第11話

 外見だけは騎士の中の騎士に見えるらしいフィランダー・ストックデイルは古臭い――もとい時代がかった口調で開口一番男達を恫喝してきた。

 正直なところフィランダー・ストックデイルとは口を利きたくないし関わり合いになりたくないのだけれど、出稼ぎに来てまで家族のために力を尽くそうとした彼らの事を放り出す訳にもいかない。

 ので、私はフィランダー・ストックデイルにお辞儀をした。


「またお前か、ネリー。事件があるといつもお前の姿があるな」


 私が事件の黒幕だとでも言いたいのかしらね、この直情馬鹿きしさまは。

 ニヤニヤ笑われるのは少し、いえ、とても腹立たしいのですが、ここは我慢しておきましょうね。この方から喧嘩を買ったところで何の利益もありませんし。


「お久しぶりでございますストックデイル様。彼らに抵抗の意思はございません。まずはわたくしからお話をさせていただきます」

「ふん。そうか。では聞かせて貰おう。ただし茶も出ないこの様なあばら家で聞く気はない。話は騎士団の詰所で聞くとしよう」

「了解いたしました」


 騎士団と聞いてまた怯えだした彼らに大丈夫ですよと声をかけて小屋の外に出る。

 フィランダー・ストックデイルは一応、こんなのでも小隊長なので、小屋の外には当然彼の部下が並んで待機していた。

 大勢の騎士団員を見て恐慌状態に陥った男達を宥め、縄をかけて彼らを引きずっていこうとするフィランダー・ストックデイルを押し留め、私の魔術で彼らを運ぶ許可をもらった。

 もう疲れた。投げ出してしまいたい。しないけれど。

 どうせ来るならジブソン様に来ていただきたかった。ジャックめ。できればジブソン様に伝えてくれと言ったのに。

 ジブソン様は忙しいでしょうから仕方がありませんけれど。

 馬に乗って王都に出発するとフィランダー・ストックデイルが隣に並んできやがりました。

 あなたの馬と私のイヅチは相性がもの凄く悪いので並ばないで欲しいのですけれど? ああイヅチ、落ち着いて。じゃれつかれても無視してちょうだい。帰ったら人参あげるから。

 魔獣か魔物でも出れば騎士団を置いて帰っても文句は言われないのに。ここはどちらも出ない安全地帯でしたね。はあ。


「ネリー。あー、その、……彼らはウォルフィンデン家の令嬢を襲ったそうだが」


 話は詰所で聞くんじゃなかったのかよ、と突っ込みたくなったが我慢だ。フィランダー・ストックデイルの言動が一致しないのは今更だもの。

 そう。だから落ち着いてイヅチ。鎧を纏った騎士が落馬しても最悪死ぬ事には変わりないのよ。

 私は深呼吸してから事の次第を語った。


***


「なるほど。それが本当なら急ぎ監査が必要になるな」


 きちんと読心術も行使したので本当ですとも。こんな面倒に巻き込んでくれやがった塵芥りょうしゅにはもちろん責任を取らせますとも。ええそれはもう盛大に。

 ――……そうと決めればこんなところでちんたらしていられませんね?


「ストックデイル様。ジブソン様は詰所にいらっしゃいますか?」

「ああ、いらっしゃるが、それがどう――」

「それでしたら先に戻ってご報告をしておきますね。旦那様に説明するためにも早く戻りたいですし。ではお先に失礼しますわ!」


 イヅチが力強く大地を蹴るのに合わせて魔術を使えばあら不思議。護送中の男達共々空を駆け上れます。

 ――なんて事はない風と重力関係の魔術を使っただけですけれど。

 フィランダー・ストックデイルの馬の隣から解放されたイヅチも元気よく空を駆ける。初めて空を駆けさせようとした時はあんなに怖がっていたのにね? 今では大喜びで駆けるのだからイヅチも成長したものだ。


