる。がんばれよ」
そして謎の励まし。訳がわからない。なんなんだ。
思わずため息をつくとコーヒーの香りが鼻孔をくすぐった。もうかなり薄くなっているが、間違いなくコーヒーだ。
私が詰所に戻って来た時に団長が飲んでいたものだ。おそらくネリーが淹れたものだろう。うらやましい。
団長はこうして時折ネリーが手ずから淹れたコーヒーや紅茶、さらにはクッキーやマフィンなどの手作りの菓子すら食べられるというのに、私は彼女に初めて会った時に淹れてくれた紅茶以来何も口にできていない。いつもタイミングが悪すぎるのだ。
私が帰った後に彼女が来たり、既に彼女が去った後だったり、団長が食べ尽くした後だったり、残っていても団長のご家族へのお土産だったり………。
何故こうもタイミングが悪いのだ。最近では話す機会さえない。
今日とて、久しぶりに言葉を交わせる機会に恵まれたというのに、正義感の強い彼女は王都への帰りを優先させた。素晴らしい判断だが、私としてはもう少し話していたかった。例え話の内容が事務的なものでも。
――……何とかして彼女と距離を縮める方法はないだろうか。
贈り物をしてみようか。――いや、彼女の好みを知らない。
ならば花はどうだろうか。花ならば多くの女性は好むものではないのだろうか。
――情けない。想いを寄せる女性への贈り物の一つも思い浮かばないとは。
女性に言い寄られる事はあっても、女性を口説いた事などないのだから、当然と言えば当然なのだが。
相談しようにも騎士団は男所帯。女性の好みがわかるとは思えない。
家族に相談しようものならば彼女の意思など関係なく外堀を埋められかねない。
――……団長は妻帯者だが、相談してはいけない気がする。
こういう時の勘は大事だと他ならぬ団長に言われているし、やはり相談するのは止めておこう。
――……そうすると、適任者はジャックしかいないという事になるな。
ネリーと同じく忙しい彼に頼るのは気が引けるが、今度の休みに相談してみよう。
事前連絡と手土産さえあれば嫌な顔はされないと言っていたし。帰ったらさっそく手紙を出しておこう。
きちんとお伺いを立てておかなければネリーに仕事の邪魔をするなと睨まれてしまうからな。
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