「ウワーウワーウワーウワー!!」

「……! ――!! ――!!」

「ヒイイイイイ高いよお怖いよおお母ちゃああ――」

「女神様もうしません許してくださいもうしませんごめんなさい」


 これでうるさ過ぎる叫び声さえなければもっと良かったのですけれど。仕方ありません。誰でも初めてはこんなものですもの。ジャックを初めて空に投げ飛ばした時も叫んでましたし。うるさかったわー。

 それが今ではお嬢様を守って格好つけられるのだから時の流れは偉大ね。

 きっともう投げ飛ばしたって泣かないのでしょう。それどころか華麗に着地するのでしょうね。本当に時の流れは偉大だわ。

 ――ああ、なんだかとっても腹が立ってきたわ。

 仕方ないからお嬢様との相乗りも許したけれど。これでお嬢様にかすり傷のひとつでも負わせていたら訓練をいつもの二乗にしましょう。そうしましょう。せいぜい今を楽しんでおけばいいわ。

 王都が見えてきたので地面に降りる。

 王都の門番は私の姿を見るといつも敬礼して通してくれるのだけれど、幻覚魔術とか認識阻害魔術の餌食になられるとこちらが大変困るのできちんと手続きを踏む。


「ネリー様はこんな事しなくても良いんですよ!」


 とかなんとか元気が良すぎるのだけれど、大丈夫かしら、この子。この子の先輩門番も諦めているらしく首を振るだけだ。

 ――大丈夫かしら、この門。


***


「いやあ、お手柄だったな。治癒術士はこちらで手配しておこう。

 未遂だと言うし、お前さんがそう言うならセラフィーナ嬢も事を荒立てないだろうからな。領主の件が片付くまでは仕置きという形で労働させるがもちろん給料は出すし、団員の中で働いてもらうから命の危険もないだろう。

 ただなあ、相手がなあ……」


 ジブソン様が頭を掻く。

 領主の伯爵位にある男は王都でも評判が悪く、碌でもない噂ばかりの絶えない奴だが、地位と金だけはある。その金も領民から巻き上げたものだろう。

 黒狼騎士団団長であるジブソン様だが、平民からの叩き上げで男爵位を下賜されてはいるものの、腐っても伯爵位にある男を糾弾するのには力が及ばないのであった。ジブソン様のような方が騎士団長になれただけでも良かったと喜ぶべきだろう。


「ご安心ください、ジブソン様。旦那様には伝書を飛ばしておきましたので。早急に証拠を揃えて国王陛下へ提出なさるでしょう。お嬢様が襲われておりますので、大義名分としては十分かと」

「それはありがたい。いやあ、いつもすまんなあ。本来であれば俺らがやらねばならん事なのだが」


 すまなそうに頭を下げるジブソン様を止める。はっきり言ってジブソン様が罪悪感等を感じる必要はまったくない。問題行動を起こす塵屑りょうしゅの方が悪いのだから。


「お気になさらないでください。それなりの権力ちからが要るのですから、仕方ありません。ジブソン様が逆恨みされる様な事があればご家族も悲しまれますもの」

「そう言ってもらえるとありがたい。礼にもならんが、今度家に寄ってくれ。嫁さんも子ども達もお前に会いたがってる」

「まあ。では近く伺わせていただきますね。お土産はチョコチップクッキーにいたしますとお伝えください」

「わはは。ああ、皆喜ぶ。伝えておこう。

 ――もう帰るのか? 少しくらいゆっくりしていっても構わんが」

「いいえ。もう屋敷に戻りませんと。それでは失礼いたします」


 私としてもジブソン様と談笑していたのは山々だが、旦那様には直接報告しておきたいし、お嬢様の状態も確認したいし、フィランダー・ストックデイルが来るまでにお暇したいので仕方ありません。


「ごきげんよう、ジブソン様。またお伺いさせていただきます」

「ああ。気を付けてな」


 さあジャック。覚悟はいいかしら。

 騎士団を後にした私はいそいそとお嬢様の待つ屋敷へ戻った。

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